171、剣聖
ブルックと離れ、ニールとアレンは玉座の間を目指す。
長い道中というほどでもないが、ニールは気になっていることを歩きながら聞いてみた。
「アレン君ちょっといいかな?」
「ん? 何でしょうか?」
「いや、さっき僕に冒険者は初めてって言ったけど、帝国に冒険者ギルドはないのかなって思ってさ。」
「ええ、そうですよ。冒険者ギルドは俺が生まれるよりもずっと前に廃業したそうです。」
「え……それじゃここではダンジョンはどうしているんだい?」
「国で管理してるんですよ。ほら、あれですよ。女神が初めてニールさんのところの大陸で猛威を振るっていた時、当時の皇帝が女神の侵攻を危惧して戦力の増強を図ったそうです。冒険者ギルドが独占していたダンジョンの攻略業を国策でやり始めたんですよ。ギルドが所蔵していたダンジョンの地図やら情報やらを取り上げて有利に進めたそうですが、モンスターが強くて一つ一つのダンジョン攻略にかなりの時間が掛かったらしく……。そんな時に現れたのが当時は若く無名だったティリオン=アーチボルト様です。ティリオン様の台頭以降一気に攻略が進んだとか。」
その名に聞き覚えがあったニールはメガサイクロプスを細切れにした男を思い出す。
ブルックを迎えに現れたのかと思ったが、出会えたのはまったくの偶然で単なる肩慣らしに出て来たのだと知り、世界の広さを教えられた。
(『剣神』ティリオン=アーチボルトか。僕が知る中で最強であるレッドを凌ぐであろう強者。)
「その頃からダンジョンは国が管理し、宝物はすべて皇帝陛下が独占。おかげで帝国の力はここ50年余りで一気に成長を遂げたんです。」
「そういうことだったのか。それじゃ……。」
「あ、すいません。到着したのでこの辺で……。」
アレンは申し訳なさそうに頭を下げた。
もっと話を聞きたかったが、当然仕事を優先すべきだとニールも口を閉ざす。
玉座の間は想像以上に広々としていた。
一体何人入れるのか気になる大きさだ。皇帝に謁見するというのは一大イベントだとでも言いたいような特別感を感じさせる。
ここに8人の剣聖と剣神、後は大臣や供回りをいくらか連れてくるんだろうが、皇帝を含めても少人数だ。
広々使えるというより人が居なさ過ぎてスカスカというのが当てはまりそうだ。
「……なんでこんなに広いんだ……?」
「なんでだぁ? そりゃ権威の表れだからだよ。」
ニールの呟きに背後から返答が返ってきた。
まさかの返答に振り替えるとニヤついた男の顔を視界に捉えた。
それだけじゃない。その男の背後からぞろぞろと鎧を着こんだ男女が歩いてきている。
「お? ひょっとしてその鎧は聖騎士の鎧じゃねぇかぁ? 何だってこんなところにエデン正教の聖騎士が潜り込んでるんだよぉ。なぁ、答えろよアレン。」
男はニヤニヤしながらアレンを見る。
白髪の長髪と血のように赤い目が特徴的で赤茶けた錆色の鎧を着こみ、ダークグレーのマントを羽織ったチンピラのような剣士。しかし風貌に似合わずその鎧の下にある鍛え上げられた肉体は本物で、立ち上る強者のオーラはニールに恐怖を与えていた。
「その人は師匠のお客だ。手を出さないでくれよセオドアさん。」
「けっ!生意気な野郎だぜぇ。」
「客人とは言え部外者を玉座の間に通すとは……。あの男は蛮族の大陸で過ごしたために蛮族になり果てたのか?」
セオドアと呼ばれた男の背後から、頭に剃り込みを入れたドレッドヘアの黒色人種が音もなくスッと現れる。
常人よりも頭一つ以上高いこの男は深紫色の鎧を着こみ、鼠色のマントを羽織っている。
今更ながらに気付いたが、これらは多分剣聖と呼ばれる者たちで間違いない。
みんな色は違えど一様に鎧を着こみ、マントを羽織っている。アレンだけ軽装鎧の風貌でマントを羽織っていないが、強者の中に平然と違和感なく居るところから肩書だけではないと強く実感させられた。
「言葉を慎んでくださいルグラトスさん。いくら師匠と同窓生だからって言って良いことと悪いことがあるんで。」
「貴様……。ふんっ。私が間違ったことを言っているとでも思っているのか? 事実を言っただけだ。気に入らないならそういう印象を持たせた……あの大陸に文句を言うのだな。」
ルグラトスはわざとらしくマントを翻しながらズンズンと前に歩いていく。
「何言ってんのあいつ? 大陸に文句言えって正気?」
今度は赤い髪の毛をセミロングに切り揃えた女性が呆れながら入れ替わるようにやって来た。その言葉に噴き出したセオドアは押し殺すような掠れた笑い声を発しながら玉座の方に進む。
「いやぁごめんね。バカ共に絡まれて辟易したでしょ? えっと……。」
ニールを見てきょとんとした顔を向ける女性。
名乗って無かったことに気付いて女性に向き直ると右目に金の刺繍が入った眼帯をしていることに気付く。
メタリックレッドの鎧を着込み、真っ白なマントを羽織った割とがっしりとした女性だ。鎧の下にはその力に裏打ちされた筋肉が隠されているに違いない。
よほどの戦場を乗り越えて来たのだろうと心の中で納得しつつ返答する。
「ニールです。ニール=ロンブルス。」
「私はレナール。レナール=メトロノーア。よろしくねニール。お近づきの印にこれっ。どう?」
そういってレナールが差し出したのはの湾曲した手持ちサイズの金属の入れ物。スキットルと呼ばれる液体を入れる容器に酷似しており、ちゃぷちゃぷと音が鳴っているところから既に何かが入っているのは容易に想像出来る。
「やめんかっ!レナール!」
少し離れた位置から怒号を飛ばすスキンヘッドの男。
深緑色の鎧と茶色のマントを着用し、まるで森司祭のような色合いで混乱するが、腰に差した剣と滲み出る風格が剣聖であることを主張する。
「酒を持ち歩くなといつも言っているだろうっ!お前はいつもそうやって悪の道に落とそうとする!玉座の間にまで持ち込みおって!!」
「言いじゃん別に。友好の印だし、特に問題ないでしょ?」
「問題だらけだ!……まったく。ニールと言ったか? いきなりすまないな。こいつは無視してくれて構わない。おいレナール!そいつは仕舞っておけ!陛下に恥を晒す前になっ!」
男はキレイに剃り上げたスキンヘッドの頭に血管を浮かせながら先に行く。
レナールも興が削がれたのか唇を尖らせながら酒を仕舞う。
「ニールはお酒飲める口? 時間があったらみんなで飲みに行きましょうよ。」
手をひらひらさせながらレナールも先に行く。
ちょっとしか会話していない上に、2人ぐらいこちらを意に介することなく通り過ぎたが、雰囲気だけでニールが感じた第一印象は剣聖たちは誰も彼もが曲者ぞろい。
ブルックは真面目で実直な印象を受けていたが、改めてこの中の一人なのだと考えると何かしら腹に抱えてそうだと推測する。
「もうそろそろ皇帝陛下も到着されるでしょう。俺たちも行きましょう。」
「あ、ああ。それは良いんだが、僕はどこに立っていれば良いのかな?」
「それなら俺の後ろでお願いします。それから陛下への忠義を示すためにいくつか儀礼がありますのでお教えします。少々遅れても良いので出来るだけ俺たちに合わせていただけたらと思います。」
アレンは敬礼や最敬礼、跪くタイミングや左右どちらで膝をつくかなどを教えてくれた。ニールはアレンに礼を言い、剣聖たちが並ぶ一歩後ろで待機する。
「皇帝陛下が入られます。」
皇帝陛下の供回りをしている近衛兵が玉座の間に響き渡る声で知らせる。その声に合わせ剣聖たちが背筋を伸ばし、右拳を水平に上げて左胸に添えると同時に左右のかかとを合わせた。
複数同時に鳴らした金属の甲高い音が木霊すると共に、程なくしてやって来た皇帝は威厳たっぷりに堂々と赤い絨毯の上を歩く。
(あれが皇帝か……。)
ニールは贅を凝らした王冠と赤いローブに身を包んだ皇帝を盗み見る。
肩幅が広く、それなりに鍛えているのか胸板は厚い。しかし武術のための筋肉というよりも魅せることを重視したような整った体系をしているように思う。
顔に刻まれたシワからは辿ってきた歴史を感じ、いたるところに身に着けている高価な装飾が嫌でも目につき、上位者であることを見せつける。
強い皇帝を目指して自らを磨き上げたような印象を受ける。公人としてどこへ行っても恥ずかしくないように研鑽を怠っていないのだろう。
付き従っていた近衛兵は剣聖たちよりも後ろでとどまり、いつ合流したのかブルックが玉座へと上がる階段の前まで共に歩き、玉座へと到達した時にはふくよかな大臣と剣神が隣に立っていた。
刻一刻と迫る浮遊要塞の侵攻に対する防衛策がここで決まる。




