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172/210

172、帝国にっ!

「この場に集まってもらったのは他でもない。あの浮島に関する防衛策についてだ。ルオドスタ帝国の今後についてをここに集いし最高の戦力たちに周知してもらう。心して聞け。」


 皇帝ジオドールの言葉に剣聖たちは腹の底から息を吐き出すように歯切れよい声を発する。

 ジオドールはチラリと隣の大臣に目をやる。それを待ってましたとばかりに一歩前に出た大臣が羊皮紙を広げた。


「それでは私の方から読み上げさせていただきます。第一、帝国は浮島に対し、いかなる攻撃手段も取ることはない。第二、第一に反することなく相手の出方を窺い、友好が望みであれば会談を試み、それ以外とあらば武力で以って制圧。そして第三に、帝国はいかなる手段をもってしても尊厳、自由、国民を守り、3つのどれかが害されるような事態に陥れば、第一に反することなく敵を全力で叩き潰す。……以上でございます。」


 大臣は羊皮紙を丸めて元の位置に戻る。

 ニールは今発表されたことを頭の中で反芻しながら目をきょろきょろと動かす。


(……浮島を攻撃しないように敵を討伐、か。あれを破壊するだけの力は帝国にもないというわけだ。いや、なら尚のこと刺激するべきではないのでは?)


 相手の実力が定かではない今の状態では打って出るか防衛かの二択であることは間違いないが、浮島という神話級の乗り物を複数操る底知れぬ存在。

 実力が拮抗、もしくは勝っていると判断出来るなら戦う価値はあるのかもしれないが、完全に未知の敵となると話は変わってくるはずだ。

 帝国の理念や建国の歴史などは知りもしないが、命よりも尊厳が優先されることなどあるのかと疑問にも思う。


(……そうか!浮島の奪取が最終目標になるわけだな? ダンジョンを管理しているだけあって相手の技術をまるっといただこうというわけか。)


 人間は島には勝てないが、それを操る生身なら破壊は可能。無傷のままに舵をいただいてしまえば、禍々しく近寄り難い浮島はそっくりそのまま戦力に早変わり。


 つまりある程度の知能を持つ敵が相手なら誘い込んでから難癖をつけ、どさくさ紛れに浮島を横取り。

 蛮族が相手なら即座に倒して浮島を強奪。

 もし万が一にも勝ち目がないなら友好という形で有耶無耶での決着。


 国ぐるみの自殺とも呼べる行為。その無茶を通すのがここに居る剣聖たちと皇帝の隣に立つ剣神というわけだ。

 ニールはこっそりと盗み見るように剣神を見た。

 端正な顔立ちに張り付く冷めたような暗い微笑。中途半端に長く尖った耳がハーフエルフであることを主張している。


 ニールは自分のことを天才だと思っていた。

 農村に生れ落ち、剣すら握ったことがなかった子供が、ある日おとぎ話を聞いて強さに憧れる。自分だってもしかしたら勇者になれるかもしれないと思い込む。

 木の枝を剣の代わりに振り回し、立てかけた板に竜の絵をかいてドラゴン退治ごっこをする。

 レッドを従え、最強の自分を夢想し、剣を振る内にやがては本物になる。

 特に誰に教わったというわけでもなかったが、成長するごとに体術が形になり、木を削って作った木剣に魔力を通す術を勝手に会得し、着のみ着のまま家出に近い形で飛び出したにもかかわらず冒険者として大成する。

 仲間であるプリシラに魔法の使い方をちょっと学ぶだけで魔法使い同様に魔法が使え、今までになかった職業(ジョブ)である『魔法剣士(マジックセイバー)』の称号を手に入れた。

 あの大陸ではまさに自他共に認める天才に相違ない。


 ──ならばあそこに立つ剣神はどうなるのか。

 ──すぐ目の前に居る剣聖たちはどうなのか。

 ──背後に居る近衛兵たちはどうなのか。

 ──天才を超えるならば神童かなにかか。


 ニールはお山の大将を気取っていた自分の存在が矮小で、この上なく恥ずかしい生き物であると思わされた。

 先の決定以外にも何か話があるようで大臣がいろいろ話しているが、ニールは自分の世界に入ってしまったのでほとんど聞こえていない。


「……待て。」


 つらつらと魔障壁や避難場所に関する事柄を話していた大臣を皇帝は横から遮った。


「ブルック=フォン=マキシマ。前へ。」


 急な呼び出しだがブルックは焦ることなく前に出て跪く。


「ここに。」

「彼の大陸での任務はご苦労だった。貴公のおかげで様々な情報が手に入ったこと感謝している。」

「もったいなきお言葉。」

「うむ。さて、ブルックよ。私が聞きたいのは一つだ。今回の敵に心当たりがあるかということよ。」


 突然何を言い出すのか。敵など分かるはずがない。

 皇帝は構わず続ける。


「彼の大陸付近で現れた浮島はここアノルテラブル大陸まで一直線に停止することなくやって来た。それを考慮すれば彼の大陸には用がないということで間違いない。既に支配しているとかな。つまり敵は彼の大陸の者だと予想出来るが……どうかな?」


 あり得ないと切って落とすには勿体ない考察。

 所有者が大陸出身ならばニールも心当たりがありそうだとこの場に呼ばれるのは然して不思議なものではない。

 しかし果たして答えられるだろうか。

 大陸全土を見渡しても帝国以下の戦力しか持ち合わせていないというのに、ひょっとしたらあの種族が浮島なんてものをこっそり隠し持っていたのではないか、などと。

 ニールはハラハラしながら返答を待つが、ブルックの言葉は簡潔明瞭だった。


「はっ。皇魔貴族が関係しているものと思われます。」

「皇魔貴族……だと?」


 ニールもそのことでハッとする。エデン正教の修練場で魔剣レガリアを奪い取られたあの日が頭の中で鮮明に蘇ってきた。

 アレクサンドロス=侯爵(マークェス)=グルガン。

 ローディウス卿に聞いた獅子頭の魔族の名前だ。

 聖騎士(パラディン)を軽く手玉に取ったあの魔族の頂点が浮島を可能にしているというのならば、ニールとしても納得がいく。


「──プッ……!」


 しかしブルックの返答にセオドアが噴き出す。その瞬間に急に張りつめた空気がふわっと緩和されたような雰囲気を感じさせた。


「皇魔貴族……か。確かに彼の大陸からの侵略者とくれば皇魔貴族を置いて他にはいない。我が国の領土を求めてやって来たのも遠い昔。叩き出してから勢いをなくした皇魔貴族は長年に渡り、海の傍でひっそりと住み着く害虫程度の存在でしかないが……。その皇魔貴族だと本気で言っているのだな? ブルック。」


 ニールは愕然とする。皇魔貴族はダンジョンを支配し、人間に仇なす最悪にして最強の敵。

 記憶の中の皇魔貴族はハウザーとロータス、そしてアレクサンドロスの3名。

 いずれも人間ではどうしようもない敵だ。少なくとも彼の大陸では。

 しかし帝国はそんな連中を物ともせずに領土から叩き出したという。まさに桁違いの戦力を保有している。

 バカにするような空気に揺らぐことなくブルックは答える。


「はっ。我々が過去に追いやった皇魔貴族と思しき魔族など所詮は権力闘争に負け、彼の大陸からも追い出された弱者にすぎません。エデン正教の禁書に記されていた皇魔貴族に支配されていた歴史からも読み解くことが可能です。」

「ほぅ? それでは聞こうか。その権力闘争を勝ち抜き、侵略の準備を整えたであろう魔族の名を……。」

「デザイア=大公(グランデューク)=オルべリウス。彼の地のエデン正教から聖王国ゼノクルフにまでその名が轟いた忌まわしき存在。つい最近、デザイアの側近の魔族が動き出したことでエデン正教の枢機卿(カーディナル)イアン=ローディウスが急遽帰国を決めました。それから数日の後に現れた浮島。これを偶然と捉えるのは些か無理があるというもの。私はこのことからデザイアが首謀者であると確信しました。」


 ──パンッ


 ブルックが言い終わると同時に手を叩いた音が聞こえる。

 ティリオンがニヤニヤしながら拍手を始めた音だった。しばらく叩いて手を下ろすと口を開く。


「……デザイアか。そうか。私の中で一つのわだかまりが消えたよ。この湧き上がる戦闘意欲。夢にまで見た私の前に立つ敵の名をようやく掴んだ。……ああ、楽しみだよ。戦う時が待ち遠しい……。」


 恍惚とするティリオン。

 その様子からバカにしていた空気は一気に張りつめた緊張感へと変わる。

 皇帝は自身を落ち着かせるように目を閉じて深呼吸を始める。ゆっくり目を開けて大臣に目配せをした。


「……あ、は、はい。えー……基本剣聖の皆様と剣神様にこの場を任せ、一般兵と剣師見習いは避難指示と避難誘導を行い、剣師1級が指示役と障害の排除、2級は壁の外で浮島の観測と障害の排除、3級は2級と1級にそれぞれ付き従って伝令役、と各々の指令を出しました。現在避難は完了しており、一般兵と剣師見習いも避難場所で給仕と混乱の解消を目的として動き、3級は2級から浮島の観測を引き継いで待機。2級と1級は各配置につき、戦闘準備を整えております。」

「失礼。我々剣聖の配置は?」


 先ほどまで押し黙っていた(いわお)のような男が質問する。

 黒髪を刈り上げ、顎ひげを蓄えた熊のような男。2mある身長で体がここに居る誰より分厚い。その鍛えこまれた筋肉を覆うは黒曜の鎧。鉄紺色のマントを羽織る巨漢だ。

 剣よりも戦斧や戦槌を持たせたいと思える力強い外見をしている。野太い声が腹の底を震わせる。


「剣聖の方々は後方で待機。戦局を見極め、特に危険な場所に迅速に加勢していただきます。」

「先に展開しておいた方が好都合なのでは?」

「今回の敵に関しましては制空権を取られている状況ですので、城に直接攻撃を仕掛けてくる場合も考慮せねばなりません。先ほど魔障壁を重ね掛けすることで攻撃を通さぬよう強固にしていると申しましたが、万が一魔障壁を無効化したり破壊される事態となれば一大事。その都度、報告と指令を申し上げますが、基本的には剣師諸君に踏ん張っていただきます。」

「……承知した。」


 何か言いたげではあったが、ケチをつけないように飲み込んだようだ。

 示し合わせられるような戦争ではなく、目的も定かではない敵だ。当然、剣聖だけでは捌き切れないこともあるし、手を広げられる距離も決まっている。

 戦争を犠牲無く無事に終わらせることなど人知を超えた剣神でも不可能というものだ。


「占星術師の知覚予想では明日の正午に浮島が到着するとの報告が入っております。不測の事態に備え、お早めにご準備をお願い申し上げます。」


 大臣は報告を終えると一歩下がって目を伏せた。

 それを見計らった皇帝は立ち上がり、ローブを傷つけないよう腰に下げていた儀礼用と思われる装飾過多の剣を引き抜く。

 同時に剣聖と近衛兵は敬礼の姿勢を取った。


「帝国の剣たちよ。世界に轟く最強の力を今こそ発揮し、我らを知らぬ愚か者に裁きを下せ。両断し、粉砕し、鏖殺(おうさつ)せよ。その遺骸を礎とし我が国は存続し続ける。──帝国にっ!!」


 皇帝が剣を振りかざすのを合図に剣神を除く全員の口から「帝国にっ!」と復唱する。


(……僕はここで本当の意味で変われるかもしれない……!)


 初めて聞くニールにも熱量が伝わってくるほどの言葉。もしかしたら自分は生まれる場所を間違えたのではないかと思えるほどに気持ちが寄る。

 キラリと輝く眼差しは皇帝の突き出された剣に注がれていた。

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