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152/322

152、魔神襲来

 各国にベラート国王の書状が到着し、各々が警戒心を持ち始めた頃、ついにその時がやって来た。


 ──ズゥ……シュバァッ


 空に突如巨大な黒い刃物のような切っ先が姿を現す。それがいとも簡単に空間を裂き、真っ黒な空洞が開かれた。


 陽の光の元に見るだけで禍々しいと思える漆黒の全身鎧と同系色のマントを身につけた3mの化け物が姿を現す。

 闇から生まれ、恐怖と脅威を撒き散らし、力で世界を支配しようと目論んだ死んだはずの皇魔貴族。全生物から疎まれ、裏切られ、世界から弾き出された暗黒の化身。

 その名をデザイア=オルベリウス。

 忠臣アレクサンドロスに裏切られてより数百余年。ついに生まれ故郷へと帰還した。


 デザイアの後に続く様に真っ暗な空洞から6体の影が姿を現す。レッド=カーマインに敗れ、寝返った3魔将が一人ヴォジャノーイ=アルタベルジュの口から語られたデザイアの侍らす魔神たちである。


 真っ白で長い髪。年月を物語る長い白髭。眉は意外にも整えられ、猛禽類の様に鋭い目がギラリと物を見据える。純白の装いに身を包み、煌びやかで機能美に優れた槍を杖代わりにしている。見た目は魔法使いの老人の様ではあるが、特出すべきは額に生えた長い一本角。見た目や雰囲気だけならば神々しくも見えるのだが、これだけがどうしようもなく神聖であることを否定する。

 『嫉妬の魔神』ヴァイザー・イヴィルファイド。


 3mのデザイアに迫るほどの巨躯と圧倒的なまでに強固な肉体。その体は毒々しい紫色の鱗で覆われ、荘厳な鎧に身を包んだ竜人。剥き出した牙と今にも飛びかかりそうなほどに猛々しい眼光は、竜人の荒々しい性格をそのまま外へと押し出しているかの様だ。全てを切り裂いてしまうかの様な鋭いかぎ爪を見せつけ、犠牲となる獲物を探している。

 『憤怒の魔神』ドラグロス・バルブロッソ。


 スラッとした長身に黒衣の服を身に纏い、侍の様に脇差と太刀を帯刀する白髪の美男子。口を固く閉ざし、切れ長の目の奥に潜む鋼の様な輝きは、強き者を求める武人の光。優男の様に見えて、その服の下に隠された筋肉は武に身を捧げた歴史を物語る。一点の曇りもない鏡の様な湖面に立つ姿すら幻視する『静』の体現。

 『暴食の魔神』ガルム・ヴォルフガング。


 ガルムのようにスラッとした長身で、燕尾服のような正装を身にまとう男。顔には上半分が隠れる仮面を付け、二股に分かれたナイトキャップを被り、首元には鮮やかな蝶ネクタイを締め、星のマークが散りばめられた大きな玉に直立するように乗っている変わり者。そんなちぐはぐな見た目で誇らしげに胸を張っている様は道化師を思わせる。

 『傲慢の魔神』オーギュスト=クラウン=アークレイン。


 これでもかと体をいじめ抜き、絞り込まれた筋肉は磨かれた金剛石の様に一つの到達点となって輝きを放つ。肩幅が広く、屈強を絵に描いたようなその姿に圧倒されない者など居はしない。ピンクの髪、鼻筋の通った堀の深い顔に濃い目の化粧を塗り、胴体部分だけ切り取られたような服と呼べるか怪しい布を着ている。きわどいホットパンツを履いて皮膚を裂きそうなほど筋肉が詰まった太ももや、鍛え上げられた鋼のような胸筋と腹筋を遺憾なく見せつける。彼は絶対的強者のオーラをまとっているが、それ以上に近寄りがたい空気をも醸し出している。

 『色欲の魔神』グレゴール=ブラッディロア。


 太い。全てがぶ厚くぶっとい男。グレゴールが彫刻のような筋肉ならば、彼は山のようだと言える。その腕は中肉中背の成人男性の胴体ほどもあり、胴体は千年以上生きた大樹を思わせる。黒っぽい胴着に袴を履いた武道家を思わせる姿をしており、逆立った赤髪から牛のような大きな2本の角を生やし、顔を仮面で隠している。仮面は阿修羅像と般若の面を足したような狂気の面。目の部分がくり貫かれ、彼本来の目玉が瞳が真紅で白目の部分が黒色であることが嫌でも確認出来る。

 『番外の魔神』モロク。


 一部を除き魔神それぞれが各々の世界の覇者であり、無双無敵の存在であった。デザイアがやってくるまでは──。


「なんだぁ? この長閑(のどか)な世界は? こんな世界、俺らの誰か一人にでも行かせりゃあっという間に支配出来るぜ。過剰戦力もいいとこだ」

「生意気な口を利くでないわドラグロス。デザイア様の判断が間違いだとでも言いたいのか?」


 ドラグロスの舐めた態度にヴァイザーの小言と槍が刺さる。


「痛てっ!やめろこのクソジジイっ!」

「質問に答えておらんぞ? どうなんじゃほれほれっ」

「やめろっつってんだろ殺すぞ!!」

「ちょっとちょっとぉ!喧嘩はよしなさいよぉ。私たちで争ったって意味はないわよ?」


 2人の間に挟まるようにグレゴールが割って入る。「引っ込んでろオカマ野郎っ!」といきり立つドラグロスだったが、周囲の目は冷ややかだった。いつ手が出てもおかしくない状態にオーギュストはにこにこと笑みを湛えて口を挟む。


「グレゴール様の言う通りですよドラグロス様。ここは一つ穏便に……デザイア様の御前ですので」


 その言葉にドラグロスはチラリとデザイアを見る。ギロリという効果音が聞こえそうなほどの眼光はドラグロスを委縮させる。ドラグロスは怒りを鎮め、舌打ちしながらバツが悪そうにそっぽを向いた。


「……言っておいたはずだぞドラグロス。ここは私の夢の始まりであり、私の子供たちを迎えるために来たのだとな。ただ支配するのではない。この世界に置いてきた私のすべてを取り戻すのだ。ふっ……この記念すべき日に魔神全員を集められなかったのは残念ではあるがな……」


 デザイアは組んだ腕を解き、右手をかざした。シュワシュワという音と共に空気中に浮かぶ塵のようなものが右手に集まる。


「……なるほど。いつまでも連絡がないと思えば、やはり奴らは撃破されたようだ。空気中にアナンシとサラマンドラの残滓を感じる」

「おやおやぁ? ならばヴォジャノーイ様はどちらに行かれたのでしょうか?」

「儂らが到着したというに一向に姿を見せんのじゃからとうに死んだとみるのが妥当。空気中に居ないのならば海の中じゃろうて」

「左様。主君の期待に沿えぬ哀れな弱者ども。恥を晒すことなく死して償ったと考えれば良い」


 モロクは心胆に響くような恐ろしい声でヴァイザーに同調する。しかしデザイアの関心は既にそこにはない。


(何故女神の気配が存在しないのだ? 万が一復活していないのであれば奴の欠片が私にその存在を教えてくれる。しかしその気配はおろか、残滓すら漂っていない。つまりあの三体の魔王と女神の同士討ちという線は消えた。ならば奴はどこに……?)


 異空間を彷徨い、帰るべき場所を失ったはずのデザイアは長年に渡る侵略と支配領域の拡大の最中、女神復活の余波を感じ取り、この世界を見つけたつもりだった。その女神復活の余波という概念が根底から崩されようとしている。女神ではないというのならば一体誰が、何が原因となって気付けたというのか。


「……いや、この際どうでも良いことだ。まずは我が子に会いに行くとしよう」



 ヴォジャノーイから情報を聞いて数日、レッドたちは各々自分たちが出来ることに専念していた。


 ディロン=ディザスターは屍竜王ウルウティアから譲り受けた『竜之禍玉(りゅうのまがたま)』を使いこなせるように地竜王ウルラドリスと共に起動テストを入念に行い、ライト=クローラーは自然との調和を体に叩き込むことで精霊王たちを一気に体に取り入れて戦うという荒業を習得していた。

 グルガンはヴォジャノーイからデザイアの現在の情報と魔神たちの情報を聞き出し、書類に書き出すことで一種の攻略本を作成。執拗なまでに徹底的に今得られる情報を調べ上げる。

 スロウ=オルべリウスはシャングリラに移動してもらった家に帰り、ゴロゴロと寝ていた。


 そしてレッドは──。


「レッド。ここの仕掛けだが、これで良かったのだろうか? これでは簡単すぎてすんなり掻い潜ってしまいそうだが……」

「そんなこと無いさ。俺たちは仕掛ける側だからそういう風に見えちゃうけど、いざ何も知らない冒険者たちなら単純な罠の方が引っ掛かるんだって。俺なんて何度同じ様な罠に引っ掛かって来たことか……」

「そうか。それじゃこの罠と併用して落とし穴も作ろう。落ちた先に炎上魔法が吹き上がれば恐ろしさは倍増だ。すごく印象に残るだろう」

「え……で、でもそれ、殺傷能力高すぎじゃ……」


 レッドはオリー=ハルコンと共に皇魔貴族にもらったダンジョンの作成に勤しんでいた。オリーに魔法に関する罠を任せてレッドは地形を考えていた。階層すべてがサバンナの様にだだっ広いだけの面白味のないダンジョンだったので、みんなが入りたくなる様々な地形を作ることにしたのだ。

 魔法の羊皮紙によって契約を果たしたダンジョンマスターはただ想像するだけで地形をある程度変化させることが出来る。その特性を活かすことで不器用なレッドにも面白いくらいに地形をいじれた。


(でも魔物は何故だか種類が少ないんだよなぁ……地形と一緒に魔物の種類や強さもいじれたら良いのに……)


 レッドのダンジョンに居る魔物は全部で5種。

 全長7mあるゴリラのような体のバクのような頭を持った魔物。

 ハイエナのような見た目の群れを為す魔物。

 水場を作ったことで現れたアザラシのような魔物。

 空を滑空する中型犬くらいの大きさのムササビのような魔物。

 そして地中で暮らすリクガメのような魔物である。

 ここに住まう魔物は雑食性ではあるのだが、どちらかというと草食に近い。その辺の草や樹の実を食べていることが多く、縄張り争いなどの喧嘩をすることもなくのんびり生活している。

 本来攻撃を仕掛けたら立ち向かうのが魔物というものだが、レッドの心象から生み出された魔物たちはダンジョン史上最も高い性能と最も強い力を持ちながら、最も『軟弱』というチグハグな存在であり、攻撃を仕掛けられたらその場から逃げ出す。

 巨大な生き物はのんびりとしていて攻撃を仕掛けられるまでは近寄られても食事を続けるが、ハイエナやムササビの魔物は普段隠れて侵入者の様子を窺っている。

 レッドはこうした魔物たちを弱いと認識しており、きちんと戦えるダンジョンに相応しい魔物を配置したいと考えていた。

 しかし魔物に対して意思の操作や新しい種を作成することが出来ず、魔物を増やす方法が分からない。グルガンも忙しそうなので、せめて地形だけでもと数日に渡ってダンジョンを作っていたのだった。


「出来ればダンジョン最奥には凄いお宝とそれを守る強力な魔物を置きたいんだけどなぁ」

「ん? これ以上のか? 良いじゃないか。最高のダンジョンになりそうで」

「だよなだよなっ!俺の実力では魔物は増やせないみたいだし、魔物はどこからか借りてこよう。さぁオリー!ラストスパートだ!」


 レッドは意気込みながら最後のダンジョンを作成していく。今何がこの世界に来ているかも知らずに。

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