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198/313

198、もういい

 白い靄の中、ぼんやりと浮かび上がる人影。

 赤髪のおさげが風に吹かれて気持ち良さそうに揺蕩(たゆた)う。


(誰だ? 私は彼女を知っている?)


 判然としない意識の中で見惚れていると、彼女はゆっくりとこちらに振り返った。

 キラキラと光を反射するルビーのような瞳を向け、ニコリと微笑んでくれる彼女に安心感と愛おしさが湧いてくる。


「ねぇ、──。この戦いが終わったら、どうするの?」


 名前を呼ばれたような気がしたが、そこだけ途切れるように聞こえない。


(戦い……いつの、どの戦いだ? 君は何のことを言っている?……君は……誰だ?)

「私? 私はこの戦いが終わったらさ、槍を置こうと思うの。(くわ)を持って畑を耕したり、本を読んだり。あとは……」

(質問の答えになっていない……何故私は動けないのだ? これはいったい……)

「とにかくずっと忙しかったじゃない? だからゆったり過ごせる家でさ、のんびり過ごすの。静かで暇で退屈なスローライフ。でも平和ってそうなんでしょ?」

(ああ、そうか……これは記憶。随分昔に忘れ去った記憶だ。……何故、今……?)

「でさ、──。もし良かったら何だけど。それはつまり戦いが終わった後、特にやることがなかったら。何だけど……」

(……やめろ)

「この戦いが終わったらさ、私と一緒に……」

(やめろっ!!!)



 ガルムはハッと我に返る。

 剣聖たちとの戦いの最中、白昼夢を見ていたようだ。

 鋼の切っ先が命を取らんと迫りくる戦いの最中だというのに、全く以って悠長なことである。といっても、剣聖たちはガルムの攻撃に体力を削られたのか、床に這いつくばっているのが見えた。


 意識が飛ぶ寸前、微かに覚えているのは四方八方入り乱れる攻撃を回避しつつ、ディロンの体を壊れない程度に切り刻んでいたところだ。


 何故急に白昼夢を見たのか。

 避けるのも防ぐのも切り刻むのも飽きたとでもいうのか。


 頭を横に軽く振り、心の中で喝を入れつつ小さく肩を回し、細く長い息を静かに吐き出しながら気を引き締める。


(相手が弱者だからと油断したか。悪い兆候だな……)


 ガルムが自分を戒めている頃、ニール=ロンブルスは悪夢を見ているような気分になっていた。


 冒険者チーム『ビフレスト』のリーダーであり、魔法剣士(マジックセイバー)としても名を馳せた天才であるはずの自分が、剣の腕で赤子扱いされる武力国家『ルオドスタ帝国』。

 その上澄みである『剣聖』たちは達人の域を超えた超人たち。超人を超えた『剣神』という頂点まで居る手の付けられない最強っぷり。


『ここで僕は強くなるっ!』


 ニールは確信に近い感覚を感じ取っていた。

 常に感じていた劣等感の払拭。夜明けは近いと期待していた。


 しかし、その願いは叶わない。


 魔神ガルム=ヴォルフガングの襲来で、1日どころか1時間足らずで帝国は陥落した。


「ぼ、僕は……何を見ているんだ?」


 倒れ伏すライトの側で腰を抜かすニール。

 ガルムと剣聖たちの戦いは佳境に入っていた。


 剣聖たちは魔剣の力をフルに活用し、炎、風、水、土などのあらゆる力が入り乱れ、ガルムに立て続けに斬り掛かる。

 刀を抜いたガルムの反撃を恐れず果敢に攻める剣聖たちであったが、その攻撃は全て回避され、擦り傷一つ付けることが出来ない。

 逆に刀による反撃は全て竜人化したディロンが受け、剣聖たちが致命傷を受けることはなかった。


 傍から見れば1人対多数でようやく五分五分に見える。

 だが、ニールの動体視力など高が知れている。それはニール自身も実感していることで、五分五分であって欲しいという希望的観測に過ぎない。


 当事者であるブルックは傍から見ているニール以上に危機感を感じていた。

 現状では剣聖は出て行ったルグラトスを除き、1人として欠けていない。ディロンが斬撃を防いでくれることで腕や脚の欠損もなく、今のところ失血死の心配もない。

 しかし峰打ちや蹴りによる打撲で、徐々に剣聖たちの体力は削られていった。


「野郎……何で、疲れてねぇんだよ……!」


 セオドアはこっそり苦言を呈す。先に根をあげたのは剣聖たちの方だ。

 剣を杖代わりに何とか立ち上がる者もいれば、膝を突いて体力回復に専念する者もいる。残念なことにディロンは身体中斬られすぎて床に寝転んでいる。ウルラドリスが側に付き、回復魔法を掛けているが、この戦いの中でディロンが立つことはないだろう。


 全員が肩で息をしながらガルムを睨む。半刻以上戦っているというのに、疲れ知らずのガルムは冷ややかな目を向けゆっくりと静かに口を開く。


「……終わりか? 剣聖」


 玉座の間がしんっと静まり返る。ガルムの挑発にまともに返答出来ない。


「──……まだだっ!!」


 意を決して飛び出したのはアレン=レグナス。

 アレンは今まで支援や追撃に徹していたため他の剣聖たちよりも少しだけ体力があった。その体力を使い切り、最後の一撃を放つ決心をする。


 それは日に1度しか使えない技。凄まじく強力であり、決まれば格上だろうと切り伏せることの出来る取って置き。


 アレンの扱うS級魔剣『竜乗(ドラグライト)』の能力である『竜鱗(スケイル)』の効果で自身の耐久力を大幅に向上させ、長年の努力と研鑽によって生み出したアレンオリジナルの術理『竜圏(りゅうけん)』を使用し初めて完成する。

 竜圏(りゅうけん)とは自分の周りに自身のみが知覚可能な円の領域を展開させる特殊な知覚能力である。円の範囲に入ったものを完全に知覚し、命中精度を極限まで引き揚げる。

 敵に避けられないように剣を振る速度は弛まぬ努力によって音速を超え、肉体が破壊される速度に耐えられるよう竜鱗(スケイル)で身を硬める。

 そして自身の魔力を圧縮し留め、緻密な魔力操作で魔剣に魔力を一点集中させて放つアレン最大最強の一撃。


 ガルムは当然のようにアレンが接近するのを待つ。どんな攻撃であろうとも何とか出来る自信の現れか。

 その隙をアレンは見逃さない。


「これで終わりだっ!!──絶風一閃(ぜっぷういっせん)っ!!!」


 その余裕を打ち砕かんと放たれるのは防御不能、空間をも断絶する不可避の絶技。アレンの最大にして最強の技。


 ──シュパァッ


 アレン渾身の振り下ろしはガルムの頭に当たることはなかった。

 前のめりに突進したはずのアレンは、弾かれたように血を流しながら吹き飛ぶ。その体には切り傷が無数に出来ていた。


「アレンっ!!」


 ブルックは即座にアレンを受け止め、息があるかどうかを確認する。「うっ……」という呻き声を聞き、生きていることに安堵したブルックは傷口を確認する。


「……傷は浅い。竜鱗(スケイル)のお陰か……」


 耐久力を大幅に上げたことで致命傷にはならなかったが、アレンは目を覚まさない。

 技と究極のぶつかり合い、さらに日に1度しか使用出来ない技であるが故に反動が強く、ガルムの反撃と相まって気絶してしまったようだ。


「貴様……っ」


 ブルックが大剣を握りしめて立ち上がる。懲りずに仕掛けるつもりらしいが、ガルムはため息をついて頭を小さく横に振った。


「……もういい」


 そう呟くとガルムはフッとみんなの視界から消える。どこに行ったのかとブルックは血眼になって探したが、次の瞬間為す術もなく剣聖たちは背後に吹き飛ばされた。

 単なる吹き飛ばしではない。息が一瞬出来なくなるほどの腹への打撃をアレンを除く剣聖全員が受ける。

 喉を詰まらせながら何とか呼吸をするが思ったように空気が入ってこず、うずくまって小さく呼吸を繰り返す。何とか通常通り息が出来るまでに回復するも、全身に走る痛みから立ち上がることさえ困難な状況に陥っていた。


(バカな……っ! 腹だけじゃないっ! あの一瞬で全身に攻撃をされているっ?!)


 息のし辛さは腹以外にも理由があったことを今知った。


「よく頑張ったと褒めてやろう。よくぞここまで食い下がった。私は少し感動している。……だが、すまない。もう少し遊びたいところだが私の方が先に飽きてしまった。ここらで終わりとしよう」


 ガルムは刀を鞘に仕舞う。『終わり』を宣言したならとっととこの場から何もせずに立ち去って欲しいところだが、そんな思いは虚しくガルムは人差し指を一本立てた。


「1人。お前たちの中から1人、私に捧げる供物を選ぶが良い。その者の命を以ってこの場で起きた全てを不問とする。……選択を放棄するというなら皆殺しだ」

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