201、進化
突如覚醒したライトから出た名前、レッド=カーマイン。
その名を聞いたガルムは小さく頷きながらライトに共感する。
「……そうか。レッド=カーマインの知り合いか」
「それ以上だ」
ライトの力強い言葉にガルムの口角は微かに上がる。
──ギィンッ
またも火花が散る。
全く見えない斬撃。
しかしライトは対応し、防ぐ。
ガルムの体が残像のようにゆらりと揺れるとライトの体もゆらりと揺れる。
まるでガルムが乗り移ったような不思議な印象を受ける。
「!?……おいおい……今一瞬……」
「見えたかセオドア……あれはお前の技『咬牙・烈翔閃』だっ」
「いや、俺はあんな……あんな下から出せねぇ……まるで本物の大蛇が這い寄るような……」
セオドアは自分のオリジナルの剣技が他人に使用されているどころか改良されていることに驚いた。誰にも教えたことがない上、剣聖以外では技を見切ることすら出来なかったというのに、ライトはセオドアの技を知り尽くし長年使っていたかのように放って見せた。
驚いたのはセオドアだけじゃない。レナールもその異常性に気付いた。
「は? 待ってブルック……さっきのって……!?」
「アレンの『絶風一閃』に似ている? そんなまさか……ついさっきやったあの複合技をか? あ、あれは私も今日初めて見たというのに……」
「それだけじゃ……ないよ。私の動きもあんたの動きも……ブリジットやデュラン、アシュロフの技も……型は違えど私らの剣技を……再現している?」
──ゾワッ
全身が泡立つ感覚をブルックとセオドア、レナールとアシュロフは体験する。皆が目撃し呟いた感想によってライトの異常性の解に辿り着く。
「研鑽し錬磨した我らの技術の粋を……見ただけで覚えたというのかっ?!」
アシュロフは肘を突き、何とか上体を逸らして観戦する。驚嘆の声が玉座の間を支配する中、ニールがポツリと呟く。
「……『鏡写し』」
見ただけで相手の技術を物に出来、秘匿されたり、独自に開発した技や魔法などでも使用しているのを一目見れば、同じ動きや魔法を行使することが出来ると言われる凄まじいスキル。
超希少と呼ばれる鏡写し。これをもって生まれただけで人生が全て上手くいくとまで称される最高ランクのスキルだが、一つだけ欠点と呼べるものがあった。
『……いや、鏡写しではない。ただの猿真似では魔神の一撃を止める術はないからのぅ』
『ではあれをどう見るというのだ? 鏡写し以外のスキルなんて知らないぞ?』
フローラの言葉にヴォルケンは反論するが、フローラの言う通り魔神の一撃を止めたことを抜き出せば単なる鏡写しでは説明し切れない。
そこで行き着いたのはライトだけが持つ彼だけのオリジナルスキルの存在。
この世界で誰も見たことがないライトにしか持ち得ないスキル。
気付きや理解といったほんの少しのきっかけ。必要な経験と育まれた歴史、多数の技を最善の方策を元に融合する。それを観測することで取り込み、改良し強化を重ね研ぎ澄ます。
ライトに必要なのは技能を覚えることではなく、自分を信じ、全てを超える意思。
このスキルを言語化するならば『進化』。
見たままではなくさらにその先へ。
剣聖の実力を目の当たりにしたライトは初めてレッド以外の超人を目の当たりにした。自分が見ていたものにはもっと先があることを知った時、まだ次の段階に行けることを理解したのだ。
最初は全く追いついていなかった動体視力は集中するごとに高まり、徐々に動きについていくことが可能となる。次に技の発動条件や剣聖たちが培ってきた術理を看破し、イメージの中で無駄を削ぎ落とす。
剣聖たちの動きを統合し、我がものとしたところで最後にガルムの剣捌きに重きを置く。
剣聖たちが必死に戦った全てはライトが進化するために必要な工程であり、ディロンが切り刻まれることでライトの脳にガルムの剣捌きを叩き込むに至る。
ちなみにレッドもある意味『超人』という枠組みだが、ライトはレッドを理解することは出来なかった。
それはレッドのとある『こだわり』がたった一つの大きな疑問となり、進化の妨げとなってライトに悪影響を与えていたから。そしてそれを精霊王の力によって覆い隠したためにライトは最後の箍を外すきっかけを失っていた。
しかし、ガルムが精霊王を弾き飛ばしたことでライトの進化に大きな影響を与えたのだ。
ライトもそれに気付き、自分が如何に愚かだったのかを痛感させられていたのだが、ようやく全てが追いついた。
──シュタッ
2人は鍔迫り合いの末、間合いを開けて着地する。
「何ということだ……我が剣にこれほどついてこれる逸材がこの様なところに転がっていたとは……」
「全く本気を出していないくせによくもそんなことが言えたな。……貴様、名前はなんて言った?」
「ふっ、名前か……ガルム=ヴォルフガングだ。ここまでついてきた褒美に我が名を送ろう」
「傲慢だな。魔神は全員こんな感じなのか?」
ライトはいつもの軽口を叩く。ガルムはじっと見つめるようにライトに哀愁漂う目を向ける。
「……あの男を指標にしているのなら、私を超えることは必然。……険しい道を選んだなライト=クローラー」
「険しい……ああ、そうだ。険しいからこそ進む道もある。俺はレッドの仲間だから」
ライトの言葉に一番刺さったのは他ならぬニールだった。
長らく共に過ごし、一緒に村を出て冒険者となった幼なじみのレッドを『化け物』と認識して追放した張本人。
最高の冒険者チーム『ビフレスト』として一時期名を馳せたことから、レッドを追放した自分の判断は正解だったと隠れて称賛していたが、それを真っ向から否定されたような気分になった。
面と向かって言われたわけではないが、ニールは人知れず目を伏せて閉口する。
「仲間……か。ならば尚更1人で向かって来るべきではなかったな。この私とお前の実力差はあまりにかけ離れている。わずかな時間で驚異的な成長を遂げたようだが、まだ足りない。せめて後2人。お前と同レベルの実力者を用意することだ。それが出来ないというなら、そこに這いつくばっている剣聖と竜もどきを盾にして斬りかかってこい。少しはマシになる」
「盾だと? そんなことはしないし、俺と同レベルの実力者を今すぐってのは不可能だ」
「ならばどうするライト=クローラー。このままでは私に傷一つ付けられないぞ?」
「……余計なお世話だっ!──爪刃っ!」
ライトは斬撃を飛ばす。ガルムは左手で小太刀を掴むと技の発動と共に抜き払う。
「──葬刃」
──カッ
小太刀から放たれた飛ぶ斬撃は爪刃と打ち合い、難なく爪刃を破壊してライトに迫る。
「チッ!!」
迫りくる葬刃を避け、体勢を立て直す。
ガルムが2本目を抜いたことで奇しくも同じ二刀流の構えを見せた。
「……それが本来のスタイルか……っ?!」
今まで抜いていた太刀は光の当たり方で色を変えていたが、小太刀を抜いた途端に太刀の刀身は黒漆の赤い色に染まり、抜いたばかりの小太刀は自ら光り輝くように真っ白な刀身をしていた。
「その通り。我が太刀『魔天狼』と小太刀『神忌狼』。二刀一対の夫婦刀。お前の言う通り、私は本気ではなかった。ここからは私も敬意を払い、本気でいかせてもらおう。……簡単には死んでくれるなよ?」
ガルムの本気を垣間見たライトの額から一筋の汗が流れ落ちた。