203、餓狼転生
(……何をしている?)
ガルムと同じ構えをしてから時が止まったようだ。
正確には反射行動のように右手をピクッと動かしただけで、目立った行動をしなくなった。
(やはりカウンター狙いの攻撃なのか? だとしたら俺から仕掛けるのはありえないな……)
ライトは今の構えを変えるべきか思案に入った。
現在考えている戦法は爪刃を連続で発射して間合いを詰めないように立ち回り、ガルムの本気を徹底的にその目に焼き付ける。剣での捌き方、立ち回りを学ぶことで動きそのものを手に入れようと画策していた。
タイミングを見計らっていると、ガルムの目がキラリと物理的に光ったように見えた。
一瞬剣を握る手に力が入ったが、それを見たガルムが横に小さく首を振った。
「……そうじゃない。余計な力を入れては可動域が制限される。だが、反応速度は悪くない。視野が広いから多くの情報を取り入れることが出来るようだな。それは称賛されるべきところだ」
「……なんだ、いったい」
「多くのことを忘れていた。特に昔のことをな。……しかし幸いなことに、この国でお前たちと戯れていて多くのことを思い出した。まずはこの状況に感謝したい」
「唐突だな。……敵を欺いたり、戦いの中の集中力を切らせたりするのは貴様のような極致がやるべきじゃない。そういうことをするのは自分に自信がない奴か、自分よりも格上にする場合かのどちらかだぞ。少なくとも俺は思う」
「その意見には同意しよう。だからこれは俺の本心だ。心の底からお前たちに感謝している」
ガルムの顔から険が取れ、悟ったような柔和な表情になったように見える。
急な変化に恐ろしさを感じたライトは滑るように移動し、ガルムとの距離を詰めつつ爪刃を放とうと剣を構えた。
──ヒュッ
その風切り音に気づいた時、ライトはすぐさま首を守るように剣を構える。金属音が鳴り響くと同時にライトが背後に飛ぶ。
「違う」
ガルムはぬるっと音も立てずに動き、切っ先をライトに突き出す。ライトはすぐに切っ先を横に弾いて反撃を考えたが、弾いたと思った剣の切っ先にまるで磁石でくっ付けたようにガルムの刀がついてくる。
ライトは手首を返しながら切っ先を離さないように気をつけ、小太刀が腹部に迫るのをもう一本の剣で防ぐ。
そのままグッと押し倒されそうになるのを足で踏ん張って我慢した。
「隙だらけだ」
ガルムは刀を剣の上で滑らせてライトの腕と足にかすり傷を作る。ライトが先ほどとは打って変わった技巧に驚き、思いっきり力を振り絞ってガルムを背後に飛ばすよう剣を振り抜いた。そうなることを予測していたガルムは力を抜いて切っ先を離すと、先に背後に飛んで間合いを開いた。
今の攻防はそれほど速くなかったが、相手の視野角を読んで攻撃するような達人クラスが好んで使用する攻撃に思えた。実力差があることを明確に知らしめるためのいやらしい攻撃。
「……なんのつもりだ」
「これはほんの手始めだライト=クローラー。俺とお前にはこれだけの差が存在する。お前がどれだけ強くなろうとも、俺の本気には手も足も出ない。だからもっとよく見ろ」
言うが早いか、ガルムの姿は一瞬で消える。ライトは風の動きを読み、次に来る場所を特定しようとする。
──ゥウッ
バッと横に飛ぶと、ガルムが刀を振り抜くのが見えた。その後も同じようにライトは消えたガルムの攻撃を捌き続ける。
「!?……凄いっ! あの動きに対応しているっ?!」
ブルックたちは目を見開いて2人の動きを追おうとする。辛うじてライトの姿はチラチラ見えるが、依然としてガルムは消えたまま動き続けている。
(違うっ! 俺は対応出来ていないっ! ガルムが直前で剣を止めているっ!?)
速すぎるガルムはライトが気付くようにライトの体に接触する寸前で刀を止め、避けるか防ぐかを選ばせている。避ければ振り抜き、防ぐなら切っ先に少し触れる程度に離れているのだ。
意味が分からなかった。
何度も真っ二つに出来たし、足や腕を斬って再起不能にすることも出来た。二刀流となってからはライトはほとんどついて行けてないので命を奪うのは簡単なはずだ。
しかしそんなことはしない。どちらかというと本気と言ってからの方が遊んでいるように感じてしまう。
「聞いていなかったのか? もっとよく見ろライト=クローラー。見えないなら他で補え。それともお前の実力はこんなものなのか?」
その言葉である仮説にたどり着く。ライトは足を止め、目だけに限らず全身隈なく気を張り巡らせる。アレンの使用する『竜圏』と呼ばれる知覚法のように全神経を集中し、ガルムを見つけることだけに気を割いた。
──ギィンッ
次に剣で受けた時、先ほどよりもずっと力の籠もった一撃を見舞われた。だがライトは完璧に受け切る。
最善の行動を模索し、動きを予測。相手の動きを読み、後手に回ったとしても攻撃を防いだり反撃出来るよう余力を残し、最小の動きで最大の効能を発揮する。
無駄な力を削ぎ、剣を手と認識し、足を止めないよう常に動き続ける。
剣聖たちも修行の中で通った考えだが、ライトの至ったレベルはさらに上のランクに位置付く。
何故ならガルムの術理をライトは徐々に物にしていた。剣聖たち全員を相手にしても問題なく、帝国最強の剣神すら超えた術理を吸収する。
一気に最適化されていく動き。ライトは自分がガルムになったような錯覚さえ覚えていた。
しばらく動き回っていたガルムとライト。
ふと剣戟が聞こえなくなり、気付いた時には間合いを開けて2人とも佇んでいた。
「良くここまでついて来たライト=クローラー」
「ライトで良い。1つ聞かせてくれ。俺は何に付き合わされている?」
「……お前は昔の俺にそっくりだ。覚えるのが得意で、見た技はなんでも吸収し、技を進化させる。周りが凡人に見えるあまり、なんでも知った気になって斜に構えている。こうして対峙しているとまるで鏡写しの様だよ」
ガルムの指摘にライトは苦笑した。
「……俺を知った気になっているのか?……いや、それは間違っている。俺は周りに何もかも合わせて生きてきた。知識も実力も何もかも。……そうすることでみんなに馴染み、普通であろうとしたんだ。それが正しいことだと認識していた。永遠の2番手で良いと、それで寿命を終えても悔いはないと思っていたよ。……でも、それが違うことに気付いた」
ライトは語りながらも腰を落として戦闘態勢に入る。
「……俺は美しい女性に出会った」
その言葉にガルムの片眉がピクリと上に上がる。
「一目惚れだった。そんな女性と共に旅をする男に嫉妬心を抱いたが、それが変わるきっかけになった。女性に見合うために修行し、手にした力を引っ提げて転がり込んだチーム。そんなスケベ心で入った俺を彼は快く受け入れてくれた。……信頼出来る友と旅をし、多くの出会いと思想を知った。俺は強い結束力と安心感を手に入れたんだ。同時にこれから先どんな苦難にぶつかっても、助け合い、一緒に歩いて行ける仲間たちをな……」
「……」
「お前はどうだガルム。デザイアに与し、支配と殺戮に興じ、怨恨の渦中にいるお前は俺と似ているのか?」
言葉が鋭い刃物となってガルムの心に突き刺さる。記憶が曖昧だったとはいえ、デザイアの言うがままに侵略行為をしていた。殺しを厭わず、これが正しいことであると飲み込んできた。
ライトを通して思い出すきっかけがあったおかげで元の人格を取り戻したが、今までやって来た過ちは清算出来ない。
だからこそ今やっていることは必要なことなのだ。これはライトにしか出来ないことなのだ。
「……もっと時間があれば深く、より長くお互いを知ることが出来ただろうが、こうして俺が俺であれることが一時の奇跡かもしれない。だからこそ急がねばならない」
ガルムの体がメキメキと音を立てて膨らむ。スラッとしていた体が、筋肉で包まれたボディビルダーの様に大きく太くなる。
「……行くぞ──『餓狼転生』」
バリバリと服を割いて皮膚があらわになる。ひと回り以上大きくなった体から黒々とした毛が地肌を飲み込む様に生え、全身くまなく包んでいく。さらに顔が伸びて頭頂部に耳が生え、狼の様な顔に変貌する。
漆黒の狼男。
二刀の太刀も所有者に合わせて巨大化し、美しかった刀身も邪悪で禍々しい刃へと変化した。
ガルムの第二形態。この姿となった彼の強さは人間時の強さを遥かに凌駕する。
ガルムに敵対している全員がこの姿を見て絶望の眼差しを向けた。
誰も叶う筈がなかった。
たとえばもし今回戦ってなくて倒せるであろう機会を伺っていたとしても、最後にこれが現れるのならば、それを偶然にも知る機会があれば、一生戦うことはなかった。
きっと全力でデザイア軍に寝返っていたに違いない。
ガルムは牙を剥き出しにしてライトに語りかける。
「お前は俺の技術を手に入れた。最後の手向けに俺の奥義を送ろう。これで死ぬならお前はここまでの男だったということだ。仲間との絆も未来への道も全て無くなる。だから……心して掛かれ」




