184、緊急会議
剣聖たちは急いで死体の側に集まって緊急会議を始めた。
「本格的に不味いことになったぞ……。」
「不味いなんてもんじゃないでしょ? 喉元過ぎる前にこれじゃ皆殺しにされちゃうわ。」
「チッ……この煽り耐性もないガキが上に座ること自体が野郎の策略だったんじゃねぇの? 俺らの誰かが我慢出来なくなってぶっ殺せば大義名分が生まれるわけだからな。あり得る話じゃねぇか?」
「これは既定路線か。一理ある。」
ディロンがやらかしたことに違いはないが、支配が目的だというのに、リックなどという精神的に未熟な者をあてがうなど矛盾でしかない。荒々しい口調のセオドアの意見にブルックは妙に納得がいった。
その間に入るようにドレッドヘアを棚引かせながらルグラトスが抗議の姿勢を見せる。
「悠長なことを……!こんなことがガルム様に知られでもしたらレナールの言う通り殺されてしまうぞ!」
「さまってお前……。正気か?」
「如何にも。剣神を亡き者にした御方だぞ? 何か間違っているとでも?」
「いや、まぁ……良いんじゃね?」
セオドアは苦笑して頬を掻いた。この言葉に待ったをかけたのはライトだ。
「少し良いか? 剣神は帝国の最高戦力だろう? それを亡き者にしたと聞こえたが……?」
「そうだ。そう言ったのだ。それ以上でもそれ以下でもない。」
「そんな……信じられない。」
「何も知らぬ部外者がしゃしゃりでおって……!貴様らみたいな下賤な者どもが侵入したせいで何もかもおしまいだっ!」
「落ち着けルグラトス。……信じられないのも無理はない。だが事実我々の目の前で起こったことよ。この先どうすべきか悲観していたところだ。……先ほどまではな。」
大男アシュロフの目に映るのは元気に皇帝を気取っていたのが嘘のように静まり返った男の亡骸。
「……この者は君らの知り合いか?」
「ああ。俺たちは顔見知り程度だが……そこに居るニールはチームを組んでいたことがある。君ならリックがどうしてこんなことになったのか、この状況を説明出来るんじゃないか?」
「は? ニール?……おっ!マジじゃねぇか!全然気付かなかったぜ!」
ライトとディロンの言葉で急に注目が集まり、ニールは一瞬身じろぎした。それを見てアレンはふと思い出す。
「あ、そうか。リックの指差しはニールさんと知り合いだったからか。」
「確かにそうだ。妙な動きをしていると私も思っていた。この男とまるで知り合いのようだと……。」
スキンヘッドの男デュランは腕を組んで思い返している。目を丸くしてニールを見ていたデュランを遮るようにルグラトスが前に出た。
「ふん。私は弱者を選定しているのかと勘違いしたよ。」
ルグラトスの失礼な物言いをスルーして、ニールは思い出すように言葉を紡ぐ。「間違いかもしれないけど」という前置きを挟んで。
「……リックはずっと不満だったんだ。個人的に強くなれないことへの不満、チームでの戦闘時に呼吸を合わせられないことへの不満、そして……いや、これはやめておこう。とにかく彼の中に巣くう負の感情が人間をやめるに至る何かだったのは想像に難くない。俺たちはリックが潰れそうなのを分かっていたのに対処しなかった。挙句に俺はチームから離れた。それが多分最後のきっかけになったんだと思う。」
「なんと。では貴様のせいでもあるわけだな? 余所者は余計なことしかせんではないか。」
「チッ……さっきからうぜぇ野郎だな。少しは黙っとけねぇのかよ。」
ディロンの呟きにルグラトスは剣を引き抜いた。
「無礼者っ!!元々は貴様がリック=タルタニアンを殺したことが発端だろうっ!!かくなる上は貴様の首をガルム様に献上して……!!」
「やめなバカ。気を利かせてどうすんのさ。そんなことをすれば足元見られてどんどん要求が過激になるだけだよ。いいから剣を仕舞いな。」
レナールは普段の柔和な顔を引き締めて鋭い眼光をルグラトスに向ける。苛立ちながらもレナールの冷静な分析に反論することが出来ず素直に剣を仕舞った。
一連の流れを見ていた剣聖の中で一際若い少女は凍るような冷たい目でレナールを見た。
「……概ねレナールに賛成。けど、あの怪物と戦うには時期尚早。時間を稼ぐ意味を込めて贖罪の贄を用意し、手打ちを引き出させるならこの男を斬るのも一考の余地はある。」
「っ!……ふっ……やはりブリジット殿はよく分かっている。その通り!私が言いたかったのはまさにこのこと!ガルム様のご納得を引き出すためにも、やはりこの男の首を……!」
「そこに帰結するな。2人とももっと大局を見るんだ。ブリジットの意見はあくまでも下っ端同士の小競り合いの場合だ。皇帝に据えた部下が殺されたなら同じレベルを要求されるのは必然。許しを乞うために陛下の首を差し出すか、それと肩を並べる何かを差し出すかだ。分かったらこの話はやめだ。良いな?」
ブリジットにはもちろん特にルグラトスに対して言い聞かせるように語り掛けるブルック。
「……貴様はいつもそうだなブルック。何でも知った気になって我々を蔑ろにする。そうまで言うなら貴様は何か無いのか? 現状を打破するのに必要なことはなんだ?!今すぐに答えてみろっ!!」
怒号が響く。憤懣やるかたないルグラトスは、唾をまき散らしながらブルックを糾弾している。
ブリジットとしてもズレた発言が目立つこの男と一緒にされるのは心外であり、もし他に当てがあるのならそちらを優先したいと思っている。
少し考えるような間があり、意を決したようにブルックは答える。
「……皇帝陛下をお連れしろ。封印指定魔剣を全開放し、戦いに備える。」
その一言に驚愕の目を向けられる。
「戦う気か?!ティリオン様ですら手も足も出なかった敵に……!?」
「待てよブルック。そりゃ名案とは言えねぇな。それよか封印指定魔剣を一本くれてやるってのはどうだ? 陛下を差し出すわけにいかねぇってんなら、魔剣を一本や二本……。」
「……いや、それは論外だセオドア。こうなっては魔剣が我らの生命線となる。それにブルックはまだ戦うとは言っていない。」
「そりゃ肯定的に捉えすぎてるぜアシュロフの旦那。奴の目を見れば分かる。ほら、イっちまってる。」
「黙んなよセオドア。ブルックがやるってんなら私は手を貸すよ。」
「勝ち目なんてないぞっ!!考え直せレナール!!……む、無視をするなっ!!私を見ろっ!!」
剣聖たちの中で議論が白熱する中、ライトたちは蚊帳の外でその様子を見ていた。
『どうするんじゃライト。剣神が既にやられた状況じゃここに長いは無用ではないかえ?』
『そうは言ってもこのまま放置していくのはどうなのだ? それにここに居る剣士たちも相当な実力者揃い。ここは一つ彼らを味方に付けるのはどうか?』
『ほほっヴォルケンが珍しく良いことを言ってるわぁ。こなたは賛成じゃ。』
「それには俺も賛成だ。でも俺たちがやらかしたことを許してくれそうもない。見ろあの子。俺たちを常に観察している。見た目は少女にしか見えないが、中でも相当な実力を持ってそうだ。」
「関係あるか? 実力は持っていても戦わねぇひよっこに要はねぇ。剣神がやられちまったってのは残念な話だがよ、ここで逃げちまうような軟弱野郎どもと手を取り合ってやれると思うか? その点あのブルックって野郎は見込みがある。あいつを丸め込めりゃ何人かついてきそうだぜ。」
「偉そうなことを言ってるけどアタイら全然話に入れていないよ? 話の大半はディロンを殺そうって内容だし。」
リックを殺したことで起こった会議はまとまる気配もなく。そこにニールが声をかけた。
「ライト、ディロン。すまない。こんなことになって……。」
「ああ、ニール。君にも聞きたいことが……。」
ライトが久しぶりの顔に柔和な笑みを浮かべたその時、背中にヌメっとしたザラついた何かが這い回るような気色の悪さを感じる。これには思わずディロンが呻いた。
「うおぅっ?!な、何だぁっ!?」
玉座の間に居る全員が感じた悪寒。出入り口から感じたそれに目を向けると、扉の影から覗くように漆黒の衣装に身を纏った男が立っていることに気付いた。
「……遅かったか……!」
言い合っている暇などなかった。しかしそうしなければ耐え切れなかった。
現実から目を背けたかった。少しでもこの顔を見たくなかった。
しかし当然降りてくる。闇を払うことなど出来はしない。
朝がやってくるように、必ず夜が訪れる。
ガルム=ヴォルフガング。
夜の闇よりも暗く、深海よりも黒い冥府の王。
幽谷の霧の中から鋭利な刃物を引っ提げ、死の具現が今一度帝国へと降り立った。




