163、満額
「これを……募金で集めたのか? 凄いな……」
グルガンが迎えに来たのは夕方近くであり、その頃には冒険者たちがレッドを囲んで酒盛りしながらお金を置いていく状況で、レッドとオリーは感謝しながら地蔵のように立ち尽くす。酒盛りにはディロンとウルラドリスも参加して大盛り上がりの様子だった。
「俺がギルドマスターに嘆願している最中に募金を始めたみたいなんだが、ゴールデンビートルが現れてからの怒涛の展開は驚愕の一言だよ。正直苦手な奴らだったがこればかりは感心させられた」
「なんとも……レッドを散々煽っていた連中とは思えん。これも一つの才能か……」
冒険者としての誇りを持ったチームであることは、ニールの立ち上げたホープ・アライアンスに不参加を表明した理由から理解していたが、それほど重要視していなかった。以前レッドの攻略したベルク遺跡の手柄を運よく横取り出来ただけのチームであると侮ったのもあったからだ。
「あっ!グルガンさん良いところに!そろそろお金に埋もれるところだったんですよ!移動をお願い出来ますか?」
「ああ、もちろんだ」
グルガンは手早くお金を空間へと仕舞っていく。レッドとオリーの持っていた募金箱も預かると、ディロンがそれを見て立ち上がる。
「おぅ、もうお開きのようだぜ」
集まったみんなは口々に「これからだろ~」「もっと騒ごうぜ~」なんて言いながら渋々片づけを始める。中にはギルド会館職員も混ざってたので、終了の合図とともに慌てて仕事に戻る者たちもいた。
「みなさん本当にありがとうございました!!これを戦艦の資金源にして俺たちは空に飛びます!!」
「おぉ!いいぞぉ!!」
「世界のためなんて大それたことは言いません!言いませんけど!ここに集まったみんなのためと俺たちの家族のために!魔神たちの暴走を止めてきます!!」
「ぎゃははっ!!お前そこまで来たら世界救っちまえよ~!!」
「やっちまえレッド!!お前に賭けるぜ!!」
鳴りやまない拍手と声援。レッドに課された使命は積み重なり、どんどん重たくなっていく。
だが、レッドになら背負える。仲間との結束で精神的に強くなった今の彼なら。
*
ギルド会館を後にし、グルガンのダンジョンに集まったレッドたちは早速集計を始める。
機械のように正確に素早く金貨、銀貨、銅貨に分けて机いっぱいに重ねて整理していくオリーと、すぐさま羊皮紙を取り出して書き込むライトとグルガン。
ここは任せろと言わんばかりの勢いに数字に弱いレッドたちはただただ見守るしかなかった。
凄まじい勢いで数えられ、あっという間に募金で集まったお金は集計された。
「ゴールデンビートル、風花の翡翠……様々な冒険者たち、ギルド会館の職員に、たまたま通りがかったナーヴァス運送……多くの支援者のおかげで集まった支援金……。俺もあの後他のギルドに回ってみたんだが、冒険者ギルド以外は門前払いを食らった。すまないが今回は役に立てそうもない。個人的にお金を出そう」
そう言うとライトはジャラッと机にお金を出して羊皮紙に金額を書き足す。
「じゃ俺も」
そう言うとディロンはチャリンと机に数枚金貨を投げた。ライトに訝しい目で見られたディロンだったが、特に悪びれる様子もなく「全財産だ」と言った。
──スッ
それに合わせて無言でお金をそっと置くオリー。
「なっ?!オリーさん!?」
「そ、それは俺がお小遣いにあげた分じゃないか。使ってなかったのか?」
「ああ、必要な時が来るかもしれないと取っておいたんだ。こういう時にこそ使うべきだろう。レッドにはすまないがどうか使ってほしい」
「うぅ……すまないオリー……」
──チャリンッチャリンッ
そこにさらに極戒双縄までお金を出してきた。
「少ないけど……」
「スロウまで……ありがとう。使わせてもらうよ」
オリーとスロウのお小遣いを計上してレッドから出せるすべては出そろった。
「……とりあえずはこんなところか。グルガンの方はどうだった?」
「うむ。何とか引っ張ってこれそうな分と我が領地の分を足せば何とか半分といったところか……ここまでやって足りないとは、違った意味で絶望を味わうな……」
「俺のダンジョンの財宝が使えたらもうちょっと足せたかもだけど、消し炭にされちゃったから……」
「気の毒に……」
「全額は無理か……こうなったら2回に分けて支払えないか交渉してみよう。とにかく1日でも早く建造を始めなければ……」
「何をやっているでおじゃるか? お金の音が聞こえたでおじゃるよ?」
アイスキャンディのようなものをペロペロと舐めながらヴォジャノーイが呑気にやってきた。
「おおっ!この世界の通貨でおじゃるな? 興味があるでおじゃる。ちょっと見せてたもれ」
「勝手に見りゃ良いだろ。くすねやがったらタダじゃおかねぇぞ?」
「そんなことしないでおじゃる。……何を警戒しているのやら」
「戦艦の建造費だ。1枚たりとも無駄には出来ないから敏感になっているんだよ」
「なるほど。つまりこれで戦艦が買えるというわけでおじゃるか?」
「いや、実は全額用意出来ていないのだ。世界の命運を前にして金集めとは数奇なものだ……」
「地獄の沙汰も銭次第でおじゃるよ。聞いたことないでおじゃるか?……それはよしとして、良かったら朕が出すでおじゃる。全部」
口から「それは助かる」と出かけて全員の頭の上に疑問符が浮いた。
「あ、えっ? オジャノーイさん……今なんて?」
「ヴォジャノーイでおじゃるが、まぁ良いでおじゃる。朕が全部出すでおじゃるよ。この世界の通貨ではないでおじゃるが金銀財宝の価値があまり変わらないのであれば関係ないでおじゃろう?」
「金を持ってるように見えねぇぞ? 本当に出せんのか? オジャノーイ」
「ヴォジャノーイでおじゃる」
「あ、そういえば魔王だったな。しかし今は自分の世界に帰れないはずだが、どうやって引き出すつもりだ?」
「ほっほっほっ。良いところに気付くでおじゃるな。実を言うとグルガン殿と同様に朕には空間に物をしまう技術があるでおじゃる。もっぱら金庫代わりにしてるでおじゃるが……」
ヴォジャノーイは手をフイッと振って水を集める。水を平く伸ばして巨大な器を作るとその上に滝のように金銀財宝を放出した。山になったのを確認し、サッと異空間の金庫を閉じる。まるで手品のように現れた財宝は募金で集まった金を優に超えた。
「自慢じゃないが朕はお金持ちでおじゃる。船の一隻や二隻、なんてことないでおじゃるよ」
「す、凄い……」
「いやいや、レッドほどでは無いでおじゃるよ」
胸を張って自慢げなヴォジャノーイを見てグルガンは立ち眩みがしたようにふらりと机に手をついた。
「グ、グルガンさん? え? 大丈夫ですか?」
「……こ、こんなことがあるのか? まるで天が味方しているような……運命が戦いを望んでいるかのような……」
初めての体験だった。運命の歯車がカチリと音を立てて嵌ったように感じる。もちろん全てたまたまでレッドの気紛れから生まれた偶然の産物のはずだが、作為的な何かがそうさせたような気にさせられる。
グルガンは頭を振って突拍子もない考えに蓋をする。何にせよ全てが整った。ここからやるべきことは一つなのだから。
「……魔導局に行くぞ。一緒に来いヴォジャノーイ」
「だからヴォジャノ……あってるでおじゃる……!?」
まさに奇跡。必要とはいえ、すぐに用意するなど絶対にあり得ない金額をわずか半日で用意出来てしまった。急ぎ魔導局に直行し、ヴォジャノーイの来訪にまたしてもパニックに陥るテスを宥め、無事に契約を結ぶ。
戦いの前の高い高い壁を乗り越え、レッドたちは次のステージへと移行する。




