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174、初上陸

 船を待機させ、精霊たちの力でアノルテラブル大陸の岸壁近くに降り立つレッドたち。

 本来であれば新天地の景色や空気に感動を覚えるものだが、来た理由が理由だけに素直に楽しめない。

 もっと観光的な観点から上陸を果たしたかったと心から思う。


「……で? これはどうやって入るのが正解なんですかね?」

『海に洞窟らしきものがあったのぅ。もしかするとそこから入るのやもしれん。』


 風帝フローラはふよふよと飛びながら崖の下を指さす。


『なら、こなたはその洞窟とやらを探ってみるとしようぞ。』


 水帝ジュールは迷わず海に飛び込む。

 反論が出る前に即実行に移す思いっきりの良さには感心するも、地帝ヴォルケンは呆れながら鼻を鳴らす。


『通常は地上から入るものだろう? ふむ。では私も少し探ってみるか。』


 ヴォルケンは地面に手をついて目を閉じる。気の流れを感覚で捉えようというのだろう。


「まさか精霊王がここまで力を貸してくれるとはな……。」

『世界の危機に傍観などしていられない。精霊王としての威厳にも拘わってくる問題だ。』

『ヴォルケンは真面目過ぎるのぅ。此れが考えるに、結局は世界の支配者が変わる程度で然程影響はないと思っとる。我こそが支配者とデカい顔をしとるのが人間か魔族か、それとも別の種かの違いでしかないからのぅ。そう思っとるが、気持ちよく無いのは確かじゃ。明らかにこの自然にないものの混入はどちらかというと気持ちが悪い。……とまぁぐだぐだ言ったが、参入理由はそれぞれでもみんな本気で調子こいた侵略者を追い出したいだけなのじゃよ。』

「おかげで俺も強くなった。精霊との連携をレッドにも見せたいと思っている。」

「おおっ!そういうのめっちゃ格好良いじゃないですかっ!ぜひ見たいなぁ!」

「ふっ……。楽しみにしていてくれ。」


 ライトの発言にワクワクするレッド。グルガンも気が緩みかけたその時、こっそりとこちらを窺う微弱な気配を察知した。


「そこに居るのは誰だっ?」


 ギロリと睨み付けた先の茂みの奥からデーモンが忍び足で現れ、グルガンの前に跪いた。


「も、申し訳ございません。驚かせるつもりはなかったのですが……。」

「知らぬ気配だな……。誰に仕えている?」

「私はアルバトス様に仕えるデーモンにございます。」

「アルバトスだと? 確かフィニアス家の一族にその名があったような……。とすると岸壁に描かれた家紋はアルバトス家のものか? どおりでフィニアス家の家紋とよく似ていると思ったが……。」

「ちょっと待て。ってことはフィニアスはアノルテラブル大陸に伝手を持っていたということか?」

『なんじゃなんじゃぁ? それじゃフィニアスはそのことを黙っとったとでも?』

「違う。アルバトス家はアルルートが生まれるよりもずっと前に没落している。我もフィニアスの家系図を知識として取り込んだだけで会ったことは皆無だったが、まさかここに落ち延びていたとは……。」


 まさかの事態にグルガンは目を丸くする。

 一時の沈黙にデーモンは恐る恐る顔を上げた。


「……あの……発言しても宜しいでしょうか?」

「……あ、えっと……ど、どうぞ。」

「え? あの……?」


 グルガンが思考中であったためにレッドが代わりに許可を下ろす。

 しかし人間からの許可を真に受けるわけにはいかないデーモンは、グルガンとレッドを交互に見る。

 ようやく復帰したグルガンはゴホンと一つ咳払いをして眉間にしわを寄せた。


「どうした? 許可しているだろう?」

「え? で、ですが人間が……。」

「彼も皇魔貴族だ。男爵(バロン)の位に就いている。そしてこっちは皇魔貴族ではないが、公爵(デューク)を軽く凌ぐ力を有する強者。人間だからと侮るな。」

「し、失礼いたしましたっ!!」


 デーモンはバッと勢いよく頭を下げる。

 その焦りようから何か別の趣旨を感じ取ったグルガンはデーモンに対して要件を促す。


「……良い。それで何の用だ?」

「はっ!その精悍なるお顔立ちは海の向こうの彼の大陸に住まう皇魔貴族だとお見受けします!是非とも閣下にお会いいただけないでしょうか!」

「閣下……アルバトスか。丁度良い。会おうではないか。」


 デーモンの接触で話が進む中、ヴォルケンは地面から手を放す。それと同時にジュールも海から上がって来た。


『下にはみすぼらしい小さな船着き場があったのじゃが、あれが入り口で間違いないか不安を感じ取るぞ。そなたは何か見つけたかえ?』

『うむ。こちらも小さな通路を見つけた。家紋は玄関口に置くとして、多分こっちのは裏口で間違いないだろう。しかし侵入は必要なさそうだぞ?』

『はえ? それはどういう……。』

「2人ともご苦労だった。これから主人の元に案内してくれるらしい。一緒に行こう。」


 ライトの言葉でデーモンを視認したジュールはようやく思考が追い付いた。

 アルバトスの配下であるというデーモンに連れられ、裏口から中に入っていく。整備されていない手掘りのような洞窟をしばらく進み、妙に精巧に作られた扉の中へと案内される。

 中は椅子や机、棚等の家具が備え付けられた広めの空間。この家具も自作の温かみがあり、壁は手掘り感が否めない。

 ダンジョンでこういう空間をわざと作ることはもちろん可能だが、皇魔貴族は元来気位の高いもの。威厳を保つために見栄を張るのがグルガンの知る一般的な考えだ。

 もはや常識とも言える部屋作りからは考えられないほどに質素。

 これだけでここの主たるアルバトスがかなり偏執的な魔族であると考察させる。


「ここでお待ちください。」


 それを言われてここが応接間であることを察する。


(……侮られることが目的なのか? 御しやすいものだと思わせて絡め取る策士タイプか?)


 未知の大陸に渡り、傲岸不遜に自己を主張する家紋をデカデカと描いている猛者。

 七大国全土と言わずとも、すぐ傍にあるとされる帝国には言わずと知れた魔族であろうとアルバトスを高く見積もる。


 しばらくしてデーモンと共にやってきた魔族はグルガンの想像をある意味超えていた。

 フィニアス家は透き通るほど真っ白な肌をしているのだが、本当にその血筋なのか疑わしい褐色の肌。髪をオールバックに撫でつけ、口元のヒゲを綺麗に切り揃えた中年。人間でいうところの40代中頃といった風貌だ。

 アルバトスと思しき魔族はキッと睨み付けるような目つきで威嚇するように部屋に入ってきたが、グルガンの顔を見るなり目を見開いた。


「おおっ!その顔はまさしく彼の大陸の魔族!……ああ、ようやく来たか!長きに渡る我慢の日々から解放されるこの時が……!」

「貴公がアルバトスか?」

「まさしく。私の名はビルゲイア=公爵(デューク)=アルバトスである。ようこそ我がアルバトス公国へ」


 アルバトスは顔をほころばせながらグルガンの両肩を挟むようにポンポンと軽く叩いてきた。


「……気安く触らないでもらおうか。」


 グルガンはアルバトスの面倒臭そうな空気を感じ取り、両肩を挟むように置かれた手を軽く払いのけながら一歩下がる。

 その言動にアルバトスは目を丸くする。


「アルバトス様に失礼でしょうっ!!」


 アルバトスの背後から烈火の如く怒り出した魔族がアルバトスの横に立つ。

 片眼鏡(モノクル)を付け、白い口髭をオシャレにカールさせたスキンヘッド。綺麗に刈られた光を反射する頭からコブのような角を生やした老紳士の印象を漂わせる。


「貴公は?」

「私は由緒あるアルバトス家に御仕えする執事(バトラー)のウィンチでございますっ!公爵(デューク)であらせられる我が主人を侮辱するような真似は許しませんよっ!!」

「その辺にしろウィンチ。いかに名家であろうと何百年と時が経てば廃れていくのも当然のこと。私のことなど(はな)から知るまいよ……。」


 自嘲気味に鼻で笑いながら肩を竦める。

 アルバトス公国というだけあってこの男が国の長なのは間違いないのだろうが、この何とも言えないハリボテ感満載の嘘くさい空気から紡がれる言葉はグルガンの鼻筋にシワを刻ませた。


 本当に公爵(デューク)なのか怪しい。


 ブラッド=伯爵(アール)=ハウザーのように頭脳は足らないが、卓越した身体能力と武術でその地位に上り詰めるものもいれば、ロータスやベルギルツのように世襲したものもいる。

 グルガンはどちらかというと後者だが、それに見合うだけの活躍をしてきたと自負している。


 だが目の前のこの男からは威厳を感じ取れない。帝国と戦ってきたという歴戦の凄みも皆無。

 ただ漫然と生き延びて来ただけの気苦労を放っていた。

 皆を背負っているよりも神輿に祀り上げられてしまったかのようなそんな雰囲気だ。


「……っと、そういえばまだ名前を聞いていなかったな。良いかな? 自己紹介してもらっても。」

「……良いとも。我が名はゴライアス=大公(グランデューク)=グルガンだ。覚えておけ。」


 その瞬間先ほどまであったアルバトスの笑顔は消え失せ、ウィンチのつり上がっていた眉も下がる。


「グ、大公(グランデューク)? それはメフィスト様とオルべリウス公だけの特権……。」

「時代は変わった。」

「アルバトス様!グルガンと言えばあのグルガンですよ!アレクサンドロス!」

「!?……ど、どこかで見た顔だと思ったら確かに……!」


 まじまじと見る2人の視線にグルガンは口角を上げて牙をチラリと見せる。


「どうした? 我の名で言葉を失ったか?……何か言え。失礼だろう。」

「は?……はっ!申し訳ございません!」


 バッと頭を下げるアルバトスに合わせてウィンチも全力で頭を下げた。

 すぐさま形成が逆転したことにレッドは感嘆の声を漏らす。そこで気づいたようにハッとなってレッドも前に出る。


「あ、俺はレッド=カーマインです。一応男爵(バロン)の爵位持ってます。よろしくです。」


 グルガンの手前、マウントを取ることを許されない空気の中に差し込んだレッドの自己紹介にも反応出来ず、アルバトスとウィンチにはただただ頭を下げる以外何も出来なかった。

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