156、すべてを諦めろ
「え?……追……放?」
レッドは自分の耳を疑った。何か別の言葉に置き換えようと一瞬頭をこねくり回したが、語彙力がないために『追放』という文字が嫌でも頭にこびりつく。
「ほほぉっ!追放ですかっ!流石はデザイア様!追放されたとあればスロウ様も後腐れなくデザイア様のお手を取るでしょう!傷心のスロウ様を慰めることも出来ますれば、すなわち1つの石で2頭の竜を落とすがごとき発想!いや~っ感服いたしました!」
「あ、そういうこと? 面白いことを考えるものねぇ」
「ケッ……とことん悪趣味だぜ」
「フンッ……儂なら1つの石で竜を根絶やしにしてくれるわい」
「あ? いや、そういうこっちゃねぇだろ。比喩表現にマジになんじゃねぇよ……」
──バサッ
デザイアは右手を上げて魔神たちの私語を制止する。
「……オーギュストの言う通りだ。感情豊かであるが故に気の迷いで人間を頼ったが、突き放されればスロウは自然と私の下にやって来る。分かったなレッド=カーマイン。お前のすべきことが」
デザイアは自分の寛大さに酔いしれる。娘を惑わせた憎むべき弱者に対し、ここまで譲歩するなど自分でも驚いているぐらいだ。
支配か死か。その二通りだった選択肢に『生かして放逐』という新しい選択肢がここで生まれようとしていた。
「……死にたくありません」
「ふっ……そうだろうとも」
「でも追放も出来ません」
「……何だと?」
レッドの言葉に空気が変わる。魔神たちもレッドが一瞬何を言ったのか分からず、目を剥いてレッドを凝視した。
「スロウが自らの意思で出ていきたいと言うなら俺は止めません。でも俺から追放することはあり得ません」
「……自分が何を言っているか分かっているのか?」
「お言葉ですけど、俺は追放されたことがあります。幼少期からの親友と頼れる最高の仲間たちに一方的に捨てられたから誰よりも何よりも分かっているつもりですよ。信じた相手に裏切られるのは何よりも辛いことだって……」
「ほぅ? なるほど。ならばお前は追放をするくらいなら死んだほうがマシだと? そう言いたいのか?」
「あっいや、死にたくはないです。絶対に死にたくはないです」
「ちょっ……おい何だこいつは? ふざけてんのか?」
「黙っていろドラグロス。……もう一度だけ言おう、生き残る方法は2つに1つだ。スロウを追放するかお前が死ぬか。このどちらかだ」
デザイアはレッドにさらに近寄りながら圧をかける。近寄っているだけだというのに、レッドの周りだけ重力が増したように地面がメキメキと音を立て潰れていく。レッドも地面に埋まっていくのを感じて焦り始める。
「えっ?!えっ!?」
「さぁどうするんだ?答えろ」
「え、あっ……死にたくありません!」
「よし。ならば……」
「でも追放したくありません!!」
「……死……」
「死にたくないです!!」
──ゴゴゴゴッ
デザイアは怒りで我を忘れそうになる。しかし追放に関してはこれ以上ない考えなだけにレッドをこのまま殺してしまうのは惜しい。
「……追放しろ」
「いやです!!」
「では死ねっ」
「死にたくないです!!」
「選べっ!!」
「あああっ!!選べません!選びたくありません!!どっちも諦めてください!!」
「キサマっ!!!」
「あああああっ!!」
レッドは沈みゆく地面に手を着いて懇願する。デザイアはさらに力を強めてレッドに迫る。どちらも譲ることが出来ない戦い。徐々に魔神たちにも焦りが見える。
「デザイア様!? いけませぬ!このままでは地形が変わってしまいますぞ!!」
「そうよ!怒るのは分かるけど少し抑えて……!」
「黙れっ!!この私に指図するなっ!!」
──ゴバァッ
「うわぁぁっ!!ヤバイヤバイ!!」
魔神たちすら寄せ付けぬ黒いオーラ。うねるオーラは質量を持ち、地面を抉る。メキメキと亀裂が入り、ヴァイザーの指摘通り地形が変わろうとしている。押し潰そうとする重圧は、既に生物が生きられる環境ではなくなっていた。
(どうなってやがる?!何でこいつ死なねぇんだっ?!)
グレゴールとヴァイザーとドラグロスが割って入ろうと試みたが、デザイアのオーラの前に弾かれ、手出し出来ないのに対してレッドは変わらず原型を保ち、土下座しながらひたすらに懇願している。
静観していたモロクとガルム、そしてオーギュストもこの異様さに驚きを隠せない。
もはや誰も止められない怒りにこの世界の終焉を予見したが、ある一つの存在がこの状況を変える。
「待てぇっ!!!」
その声にここに居る全員が反応した。レッドの背後から現れたのは獅子頭の魔族。デザイアはこの顔に見覚えがあった。
「なっ……アレクサンドロス?」
──ゥウッ
デザイアの力がパタッと消える。レッドの体も急に軽くなった。パッと顔を上げるとグルガンが横に立つのが見え、レッドは泣きそうな顔で安心した。
「あっ!グ、グルガンさんっ!!」
「大丈夫かレッド」
心配と同時にグルガンはデザイアを睨み付けた。
「……ふっ……まさか生きていたとは驚きだな。アレクサンドロス」
「アレクサンドロスは我が祖父の名前だ。我が名はゴライアス。ゴライアス=大公=グルガンだ」
「アレクサンドロスが祖父?……孫のゴライアス……大公だと?!」
ミキキッと肩を怒らせたが、すぐに力を抜く。
「ふふふっ……私を追い出したことでその地位を得たか。いずれ来たる私に対する嫌がらせにも見えるがな……」
「この地位は女神を討伐することにより得たもの。貴公など我らには元より眼中にない」
グルガンの言葉に魔神たちの背筋が凍る。
「怖い物知らずとはこのことか。無知蒙昧な雑魚は生きているだけで罪じゃのぅ」
「貴公は何だ? うるさいぞ。生き長らえているだけの老害は口を噤め」
「なっ!? このガキ!!」
ヴァイザーは槍を構えて前に出ようとしたが、デザイアが手をかざすことで動きを止める。ヴァイザーは怒りを無理くり治めて下がった。
「威勢が良いなアレクサンドロスの孫よ。丁度良い。お前に用があったのだ。アレクサンドロスに盗られた我が心臓を返してもらおうか」
「心臓だと?」
「……え? 心臓無いの?」
レッドがボソッと呟くとデザイアはギロリと睨み付けた。「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げて顔を下げる。
「……心臓か。祖父が魔剣の素材として加工したと手記にはあったが、まさか本当のことだったとはな……我にそれを渡した時は『巨悪を滅ぼした勲章』と誇っていたのを思い出す」
「うへぇ……イカれてやがんな……」
「臓器を素材に何かを作ろうって考えが、ねぇ?」
ドラグロスとグレゴールも引くほどの所業。もはや心の病気と言っても過言ではない状況だが、デザイアはうんうんと2回頷いた。
「なるほど。私の体は絶大な魔力を帯びている。どの臓腑を使用しようとも通常の機能の他に副次的効果が期待出来るが、心臓ならばさらに特別なこととなろう。女神を倒したというのも納得出来る」
デザイアの自慢ともいえる自分語りだったが、グルガンは思わず眉根を上げた。図に当たっている。今まさに語られている魔剣こそが女神を討伐するに至った魔剣であるからだ。
「……私は忠臣であるアレクサンドロスに裏切られ、この世界から追い出された。当時ほどではないが、復讐の炎は確実に私の心を燻している。本来であれば一族郎党皆殺しが妥当ではあるが、私は寛大な男だ。アレクサンドロスの孫……いや、ゴライアスよ。私の心臓を返せ。さすればグルガン家は今後も存続させてやろう。お前の死を以ってな」
「そ、そんな!!グルガンさんが何をしたっていうんですか!!」
「黙れっ!レッド=カーマイン!殺すぞっ!!……ふんっ、主君に対する裏切りにはそれ相応の処罰が必要になる。既にアレクサンドロスが死んでいる以上、グルガン家の党首たるゴライアスがその責を負うのは当然のことだ。私にここまで説明させた以上はやることをやってもらおう」
「……心臓を返せば我の一族の存続を認めるというのは確約出来るのか?」
「当然だ。この私、デザイア=オルべリウスの名において誓おう。グルガン家は永久にこの世界にあり続けるとな……」
──シュッ
デザイアの言葉を聞いたグルガンは空間から魔剣を出現させる。グルガンが誇る最強の魔剣『真紅の牙』。その姿を見たデザイアは思わず迎え入れるように両手を開いた。
「おおっ!まさしく私の心臓だ!……私の元に帰りたいと鳴動している」
「やはりこれで間違いないのか。解明し切れぬ凄まじい魔剣だと認識はしていたが……」
「話が早いなゴライアス。お前の祖父もそうだった。そういうところが気に入っていたのだ」
興奮気味に喋るデザイアを余所にグルガンの目は冷たかった。
「誰が返すといった? この魔剣は我がグルガン家の家宝。よって我のものだ。今後とも重宝し、壊れるまで使い潰してくれる」
「……は?」
「その上で我が命もやらぬ。まだまだやることがあるのでな、ここで終わるには勿体ない。絶対に死ぬわけにはいかないのだ。つまりは……」
グルガンは左手にもいつの間にか別の魔剣を持ち、殺気を放って牽制する。
「すべてを諦めろ。デザイア=オルべリウス」




