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187/318

187、帝国奪還戦

 いろいろな国、各々の考えがあるように、それぞれの選択がある。


 防衛に勤しむもの、これを好機と捉えて内ゲバに走るもの、助けを求めるものとそれを拒むもの。

 デザイアという共通の敵が居ながらも一致団結することなく情勢の読み合いに走るのは、(ひとえ)に危機意識が足りず、対岸の火事であるとの認識が強いためだろう。

 浮遊要塞が豆粒ほどしか視認出来ない魔導大国や、七大国から外れた大小様々な国にその傾向がより顕著と言える。


 3つの大国が既に支配を受け入れたというのに未だ報せがないからかあまりに無防備。

 どれも凄まじい戦力を誇った強国だったというのに半刻と経たず陥落。常識や人知を超えた怪物たちを前に思考すら許されていない。

 無知による選択は時に世界の命運を左右する。


 そして、この無謀な覚悟も一つの選択に他ならない。



 魔神ガルム=ヴォルフガングの手によって陥落した帝国。その後の支配を任されたリック=タルタニアンは、事情を知らぬディロン=ディザスターによって倒された。

 皇帝ごっこにはしゃぐリックが事切れたことで言い訳も出来なくなった剣聖たちは岐路に立たされる。

 突然現れてリックを倒した元凶の首を手土産に許しを請うか、これを機に戦いに打って出るか。


 まともに話し合いが出来ぬままにガルムは姿を現し、その猛威を振るう。


 ──スゥッ


 ブルックは腰に提げた魔剣をおもむろに抜き払う。

 自ら光り輝くかのような美しい刀身。鍔の部分に彫り込まれた竜の彫り物は、この剣の用途を示している。

 Sランク魔剣『竜断天墜(アスカロン)』。またの名を『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』。

 その名に恥じぬ能力を備えており、竜特攻の力を持つ魔剣である。

 しかし竜のみならず異様な切れ味と頑強さを持ち、自身の技の威力を単純に10倍に増幅してくれる。さらに風属性のルーンが付与されているために移動速度を飛躍的に向上させ、『風の加護』と呼ばれる矢や石礫などの飛び道具を当たらないように自動で逸らす機能まで搭載された、剣聖レベルが所有すれば無敵と言える魔剣である。


 だが、これだけの力を有するブルックであっても『剣神』ティリオン=アーチボルトには勝てない。

 経験に裏打ちされた確かな技巧。信じられないほどの魔力量に、天性の身体能力。おまけにブルック同様Sランク魔剣を所有する。世界最強の称号を持ち、各国の最高戦力には『剣神レベル』という物差しが使用されるなど、完璧を絵に描いた男だった。

 それほどの男をその辺の一般兵と同様に肉塊にしてしまう化け物の中の化け物に、この程度の魔剣では太刀打ちのしようがない。


 それでも3つ、化け物に勝つ方法があるとブルックは考えている。

 待ち構えるガルムから目を逸らし、背後に控える元弟子であり現剣聖のアレン=レグナスを見る。アレンは師であるブルックの目の奥にある真意を見抜き、一度深呼吸をしてから片刃の魔剣を抜く。

 そしてチラリと反対側に目を向け、すぐ隣に居る隻眼の女剣聖レナール=メトロノーアが魔剣を構えるのを確認する。


 そう、ブルックは1人じゃない。

 単身で剣神レベルと戦えば9割9分負ける戦いも、2人、3人と増やしていけば、四方八方から繰り出す手数と風のみに限定されない様々な攻撃方法が増え、最強を謳う剣神でさえ追いつめることが出来る。


 『多勢に無勢で囲んで叩く』。卑怯卑劣と罵られても、強者に勝つ方法があるとしたらこれしかない。


 そしてもう2つ──それに追い込んだなら勝てる可能性は上がる。


 闘争の空気が蔓延する。

 気が張り詰める中にあって1人の男が水を差した。


「……やめだやめ。俺は降りるぜ」


 頭をボリボリと掻きながら白髪の男セオドア=ストレイフはガルムに向かって歩き出す。


「すんませんガルム……様? 俺はこいつらを裏切るんで殺さないでください」

「なっ?! おいっ貴様……!セオドアっ!!」


 ツルツルのスキンヘッド、デュラン=ウィド=ガドリスはあまりのことに目を吊り上げて名前を叫ぶ。

 デュランの声など無視するように反応することなく歩くセオドア。その後ろにいつの間に居たのか黒色人種の男ルグラトス=ズル=イーマも当然のようについて行く。デュランもその自然すぎるルグラトスの行動には舌を巻く。もはや呆れを通り越して感心していた。


「ちょっとルグラトス。あんたそれで良いわけ? 先代から受け継いだ魂はそんなもんだったっての?」


 レナールの言葉にルグラトスは振り返る。


「ふっ……私はその受け継いだ魂を後世に繋ぐ重要な責務がある。こんなところで失うわけにはいかない唯一絶対の大切な使命だ。君こそこの沈みかけの船にいつまでしがみ付くつもりだ? 生き足掻くことは生き物の本能。そして命を繋ぐことも本能だろう? 故にレナール、ブリジット。君ら2人は女として次代に子を残す義務があると、その天命があるのだと考えたことや感じたことは無いか? そして剣聖になれる才能の塊同士が子を成した時にいったいどれほどの才能ある子孫が生まれてくると……」


 ルグラトスが気持ちよく語っているその内容に剣聖最年少の才女ブリジット=エーゼルロッテは「うぇっ……」と嘔吐(えず)いた。その態度には流石のルグラトスも腹に据えかねたようで、ブリジットに殺意を持った眼差しを向ける。


「もういいだろルグラトス。あんな奴らほっとけ」

「ぬっ? し、しかしレナールは……」

「来るわけねーだろ。諦めるか死ぬかだ。どっちが良い?」


 セオドアの言葉でルグラトスはそそくさと玉座の間を後にする。セオドアも冷めた目で剣聖を一瞥した後、部屋から出ていった。


「おいおい、仲間割れかよ。こんな時に悠長なことだぜ……」


 ディロンはガルムから片時も目を離すことなく呆れたように呟く。

 そんなディロンを『元はと言えばお前のせいだろ!』と言いたげに苦々しく見ながらも、デュランはセオドアたちを追うように声を張り上げる。


「待つのだっ!!……くそっ!」


 ガルムが出入り口付近に立っているので2人を追おうにもためらってしまう。それを見たガルムは道を開けるように半身になって目を閉じた。

 一連の行動に驚きを隠せない剣聖たち。真意を確かめるべく大男アシュロフ=ミニッツ=べスターはガルムに尋ねる。


「……何の真似だ?」

「……止めに行くのなら邪魔はしない。行け」

「人数が増えれば不利になるのはそちらではないかな?」

「……あれをしていれば勝てた。こうしていれば負けなかった。みんなで力を合わせればお前など……そのような『もしも』など存在しない。お前たちに出来るのはただ諦めることだけ。それを知るには良い機会だ」


 絶対的な自信。しかしそれを覆せないほど圧倒的で超常的な力の差。

 悔しいが言い返すことなど出来ない。せめてほんの少しでも戦力を増やすためにデュランはセオドアたちを追う。そしてそれに続くようにブルックも動き出した。


「待てブルック。ここはお前が残れ。俺が行く」

「アッシュ」

「セオドアやルグラトス相手にお前が行くのは最も愚策だ。今以上に意固地になって心変わりなど出来まい」

「……」

「それに……」


 アシュロフはレナール、アレン、ブリジットの順に見渡し、ブルックに微笑んだ。


「お前にならばここを任せられる」


 期待の眼差しに答えるように見つめ返すブルック。アシュロフはその巨体からは想像も出来ない速度でその場を後にし、デュランと共にセオドアたちの制止に向かった。

 お膳立てしてくれたガルムは2人の背中を見送りながら小さく首を振る。


「……雑魚がいくら群れようと無駄なこと。結局は究極の個によってねじ伏せられるだけだというのに……」

「随分と……自分を高く見積もるじゃないか?」

「ふっ……いや、私ではない。デザイア様だ。究極とは正に並び立つ者の居ないあの方の2つ名にこそ相応しい」


 デザイアを称賛するガルムを見ながらレナールは抜いた魔剣を肩でトントンと跳ねさせる。


「帝国最強の剣神様を屠っておいてよく言うよ。それほどの力を持つあんたにはのし上がってやろうっていう気概は無いのかい?」

「無い」

「即答だねぇ……」


 心底恐ろしいものを見たといった風に冷や汗をかく。見る限り感情の薄いガルムがこれだけ心酔し、世界最強の剣神を瞬殺出来るだけの力を持ちながら野心が無い。少なくともレナールの感性では理解出来ない。


「……さぁかかって来い。二度と逆らう気が起きないよう、私がお前たちの反骨心を挫いてくれる。そしてその程度の実力で歯向かう蛮勇、剣を磨いた涙ぐましい努力と経験はデザイア様の支配の下で存分に発揮してもらうとしよう。永遠にな……」

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