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145、獅子奮迅

(……こ、これは一体何の冗談なのでしょうか?)


 アナンシの体に次々と走る痛み。

 グルガンの攻撃に一切対応出来ず、着実に削られていく命。


 自分には到底及ばないだろうと考えて舐め切っていた相手に滅多打ちにされる屈辱と、何も出来ないまま殺されてしまうのではないかという恐怖が焦燥感を生み、アナンシの精神を磨耗させる。


「い、今は転移が使えないはず……!な、何故姿が見えないのですかっ?!」

「何? 転移が使えない?……なるほど。何かしら対策をしていたようだが残念だったな。もう貴公には転移が必要ないのだ」

「必要ない? それはどう……」


 ──ガンッ


 キョロキョロとグルガンの姿を探していたアナンシの横っ面を蹴飛ばした。


「ごはっ!!」


 あまりの威力に目がチカチカする。本来、中〜遠距離を得意とするアナンシは、凄まじい雷撃によって敵を寄せ付けることがない。ここまで接近を許すなど過去数回。だからといってこれほど傷つけられたのは初めてであり、近寄られても持ち前の身体能力で何とでもなってきた。

 それなのに──。


「貴公の言動から性格や仕草、散々動き回ったことで得られた死角や焦った時の対処法、感情の機微。貴公を構成するありとあらゆる面を観察し、癖や傾向をある程度見抜いた。よって貴公が我の攻撃を防ぐ術はない」


 ──ガコッ


 またしても顔面に一撃が入る。今まで培ってきた多種多様な魔法も戦いの技術も経験も、その全てを否定するかのように攻撃を掻い潜られ、逆に傷つけられ、挙句煽り合戦でも負ける。


(あの御方が警戒されていたのはこれだったのでしょうか? 私たちをこの世界に侵攻させた理由は少しでもこういった存在の力を削ぐため? であるなら……)


 ──ブゥンッ


 アナンシは魔障壁を張り、これ以上ダメージを受けないように努める。


「ん? もう蹴られるのは嫌か? しかし使うのが遅すぎたな──空間爆破(エリアエクスプロード)


 グルガンは魔障壁に閉じこもったアナンシに魔剣『真紅の牙(レイジイグナイト)』を向ける。その魔剣の固有能力である狙った座標を爆発させるという特異能力は、魔障壁の中へ軽々と侵入しアナンシを容赦無く襲う。


 ──チュドッ


「うばぁっ!?」


 どれほど頑強な壁を生成しても関係ない。透過や貫通の域を超え、狙った箇所に爆発を発生させる常識を逸脱した力。

 魔障壁内部に引き篭もり、固有結界を利用した攻撃方法を考えていたのだが、グルガンの魔剣がアナンシの戦略を全力で否定する。


(ダメですね……このままでは……)


 この一撃で蓄積されたダメージがピークを迎える。ここにきてようやくアナンシの脳裏に撤退の文字が現れた。


(この私が撤退ですか……いや、四の五の考えている場合ではないでしょう。とにかく命を拾うのが先決です。しかし……問題はこの男が私の言動から次の行動を逐一読んでくることでしょうか? 撤退を見破られれば即座に攻撃が飛んでくることは明白……何か気を反らせそうなものは……そういえばあの時何か見えたような……?)


 ──パシャァァンッ


 ここでアナンシの固有結界が弾け飛ぶように解除される。グルガンは訝しみながらこの光景を見ていた。


(結界の消失……思った以上に早いな。今のが致命傷か、それとも罠か……)


 グルガンは剣を構えてアナンシの動きを待つ。虫の息なら更なる情報収集が狙え、罠であるならそれに対処するだけだ。


「ふふふっ……あなたが考えなしに突っ込んでこなくて安心しましたよ。当然、私たちを超える真の脅威に備えて情報収集を優先するだろうと信じておりました」

「ほぅ? 我の行動パターンを読んだか。貴公の中の我は次にどのような行動を見せるのかな?」

「私以外に気を取られてしまいます。そう、あの町にねっ!」


 アナンシが残された脚で指すその場所は、遠目からうっすら見えるグルガンの領土『シャングリラ』。ギリギリ見えるか見えないかの遠い彼の地に次の瞬間、暗雲が立ち込める。


「何ぃっ!?」


 思わずグルガンは振り向いた。


「ふふふっ……正解ですねぇ」


 ──バリバリィッ


 凄まじい雷撃。アナンシの魔法は遠距離の技が多く、見える範囲内であるなら任意の場所に雷を落とすことが出来る。敵の数が多ければ多いほどに雷の雨を降らせる光景は圧巻の一言。

 グルガンは転移を阻害する魔法によって町を守ることは不可能。あのちっぽけな町がどのような町なのか知る由も無いが、彼にとってどれほど大切に思っているのかは、注意深く観察していたアナンシから目を離したことで窺える。

 これは正直賭けだった。アナンシの進む方向に薄ら町が見え、その中間に立つように現れたことから何かあると踏んでのことだ。

 何でも良いから少しだけでも気に留めてもらえれば隙を突いて逃げられる。そう思って攻撃を仕掛けたが、今の反応から確実に逃げられると確信が持てた。

 予想以上の事態に思わず笑みが溢れる。


 ──バシュンッ


 だが、雷撃は町に落ちることなく魔障壁に阻まれた。


「……っ!? 何っ!?」


 グルガンはこういうこともあろうかと日頃から対策を怠らない。魔障壁で町の安全を常に守っていたのが功を奏した。


(既に対策済みですって?!ま、まさかこの行動も事前に読んでいたというのですかっ?!ならば先の驚きはブラフ……!!)


 アナンシは肝を冷やしながら防御の姿勢を取ろうと動き出す。しかし時既に遅し。グルガンはもうそこまで迫っていた。それも鬼気迫る凄まじい形相で。


「……え?」


 アナンシはまだどこかで自分が助かるような気がしていた。

 グルガンは情報を欲している。この世界にやってくるであろう最大の脅威に少しでも対抗するために。

 だからこそどのような形であれ生かされるような気がしていた。現にここまで追い詰められても一命は取り留めるように手加減されていた。

 強者たるこの身で敵に手加減されているなど理性では否定したいことだが、本能では分かっている。

 グルガンは驚くほど慎重であり、出来ることならば戦いたく無いと考えていることがそれとなく伝わってきた。説得を仕掛けてきたのも、積極的な戦力増強より仲間にすれば戦わなくて良いという考えの方が今にしてみればしっくりくる。


 だが今は違う。

 先ほどまで感じなかった殺気。修羅を絵に来たような表情。そして本気で握り込んだ拳。

 その全てがアナンシの命をもぎ取らんと迫る。


 今まで一度たりとも感じたことのない間延びした空間。徐々に迫る拳はなかなかアナンシに辿り着くことなく目と鼻の先に居る。しかし避ける事は出来ない。思考だけが鮮明に状況を分析している。

 アナンシの感じているこの感覚は俗に『走馬灯』と呼ばれている。


 ──パァァンッ


 アナンシの頭はグルガンの拳によって血煙と化し、その命を無に帰した。

 頭部を損失した体は力なく項垂れ、シュワシュワと気泡となって消えていく。

 この世(あらざ)る消え方にグルガンはハッと我に帰った。


「しまった。つい力が入って……」


 自分の拳を見ながら肩を竦ませる。


(うぅむ。アナンシ=ドライシュリッテ……思った以上に手強い相手だった。多少は情報を抜けたが、こんなものではダメだ。まだ敵の輪郭がぼやけて全く見えてこない。後2体はどこだったか? レッドが相手をしているところ以外に向かわねば情報の取得は難しい。一度戻ってデーモンに聞くか……)


 チラッとシャングリラを見る。

 魔障壁が脅威から守ってくれたとはいえ、雷の音が間近に聞こえた子供たちは恐怖で縮こまっているかもしれない。無事を確かめるためにも家族の様子を見に行きたいところだが、ここはぐっと我慢して敵に専念する。

 それもこれも魔障壁が展開し続ける限り、町民たちが傷つくことなどあり得ないから。


 どれだけ大切な宝でも四六時中すっと守ることは出来ない。ならば戦力を一つ失ってでも守るために力を使えば良い。そう思い使用したのがグルガンが6本所有する強力な魔剣の内の1本である。

 その名を『白銀の牙(カレイドスコープ)』。強力な魔障壁を展開出来るこの魔剣を携えれば、戦闘中は避ける動作すら無駄になる。グルガンの知る限り最硬の魔剣を町の守護に置いているのだ。


 後ろ髪を引かれる思いで踵を返し、魔剣『黄金の牙(レガリア)』の能力である転移を使用する。グルガンの姿形は消え失せ、後に残るのは戦いの跡。

 無事に転移が起動したことで転移阻害が解除されたことが分かり、同時にアナンシとの戦闘が終わったことがここにハッキリと証明された。

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