200、目標
『ライトっ! 大丈夫かっ?!』
剣聖が頑張っている最中、ふよふよと漂うように風帝フローラがやって来る。
水帝ジュールも地帝ヴォルケンもつい先ほどようやく目を覚まし、じっと戦いを見つめるライトの元に集まってきた。
『少しばかり油断したのぅ……じゃが次はこうはいかんぞ?』
『やはり武器がないのは不味かったようだ。とりあえず剣を探しに行ってくるっ!』
ヴォルケンは言うが早いか部屋から飛び出した。ジュールもフローラもその背中を見送りながら『無いよりはマシか』とお互いに頷き合った。
『……それにしても何という強さ。こなたらが束になって力を出し合ったというに一撃で無に帰すとは……』
『魔神と相対することの愚を思い知らされたのぅ。凄まじい洗礼よ。しかし此れらの世界の存続に必要とである以上、ここで諦めるわけにもいかん。さぁライト、今一度此れらを使って……ライト?』
ライトはただ押し黙って剣聖とガルムの戦いを観察する。徐々に回復していくのに合わせて体を起こし、いつでも立てるように片足立ちで備えていた。
戦う意思があるのはよく分かったが、フローラたちに反応しない理由が分からない。
何度か声を掛けてもライトは真っ直ぐ戦いを目で追う。
『何という集中力……これは此れらもウカウカしてられんぞ』
『じゃがこなたは心配でならぬ。どうせならばあ奴らに混じって戦った方が良いと思うのじゃが? 一呼吸置いた時にこなたらが仕掛けるとなれば同じ轍を踏むことにならんかえ?』
『と言ってもライトが動かねばどうにもならん。此れらは剣聖たちに比べればそれほど強くは無い。単独で行けばゴミのように処分されてしまう。……全く。海を隔てたこの大陸がこんなにもレベルの高い場所だとは思いも寄らんかったわ。無駄死にだけはしとう無いからのぅ』
精霊王として持て囃されてきたのが嘘のように思える。かつて最強だと思っていた精霊王の称号は世界規模で見れば、思った以上に強くないと思い知らされる。
こうなると剣聖たちの本来の実力はどのくらいのものなのか興味も湧く。もしかしたら剣聖たちだけで女神ミルレースを倒して退けるのではないかと想像してしまうほどだ。
そして世界を破壊するほど強いと認識されていたミルレースが矮小化されてしまうほど、魔神ガルムは飛び抜けて強い。
『……あれを付き従えとるデザイアとはいったい何者なのじゃ?爺が強大な存在であることをほのめかしておったが、そんなものの比ではないぞ。……此れらは本当に勝てるのか?』
不安に駆られるフローラとジュール。ヴォルケンの不在とライトの無視もあり、2人の中で不安が増大していく。
──そしてその不安が形となる。
「1人。お前たちの中から1人、私に捧げる供物を選ぶが良い。その者の命を以ってこの場で起きた全てを不問とする。……選択を放棄するというなら皆殺しだ」
ガルムは最終手段に打って出た。
『見ぃ。言わんこっちゃない』
ジュールはハァとため息をついたが、この段階になってようやくヴォルケンが帰ってくる。
『……手ぶらじゃ』
『そなた何しに外に出たの? 観光でもしていたのかい?』
『嫌味を言うな。武器庫らしき部屋を発見したのだが、警備が厳重で入ろうにも幾重にも掛けられた魔術防衛が邪魔をしてな。ロングソード1本持ち出せなかった』
『いかんなぁ……これでは先の一戦の二の舞となる』
チラリと剣聖たちを見ると何だかすごく盛り上がっていた。
『ふんっ、丁度良い。ここは一旦あ奴らの犠牲で大勢を立て直すとしよう。ライトも今は放心しとるみたいだし、それが良いじゃろう』
『ちょっと待てジュール。それはあまりにも……』
ジュールの人でなしの意見にはヴォルケンも苦言を呈すが、そこであることに気付いた。
つい今し方そこで座っていたライトの姿がどこにも見当たらない。
ライトは気絶した剣聖の剣を拾い、両手に装備してガルムの前に立っていた。
その動作がスムーズすぎて誰もライトの動きに気づくことがなく、全てに気を張っていたはずのアシュロフや、目を閉じていたとはいえ目の前に立たれたガルムでさえもその気配に気づくことが出来なかった。
「ライトっ!? 何をやっているんだっ!?」
そばにいたはずのニールもこの異常事態にようやく心が追いついた。
一切戦っていないし、傷も痛みもないはずだが、恐怖で全く立つことの出来ないニールは四つん這いでライトの名を叫ぶ。この時ガルムはライトの名を掴んだ。
「ライト……。お前も帝国の人間か?」
「そいつは違うっ!! 関係のない男だっ!! だから……うおっ!?」
アシュロフは剣を杖代わりに一歩を踏み出すがブルックと同様、激痛で体の制御が効かず、膝から崩れ落ちてうつ伏せに倒れる。気を張ってギリギリで立っていたのに、ライトのせいで気が散らされて盛大に倒れた。
今すぐに立つには最高レベルの回復魔法を使う必要があるのだろうが、それほど高度な回復魔法を使えるものはこの場にいない。つまり気力を振り絞って立った勇敢な姿を見ることはもう出来ない。
ガルムは不思議な顔でアシュロフとライトを交互に見る。眉を潜めてライトに話しかける。
「……だ、そうだが? 関係のない男が帝国のために犠牲になるというのか?」
「……」
ライトは魔剣の握りを確かめ、ゆっくりと構える。
右手にはアレンのS級魔剣『竜乗』、左手にはデュランのS級魔剣『威風堂々』を持ち、右手を上へ、左手を前方に水平にかざす。
精霊たちも見たことのない構えに固唾を飲む。
本来であればすぐにもライトの背後から体に入って力を与えるところだが、ガルムの殺意が刃物のように鋭く首筋に突きつけられ誰も動けない。剣を構えた瞬間にライトは供物に認定され、まな板の上の鯉として調理されるのを待つのみ。
「……参考までに聞かせてくれ。何故犠牲になろうと思った? お前と関係ないはずの国のために死ぬことになるというのに……」
「……この戦いに犠牲も何も関係ない。俺は強くならなければならない。誰よりも……貴様よりも」
力を入れるように腰を落として少しだけ体を開く。細く長く息を吐き出し、肩の力を抜く。ガルムの目にボヤァッとライトと別の人影が被り、二重に見える。誰の姿と被っているのか分からなかったが、些細なことだと忘れ去る。
「誰より強く……か。お前にも目指しているものがあるのだろうが間が悪かった。道半ばで死にゆく運命。……哀れな……せめて痛みなく死ぬが良い」
その姿はライトと比べるとあまりにも無防備。刀を鞘に納め、仁王立ちで両手をだらりと下げている。見た目だけを考えればライトに分があるように見えなくもないが、これこそが居合の備え。剣聖たちにとっては最も恐れる最悪の構えだ。帝国最強の戦力であった剣神が血煙に変えられたのも記憶に新しい。
抜く動作すら見えない最速の剣。術発動の起こりすら見ることは不可能。
ガルムはライトに向け、視認不可能の斬撃を放った。
──ギィンッ
瞬間、散る火花。
「っ!?」
ガルムは抜いた刀を即座に引いて突きの構えを取る。ライトも腰を切って右手を引き、左手で牽制するように剣を突き出した。
ライトが血煙となって霧散するのを確信していた傍観者たちは、思っても見なかった金属音に目を剥いた。
剣聖との戦いで一度として使用されなかった居合術を……使用されたら絶対に死ぬジンクスのあるあの居合術を、精霊の力を借りなければ何も出来なかったはずのライトが防いで見せた。
いや、誰にも視認出来ないので防いだのだろうという推測でしかないが、ライトが健在である異常な状況が全てを物語っている。
「……お前……何者だ?」
最初に出会った時とは明らかに別人。動きが洗練され、一部の隙も見当たらない。
「俺は……ライト=クローラー。誰よりも強くなって……友の隣に立つ」
「友?」
「レッド=カーマイン。俺の目指す最強の男の名前だ」




