160、戦力分析
スロウの意思を確認し、デザイアとの対立を確固たるものにしたレッドたちは、急いでチームを招集して作戦会議を始める。
「事は深刻だな……」
「深刻だと? とぼけたこと言ってんじゃねぇぞコラ。あれをなんていうか知ってっか? 桁違いってんだよ。人生をのほほんと生きて来たその辺の連中ですら事態に気付いて世界の終わりを噂してるぜ」
『そりゃあんなのが浮かんでたらそうもなるわ』
「そもそもあんなのあたい聞いてないし!超巨大浮遊要塞が複数なんて正気の沙汰じゃないでしょ!」
「すまない。我が共有を怠っていたばかりに……」
「あっごめん。聞いてたかもだけどあのレベルは想定してないって意味ね?」
すべてが想定の外。レッドと離れて修行していたライトとディロンは前よりも強くなったと自負していたのだが、今となっては意味があったのかさえ分からなくなってくる。
ようやく理解してもらえたヴォジャノーイは共感してもらえたことに安堵しながらも、慌てふためくライトたちの姿に一抹の不安を覚えていた。
「……裏切ったなんてバレた日には確実に殺されてしまうでおじゃる。朕は死にたくないでおじゃるよ」
「誰もがそうだ。特に我とレッドは確実に殺される」
「うぅ……」
「そう怖がることは無いぞレッド。抵抗しなければという話だ。逆に相手を倒してしまえば殺されることは無い」
「おじゃ? グルガン殿は理解していないのでおじゃるか? この圧倒的な力の差を……」
「当然理解している。だがこちらにはレッドという切り札がある。上手いこと戦えば勝てない敵など居はしない」
「俺を何だと思ってるんですかっ?!」
「そうだぞグルガン!レッド一人にやらせるつもりか!? そんなこと私がさせない!」
「オリー……ありがとうな。でも、そういうことじゃなくて……」
『切り札』という言葉を否定しようと思っていたレッドは自分に注がれる熱い視線に気付いた。全員がこの戦いで最もレッドを信頼しているといった瞳だ。
「俺もそんなことはさせないさオリーさん。どれだけ高い山もみんなで力を合わせれば踏破出来ないことなんてない」
「ライトさん……」
「ったりめーだ。そりゃ差はあるぜ? レッドが1位、俺とグルガンが同列2位、あとは……面倒くせ、全員4位でいいだろ。とにかく力合わせてぶっ飛ばしゃ良いんだよ」
「なんだその数字は……? もしかして序列か? なんで俺が貴様以下になるんだ?」
「仕方ねぇな。オメーは4位で他が同列ってことにしてやるよ」
「貴様……」
「喧嘩はやめるでおじゃるよ。そんなことよりも今後のことを決めるでおじゃる」
ヴォジャノーイの言葉でみんなの目はグルガンに向いた。
「……うむ、基本は各個撃破だが、魔神は一人一人がミルレース以上の力を持っている。真正面から攻撃を仕掛ければ勝ち目はない。出来る限り情報を集めて弱点を探り、全員で一気に攻める」
「まずは情報収集ということか。相変わらず堅実だな」
「でもよぉ、悠長じゃねぇか? 相手がそこまで待ってくれるとは思えねぇが?」
「一理ある。出来れば一編に叩きたいところだが、レッドを除けば我らの実力はさほど変わらない。無理をすれば犠牲が出るぞ」
「覚悟の上だろうがよ」
「簡単に言うな。犠牲が出れば、その時点でこちらが不利になる。いかに戦力を減らさず、相手を叩くか。一体一体確実に。これが勝利の鍵だ」
「え? でもそれって対策されちゃうんじゃ……」
「それもまた想定内だ。こちらもそれを上回る形で臨機応変に対応を変えていく」
「……簡単に言うでおじゃるなぁ」
「グルガンの言っていることは尤もだが、レッドの危惧していることもまた無視出来ない事実。それにある程度戦って見ないと糸口も見えてこないぞ」
「それは我がヴォジャノーイから何度も聞いた情報が……」
グルガンは言い掛けて口を閉ざす。ヴォジャノーイから得られた情報は見た目とせいぜい雰囲気から察せられる強いと言うことだけだった。ヴォジャノーイ自身は戦ったこともなければ戦ている姿を見ていないらしい。
だからこそ普段の行動を思い出せる限りで書き出し、ある程度の癖を把握することで先手を打とうと思っていたのだが、それが役に立つのはグルガンだけであったことを今この時に察した。
「……いや、なんでも無い。あまり使えない情報だった。忘れてくれ」
「おじゃじゃっ!? 酷いでおじゃるっ!!」
ライトやオリーであればグルガンの手記をある程度は理解出来るかもしれないが、グルガンほど自然に完璧に使いこなせるかと言われたら否定的になる。頭にすり込むレベルで復唱し、書き出したグルガンと比べるのは野暮であるが、必殺の一撃を繰り出されたまさにその時に咄嗟に正解を引けというのはやはり難しい。
出たとこ勝負のディロンやレッドは勘頼りなところが大きく、攻防の中の一瞬一瞬の閃きで勝負しているだろうから無い頭を使えというのは酷だろう。
話し合いは膠着状態だ。
そんな中、スロウがふと思い至ったことを聞く。
「そういえば、あの浮いてる島にはどうやって行くの? 毎回グルガンさんがみんなを担ぐの?」
「あ……」
重要なことだ。常に移動し続け、世界に散らばっていく要塞。もうすでにレッドたちの大陸を通り過ぎて新大陸へと侵攻を開始している。今グルガンが追えば追いつくことは出来るし、魔剣レガリアの能力で一度行った先に印をつけ、瞬間移動を可能にすれば後々の面倒も減るだろう。
「最初は我もそこに思い至らなかったわけではない。だがおいそれと行動に移せないのは、我々は奴らのことを知らな過ぎるということに問題がある。例えば魔剣レガリアは瞬時にその場所に行ける移動能力を有しているが、逆に利用されることを考えたらいつでも我の命を取れることに繋がりかねない。一人一人を担いで飛ぶのも時間が掛かりすぎる。ならば浮遊戦艦でも作って乗り付ける方が遥かに効率が良い」
パッと手を上げると空間からスルリと大きめの羊皮紙が出現した。紐を解いて机に広げると羊皮紙の中身は船の設計図だった。
「実はヴォジャノーイに要塞の話を聞いた時から揚陸艇に近いものを考えていたのだ。見す見す制空権を渡すような愚を犯さないようにな」
「何とっ!? 朕が気付かぬ内にこのようなものを?!もう既に出来ているでおじゃるか?!」
「まだだ。思った以上にデザイアたちの進行が早かったからな。設計図にも改良の余地がまだまだある。とはいえ、今はどうこう言っている場合ではない。今すぐにも作り始めねば……しかし残念なことに制作に要する時間は膨大なものになる。我一人ではどう足掻いても間に合わん」
「なるほど、技術者の確保か。となれば魔導局に手伝ってもらうのはどうだ? あそこは魔道具を広く扱っているからな。グルガンの考える改良の余地にも気付くことが出来るんじゃないか?」
「あ、魔導局になら知り合いがいます。俺から頼んでみようと思います」
「……あの2人は一介の技術者だったように思うのだが、局全体に働きかけることは出来るのだろうか? そこだけが心配だな……」
「今は世界の命運が掛かった一大事。無理を言っても手伝ってもらわねばなるまい。早速魔導局に出かけよう」
レッドのツテを頼り、急ぎ魔導局へと移動する。




