197、友達
「負けを……認めたのか?」
怪物を翻弄していたグルガンだったが、レッドの放った凄まじい一撃のおかげで怪物を倒す必要がなくなっていた。
トラウマになったドラグロスの殺意を超えるレッドの力の波動で怪物が大人しくなり、キュッと縮まって動かなくなってしまったのだ。
しばらく観察していたが、敵意も気力も完全に失われていることが目に見えて分かったため、先に戦闘が終わっていた地上に降り立ち、事の顛末を聞くことになった。
「ああそうだ。俺はレッドにゃ敵わねぇ。こうしてぶった切られちまったからな」
そういうと既に傷口が塞がった薄い傷跡を指でなぞって見せた。見た目だけで判断すれば、遊んでいる最中に喧嘩になり、ちょっと血が出たから興奮が冷めて仲直りしたように見えなくもない。それほどまでに浅い傷だった。
「……あの爪刃を受けてこの程度とは……魔神とはいったい、どういう連中なのだ?」
「おいおい。魔神全員が俺と同じ鱗を持っているわけねぇだろうが。あれをまともに受けて死なねぇのなんて俺とモロクぐらいだろうぜ」
「モロク……確か山のように巨大なあいつか。見た目からはそこまで硬そうには見えなかったが……まだまだ収集すべき情報は多そうだな」
グルガンが腕を組んで考え事をし始めた時にレッドがドラグロスの傍に寄る。
「あ、あの……ドラグロス……さん? 俺が勝ちで良かったの? まだ全然戦えそうなのに……」
「おうおう、しっかりぶっ飛ばしといて何言ってんだテメェ。俺が負けたっつってんだからお前の勝ちだ。あと、さん付けなんてやめろや。俺とお前の仲だろ?……ったく、言わせんじゃねぇよ」
「あ、ご、ごめん……えっと、ドラグロス。俺はその……」
「……うじうじすんな。この俺が負けを認めたんだからシャキッとしやがれっ」
「う、うん」
レッドは不安になりながらもドラグロスに言われる通り胸を張る。レッドなりの精一杯のシャキッと感にドラグロスは「それで良いっ」と背中を叩いた。
一連の流れを見ていたグルガンは首を傾げながらドラグロスに問う。
「……貴公は……今どの立ち位置に居るのだ?」
「あ? 俺は俺だ。どこの立ち位置でもねぇよ」
「それはつまりデザイアに反旗を翻したと見て良いのか?」
ドラグロスはイラッとした顔を向け、グルガンに詰め寄る。覗き込むように睨みつけるとグルガンは視線を外す事なく真っ直ぐ見つめ返す。
竜神帝のドラグロスにとってグルガンなど仔猫のようなものだが、一切怯む事なく堂々としている姿に思わずニヤける。
「……良いねお前。デザイアを前にして一歩も引かなかったもんなぁ。気に入ったぜ」
「……もう一度聞くぞ。貴公は敵か? それとも味方か?」
「俺は……『友達』だ。お前らのな」
「……なるほど。気に入った」
グルガンはニヤリと笑って右手を差し出す。その手をドラグロスは即座に握る。バシンっという軽快な音を鳴らして握り合うと、2人して牙を剥き出して笑い合う。
「お前、名前はなんつった?」
「ゴライアス=大公=グルガン」
「そうかよゴライアス」
「……我のことは出来ればグルガンと呼んで欲しいのだが?」
「問題あるか? ゴライアス。俺の名前はドラグロス=バルブロッソだ。ドラグロスで良いぜ」
「ふっ……そうか、ドラグロス。名前などこの際どちらでも良かろう。せっかく友となるのだ。お互い、尊重し合わねばなるまい?」
「……良いね」
握り合う手がギリギリと音を立て、今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな空気にレッドがあたふたする。
正直このまま握りあえばグルガンが不利だが、しばらくしてどちらからともなく手を離す。レッドがホッと一息ついたのも束の間、今後の話し合いに移った。
「……ところでお前らこれからどうするつもりだ?」
「デザイアの戦力を削るために次の地に赴くつもりだ。まさか貴公が友となるとは思いも寄らなかったが、この調子で敵を弱体化させ、逆にこちらは強化していこうと考えている」
「おい待てよ。それで真っ先に俺を狙ったと? 勘弁しろよ。普段の俺ならブチギレるところだぜっ」
「勘違いするな。決して貴公を侮ったわけではない。……こちらにもいろいろと事情があるのだ」
グルガンは腕を組んで目を閉じる。理解して欲しいなどというつもりはないが、事情は汲んで欲しいという静かな抗議である。
「はっ! そりゃそうだろうぜ。俺なら最初に叩くのはヴァイザーの爺だ」
「え? ヴァイザー?……って誰だっけ?」
「あん? そういや名乗ってねぇか。ほら、あれだ。あのクソ長ぇ一本角を持ったクソ爺だ。覚えてんだろ? 気色悪ぃくらい真っ白な爺をよ」
「あ〜……あれか。ん? そういえばグルガンさんが威圧してたような……」
レッドがチラリとグルガンの方を見るとパチっと開いた目が合い、お互い小さく三回頷いた。
「……そのヴァイザーとやらは貴公のイメージでは御し易いということかな?」
「ま、そういうこった。多分他の野郎に聞いても真っ先に叩くのはヴァイザーだって言うだろうぜ。あ、勘違いすんなよ? 雑魚ってわけじゃねぇから」
「なるほど、確かにそうだろう。デザイアが魔神として連れている以上、強者であるのは必然。侮るつもりなど毛頭ないが良いことを聞いた。次はそのヴァイザーを倒しに行こう」
「だったら聖王国だ。野郎は神を気取ってやがるからよ。どこを支配するっつー話し合いの時、聖王国って聞いた途端真っ先に手を上げるくらいには執着してやがる。つーことで反撃の狼煙を上げるなら聖王国からにしな」
ドラグロスは聖王国があるであろう北の方角に顔を向ける。レッドも釣られて同じ方角を見た後、「良い情報が手に入りましたねっ」とグルガンに笑いかけた。グルガンもその笑顔に笑顔で答えるが、すぐに顔を引き締めてドラグロスに質問する。
「1つ質問がある。随分とこの大陸に詳しい者がいると見たが、この世界の情報はどこから得た?」
「そりゃお前、この世界の住人に決まってる。つってもまぁ、かなり大雑把な情報だったが。何せ自分の大陸から出たことがねぇみたいだったからよ」
「人攫いか?」
「俺たちに? はっ! 必要ねぇだろ。志願してきたんだよ。どっかの宗教施設にカチコミした時にな」
「……ちなみに名前は?」
「リックだ。リック……確か、タルタニアンっつってたな」
その名を聞いて茫然とするレッド。まさかドラグロスの口からあの大陸にいるはずの知り合いの名前が出てくるとは思いも寄らなかった。それはグルガンも同じで、憂慮する事態が既に起こってしまったことを痛感していた。
「リックが……?」
「おうよ。もしかして知り合いか? だったら残念だったな。強くなりてぇとか何とか言ってよ、デザイアの前に出るから細胞ごと変異させられて人間じゃなくなってたぜ。……ったく、強くなりてぇのは良いとして、やり方が気に食わねぇ。外付けの力でイキる野郎はどうにも好かねぇからよ」
「そんな……」
落ち込むレッドの肩をグルガンはポンと叩いて慰める。
「どのような心の移り変わりがあったにせよ、リックは誤った選択をしたようだ。しかしこれで納得がいった。このスムーズな侵攻の裏にはリックの影があったということだ。奴にはそれなりの罰が必要ということもな」
「お? それならもう1人いるぜ。俺は直接会ってねぇが魔族だっつってたな。名前は……あ、そうそう、ベルギルツって奴だ。ヴァイザーの直属になったって聞いてるぜ」
「……なるほど。どこに雲隠れしているのかと思えば……ありがとう。実に有意義な情報だ」
ドラグロスに感謝を述べながらも、その顔に笑顔はない。殺意に近い鈍色の眼光を輝かせていた。
「……良いね。俺はそういう目は好きなんだ。面白そうだから聖王国までついていきてぇ所だが、今はまだここを離れるわけにはいかねぇ。サプライズってのはバレねぇようにこっそりやんなきゃよ」
「うむ。それは我も同意見だ。奇襲にもってこいの状況を逃すのは惜しい」
グルガンとドラグロスの意見は一致していたが、レッドは寂しそうな顔を見せた。
「え……せっかく一緒にいけると思ったのに……」
「あ? ったく、そんな顔すんな。あとで合流するって話だろうが。つっても騙すのだって簡単なことじゃねぇからよ。少し時間をくれって話だ」
「え? あ、そういう……ごめんごめん。よく聞いてなかった」
「テメ……っ! チッ……まぁいい。とにかく今はヴァイザーに集中しろ。それ以外の魔神には俺が良いと言うまで手を出すんじゃねぇ」
ドラグロスが指差し確認するようにレッドの鼻先に人差し指を突きつける。レッドは大人しく「はいっ」と言ったが、グルガンは「何故だ」と質問した。
「ヴァイザー以外が面倒臭ぇからに決まってんだろ。特にガルムの野郎には手を出すな。あの野郎は面倒臭ぇどころじゃねぇからよ」
「ガルム?」
「剣持ってる野郎だ。あいつと戦うのだけはごめんだが、もし俺が単独であいつとやり合えば勝算は3……いや、2割ってとこが妥当か……」
「何だと……っ?!」
「もちろん俺だって負けるつもりはねぇよ。けど戦わなくて良いなら俺は野郎を避ける。……つっても最終的にはデザイアとやることに何だから避けちゃ通れねぇ。あいつをやるなら俺とレッドとお前の3人掛かりで行くのが理想だ。これでも無事じゃ済まねぇだろうが……」
「……分かった。ガルムに手は出すまい。して、ガルムはどの国に降り立ったのだ?」
「帝国だよ。通り過ぎたろ? お前ら降りなくて幸運だったな」
レッドとグルガンは肝が冷えた。そこはライトとディロンが降り立った場所である。
その表情の変化で何かを悟ったドラグロスは後頭部を掻いた。
「あー……仲間のことは諦めろ。今頃死んでる」
「いや、情報収集に降り立っただけだ。戦わないことを約束しているから問題ない……はずだ」
「……そういうことか。獣王国では情報収集出来ないと踏んでレッドをぶつけてきたわけだ。だとしたら無謀もいいとこだぜ。レッドを失えばお前たちに勝機はねぇ。ったく、相手が俺でラッキーだったな」
「それにも感謝しているさ。……思うところは多々あるが、今の目標はヴァイザーだ。我らは先に聖王国に向かうこととする」
レッドは慌ててグルガンに縋り付くが、グルガンはレッドの両肩に手を置いて覗き込むようにレッドの目を見る。
「彼らを信用するのだレッド。もし無謀にも戦おうとするとしたら暴れん坊のディロンだろうが、ライトが止めてくれる。ライトだけじゃない。精霊王もいればウルラドリスもいる。情報収集のため、街民に話を聞いている頃だろう。ひょっとすると何日間か過ごすために用意した宿屋でくつろいでいる頃かもしれない」
「それは……まぁ、そうかも?」
「とにかく。ディロンは、その……いや、彼らは大丈夫だ。そう、ライトが何とかしてくれる」
「……ですね。ライトさんがいますもんねっ!」
グルガンとレッドは2人で勝手に納得しているが、端から聞いてるドラグロスにとってディロンがどれだけ信用されていないかを知るきっかけになった。




