155、暴君
──数分前──
デザイアの力はフィニアスを襲う。フィニアスは為す術もなく叩きのめされ、不可視の力で全身を締め上げられた。
「うぐぅっ……!!」
「フンッ……どうした? この程度かメフィストの子よ。弱すぎる。これでよく王を名乗れるものよなぁ……。やはり栄光を受け継ぐなど間違っている。奪い取らねば真の実力者が上に立つことが出来んということよ」
「戯言を……!ぐっ……!!」
「ふっ……確かにその通りだな。では本題に移ろう。レッド=カーマインは何処にいる?」
「誰が言うものか……!!」
「そうか……よほど死にたいとみえる」
デザイアはさらに負荷をかけようと右手をかざす。しかしその力を入れる寸前、影から現れる存在に気付いて手を下ろした。
「……お待ち下さい」
「執事。お前は昔から変わらないな」
「……主人を離していただけますか?……私が代わりを務めさせていただきます」
「やめろ!バトラー!!」
「黙っていろ」
浮かされたフィニアスは弾き飛ばされるように吹き飛び、壁に叩きつけられてうつ伏せに倒れた。
「レッド=カーマインは何処にいる?」
「……こちらを」
バトラーが差し出したのは羊皮紙。レッドの名前が書かれた魔法の契約書。
「ダンジョンの契約書か。懐かしいものが出て来たな」
羊皮紙を開いて契約書を確認する。デザイアはおもむろに手をかざすと何かを探るように紙面の上で指を動かす。
「……ふむ。ここに居るのか?」
「……間違いございません」
「そうか。信じよう。ところでお前はフィニアス家に勤めてどのくらいになる?」
「……時間など関係ございません……我が魂尽きるまで未来永劫フィニアス様の元を……離れることはありません」
「忠義者だなバトラー。……残念だよ」
──パァンッ
バトラーは弾け飛んだ。デザイアは何もしていないように見えたが、不可視の力はフィニアスからバトラーに狙いを変え、その体を粉微塵にしてしまった。
「……選択肢を自ら放棄するとはな……主人の代わりを務められて本望であっただろう」
「バ、バトラー……」
「メフィストの子よ、私に感謝するのだな。忠臣はいずれ裏切る。その苦悩を私の手で握り潰してやったのだからな……もうここには要はない。いくぞ」
喪失感に目の前が黒くなるフィニアスを置いてデザイアは踵を返す。その後を追うように空間に入るドラグロスは顔を顰めた。
「……悪趣味な野郎だぜ」
その言葉を最後にフィニアスの意識は飛び、グルガンに助けられることとなる。
──そして現在──
(ダンジョンの奥には誰もいなかった……私はバトラーに謀られたのか? だとするならまんまとしてやられたというところだが……こうなると面倒だな……レッド=カーマインは何処に……)
デザイアはレッドのダンジョンを消滅させた。すべては最奥に居なかったレッドに対する癇癪に他ならない。
空中で魔神たちもあまりの破壊っぷりに呆れるものも居た。支配するために来たのだから破壊は極力しないように命令していた当人が破壊しているのだから世話がない。
「おいおい、あれじゃ話す間もなくぶっ殺しちまったんじゃねぇの?」
「それならそれでよかろう。レッドなんたらなんぞに感けていては、儂らの計画が遅々として進まんからのぅ」
「しかしそれではスロウ様の件はいったいどうなるのでしょうねぇ? レッド様を亡き者にすれば、スロウ様がご納得されないのでは?」
「知るかよ。死んだんだから逆に諦めもつくんじゃねぇか?」
「情がありませんねぇ。……ん? おやおや、まだ希望は残ってそうですよ?」
オーギュストはへたり込む人影を指差した。それと同時にデザイアも気付く。
(……あの姿……冒険者か? 私の力の及ばぬ場所に居たか。運の良い……ん? そういえば、レッドは冒険者だったな)
デザイアは人影に対し、一気に距離を詰めた。ギュンッという効果音が合いそうな近寄り方は人間を驚愕させるのに一役買った。
「そこの人間よ」
心胆を震わせるような恐怖を感じる声で話しかけられ、人間もブルッと体を震わせた。
「……は、はい?」
「お前はレッド=カーマインという冒険者を知っているか?」
「え……? あの……俺がレッド=カーマインですが……何か?」
その言葉で一瞬2人の間がしーんっと静まり返り、沈黙が場を支配する。
脳に言葉が浸透するまで瞬きの間が必要で、それでもデザイアは目の前の人間が本当のことを言っているか分からなかった。脳が理解を拒んでいる。
「……お前が……レッド=カーマインか?」
「あ、はい。そうです」
「人間ではないか……人間に貴族位を与えるとは、少し見ない間に皇魔貴族は様変わりしたようだな」
「……?」
「どうでも良いことだ。そんなことよりもお前に用がある……」
「え? え? ちょ、ちょっと待ってください。その前に一つ良いですか?」
レッドはデザイアの言葉を遮りながら立ち上がる。デザイアは苛立ちながらも聞き返す。
「……なんだ?」
「俺のダンジョンから出てきましたけど、もしかしてあなたが俺のダンジョンを破壊したんですか?」
「そうだ。ダンジョンマスターは大抵最奥で鎮座している。それ故、最短距離で一気に下りたが、お前が見当たらなくてな……」
「み、見当たらなくてって……そんな無茶なっ!? というか何で普通に入ってこなかったんですか?!俺の大切な魔物たちもみんな死んじゃったじゃないですか!!」
「ほぅ? 私のやることに何か文句でもあるようだな。ここでお前を消し炭にしても良いのだが、スロウが世話になったと聞く。この私が不在だった時の慰みもの程度だが、あの子の気が紛れたことは事実だ。称賛を送ろう。そこでお前には特別に選択肢を与えてやる。感謝するが良い」
一方的に話を進めるデザイア。レッドは憤慨して一歩前に出たが、スロウの名前が耳を掠めて立ち止まる。
「……え? スロウ? あの子……って、もしかしてあなたはスロウのお父さん?」
「その通りだ。……その通りだが、二度と『お父さん』などと口にするな。我が名はデザイア=オルベリウス。復唱しろ」
「え? あっはい……デ、デザイア=オルベリウス? さん?」
「それで良い。……本題に移ろう。私は娘スロウを迎えに来た。私の手の届くところに置く為にな……丁度この様に」
デザイアは右手を振りマントを翻すとその直後、背後に魔神たちがズラリと現れた。奇術師のショーを目の当たりにしたような感嘆の声が漏れる。
「この魔神たちに怠惰のスロウが加わるのだ。……グリードが既に死んでいたのは残念だったが仕方がない。強欲の枠には他の魔神を据えるとしよう」
「えっ!? あっそのっ……!!ご、ごめんなさい……」
「ん? 何故お前が謝る?」
「いや……その……どう言ったら良いか……ダンジョンがこんなのになるのも仕方ないかなって……」
「グリードの死で私が理性を失ったと? ふんっ……人間ごときが私を憐れむなど不快極まるが、そういうところにスロウは付け込まれたのであろうな。話を戻そう。私はスロウを迎えに来たのだが、既に別のチームの一員となってしまったことで私の誘いに乗らないのだ。あの子は義理を果たそうとしている。だがそのことで1つの良い案が生まれた。ここからがお前の選択肢となる」
心して聞けと言わんばかりに腕を組み、見下すように顎を上げた。
「スロウをお前のチームから追放せよ。お前など顔も見たくないと突っぱねるのだ。さすれば私に対する無礼を許し、命までは取らないでおいてやる」
「え?……追……放?」
その言葉はレッドのトラウマを呼び起こした。




