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170、ルオドスタ帝国

 アノルテラブル大陸で七大国の一つ『ルオドスタ帝国』は、忘れられた大陸と卑下されるレッドの生まれ故郷から広大な海を渡って2番目に近い国である。


 因みに一番近いのは北方面に位置する魔導大国だが、デザイア軍の要塞は東北東へと進路を定め、ゆっくりと、しかし確実に進行していた。

 アノルテラブル大陸を南から徐々に北上する形で平らげようという魂胆だ。

 おあつらえに七つも大国があるので魔神たちを一人一つの大国に配置し、時間をかけて世界征服を行うつもりだ。


 要塞の数と進行方向から察していた大国の軍師たちは未知の敵に対する策を日夜考案していた。

 しかし相手が未知数すぎるあまり迎撃に打って出る考えはなく、手をこまねく状況が続く。


 島を浮かせる技術力を備えた敵だ。自分たちが思いも寄らない方法で攻撃をしてくるかもしれない。もし相手方が友好関係の構築を考えていた場合、先に攻撃を仕掛ければ大義名分を与えてしまう。

 見たままの不測の事態に大国であろうと一国では対処不可。

 こうなっては牽制し合っていた大国同士の協力も考慮する必要があるが、その際に開示しなければならない機密の数や重要性の問題など、案が出ては保留となっていく。


 もはや国の保有する最大戦力を防衛に回す他に道はなく、幸いなことに要塞の移動速度は思ったよりも遅いので国民に避難勧告を出し、要塞の進路から外れた場所に逃げ込むという災害対策しか今は実行に移せない。


「占星術師によると『浮島』の進路は帝国の上空をまず間違いなく通るというが……。何もしてこないはずがないだろうな。」


 帝国のシンボルであるルオドスタ城の豪奢な通路を近衛兵を連れながら歩く皇帝ジオドール=バルト=ラニアード。

 側につく大臣は半歩後ろでジオドールに返答する。


「はい。ただ浮いているだけでも不穏且つ危険であるというのに、ほぼ確実に都市の上空を通るとなると一大事にございます。万が一にも真上に着陸するようなことになれば……。」

「あの質量が都心に落ちれば文明の崩壊だ。」

「それを見越し、現在は魔障壁を重ね掛けした防御能力の向上と国民の避難経路の確保、そして既に避難区域に移動した国民たちへの安全と衣食住の提供を優先させております。」

「うむ。妥当だな。して、今後の策は?」

「はい。帝国領土の真上を通るのは多く見積もって3つ。その内の巨大な魔物が巣くう島は獣王国を目指しているものと思われます。都市部から離れた田舎町の真上ということもあり、着陸しない限りは静観。何もなく通り過ぎるならば獣王国にこの島を託します。次に特に目立った部分のない浮島は聖王国へ進路を取ったとのこと。こちらも同様の措置を取る予定となっております。ただ……。」


 言い淀む大臣を肩越しに見て立ち止まる。


「最後の一つは都市部の真上か。」

「はい。鉱石のように黒光りする浮島は帝国に進路を取っております。今ならば攻撃に転じ、浮島の一つを平原に落とすことも可能ですが、あれを落とすとなると……その……。」

「『封印指定魔剣』の開放か。確かに剣神のあの(・・)魔剣ならば、浮島に対抗出来よう。しかし現実的ではない。黒い浮島を攻撃して落とせば、各国に散らばろうとしている他の浮島を刺激しかねないからな。現状を維持しつつ魔障壁の強化を図るのが得策だ。……ふっ、面倒なことだ。あの浮島たちが我が国を通り道にしていることが最もいただけない。そのせいで後手に回らざるを得ず、武力を行使出来ん歯がゆい状態を強いられているのだからな……。」


 ジオドールは自嘲気味に笑いながら止めていた足を動かす。

 大臣を見ることなく通路をまっすぐ見つめる目には剣神ティリオン=アーチボルトへの苛立ちが込められていた。


(まさかこのような状況に陥るとは……。きっとお前は喜んでいるのだろうなティリオン。お前がずっと探し求めていた強敵がやって来たのだから。願えば叶う……か? そんなバカな話があるか。)


 すべては単なる偶然であり、怒りを覚えるなど間違っているのだが、八つ当たりもしたくなる。

 しかしまだ苛立ち程度で心に余裕を持っているのは、その怒りの元であるティリオンが帝国最強であるためだ。


 剣神とは世界で最も強い者に与えられる称号である。

 他の国でも最も高い戦力を持つ個人に対して『剣神クラス』と形容されることが多い。

 その名誉ある称号を持つ者こそティリオン=アーチボルトなのだ。


「……第二剣聖は到着したか?」

「はい。先ほど。」

「そうか……ふん、よかろう。剣神と剣聖に召集を掛けよ。敵を座して迎え討つ。」

「畏まりました。」

「世界に轟く帝国の力を存分に見せつけてくれようじゃないか。」


 ジオドールはデザイア軍を帝国への挑戦者とみなし、待ち構えることで尊厳を保つことに決めた。

 これより千年栄える帝国の未来に向け、世界に先駆けてこの未知なる敵に勝利し、名実共に最強の国家として名を馳せることを誓って。



 ニール=ロンブルスは我が目を疑った。

 忘れられた大陸から出立して十日余り、常識を覆されるような近未来型都市が目の前に広がっていたからだ。

 まばらに道行く人々が身に着けている服や装飾品も形は似ていてももっと洗練されている印象を覚え、何よりも清潔感が段違いに見える。

 聖騎士(パラディン)の鎧を付けていなかったらさぞ恥ずかしい思いをしたことだろう。

 港町の時点で都会だと思わされたのに、たった数キロの距離でここまで違うものなのかと圧倒されていた。

 数千キロ先にある自分の故郷との差は歴然で、帝国の方が100年は先に行っている。


 魔動車の車窓から溢れるように流れ込んでくる風景と情報量に脳の処理が追い付かないままに揺られること十数分、魔動車は橋の上で停止した。

 運転手が扉を開けると勝手にタラップが下り、少し高めの車内から降りやすくなる。

 外に出るとルオドスタ城が目に飛び込んできた。今居る橋は城の出入り口だったようだ。


 比べるのもおこがましいのだろうが、アヴァンティアの城よりも大きく立派に見える。

 非の打ち所がない。


 帝国出身であるブルック=フォン=マキシマにはすべてが懐かしい。

 目に飛び込んでくる景色も、空気の匂いも、音や肌に感じる風さえも。


 時代錯誤の大陸で過ごした数年間は決して悪いものではなかったが、故郷に戻るとここが自分の居るべき場所であると実感する。

 どうせなら彼の大陸で自分を受け入れてくれた聖騎士(パラディン)みんなを招待したいところだが、職業柄私情を挟むことを許されないので(もた)げた感情をぐっと押し殺す。


「さぁ、まずは皇帝陛下に報告に上がろう。ニール、遅れずに私の後ろについてきてくれ」


 ブルックに案内されて城の巨大な門をくぐると、こちらに誰か走って来るのが見えた。

 若い男性だ。茶色の短髪に赤いハチマキ、暗灰色の鎧を肩、胸、腕、足の主要箇所に装備し、動きやすさを重視しているように見える。

 スキップしているように軽やかで伸びのある走りと喜びに満ち溢れた表情は、見ているだけで心が洗われるかのように晴れ晴れと純粋なものだった。


「おかえりなさいっ!!師匠っ!!」


 ブルックの前にシュタッと着地した青年は胸を張って堂々と気持ちのいい笑顔で迎え入れた。


「ああ、ただいまアレン。ニール、紹介しよう。私の供回りを務めていたアレン=レグナスだ。アレン、こちらは冒険者のニール=ロンブルスだ。」

「へぇっ!冒険者ですか!俺初めて見ましたよ!」

「え? そうなのか?」

「あ、すいません。ゴホンッ……師匠からご紹介にあずかりましたアレン=レグナスです。以後お見知りおきを。」

「ああ、よろしく。僕のことはニールで結構だよ。」

「じゃ、俺のことはアレンって呼んでください。立ち話もなんですし早速中に入りましょう。」


 アレンに先導されて城内に入ると、天井が高く広い通路にあわただしい兵士たちが右往左往しているのが見えた。

 よく手入れされて美しい場所には似合わない慌てぶりに焦燥感を掻き立てられる。


「……気になりますよね。浮島の出現で防衛の強化が行われていて今はどこもこんな感じです。ところで師匠。皇帝陛下から剣神様と第八剣聖に召集が掛かっているのでお早めに準備をお願いします。」

「第八剣聖? 私の時には6人だったように思うが、いつの間に2人も剣聖に入ったのだ?」

「へへ。俺とブリジットです。」

「何だって……?!凄いじゃないかアレン!私が任務に就いているこの数年で剣聖になるなんて!」

「師匠の教えを守って努力しました。早く師匠に並び立ちたかったですから。」


 ブルックとアレンは楽しそうに会話を弾ませる。

 ニールは目を丸くしながらアレンを盗み見た。


(船の上でブルックは自分のことを剣聖と言っていた……。この国の何らかの制度であることは間違いないが、この男もブルック並みに強いということであれば……今の僕よりも数段強いことになるぞ。帝国は個人の戦力でも100年先を行っているわけじゃないよな?)


 戦々恐々とするニールにブルックは振り向く。


「すまないニール。私は自分の装備に着替えてくる。アレンと共に先に行っててくれないか?」

「あ、ああ。それは構わないが、これから僕はどこに連れて行かれるんだ?」

「皇帝陛下に謁見していただきます。ですよね? 師匠?」

「はっ!? いや、待ってくれ。僕は部外者だぞ?」

「そんな君の知識が今必要なんだ。知っていることだけを話してくれれば良い。私も出来るだけ早く支度を済ませる。」


 帝国での勝手が分からないニールは言われるがままに従う他なかった。

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