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150、海の向こうの大陸

 国王が統治する大陸から北東に位置する『アノルテラブル大陸』。

 そこは7つの大国が方方に陣取る巨大な大陸。アヴァンティアのベラート国王からの書状が最初に届いたのは7大国の1つ『ルオドスタ帝国』である。

 雑多な街並み、活気に溢れた民衆。見上げるほど高い壁に、それを見下ろす塔。巨大な都の真ん中にそそり立つ巨大な城はこの国の権威の象徴である。


 現在最強の武力を保有すると名高い帝国の皇帝ジオドール=バルト=ラニアードは荘厳な玉座に座り、ベラート国王からの書状の文字を一文字一文字ゆっくりと確認する。


「そんなに真剣に何を見ているのだ? ジオドール陛下」


 ジオドールがその声に顔を上げる。いつからそこに立っていたのか、気配すら感じさせずに黄金の鎧に赤マントを羽織ったハーフエルフの美丈夫が冷ややかな微笑でそこに居た。

 帝国最強の剣士(セイバー)『剣神』ティリオン=アーチボルト。ジオドールが最も信頼する帝国の最終兵器である。


「うむ……これを見よ。ベラートの小童が生意気に書状を送りつけてきたのだ」

「ベラート? ああ、あのパムノシア家か。久方ぶりにその名を聞いたよ。『忘れられた大陸』から一体どういった要件かな?」


 ジオドールに渡された書状を斜め読みして鼻で笑った。


「町一つ焼失する火事に空に浮かぶ稲妻の塊? フッ……この程度のことが彼の大陸では騒ぎ立てることなのか? 随分とレベルの低い話だ」

「同意見だが、あそこの戦力を考えれば当然のこととも言えよう。皇魔貴族が実効支配している魔窟を『ダンジョン』などと呼んで遊んでいる間抜け共だ。最下層まで進むことも出来ず、探索も砕石もまともに出来ぬ冒険者風情を重用するなど愚の骨頂。まぁ、冒険者どもは一般人に毛が生えた程度の実力。あの大陸のエデン正教支部が抱える聖騎士(パラディン)が最高戦力であることを思えばたかが知れている」

「そんな場所に我らが『剣聖』の1人を送り込んでいるのはどこの誰だったかな?」

「どうしても必要なら貴公を送ることも辞さん。しかしあれは良くやっているよ」


 ティリオンとジオドールは気さくに笑い合う。2人は旧知の仲であるため、普段は上下関係を気にすることはない。

 そんな2人の間に割って入るように1人の臣下が急いでジオドールの側に近付いて敬礼した。


「失礼致します。急ぎご報告が……」

「何事か?」

「はっ。エデン正教の枢機卿(カーディナル)イアン=ローディウスが聖王国に向けて出発したと報告がありました。それに伴い、エデン正教に潜伏しておりました第二剣聖様もお戻りになられるそうでして……」

「……何だと?」


 先ほどまでの和やかな空気が一変、ピリッと張り詰める。

 エデン正教の実質ナンバー2と名高い男であるローディウス卿が本土に戻ろうとしている。低レベルだ何だと散々蔑んだ大地に『剣聖』という最高戦力の一つを送り込んでいたのは、この男の動向を探るためであったことは言うまでもない。


「ベラートが寄越した書状……一連の事件にローディウス卿の帰還、か」

「うむ。単なる火事とちょっとした異常現象では済まない何かがあるようだな。聖王国は相変わらず静かなものだが、忘れられた大陸で女神復活以上の何かが動き出しているということなのか? 逐一報告を怠るな」


 ジオドールの命令に臣下は頭を下げて玉座の間を後にする。それに続くようにティリオンもジオドールに背を向けた。


「どこに行くティリオン?」

「どこに? フッ……剣を磨きに行く。もしかすればこの騒動は私に届き得る……いや、それ以上の敵の出現。その兆候かも知れないからな」

「ふふふっ……笑わせてくれるな。貴公が勝てぬ敵が出現するなど、それ即ちこの世の終わりであろうよ」


 冗談めかして笑うジオドールであったが、ティリオンの瞳の奥に隠された渇望にも似た願いには内心気付いていた。

 帝国最高戦力『八剣聖』の上に立つ『剣神』ティリオン=アーチボルトは、その実力故に『並び立つ者なし』と自他ともに認める最強の男。

 自己の全てを掛けて戦える敵と相まみえることこそが彼の夢なのだ。


(……ティリオンよ……これは私の勘だが、貴公の求める実力者は外には居ない。貴公も内心は気付いていよう……? 諦めずに敵を探してくれ。間違ってもその剣が翻ることなど無いように……最悪、国民に向かぬことだけが私の望みだ……)


 ジオドールは疲れたようにため息をつく。当のティリオンは皇帝の心配を余所に心を躍らせていた。


(ジオ……私は今奇妙なほどに昂っている。まだ見ぬ敵に恋焦がれているんだ。女神ミルレースの復活……いや、その前だ。空が白く濁るずっと前から感じていた凄まじい気配。心臓を握られている様な圧迫感。あれは女神復活の兆候ではない。もっと別の何かだった。ジオ……君が武芸に優れていたならば……皇帝でなかったならば、今の私の気持ちをきっと理解してくれるだろう。剣聖程度の実力では癒えぬ私の渇きを……)



 世界は広い。だが不思議なことに空はすべての国を一つに包みこんでいる。


 『聖王国ゼノクルフ』には天を衝く塔のような城が建っている。陽の光を浴びて輝くほどに見事な白い国は、清廉という言葉がピタリと当てはまる。

 エデン正教の教皇(ポープ)ガブリエル=エル=リード=リベルティアは民の指針となるべく、内政に力を入れている。

 聖王国にもベラート国王の書状が届いていた。


「ふーむ……おかしいですねぇ……」


 腰が曲がって禿げ上がった頭に立派な冠を被るどこにでも居そうなお爺さん教皇は、髭を綺麗に剃り上げた顎を撫でながら唸る。それに対して書状を手渡した司祭(プリースト)がガブリエルに質問する。


「いかがされました猊下(げいか)? 書状に何か問題でも?」

「いえいえ、不安がることはございませんよ。書状そのものにではなく内容に引っかかることがございまして……ローディウス卿も久々に帰ってこられるようですし、その時にでもこの疑問を晴らそうと思います。ご苦労様でした」


 司祭(プリースト)は頭を恭しく下げ、退室した。司祭(プリースト)の背中を見送ったガブリエルは今一度ベラートの書状に目を落とす。信徒の前では決して見せない冷ややかな目で何度も同じ箇所を読む。


(……大火災に稲妻……おかしいですねぇ。何故2つのことしか書かれていないのでしょうか? 私の『魔力識別眼(マナアイ)』の知覚に薄ら引っ掛かったのは3つだった様に思うのですが……ひょっとすると異世界からの来訪者の1名は未だ倒されていない可能性が……? かの大陸からの報告で皇魔貴族が鎌首をもたげた様ですし、ローディウスの帰還までには『七元徳(イノセント)』を召集する必要がありますか……)


 エデン正教はかつて強力な魔族によって支配を受け入れたことがあり、それは汚点として機密文書に記されている。

 魔族の名はデザイア=大公(グランデューク)=オルベリウス。

 いつか本土に上陸し、聖王国をも手中に収めに来るだろうと当時の教皇(ポープ)は震え上がり、特殊部隊『七元徳(イノセント)』を発足した。

 しかし、そのいつかは訪れることはなかった。今この時まで──。

 ガブリエルはニヤリと笑う。


「しかし……難儀なものですねぇ……まさか私の代でかの魔族と戦うことになろうとは……」


 グルガンが魔剣レガリアをエデン正教支部に滞在していたニールから取り返したことで警戒レベルが最大にまで引き上げられ、ローディウス卿が本土への帰還を余儀なくされたのだ。

 未だデザイアの影は見当たらないが、不思議な確信がガブリエルの中にあった。これはもはや予知に近い。

 今代でエデン正教かデザイアのどちらかが滅びることになるかもしれないと。

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