154、砂上の城
──ヒィィィンッ
グルガンはハッとして振り返る。
放置されていた空きダンジョンにてヴォジャノーイを軟禁状態にし、数日に渡って敵の情報を聞き出していたのだが、あまりのオーラに衝撃を受けて思わず反応してしまった。
「……ふぉうっ!!」
先程まで椅子の上でうつらうつらしていたヴォジャノーイも、睡眠時勝手に体が動く生理現象の様に体を跳ねさせて起き上がる。
「やや、やばいでおじゃる……この気配は……デザイア様だけに留まらないでおじゃる……!!」
「この気配の出処……ここで待っていろっ!!」
「あっ!待つでおじゃ……!!」
ヴォジャノーイの制止を聞くことなくグルガンは移動を強行する。
魔剣レガリアによって飛んだ先はシャングリラの上空。グルガンが到着したのはヴァイザーが攻撃を仕掛けようとする素振りをガルムが止めたところからだった。
もし魔神が攻撃を仕掛けようものならなりふり構わず防御にまわったが、少しは理性的な存在がいるのだと感心し、デザイアを含む魔神たちの力量を息を潜めて遠目から確認することにした。
(……我が魔剣カレイドスコープの魔障壁を破壊せずに内部に侵入したか……目的はスロウ。娘を奪い返しに来たというわけだな?)
封印されていた期間が長く、またグリードという弟の死がスロウに『家族』の渇望を生んでいた。デザイアはスロウにとっては唯一の肉親。以上を踏まえれば父の誘いを承諾しかねない。
(不味いな……前回は我が祖父アレクサンドロスがスロウの力を使用してデザイアを倒したというのに、ここに来てスロウの力を使えないのは大きなハンデとなるぞ)
レッドが居るから安泰などと考えるのは、何も考えていないのと同義である。レッドのゴリ押しで思考を放棄し、女神ミルレースを何の対策も立てずに復活させた時に身を以って思い知らされた。
方法を模索し、複数の計画を立て、何が起こっても対処可能なように努めることこそが勝利の鍵である。だが勝利の方程式に必要なスロウの特異能力が使えないとあっては、今後の戦いに大きな影を落とすことにつながりかねない。
かといってここで妨害するような真似はシャングリラも危険に陥る。ヴァイザーの奇行をガルムがせっかく止めてくれたのだから、この均衡を崩してはいけない。
いくら考えても結局は成り行きに任せる他ない現状。しかし事態は予想を超える。
スロウはデザイアの誘いを拒み、それを受けてデザイアは感情的になることもなく早々に撤退したのだ。
グルガンはこれ幸いとシャングリラに降り立ち、町の状況を確認する。問題なかったことに胸を撫で下ろした。
「あれ〜? グルガンさん来てたの〜?」
「うむ、先ほど凄まじい気配を感じてな。シャングリラを破壊されるかと危惧したが、そこまでハチャメチャというほどでも──チッ、またか……。すまないスロウ。後でデザイアとの会話を聞かせてくれ」
「あ、は〜い」
スロウとの会話もままならず重要な場所で気配を感じ、グルガンはすぐさまシャングリラを後にした。
(ん? なんだ?)
デザイアの強大な気配を探り、フィニアスのダンジョンから感じた気配を察知して移動して来たというのに、パッとデザイアの気配はまたも消える。
グルガンは嫌な予感を感じた。この行動は確実に復讐が絡んでいる。
特別なことは何もなく、当時のことを思えば至極当然のことだが、魔神などという1体だけでも厄介な敵を6体も揃えて復讐相手を見定めて各個撃破して回っているなど考えたくもない。
自分を倒した『敵』に並々ならぬ思いを持ち、次は負けるものかと一切の妥協も油断もしない敵となれば、こちらに勝ち目など皆無。
グルガンはせめて顔合わせ程度のことであってくれと祈るようにフィニアスの元まで急いだ。
玉座の間に到着したグルガンは辺り一面に散らばる血のシミと倒れるフィニアスが目に入った。
「っ!!……フィニアス!!」
グルガンはサッとフィニアスを抱え込む。すぐさま息があることを確認し、フィニアスの頬を軽く叩いた。
「フィニアス!フィニアス!……アルルートッ!!」
『フィニアス』の呼び掛けに答えなかった彼女は『アルルート』の言葉に反応して目を開いた。
「……久し……振りに、私を呼んだな。ゴライアス……」
「デザイアを前によく生き延びたアルルート。……何があった?」
「急げゴライアス……レッドが……レッド……が……」
「アルルート!……くそっ!!」
グルガンはすぐに安全地帯へと飛び、重傷のフィニアスの安全を確保、回復に努める。
*
レッドはダンジョンの最終調整を終わらせ、1階層まで戻って来ていた。
不器用故にクリエイティブなことから目を背けて生きてきたレッドは、この数日間で一生分の創作活動をした気になり、ある種ダンジョンを攻略した以上の達成感を味わっていた。
「俺って幸せ者だよなぁ……」
「どうしたレッド? 改まってそんなことを……?」
「いや、だってさぁ。魔法は全然使えないし、剣の扱いだって平凡。そんな俺がダンジョンマスターだよ? 世の中何があるか分かんないなぁってさ……」
「むしろ何故今まで平凡な剣士に治っていたのか疑問に思えるのだがな。冒険者とは難しいものなのだな」
「こういうのを奥深いっていうんだろうか……」
「ああ。きっとそうだレッド」
感慨に浸りながらダンジョン内を見渡す。最初のエリアはサバンナ。ここはダンジョンをもらってすぐの時の名残を残したいとそのままにした。1階層を下りるごとに様々な顔を覗かせ、最後にはお宝にありつけるのだ。教科書通りのダンジョンといったところだが、言い換えれば『王道』とも言える作りとなっている。
ちょっとばかり危険な罠が張り巡らされているが、ダンジョンはチームで攻略するもの。多少危険な罠に引っ掛かっても助け合う精神さえあれば難なく踏破出来る。
魔物は戦闘意欲に欠けて冒険者と戦ってはくれないだろうが、好戦的な奴を他のダンジョンから借りるつもりだ。魔物の貸し借りが出来るのかどうかは不明ではあるが、グルガンなら何とかしてくれるだろう。
とにかく出来たものをみんなに公開したいという気持ちがあり、明日にでもプレオープンのつもりだった。冒険者ギルドに招待状でも送りたいが、ダンジョンをもらったなどと知れ渡ったら人間の敵認定されかねないので、最初はチームメンバーだけに公開予定だ。
「楽しみだなぁ……ん?」
レッドがみんなの驚くさまを幻視していると、ドサッという音と共に果物が置かれていることに気付く。普段は怯えて近寄ってこない魔物たちが、レッドの前に果物や土にまみれた何かの実を次々と置いていくではないか。
最初は何が起こったのか困惑していたが、山積みにされた食べ物とズラリと並んだ魔物たちを見てオリーが気付く。
「これは……もしやレッドをダンジョンマスターと認めたのかもしれない」
「な、なんだって?!それは本当か?!」
「いや、単なる私の憶測だが……しかし今までひっそりとしていたレッドの魔物たちがこうして歓迎してくれているところを見れば、あながち間違いでもなさそうだ」
「も、もしかしてダンジョンをいじったから認めてくれたのかな? な、何だか凄く嬉しいぞ!今日は祭りだ!」
レッドは早速、魔物たちと戯れ始める。おっかなびっくりレッド相手にも距離を取っていた魔物たちは無礼講とばかりに撫でられにやって来る。段々と楽しくなってきた2人は果物を手に持ち、魔物たちと宴を開催しようとしていた。
しかし──。
バッ
レッドとオリーが果物を齧ろうと口を大きく開いたその時、先程まで大人しく撫でられていた魔物たちが一斉に甲高い吠え声を上げ、踵を返して逃げ出した。
尻尾を丸めて逃げて行く様に、情けなさと何に逃げたのかさっぱり分からない未知なる恐怖がレッドとオリーの想像を掻き立てる。
「……え? 俺たち何かした?」
「いや……まったく分からない」
果物を齧ろうとしたのが悪かったのか、手に持つ果物と去り行く魔物の背中を交互に見ていた。
最後の一匹が巣穴へと戻ったのを確認し、レッドとオリーは恐る恐る立ち上がる。振り返ってみたり、体に何か付いていないか触ってみたりしたがやはり何も分からない。
そうこうしているとようやくオリーがハッと何かに気付く。すぐさまレッドの手を取って入口に走った。
「レッド!こっちへ!!」
「えっ?!なになに?!」
困惑するレッドを余所にオリーは何故今まで巨大ともいえる殺気に気づくことが出来なかったのかと歯噛みする。
次の瞬間──事は起こった。
──ズンッ
地響きが鳴るほどの衝撃。振り返るとダンジョンの天井がぶち抜かれ、1階層の地面にも大穴が開いていた。
──ズンッ……ズンッ……ズンッ……ズンッ
同じような音が大穴の底から鳴り響く。階層ごとの出入り口を使用することなく力尽くで床をぶち抜き下に降りていく。そんな風にダンジョンを下りていく生き物など見たことも聞いたこともない。
それもそのはずで、ダンジョンは時空が歪んでおり、本来各階層ごとの出入り口を使った方法でないと下に降りることは不可能。常人より遥かに強い魔族でも逆らえぬ事象。今起こっていることが現実であるかどうかも疑わしい。
そんなダンジョンは最奥まで一直線に大穴を開けられ、せっかく作った罠もとびっきりの景色もすべてが台無しとなった。あまりの出来事にポカーンと口を開けて呆けるレッド。
「ダメだレッド!まだ終わっていない!!」
オリーに引っ張られ、レッドはなされるがままにダンジョンから出ようとする。その2人を追いかけるように大穴の底から目が潰れるほど眩しい光が立ち昇った。
──カッ
女神復活の再来。グルガンのダンジョンが消滅した時と同じようにレッドのダンジョンも光に包まれ、そこにあった全てのものが消えて無くなった。
あまりの衝撃でレッドとオリーは吹き飛ばされ、レッドは割とすぐに頭から着地し、オリーは木を何十本も貫通した後、岩にめり込んで止まった。
「……な、なんだ? 何が起こったんだ?」
レッドは土だらけの顔をそのままにすくっと立ち上がる。オリーが吹き飛ばされた方を見て焦りながら声を張り上げた。
「オリー!オリー!!どこだ!? 大丈夫か!?」
「……ああ!私は平気だ!どの物質よりも私は硬いから安心してくれ!今は……岩に埋もれたみたいで体を抜くのに手間取っている!レッドは平気か?!」
「あ、うん!なんとか……はっ!ダンジョン!!」
バッと振り返ると何もかもなくなっていた。この世の終わりのような酷い有り様にレッドは膝から崩れ落ちた。
「俺の……ダンジョン……」
絶望に打ち拉がれているとダンジョンの残骸から腕を組んだ巨大な黒鎧がマントを棚引かせながらゆっくりと浮かんできた。




