表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

205/308

205、不死殺し

 敵の圧倒的な力に追いつくため、剣聖たちの技や術理の数々をいくつも見て覚え、その全てを融合させた後、無駄な部分を削ぎ落とした全く新しい力。

 ライトの生まれ持った才能を遺憾無く発揮し、手にした実力は剣神ティリオン=アーチボルトが求めて止まなかった『本物』。

 剣神の死後、ようやくその頭角を現す。

 技巧だけで語るならば、その実力は世界最強の剣士と言って間違いない。


 それでも辿り着けない境地。

 魔神ガルムは間違いなく剣の最高峰。数多あるとされる世界の頂きに立つ存在。


 ライトは戦いの中でガルムの力を徐々に掠め取っていき、ついに最終決戦となった。

 帝国の命運はライトに掛かっている。


 しかしライトにとって帝国など眼中に無い。

 今その目に映るのはガルムのみ。

 立ちはだかった巨大な壁。乗り越えることは不可能。


(……全力で斬り伏せる)


 ライトの目がギラリと光る。2本の剣に込める力がライトの限界を突破し、血が滲むほどに握り締める。

 痛みすら感じない集中力は、ガルムが使用した支配領域『死向回廊(しこうかいろう)』の風景をも視界から消し去り、ガルムだけしか目に映っていない。獲物を狙う飢餓状態の猛獣の眼光。


 ライトからは殺気しか感じない。


「美しい……」


 ガルムは思わず呟いていた。

 殺意とはドス黒く、怒りや悲しみなどの怨嗟に(まみ)れた負の感情。ライトから発せられる殺気も同じく負の感情から鈍くドス黒いものを感じる。


「……良い構えだライト。力が急速に剣に集まるのを感じる。お前は俺の見せた通りに冷牙滅葬刃(れいがめっそうじん)を放てる。英雄が跋扈していた俺の世界でさえ、誰も扱うことが出来なかった取って置きだ。たった一度だけで覚えたお前なら、きっと俺の世界で最強になれたと確信出来る。出来ることならば人間だった頃……シグルスとしてお前と出会いたかった」


 しかしガルムの目に映ったのは殺意ではない。

 生き物を殺すために作られた剣の様に鋭く、斬るという一点のみに比重を置いた機能美を感じさせるオーラ。

 ライトは今まさに一つの刃と化していた。


 ガルムはこれに似た刃を目にしたことがある。


 生まれ故郷の異世界『レストルム』。

 ガルムとなったあの日から多くの死者を出した。

 大魔王マーナガルムの思念がシグルスを取り込もうとしたため意識が霧散し、当時のことをハッキリとは覚えていないが、眼前に立った英雄のことだけはその目に焼き付けている。


 ヒルデ=ウルリーケ。

 あの世界で一番の槍使いであり、シグルスの最愛の女性。


 大魔王を引き継いでしまったシグルスを止めるため、最愛の人を救いたい一心で全力で戦ったが、後一歩のところで押し切れず、ガルムの持つ刀の一突きによって命を落としてしまった。

 そんな彼女がシグルスの持っていた愛剣や様々な伝説級の武器をかき集め、死んでいった英雄たちの無念の想いと神々の力を集結させ一つの鎗を創造した。


 その名を『星空(エインヘリヤル)』。

 ライトの生まれ持った特性はまさにこの『星空(エインヘリヤル)』と酷似している。


 ヒルデの手にあった神々の槍『星空(エインヘリヤル)』は光を放つほどに白く輝いていたが、ライトから発せられるオーラはドス黒い。

 まるでガルムを殺すために延々と世界を渡り歩き、怨嗟を高めながら復讐の機会を伺っていた様な。偶然と呼ぶにはあまりにも出来過ぎた出会い。


「……ああ、何故俺は忘れていたのだ……素晴らしい……俺はこの時のためにこの世界に降り立ったのか。あの日、ヒルデと共に消え去ったお前と最後の決着をつけるためにっ!」


 ガルムはここに来て初めて感情を発露させる。

 それと同時に支配領域が常人なら立っていられないほどに激震するが、ライトの姿勢に全くブレがない。それはガルムの言う通り星空(エインヘリヤル)が乗り移ったかの様な気持ちにさせる。


 ガルムは剣を構えた。

 ライトを介して見た星空(エインヘリヤル)。そしてライトに教えた奥義『冷牙滅葬刃(れいがめっそうじん)』。

 この2つが合わさり、ガルムに襲いかかるのだ。

 不死の肉体を死滅させるに足る力。まさに今が決着の時──。


 ──ギチッ


 ガルムは刀を持つ手にありったけの力を込めた。


「俺を超えるか、ここで死ぬか。……いや、選択肢などありはしない。お前はここで死ぬ」


 当然のことだが、同じ技ならより強い方が勝つ。

 全ての能力がライトを上回るガルムに勝てる道理などない。


 その上、ライトが勝てない理由はもう一つ存在する。

 例え剣術と身体能力がガルムと並んでも、ガルムが今から放つ技は冷牙滅葬刃(れいがめっそうじん)ではない。

 『餓狼転生(がろうてんせい)』によって力が解放され、あらゆる能力が大幅に強化されたガルムは戦いの中で冷牙滅葬刃(れいがめっそうじん)を進化させていた。


 その技の名は『双牙冥獄殺(そうがめいごくさつ)』。


 魔神の力を手にしたガルムの双牙冥獄殺(そうがめいごくさつ)は、振るう剣全てが必殺の冷牙滅葬刃(れいがめっそうじん)であり、その力は命ある全てのものを絶命させる。

 ガルムの最強にして最終奥義。


 本来であれば両手で剣を持ち、剣に自分の持つ全てを乗せて解き放つ二の太刀いらず。二刀流が主流であったシグルスの時代に一本の刀に持ち替える時間を省くため、二刀で放てるように改良した。

 威力は申し分なく、一発だけで戦いが終結するほど強いので何発も撃つ必要がなかったのもあるが、単純に人間の力では一発放つので精一杯だったのだ。

 だからこそライトが扱えるであろう冷牙滅葬刃(れいがめっそうじん)しか他に見せるものがなかったとも言える。


「……ライト=クローラー。この技を受け、御霊となりて朽ち果てよ。──双牙冥獄殺(そうがめいごくさつ)っ!!」


 ガルムはライトに向けて剣を振り下ろす。

 ガルムが踏み込んだのと同時に踏み込んだライトは剣を交差させ、挟み込む様に振るう。


 剣を振る速度、太刀筋、踏み込みの深さに至る全てに差があり、当然ガルムが全てを上回っている。

 光を超える速度の中、生けとし生ける全てを死滅させる技がライトの頭上に迫る。


 ──キラキラッ


 その直後、左手に持つ白い刃の刀『神忌狼(しんきろう)』から死霊がこぼれ落ちる。ガルムの目と鼻の先に光の粒子を固めた様な人型が現れた。両手を広げライトを守る様にガルムの邪魔をする。


(邪魔だっ!! 死霊如きがこの俺に逆らう気かっ!!)


 心の中で叫ぶ。

 目が血走り、牙を剥き出しに邪悪な顔を見せる。闇に支配されている様に禍々しく荒々しい。


『──シグルス』


 鏡の様な湖面に水滴を一滴垂らした様な澄んだ音色が聞こえる。

 聞き馴染みのある声に体は硬直し、全神経を視覚と聴覚に向けた。

 その瞬間、光の粒子は色を持ち、徐々に見覚えのある女性の姿へと変わっていった。


(ヒル……デ?)


 心の中で呼んだ名前に女性はコクリと頷いた。


「──冷牙滅葬刃(れいがめっそうじん)っ!!!」


 そして、ライトの剣はガルムに届く。



 ──ビキッ……ビキビキッ……カシャァンッ


 ガルムがライトと共に支配領域に姿を隠したと同時に生まれた(もや)の塊。それがどういうわけか、ガラス細工の様にヒビが入って砕け散った。

 閃光弾の様な光が(もや)の消滅と共に輝きを放ち、観戦していたブルックたちの目を眩ませる。


 何が起こったのか全く分からず、次に視界を取り戻した時には、ガルムがライトの頭上ギリギリまで刀を振り下ろし掛けた姿のまま止まっていることと、ライトが剣を振り抜いてガルムの胴体を切り裂いた姿勢で止まっているところだった。


 正直、意味が分からなかった。

 ライトがどれほど強くなろうとも、ガルムが人の形を保っていた時の実力と拮抗するレベル。それだけでも破格の力だが、漆黒の狼男(ライカンスロープ)となってからのガルムは神そのものだった。


 あれに勝てる人間などいない。それはもはや人間ではない。


 ブルックたちの正気を削る中、不死殺しの技を食らったガルムは刀を下ろし、人間の姿へと戻る。

 これもまたガラス細工の様に狼男(ライカンスロープ)の全身にヒビ割れが見え、割れたと同時に元の姿へと戻っていた。

 その顔は不安でいっぱいいっぱいの子供が見せた安心した時の表情に見え、不思議と感情を揺さぶられる。

 その口から溢れでた言葉の意味は誰にも分からなかったが、ガルムは1人満足そうに呟いた。


「……こんなところに居たのか……会いたかったよ。ヒルデ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ