169、空へ
魔導戦艦の内装は広めに設計されており、通路はヴォジャノーイレベルの巨体同士でも通行の邪魔にならない程度には広い。その上、過剰なほどに部屋を用意したので、まるで移動するホテルだと言える。
居住スペースを確保しつつ余計なものを足さなかったがための広さではあるのだが、戦艦という割にこれといった武器がないので頼りない印象を受ける。
「でも速度だけはその分超速いから安心してよね!」
「あ、はいルーさん。よろしくお願いします。」
「硬い硬いっ!硬いって~!レッドさぁ、もう僕らは親友みたいなものだろう? なら少しは砕けても良いんじゃないかい?」
「いやそんな……。」
「んなことよりこいつはちゃんと飛ぶのかよ? 俺は試験飛行を見ちゃいねぇが?」
「ふふふっ……疑っちゃってるねぇ。でも安心しなよ。僕は飛行系魔道具のエキスパートだよ? しかも魔導局の技術開発主任も任されちゃってるんだから!さらに皇魔貴族の技術もドンッ!これで飛ばなきゃおかしいでしょ?」
「エキスパートねぇ……。確かに良くその辺をフワフワ飛んでたけどよぉ、それで安心とは思えねぇだろ。」
「ま、見てなって。」
ルイベリアに案内されてやってきた操舵室。ペタペタとサンダルを鳴らしながら操舵席に着くと首から下げていた鉱石を取り出した。
「あ、それ……。」
「ふふんっ!見覚えがあるでしょ? そっ!オリハルコンさ!……これがこの魔導戦艦ルイべーを起動するのに必要なカギ。行くよみんな。──魔導戦艦ルイベー!起動!!」
ルイベリアが先の尖った方を窪みに差し込むと、甲高い音と共に一斉に艦内に光が灯る。全てが一気にではなく、差し込んだオリハルコンから流し込むように魔力光が管の中の魔流石を伝い、全体へと行き渡る。
レッドたちはその光景に度肝を抜かれる。それは美しいという一言では言い表せられないほどに見事な幾何学模様だった。
驚きの少ない者たちも何人か居るが、これは起動が初めてではないことを意味している。実は起動実験は何度か繰り返し行われ、魔力伝導率を極限まで上げることを目指して日夜改良されていった。現在この大陸で間違いなく最新にして最高峰の技術がこの戦艦に集約されている。
しかし──。
「……さぁ行くよ。飛ぶよルイベー……さぁ飛べっ!!」
ルイベリアはオリハルコンのカギに自身の魔力を少量流し込む。いわばスイッチのオンオフに近いことを魔力を流し込むことで行うというもの。
こうすることで様々な操作を可能にするのだが、船は駆動音を響かせるだけで一向に飛ぶことは無い。
祈るように何度も同じ工程を踏むが、飛ぶことに関してはうんともすんとも言わない。
「駄目じゃねぇかよ。」
「駄目かぁ……。」
多くの落胆のため息の中にほっと安堵する声が一つだけ交じったが、特に気にすることなくルイベリアは頭を掻いた。
「おかしいなぁ……魔力タンクは満杯だし、接続もバッチリなのに何が足りないんだろ?」
「ううむ。我が魔剣『翡翠の牙』最高の知恵者である天秤座からのお墨付きも貰った魔力回路だったのだが……。飛行には適さなかったのか?」
グルガンも頭を悩ます事態。
浮かばないと話にならない。ただゴミを作成したに等しい。
「あれですかね? オリハルコンの大きさの問題ですかね?」
レッドはルイベリアの手元見ながらトンチンカンなことを口にする。
このオリハルコンは接続に必要なカギであり、燃料は別にある。
確かにオリハルコンは魔力を生み出す石であり、差し込むことで魔力を流し込んで燃料となる満杯の魔力と繋がるが、あくまでカギとしての役割しか持たないため、オリハルコンの大きい小さいとは関係がない。
「……もしそうだったとしてもお手上げだね。フレア高山にもう一度行ってオリハルコンの結晶でも見つけてきてくれない? 打開策は思いつかないし、それが一番の近道かもね?」
そう言われてはレッドも口を噤む。ここにきて特別任務が発注されそうになっている。一刻も早く飛び立とうという話になっているのに肩透かしを食らった気分だ。
もし今すぐにフレア高山に向かい、火竜王ウルレイシアに謁見が叶うなら、彼女はレッドのためにオリハルコンを融通してくれると思いたい。
が、当然無料というわけにもいかないだろう。
この事態に先ほど今生の別れのレベルでチームのメンバーと別れたシルニカは絶望の表情を浮かべる。もしここでしばらく飛ばせませんとなったらどういう風にみんなと顔を合わせれば良いのかと心の中で悶え苦しんでいた。
「そういうことならば私が飛ばそう。」
そこでスッとオリーが前に出た。
見た目には分からないが、オリーは注文通りのオリハルコンの結晶。オリーに惚れたライトにとっては少々複雑な話ではあるが、これには納得の表情である。
「え? ちょっとちょっと。僕だって魔法使いの端くれだよ? 魔法制御は一般冒険者よりも上だって自負してるしさ。魔力の総量を増やす程度じゃどうしようもないんだけど?」
知らない人から見れば一般的な反応である。しかし迷いなく座るオリーにルイベリアは気圧されて操縦席から一歩離れる。
オリーは差し込まれたオリハルコンに手を添え、しばらく目を閉じる。何かに気付いたように目を開けた次の瞬間、一気に多量の魔力を流し込んだ。
──ブワァッ
今までのことが嘘だったように戦艦は空へと浮き上がる。今度はルイベリアたちが逆に驚かされた。
「魔力回路の繋ぎ方が甘い。動力炉に上手くアプローチ出来ていないから本来の力が十全に発揮できていないんだ。浮かばせるには一気に魔力を流し込む必要がある。」
「な、ななっ!? 噓でしょ?!そんな欠陥を今そこに手をかざしただけで……どうして分かったの!? 僕らだって気付かなかったんだよ!? 君は何者?!」
「私はゴーレムだ。オリハルコンのな。」
ルイベリアは目の前が真っ白になるほどの衝撃を受ける。立ち眩みを患いながら壁に寄り掛かった。
「ひ、比喩じゃなかったんだ……。てかオリハルコンのゴーレムぅっ!? そんなのもう神器でしょ……。」
「神器は言い過ぎだが、この頑丈な体があったから今までレッドについてこられた。こうして魔導戦艦を動かせるのも運命を感じる。今こそ私がレッドを支える番だ。」
オリーの真剣な眼差しに皆が感嘆の息を漏らす。それと同時にオリーがゴーレムであったことと戦艦が無事に飛び立ったことへの安堵の息も混じっている。
一人だけ死への恐怖から虚空を見つめるガマガエルのような巨体がぶつぶつと何かを呟いていたが、気付いた順に一人残らず無視を決め込んだ。
「今から私が操舵手を務める。ルーにはすまないが他のことを頼みたい。ダメか?」
「いやもう当然文句なし。オリーにしか頼めないもん。さぁみんなっ!アノルテラブル大陸に出航だーっ!!」
レッドたちは大陸間の移動手段を手に入れ、無事に飛び立つ。
デザイア軍との戦いは目前に迫っていた。




