188、勝率
「行くぞっ!!」
ブルックの掛け声と共にレナール、アレン、そしてブリジットが走り出した。それぞれの持つ魔剣の力を解放し、ガルムに向かって滑るように移動する4人。
風が舞い、熱波が吹き荒れ、冷気が襲う。
「……温い」
──スパァンッ
4人は魔剣とその力を振るいながらも為す術なく吹き飛ばされる。全員空中で身を翻し、レナールとブリジットは着地する。ブルックとアレンは着地するや否や床を蹴って間髪入れずに突撃する。
2人の息の合った見事なコンビネーションはガルムの興味を誘う。
カシィンッ
ブルックの振り下ろした剣をガルムは鞘で受け止めた。
(っ!?……来たっ!!)
強者に勝てる可能性は3つ存在する。少なくともブルックはそう信じている。
第一に『多勢に無勢』。大勢で1人を囲めば手数で勝ること。そして第二に必要なのは今まさにガルムがブルックの攻撃を受け止めたような状況にこそある。
『強者の余裕』。
所謂、興味や関心、気まぐれといった感情の起伏。弱者に対する知的好奇心。
本来であれば剣神をも瞬殺する殺傷能力を持った男がブルックの攻撃を受け止める。これ即ち、明らかな隙。
ほんの少し前までは世界最強だと信じて疑わなかった剣神ティリオン=アーチボルトにも遊び癖があった。皇帝の命令だろうと無視して行われる悪癖は、国の発展に支障をきたしかねないものだと認識していた。
しかしそんな遊び癖を指摘しなかったのは悪戯に神経を逆なでしたくなかったのと、万が一にも何かの弾みで戦いになった場合、そこを突けばティリオンを倒せるかもしれないと思えるほどに致命的な欠陥だったからだ。
正直感情の乏しいガルムに『強者の余裕』を期待出来るかどうかは分からなかったが、ライトを原形を留めたまま吹き飛ばした時に希望が生まれ、ガルムが攻撃を受ける形で目と鼻の先にまでブルックの接近を許したこの瞬間確信に変わった。
剣神を相手取った想定は終ぞ訪れなかったが、突如として現れた全く想定外の魔神襲来で花開いたのだ。
ブルックは受け止められた魔剣に力を籠める。受け止めたガルムはブルックを支えるようになり、身動きが取れなくなる。
ほんのわずかな読み合いの中、アレンはブルックのすぐ後ろで加速していた。ブルックの陰にアレンが隠れ、敵に視認されないように動き、完璧なタイミングで背後からも攻撃を仕掛ける。師弟として共に研鑽を積んできた経験から、2人の動きは洗練され、合図も必要としない阿吽の呼吸。
ブルックの左脇腹からマントを裂くように現れた切っ先はガルムに致命の一撃を与えんと迫っていた。
丁度剣を受け止めた右側はがら空きであり、左手で防御しようにも体を捻って無理に対応すればブルックの剣を受け止めきれなくなる。無理やりに足で受ければ機動力は損なわれる。仮に魔法で何らかの防御策を用いるならここでタネが割れる。
なんにせよガルムに不利なのは明らか。
──ドッ
「ぐぅっ!?」
アレンの魔剣がガルムに届く前にブルックの右脇腹に重い一撃が入る。ガルムは左手で腰に差した刀を鞘ごと抜き、攻撃に転化した。小突かれたブルックの体がアレンの魔剣を押し出し、突き出た切っ先は空を突く。
当たるまで気付けないであろう暗殺術のごとき一撃はガルムに看破され、軽く往なされてしまう。アレンはすぐさま体を回転させ、ブルックの背中を転がるように右隣りに躍り出た。
「竜爪突っ!」
魔剣が光り輝き、触れるもの一切を貫通せんとガルムに向かって突き出される。ここで突きにこだわったのは攻撃の速度と威力、そして防ぎづらいことを見越しての攻撃。
ブルックもアレンの攻撃に合わせて蹴りをお見舞いする。
一見やけくそにも見えるブルックの攻撃だが、ガルムの咄嗟の判断を見抜く目的もあった。片方を甘んじて受け入れて攻撃を再開するのか、それとも攻撃を避けて後退するのか、無理やりにでも弾くのか。
結果は無理やりにでも弾く。
いや、動きが速すぎて見えなかったために無理やりかどうかは分からなかったが、とにかく一歩も動くことなくブルックとアレンは吹き飛ばされた。
吹き飛ぶ2人と入れ替わるようにレナールとブリジットが前に出る。2人は挟み込むように両側から剣を振り、ガルムを逃がすまいと攻撃を仕掛けた。
ガルムは2人の攻撃を捌きつつキョロキョロと視線を外し、背後に回り込んだブルックとアレンにも気を配る。四方から迫る乱撃にガルムは全て対応する。
「止まるなっ!!体力が続く限り攻撃を続けろっ!!」
ガルムが強者の余裕を見せ、遊びが入った段階でブルックはこれを待っていた。
四方から迫る乱撃に対応させることは作戦の一部であり、これこそがブルックの考える強者に勝てる最後の可能性『疲弊』である。
本当のところ、万全の状態でない体調不良などを見極めて戦闘を仕掛けるべきなのだが、そうも言っていられない現状はとにかく遊んでいるうちに体力を使わせ、技のキレを落とすことに終始する。
アシュロフとデュランがセオドアとルグラトスを連れて戻った時、一気に畳みかけられるようにここで踏ん張るのだ。
幸いなことに知ってか知らずか、ガルムは後退のネジが外れたように踏み止まり、涼しい顔を崩すことなく4人の攻撃を捌き続ける。
この攻防がほんの瞬きの間に行われている。これを傍から観戦しているディロンとウルラドリスはあまりの速さに感心しているが、ニール=ロンブルスには何が行われているのか全く見えていない。
自分の元居た大陸では『魔法剣士』で鳴らした随一の冒険者だったというのに、事ここに至ってはただの一般人とさして変わらない。
吹き飛ばされて横たわるライトの側で成り行きを見守ることしか出来ない役立たず。
(リックもこんな気持ちだったのだろうか……?)
チラリとリックの亡骸を横目で見る。ゴミのように転がる物言えぬ肉塊にニールは自分を重ねた。
「……ゴホッゴホッ!」
「ライトっ?!」
ハッとする。ライトが気絶から目覚め、咽ながら何とか上半身を起こした。
「大丈夫かライト?!」
「……生きているのか俺は……?」
「縁起でもないことを言うなよ……安心しろ。生きてるよ」
「……精霊たちは?」
「すまない。僕には精霊の姿は見えなくて……」
「そうか……」
ライトはぼんやりとガルムと剣聖たちの戦いを見る。正に頂上決戦というべき凄まじい攻防に目を見張った。
「……あれはなんだ? 何で彼らは戦えているんだ?」
「次元が違うんだよ。僕たちではとてもじゃないが……」
「俺は……俺は精霊王たちの力を借りたのに何も……何も出来なかったんだぞ?」
「いや、相手が悪すぎる。何故なら剣神をも瞬殺した化け物だ。ああやって戦えているのが奇跡なんだ。だから……」
「俺は精霊たちを介さなければ……ただのちっぽけな路傍の石に過ぎないというのか……」
ライトの目から涙が零れ落ちる。
レッドに並び立つために必死に力をつけてきたつもりだったが、その全てが水泡に帰したような感覚。精霊を目にし、精霊に頼って己を磨けていなかったと痛感した自分を情けなく感じてしまった。
「……ライト……」
ニールから慰めの言葉は出ない。出るわけがない。
自らを路傍の石と蔑むライトとは比べ物にならないほど弱い自分を鑑みれば、寄り添うことすらも失礼ではないかと考えてしまったためだ。
這いつくばって床を舐めながら痴呆のように眺める事しか出来ない悲しい現実に絶望する。
既にニールは諦めている。今更どんな魔剣を持とうとも、御伽話でしか聞いたことがない『神器』と呼ばれる武器を今この場で手に入れたとて剣聖に並び立てるとも思えない。それはきっとライトも同じだろうと悔しがる横顔を盗み見る。
しかしライトは違った。ボロボロと涙を流しながらも、目を血走らせながらこの戦いを観戦する。奥歯を噛みしめ、一切納得していない表情と目の奥に鈍く光る鋼の輝きを放っていた。
その横顔にヒヤリと背筋が凍るのを感じる。
(ライト……? 君は一体……)
闘志以上の何かを孕んでいるライトにニールは恐怖を感じざるを得なかった。




