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190/210

190、封印指定魔剣

 ──パァンッ


 破裂音と共にガルムを囲って攻撃を続けていた4人の剣聖たちは吹き飛ばされた。

 ブルックとアレン、レナールとブリジットは身を翻して着地し、肩で息をしながらガルムを警戒する。


 振り抜いた切っ先が真っ赤な絨毯を切り裂き、踏み抜いた床がぐずぐずになり、美しかった玉座の間が見るも無残になってしまった。

 何も知らない一般人でさえ、この痕跡を目の当たりにすれば、常人では理解しきれない凄まじい戦いが繰り広げられたのだと感じられるだろう。


 しかしガルムを中心とした1mの範囲だけ、綺麗にくり貫かれたように傷一つ付いていない。

 現在の帝国最強『剣聖』を4人相手取り、四方から取り囲まれて攻撃を受けたにも拘らず、何事もなく佇む姿は本当にそこに存在しているのかも怪しい。


(これだけやって……息一つ吐かないのか?)


 4人から発せられる殺意と圧迫感。殺傷能力の高い魔剣が4本同時に襲ってくる緊張感。毛髪一本分でも気を抜けば終わる戦闘の中、凍えるほどに冷静で、一切無駄のない最小の動きと技術により、かすり傷はおろか疲弊すらない。

 剣聖になるべく鍛え上げた心身、経験、剣技は魔神ガルムの前に一蹴された。


「……お前たちを相手にしていると昔のことを思い出す。私が知る中で最後に戦った連中が同じように囲んで襲ってきた。その時に相手にした連中の方がお前たちよりも遥かに強かったが、それでも私を追いつめる者はいなかった。この意味が分かるか? お前たちではどう足搔こうとも私に勝つことは出来ないのだ」


 ガルムは鞘に入ったままの刀をかざす。剣聖は抜き身で殺そうとしている中、抜刀すらせず敵の命も取らない。手加減の領域を超えた遊びに近い感覚。


「凄ぇな。あれだけの猛攻の中で無傷かよ……。まるでレッドだな」


 ディロンの呟きにガルムは反応する。


「……レッド=カーマインのことか?」


 全てに興味無さそうなガルムが名前だけでディロンに目を向けた。急な反応に面食らったが、ディロンは胸を張って「おうよっ」と答える。

 レッドのことを知らないレナールやブリジットは誰のことを言っているのかと首を傾げる。


「……デザイア様の怒りを引き出し、漆黒のオーラに曝されても消滅しない男。このような世界で常軌を逸した頑強な体を持っているなど、さぞつまらない人生を送ってきたことだろう。それはこの私とて同じこと。……レッド=カーマイン。あの人間ならあるいは私を……」


 ──ビュンッ


 空気を切り裂く音が聞こえ、ガルムの背後から人影が通り過ぎる。ガルムがしみじみと語り視線を下に向けたその瞬間、気配を消してタイミングを計っていたセオドアが切りかかったのだ。


「……チッ……野郎っ……!」


 地面を蛇が這うように迫る完全な死角からの攻撃。完璧な一撃だったが、ガルムは迫りくる刃に即座に反応し、残像を残して飛び上がっていた。すぐ傍にあった柱を蹴って距離を取りつつ難なく着地し、無傷の姿を堂々と見せた。

 しかしセオドアの不意打ちは今までの攻撃で一番の功績と言える。ガルムが油断していたとはいえ、回避に追い込んだのだ。


「セオドアっ!? どうして……っ!?」

「へっ……不甲斐ねぇなブルック。1人を4人で囲んでかすり傷の一つも負わせられねぇのか?」


 セオドアはブルックをいつものヘラヘラとした顔で肩越しに見る。


「セオドアさん……!」

「あんた……っ! よくも帰ってこれたわねっ!」

「……これでまた1人犠牲者が増えた……」


 剣聖各々が反応する中、ガルムも意外そうな顔を見せた。


「……戻って来たか。見た目に反して(ほだ)されやすい性格なのか?」

「悪いなガルム──様? あんたの部下になって早々だけどよぉ、ホームシックに掛かっちまってなぁ。古巣に戻ることを伝えに来たぜぇ」


 斬り掛かった魔剣をかざしながら犬歯を剥き出しにして笑う。


 セオドアの愛用するSランク魔剣『侵剣【衰弱】(ダーインスレイブ)』。


 刀身は長く、魚の骨のように何本も棘みたいな刃が一定の間隔に並んだ奇妙で扱いづらそうな見た目の魔剣。だが、信じられないほど鋭く、魔剣の中でも屈指の切れ味を持つ。

 生き物の血液を吸収すればするほど更なる切れ味を獲得し、斬られた傷が治らないという凶悪な能力も持っている。

 ブルックの魔剣『竜断天墜(アスカロン)』のように『風の加護』が付与されているが性質が異なっており、『病風(やみかぜ)』と呼ばれる黒い風を刀身に触れた敵に纏わせ、衰弱させる特殊能力も持っている。斬られた傷が治らない性質がこの風に含まれていると考えられていて、対面で戦うことすら危険とされている。

 所有者であるセオドアは病風による衰弱は無効となっており、自らに纏わせて空を飛ぶなど使い方は自由自在。

 仲間と使用するには危険な魔剣だが、単独で操るならばかなり万能な武器であることは間違いない。


 しかし実は血を吸うことで得られた切れ味の効能は一日限りであり、日を跨ぐとどれだけ血を吸わせていても元の切れ味に戻ってしまう。所有者は強化の頂点(ピーク)といつまで維持していられるかの時間を気にしながら戦う必要がある。

 そして斬られた傷に関しては自然治癒が不可能という呪いであり、最上位の回復魔法もしくは最上位の回復薬を使用すれば呪いを弾いて傷の回復が可能となる。


 当然、こういった不利な情報は所有者と仲間内、そして国の上層部しか知らないため、戦いの中で血を欲する姿からセオドアは他国で『這い寄る吸血鬼』と呼ばれ恐れられている。


 その隣に立つは搦手のセオドアに対して真っ向勝負のブルック。2人はガルムを倒すために手を組む。


 魔剣の性質と所持者の性質が合致した時、魔剣の方から所有者を認め、魔剣に選ばれた者だけが本来の力を発揮させることが出来る。

 この2人の性質は真逆。火と水のような関係性であり、お互いを邪魔し合うことしか出来ない最悪の相性。

 しかし剣聖となるため、お互いが意識し合い、切磋琢磨し、死線を超えて来た戦闘の歴史は裏切ることなくその身に宿る。


「……いつ以来だ?」

「さぁな。長らくデカい戦争もなかったし、魔物どもの侵攻もなかったからよ。すっかり忘れちまったぜ」

「俺についてこられるか?」

「クカカッ! そりゃこっちのセリフだぜ。忘れられた大陸で楽してた数年、俺はすっかりお前を追い越してるっつーの」

「期待しているぞセオドア」

「……チッ……うっせーよ」


 出会えば即嫌味合戦が始まる仲の悪い2人だが、ひとたび手を組んで戦えば最高のコンビネーションを魅せ付ける。これは師弟関係にあるアレンが嫉妬してしまうほどであるが、同時に2人こそ最良のパートナーであると心の内で誰しもが認めている。


 セオドアが参戦したことで士気が上がる。レナールもブリジットも諦めかけていた心に喝を入れ、剣を握り締めて2人に並ぶ。それに負けじとアレンも並んだ。


「……健気なものだ。人数が増えたところで私に勝てるはずもないというのに……」


 ガルムの呟きに「人数だけではないぞっ!」と溌溂(はつらつ)とした声が響く。スキンヘッドの照り返しにガルムは若干目を細めた。声の主に振り返ることなくブルックは尋ねる。


「デュランか。アッシュはどうした?」

「すぐに来る。そんなことよりも朗報だ。今すぐ封印指定魔剣に切り替えろ」

「!……なるほど。アッシュが行ってくれたか」


 ブルックは口元に笑みを浮かべる。同時にレナールもニヤリと笑った。


「やっとなの? さっきからフラストレーションが溜まってハチ切れそうだったのよ。解放と同時にぶっ放すから焦げ付きたくなかったら避けな」


 レナールはぐっと腰を落として両腕を上げ、突きの構えを取る。


 封印指定魔剣『紅鱗剣(こうりんけん)烈火覇山皇(れっかはざんこう)』。


 龍球王国付近にある禍々しい洞穴の奥底で眠っていた伝説の魔剣。

 炎龍の力を持つとされる強力な魔剣であり、発動すれば絶大な火力の炎を放出し、その炎を自在に操り、身体能力の大幅な向上を認め、熱に対する完全耐性を得られる。

 所有者の力はまさに炎龍そのものとなる優れた魔剣である。

 ただ欠点として繰り出すすべての技に炎が付きまとい、使用を誤れば何もかも灰燼に帰す。


 数少ない明確な意思を持つ武器であり、レナール以外が持つことを極端に嫌うため、封印指定魔剣でありながら剣神と同様、常備することを特別に許されている。


 レナールの魔剣が徐々に熱で赤みを帯びてきたのを横目で見たブリジットは、ため息をつきながら手をかざす。


「……来い。『魔王剣【(あがな)い】』」


 ブリジットのかざした手の先に布を纏った黒い剣が空間からにじみ出るように姿を現した。


 封印指定魔剣『魔王剣【贖い】』。


 この世界に存在しない未知の物質で出来た魔剣。

 特殊能力は次元干渉。次元を裂いたり繋げたり、もしくは閉じたり出来る規格外の魔剣。

 前の所有者は次元を渡り歩く侵略者であり、帝国に現れた際に自らを『異世界の魔王』と名乗っていた。今は亡き剣神と死闘を繰り広げ、剣神の底無しの実力の前に敗れた。

 異世界の魔王はただの人間のように無様に死んでいったのだった。


 死んだと同時に力の波動が消えた魔剣をルオドスタ帝国が長らく保管していたが、ブリジットによって長き眠りから目覚め、以降ブリジットのものとなった。

 こちらもレナールの魔剣同様、意思を持つ魔剣であったため保管することは出来なかった。故にブリジットが常に持ち歩くことになったのだが、魔剣の特殊能力で次元の間に押し込むことで軽量化を実現した。


『──ふはははっ! 待っていたぞ。我が主人(あるじ)!』


 頭に響いてくる声に辟易しながらもブリジットは魔剣を握るとすぐに真横に振り、空間に裂けめを作る。


「……ブルック」


 呼ばれたブルックは「すまない」と言ってブリジットの下へと歩き、空間の裂け目に手を入れた。そこからズルッと抜き出したのは片手では到底扱えないような大剣。

 長身のブルックと同じ長さで、刃の幅が広めに設計された無骨で巨大な鉄塊。


 これこそがブルックの封印指定魔剣。その名を『無銘』。


 多種多様な変形を持ち、扱い方次第では山をも断つと噂されている超ド級の魔剣。こんな(なり)をしているが、所有者と認められた者は重量を無視して持つことが出来るので、見てくれだけでも凄まじい物量を小枝のように扱うことが出来る。

 所有者と認められているのは剣神とブルックの2人であり、現在はブルックのみとなる。


 普段は特別収容室に厳重に保管されているのだが、ブリジットの魔剣は次元を繋いでしまうため、こうして保管方法の一切を無視して取り出すことが可能となる。


「いくぞ……錆びついた鉄塊(アルトアイゼン)


 ブルックは大剣をブンッと一振りして前に出た。ガルムは装備を換えた面々を見渡し、小さく首を振る。


「……今からが本気とでも言うつもりか?……私を前に悠長なことだな……」

「そちらに事情があるように、こちらにも事情というものがある。そして封印指定魔剣が今ここに……私の手に握られている今こそが準備が整った証。アッシュが間に合ったようだ」

「封印……そうか、なるほど。魔法拘束か。恐らく皇帝が拘束を解く鍵を担っているのだろうな」

「鋭いな……」


 ブルックは魔剣を握る手に力を込めた。同時に剣聖たちのやる気も上昇するのを感じる。

 敵の明らかな戦力の向上にガルムは刀を腰に差した。そしておもむろに刀を引き抜くと、剣神ですらまともに見ることの出来なかった刀身が姿を現した。


 この世界にない金属で鍛え上げられた刀身は見る角度や光の当たり方の違いで色が変化し、見る者によっては恐怖を覚えたり、美しいと感じたりと様々な感情を呼び起こす。

 見た目だけではない。禍々しいオーラが抜刀した瞬間に放たれ、心とは裏腹に足が(すく)む。死が間近に迫っていることを本能が嗅ぎ取ったのだ。


 抜かれたのは1本。しかし、そのたった1本で歴史ある帝国が1日と保てなかった事実。


 帝国に攻め入った時は見えない速度で抜刀し、納刀する瞬間すら速すぎて見られないという曲芸で蹂躙されたが今回は違う。構えてこそいないが、刀身を剥き出しにしている今の姿は剣聖たちを敵だと認識した何よりの証拠と言えよう。

 凄まじい緊張感が押し寄せる。剣神と相対した時などと比べようもない圧迫感。踏み込めば間違いなく殺される。


(……いや、違う。動く動かざるに限らずこの空間全てが奴の間合い。然るべき時を待っていては斬られるだけ。ふっ……奴にとって我ら剣聖は藁人形と同義か……それも当然、ティリオン様も紙屑のように斬り捨てられたのだからな……)


 ブルックは自嘲気味に笑った。すぐに顔を引き締め大剣を正眼に構える。

 人間大の鉄塊が巨大な羽のように見えるほどに、不思議とまったく重さを感じさせないが当たれば最後、あり得ないほどの重量がのしかかり、一切尽くを潰し切られる。

 鈍色(にびいろ)に光る眼光でガルムを射抜くように睨み付ける。絶対に諦めない確かな意思がその目に宿る。

 刀身を見せびらかしていたガルムは剣聖全員を一瞥する。


「……これでもまだ戦意を失わないか……ならば少し楽しませてもらおう」


 何でもないように歩き出すガルム。ここに来て未だ余裕を持つガルムに付け入る隙があるとブルックは確信する。


 ──まだ勝機はある。

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