168、共に行く者、残る者
ラッキーセブンは冒険者ギルドが抱える全冒険者たちの中で1、2を争うチーム。
そんなチームの解散はギルド内外問わず衝撃を与えた。
一方的な解散で行くあてもなく途方に暮れていた彼女たちは、他のチームに誘われることもあったものの全ての誘いを断り続け、最近ではその日暮らしで生計を立てていた。
そろそろ気持ちを切り替えようと話し合い、ようやく新たな生活を考え始めた時分に魔導戦艦の建造の仕事が出現。金払いが良いということで参加したのだが、そこでライトを発見し、仕事完了と同時に声を掛けたのだ。
「久し振り……ってほどじゃないかな?」
「いや、久し振りだね。君たちも参加してくれてたなんて驚いたよ。ありがとう。凄く助かったよ。」
「お、お礼なんて良いよ。ちゃんと貰うもの貰ってるしさ……。」
「そっか……でも感謝はさせてくれ。君たちの力も借りたわけだし。」
「と、ところでさ!わ、私たちも連れてってくれない? その……魔導戦艦で……。」
その言葉でライトの優しそうな顔がキュッと引き締まる。焦りを感じた彼女たちは目を潤ませながら前に出る。
「お願いっ!絶対役に立つからっ!」
「……いや、この戦いは……。この戦いは君たちには危険すぎる。」
「大丈夫よ!私たち優秀だもん!知ってるでしょ!」
「それは分かってるよ。ずっとチームだったから……。」
「だったら……!!」
4人はライトに食い下がる。しかしそれをディロンが遮った。
「レベルが違ぇんだよ。こいつがオメーらの身の安全を考えてやってんのが分かんねぇか?」
「分かってる!でも私は……私たちはライトと一緒に居たいのっ!!」
「ねぇお願いっ!一緒に連れてってよっ!!」
命を預け合い、助け合って来た自負とライトに対する恋心からか4人は諦めようとしない。
ライトは鋼の意志で断ろうと口を開きかけたが、それにルイベリアが反応する。
「良いじゃん連れてけば。」
「なっ!? そんな簡単なことじゃ……。」
「うん。僕も酔狂で言ってるわけじゃないよ。魔導戦艦ルイベーの乗組員として働いてもらおうって話をしているのさ。」
「ル、ルイベー?」
「何か不測の事態があった時にいろんな知識や力があるのは良いことだよ? 乗組員として色々してもらっちゃうのもありじゃない? ちなみに僕も乗るから技術者を守る名目で一人でも多く乗ってくれると助かるよ。」
「あ? 何でオメーまで?」
「僕は開発の中心人物だしこれに使われている金属はほとんど僕が開発したルイベニウム合金だよ? つまり直すのには僕の知識が必要不可欠ってこと。」
「じゃあ……オメーは要るな。」
「ふふんっそうでしょ? じゃ僕を警護するのは誰? 君たちはほら、必須戦力だから僕を守ってる暇はないだろうしさ。」
ルイベリアに言い包められるライトとディロン。4人の目はルイベリアを見つめて輝いている。
何とか否定出来る材料を探すも、ルイベリアの意見に反論することが出来ない。そこにレッドが話を聞きつけてやってきた。
「え? 一緒に来てくれるんですか? ってことはラッキーセブンが久々に集合じゃないですか!すごい頼もしいですね!」
「いや、ちょっ……レッド……。」
「え? で、でしょでしょっ!ほら、ルイベリアさんもレッドもこう言ってるんだから!」
4人はさらにライトに詰め寄る。ライト的には真っ向から否定したいところだが、既にチームのリーダーであるレッドからの許しも出ている現状で断るなど出来ようはずもなく。
「……分かった。でも戦場には出さないからね。アノルテラブル大陸は俺たちにも未知の領域だから、安全が保障されるまではこの船から出ないことが条件だよ。」
「「「「やったぁっ!!」」」」
大喜びでライトに抱き着いていく。ライトは勢いのままに抱き着いてくる4人を軽く受け止め、苦笑いで対応した。
「おいおい。遊びじゃねぇんだぞ? ったく……役に立たなかったら承知しねぇから。」
「言われるまでもないし!」
そんな光景を傍から見ていたグルガンはため息交じりに肩を竦めた。
「どうなるか定かでない場所に彼女たちを連れていくのはどうかと思うが……。」
「しかしあれだけ食い下がられたら連れていくほかないでおじゃるよ。これからどんな恐怖が待ち構えているかも知らずに暢気なものでおじゃる。」
「ああ、全くだ。その点貴公には期待しているぞ。」
ヴォジャノーイの肩をポンッと叩く。その瞬間にヴォジャノーイは不思議そうな顔できょとんとグルガンを見た。
「ん? 何で朕が行く前提なんでおじゃるか?」
「いやいや何を言っている? 貴公はこの大陸でレッドを除けば1、2を争う強者。そんな戦力を置いて行くような愚は犯せない。」
「そそ、そんな!? 話が違うでおじゃるよ!朕をあの御方から守ってはくれぬのか?!」
「我が貴公に約束したのは皇魔貴族の地位と領土の確保であり、この世界に居ても良いという権利だ。謂わば貴公は第二の故郷を手に入れたことになる。今回の魔導戦艦の建造に貢献した貴公の活躍は見事という他ない。共に旅立ち、デザイアを討とうではないか。」
「嫌でおじゃる!!」
明確な拒絶を見せるヴォジャノーイだったが、直後太い腕がヴォジャノーイの肩に回された。
「おいおい。つれねぇこと言うなよオジャノーイ。異世界から来たことに引け目でも感じてんのか?」
「ディ、ディロン殿? いや、そういうわけでは……。」
「こいつも言ったろ? ここはオメーの第二の故郷だってな。オメーはとっくに俺らの仲間だよ。デザイアなんざぶっ飛ばしちまおうぜ。」
「出会った瞬間に朕が殺されるでおじゃる!」
「お? よぉオメー。俺らのことが信用ならねぇってか? オメーだってノリノリで戦艦作ってたじゃねぇかよ。」
「あ、あれは……朕は戦闘に参加しないと思ってたからで、せめて朕がやれることは尽力したいと……。」
「マジかよ……聞いたかグルガン? 健気なもんじゃねぇか。オジャノーイよぉ、オメーがやれることはまだまだあるぜ。さぁ行こうぜ。新たなる大陸へ!!」
「あ!話を聞いていないでおじゃるな!!放せでおじゃ……いや、強い!!力が朕より強い!!」
「そりゃオメー鍛えたからな!」
「そんな付け焼刃程度でどうにかなるような……ちょちょっ?!いったん待つでおじゃ!いったん待つでおじゃ!?」
ディロンはヴォジャノーイの肩と首を固めて戦艦に乗り込んでいく。どうしようもない状況で何とかグルガンに目を向けるが、肝心のグルガンは目を伏せて右手で手刀を作り、無言で小さく謝罪をしていた。ヴォジャノーイはガクッと肩を落としてディロンに引きずられるままに戦艦内部へと消えていった。
そんな姿を遠巻きに見ていたスロウは不思議そうな顔でグルガンを見た。
「おじゃ君どうしたの?」
「ああ、その……我々と共に戦ってくれるようだ。ありがたいことに……。さぁ、みんなの気が変わらない内に乗り込むとしようか」
無垢な質問に思ってもいないことを口にするのはこんなにも心苦しいものだったかとヴォジャノーイには同情の念を抱く。気持ちを奮い立たせて足を前に運ぶグルガンに先導され、レッドたちも戦艦へと進む。
「よぉレッド!」
レッドは呼び止められた声に振り返る。そこには見知った冒険者チームが並んでいた。
ゴールデンビートルと風花の翡翠、そしてクラウドサインの面々だ。
「……え? え? え? もしかしてみんなも来てくれる感じなの?!」
「いや。」
「いいえ。」
「行くわけがないだろう? そんなところよぉ。」
質問への全否定にはレッドの肩も落ちる。しかしすぐに気を持ち直してレッドは顔を上げた。
「……そうだよね。見送ってくれるだけでもありがたいよ。」
「お力になれずに申し訳ないですわ。」
「そ、そんなことないよ。これを作るのに力を合わせてくれたからそれで十分……。」
「まぁ、世界を救う英雄譚てのは魅力的だし、俺たちの真の実力を世に知らしめるってのも悪かねぇんだけどやめたわ。俺たちにもディロンくらいムキムキの肉体があればついて行くことも考えたんだが……足手まといになんのはごめんだからな。」
「うん、ディロンさんはね。あの人は特別だから……」
「代わりと言っちゃなんだがよ、こいつを連れてってくれ。」
パイクはレッドの提げた剣の鞘にペンッと何かを張り付けた。それは金のカブトムシのステッカーだった。
「え? 何これ?」
「俺たちのチームの象徴だよ!」
「すげぇだろ? グッズ展開するんだぜ!」
「本当はこいつに全員の武器を持たせたかったんだが、最初の奴はシンプルに行こうってことになってな。こいつはタダでくれてやるよ。餞別代りだ。」
「へ~。ありがとう。」
レッドはゴールデンビートルから計4枚のステッカーをもらう。それをシル二カは冷ややかな目で見る。
「レッドのやさしさを利用して他の大陸に名を売る魂胆ね? 浅ましい~。」
「はんっ!?」
「う、うう、うるせぇっ!そんなこと考えてもみなかったわっ!!」
「そそ、そうだよっ!い、言いがかりも甚だしいぜっ!」
「ここ、こういうのは気持ちが大事なんだからそういう茶々は要らねぇんだよっ!」
あからさまに動揺するゴールデンビートルを見てみんなで笑う。
それを尻目に風花の翡翠のリーダーであるルーシーがやって来て赤い宝石のネックレスを渡してきた。
「え!? こ、こんな高価そうなの受け取れませんよ。」
「これはわたくしからの親愛の印。受け取ってください。」
「ちなみにお嬢様の手作りです。」
「え?!これ手作り?!売り物かと思った!?」
「ええ。まぁ……。」
モジモジと恥ずかしそうにもみあげを耳に掛ける。チラリと現れた耳たぶにレッドに渡した同じ宝石と思われる赤いピアスがキラリと輝く。お揃いであることをアピールするが、レッドは気づくことなくネックレスを眺める。
「大切に首から下げていただけると喜ばしいのですが……。」
「ちょっとジューン。余計なことは言わない。」
「あ、申し訳ございません。出過ぎた真似をいたしました。」
頭を下げる侍女のジューンを見て慌ててレッドは即座に首から下げてみた。赤い髪に赤い宝石が映える。
「やはりわたくしの眼に狂いはありませんでしたね。よくお似合いよ。」
「あ、ありがとうございます。大切にします。」
「わたくしも不本意ながらゴールデンビートルの方々と同じ意見ですわ。世界を共に救いたかったのですが、そのレベルに達していないので今回は諦めることにします。」
「そんなことないですよ。ルーシーさんがいれば百人力ですって。」
「ふふっありがとう。でもよろしくてよ。もう決めましたから……。そのネックレスをわたくしの代わりにお持ちになって、ふとした時にわたくしを思い出してくださればそれで十分。」
「え? これでルーシーさんを? 分かりました。」
恥ずかしそうにポッと顔を赤らめるルーシーとネックレスとを交互に見る。
「いや、マジかよ。お前も大概だな。」
「それはどういう意味? パイク。」
「おいちょっ……2人とも止せよ!せっかくの門出に喧嘩は縁起が悪ぃって!」
不思議な光景だった。ほんの少し前なら喉から手が出るほどに欲しかっただろう光景が眼前で繰り広げられている。
「ほら、こんなことしてる時間ないでしょ? さっさと行くわよ。」
そういうとシルニカはチームメイトから離れてレッドの手を引いた。
「……ん? え? シルニカさん? 来ないはずじゃ……?」
「私は別。ルー先生に一緒に来てほしいって言われたし……。」
「先生って……あの人何歳だ?」
「ということで私も乗るから。分かった?」
「ヒューッ!お似合いのカップルだぜぇっ!」
「ガキかっ!!」
ゴールデンビートルに茶化されるシルニカは喉を鳴らしながら威嚇している。そんな傍ら、クラウドサインの面々がレッドに近付く。
「歯がゆいことだが、俺たちはついて行けるだけの強さはねぇ。俺たちはお嬢が返ってくるまで待つことにするぜ。レッド。俺たちがお前にこんなこと言う義理はねぇのかもしれねぇけど……お嬢を頼む。」
一緒に来れば良い。そう言えたら楽なんだろうが、メンバーのこれ以上ない真剣な表情に返す言葉を飲み込み、レッドはスッと右手を差し出した。
その意図に気付いたメンバー全員と無言で握手を交わし、コクリと一つ頷くと満足げな顔で離れた。
別れを惜しむという貴重な経験を果たしたレッドはシルニカと共に魔導戦艦へと乗り込んだ。




