179、侵入者
レッドたちはアルバトス公国から魔導戦艦に戻って来た。
「何か居た〜?」
戻って早々にルイベリアは下の様子を確認する。グルガンが返答しているのを横目にレッドはオリーの元に行く。
「おかえり。2人とも無事なようで何より。」
「ただいまオリー。」
「オリーさん。心配してくれてありがとう。」
常に同行してくれていたオリーは今は魔導戦艦の操舵手。寂しくならないようにとレッドは必ず挨拶に行くよう心掛けている。
この後は一緒に降りられなかったディロンやウルラドリス、そしてスロウにも挨拶に行くつもりだ。
魔法契約でそういった感情を読み取れるオリーにとって、レッドの優しさは主従関係以上の気持ちを生まれさせるのに一役買った。
3人で笑っているとライトの供回りであるハル、コニ、フィーナ、エイナの4人が集まってきて出迎えてくれる。賑やかこの上ない。
「へぇ〜。皇魔貴族なのにダンジョンを持つことも出来ずに洞窟暮らしとは……ウチのとは全然違うんだねぇ〜。」
「ホームレスでおじゃるか? 少しくらいなら援助しても良いでおじゃるよ?」
「金銭感覚のおかしい貴公が援助するとどうなるのか気になるところではあるが、それは心配ない。アノルテラブル大陸から我らの大陸へと移動させておいた。一応フィニアスとロータスの2人に詳細を伝えておいたから問題はないさ。」
「あっさりね。ここに未練はないのかしら?」
ルイベリアの反応にグルガンは頷く。
「それほどまでに競争の激しい大陸ということだ。」
「ところでその魔族たちを移動させたっていうのは、もしかして例の?」
「うむ。そういうことだ。」
「はぇ〜便利ねぇ〜。」
グルガンから報告を聞いたルイベリアは感心しながら髪をかき上げた。是非ともグルガンの持つ魔剣の解読がしてみたいと目を光らせる。
グルガンは好奇心旺盛な瞳に気付いて首を横に振る。真意を読まれたルイベリアは唇を尖らせ、顔を反らしつつ腕を組んだ。
タイミングを見計らっていたライトはここで口を開く。
「時間が押している。早い所帝国に行こう。」
「ライトってば下に降りた時に何か聞いてきたの?」
「ああ。帝国には『剣神』と呼ばれる最強の存在が居るらしい。噂通りの腕前なら人類屈指の戦力と言って過言じゃない。何が何でも協力をお願いし、人類共通の敵と一緒に戦ってもらおうって魂胆さ。」
「なるほど〜。今は魔物の手も借りたい勢いだもんね。」
今後のことを見据えたライトの発言により、このまま帝国の都心を目指すことに決まった。
船が動き出し、しばらく雲の流れを追っていたレッドは艦橋を後にした。スロウに会いに部屋を目指す。
広い廊下を一人歩いていると背後から声を掛けられた。
「レッド。どうだった? 下の様子は?」
「あ、シルニカさん。えっと……特に何かあったってわけじゃないっていうか……。なんか昔、俺たちの大陸からここに渡って来た皇魔貴族の方が居たっていうか……。色々話してましたけど信憑性の無い話ばかりで要領を得ないというか……。とにかくこれから帝国に行くことが決定した様です。」
「……相変わらず要領を得ない説明ね。まぁでも帝国か。地図の上ではここからだと神都パラディスが一番近いけど、エルフ至上主義の王国なんて行っても協力なんて得られなさそうだし帝国で正解かな。」
「あ、それアルバトスさんも言ってたな。神都は行くだけ無駄だって。そんなに有名なのか。でも、本当に無駄なんでしょうか?」
「私たちの国にもハーフエルフは居るでしょ? 彼らはその昔に神都パラディスから差別されて追い出されたって話よ。純血のエルフたちって自分たちが神の御使いだと信じてるらしくて、別の種族をゴミ扱いするっていう噂があるの。もし仲間に引き入れたら目の前の命よりも足の引っ張り合いを始めるかも? そういうのってなんて言うか知ってる? 潜在的な敵って言うのよ。」
シルニカの弁舌に舌を巻くレッド。
人類共通の最強の敵が現れ、世界征服を進行中だというのに本当にそんなことをするのだろうかと疑問に感じるが、自分よりも頭が回るシルニカの自信ある言葉に気圧されて質問する気を失う。
それによく考えてみればライトたちも神都のことは頭から排除していたし、元より期待していないのは明らか。エルフのことは一旦忘れてスロウを優先することにした。
「ちょっと。どこ行くのよ?」
「え? あ、スロウさんのところに。」
「なんかさ〜魔族と懇意にしすぎじゃない? 魔族にでもなるつもりなの?」
「違いますよ。俺は人間ですし、人間以外にはなれませんって……。あ〜……でも、よくよく考えたら俺って魔族の一員なのか……じゃあ、あながち間違ってはないのか?」
「何ぶつぶつ言ってんのよ。ちゃんとこっち見て話してよね。」
シルニカはぶつくさと文句を言いながらもレッドの後について来た。
オリーが操舵手となってからは一緒に行動する人が居なかっただけに内心嬉しくもあり窮屈にも感じる。
(昔はあんなに一緒に冒険したいって思ってたのになぁ……。)
誰からも拒絶され、会話すらまともにしてもらえない寂しかった頃を懐かしく思う。
「なにニヤついてんのよ。」
「えっ?!そそ、そんなニヤついてなんか……!」
焦ったレッドは自然に零れ出た笑みを隠すようにノックもせずにスロウの部屋に入る。
女の子の部屋に断りもなくいきなり入ると起こるのは大きく分けて3つ。ラッキースケベか、普通に対応されるか、不在のどれかだ。いずれにしても怒られるのは避けられないだろう。
しかしそのどれとも当てはまらないケースが存在した。
レッドとシルニカの目の前には大の男がスロウを肩に担ぎ上げていた。スロウは気絶しているのかぐったりしていて、極戒双縄もピクリとも動いていない。
男はピタリと体に吸い付くようなピチピチの衣装を身にまとい、その上からゆったりとした上着を羽織っている。背中からは真っ白な翼が生えていて天使と見まごうほどの清廉な雰囲気を発しているが、体のゴツさと人攫いの様相を鑑みれば聖なる者とは程遠い。
まさか開くと思っていなかった扉の方に振り向き、レッドと目が合った男は急いで開いた窓から踏み出した。折りたたまれていた大きな羽を広げ、焦って外に飛び出す様は、家主の許可なく食事にありついていた鳥のようだ。
「待てぇっ!!」
「ちょっ……レッド?!きゃあっ!!」
レッドはスロウを取り返すべく、その身を空中に投げ出した。その勢いは凄まじく、踏み出した魔導戦艦が横に大きく揺さぶられるほどである。
先に飛び出し、あっという間に離したはずの距離は空気を切り裂くレッドの速度に瞬時に追いつかれ、天使と思しき男は汗をかきながら振り返る。左肩に担いだスロウをレッドから遠ざけるように体を捻ると、いつの間にか右手にラッパを握り締めていた。
「酩酊の前奏曲!!」
──プワァァ……ァンッ
ラッパっから放たれた音は衝撃波を発生し、レッドに襲い掛かる。全身に隈なく行き渡る音による振動は常人ならば意識が持っていかれていたことは想像に難くない。これにはレッドもダメージを受けたのか、目を固く閉じて痛みに耐えるような動きを見せる。
だがそれもほんの一瞬。レッドは固く閉じていた目をカッと見開いて剣を抜いた。相手の攻撃を認識して反撃を繰り出そうとしている。
(不味いっ!)
自慢の攻撃に揺らぐことなくすぐさま反撃に移れる敵の予想外の堅牢さに恐怖し、男は思わずスロウを肩から脱落させてしまう。
「っ!?……しまったっ!」
地面へと真っ逆さまに落ちるスロウ。男はすぐに身を翻して体制を整えようとするが、レッドの方が早い。
「スロウっ!!」
──ドゥンッ
レッドは空気を蹴り、衝撃波を発生させながらスロウに迫る。男はあまりの勢いに吹き飛ばされ、得意なはずの空で目を回している。
その隙にレッドはスロウを難なく抱きかかえ、そのままの勢いで地面へと落下した。
落下の衝撃は隕石の如く。
地面がめくれ上がり、液状化しながら波打つ姿は土の津波と言える。
その衝撃で近くに生息していた魔物たちは踏ん張ることも絶えることも許されずに吹き飛ぶ。放物線を描いて吹き飛んだ先に魔物の群れがわらわらと集まっていて、石同士がぶつかったようなゴツンゴツンという音と共に多くの命が消える。群れはあまりの事態に驚愕し、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
爆心地の中心部分にレッドがスロウを抱えて立っている。心配そうに覗き込んでいると猫のように全身を伸ばして目を開けた。
「あれ~? レッドだ~。んぅ? ここはどこ~?」
先ほどまでベッドで寝ていたはずのスロウは外に居ることに疑問を持つ。そんなこと以上に周りの惨状から何が起こったのか気になるところだろうが、彼女にとってはそこは重要なポイントではない。
「……良かった。特になんともなさそうで……。」
レッドがほっと胸を撫で下ろしたところで極戒双縄がバッと首を上げる。
「はわぁっ!? 姫様っ!? 良かった無事かぁ……。」
「お、おいレッド!あの男はどこに行ったっ!? あの野郎俺たちに何しやがったんだっ!?」
スロウののんびりとした態度とは一転、忙しなく動き回りながら周りを見渡す。
この様子から分かることはラッパを持った男がスロウの就寝中に窓から侵入し、極戒双縄を何らかの方法で眠らせて連れ去ろうとしていたということだろう。
レッドが空を見上げたがそこには男の姿はなく、雲一つない満点の青空が広がっていた。誘拐が失敗してさっさと逃げたと思われる。
それを伝えると極戒双縄は足でもあれば地団太を踏む勢いで怒りをあらわにしたが、ぶつける先がなかったので我慢することになった。
土がめくれ上がったために丘になってしまった地面を上ると、広大な大地が広がっていた。
果てしない大地に冒険心をくすぐられるが、魔導戦艦に戻らなければいけないことを思い出してまたも空を見上げる。
航行する魔導戦艦はレッドに向かって飛んできている。ひとまず一安心といったレッドにスロウが声をかけた。
「ねぇレッド。あれって……なんだと思う?」
スロウの指さした場所には金属の乗り物と思われる残骸が転がっていた。




