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143/320

143、天雷の針

 局所的な曇天が雷撃を孕んでのたうつ。

 豪勢に光を放ちながら降り注ぐ無数の稲妻は天罰のようで、その光その力を心胆に感じる度に原始からの恐怖を呼び覚ます。

 生き物は皆隠れ潜み、過ぎ去るのを待つことしか出来ない。


「ふぅ……おやおや。あなたの実力はこの程度のなのでしょうか? グルガンさん?」


 異世界からの侵略者の一人、アナンシ=ドライシュリッテは大げさに手を広げて呆れたようにため息を吐いた。

 今居る場所、姿かたち、余裕。そのどれもがグルガンが到着した時と変わらずそこにあった。

 強者然としたアナンシがチクリと刺すように投げかけた言葉だったが、言われた当人には届いていなかった。


「……何の話だ? 言っている意味が分からんが?」


 アナンシが嘲笑ったグルガンもまたアナンシと対峙した時と変わらず健在だった。


「そのままの意味ですよ。私の攻撃を避けるばかりで碌に攻撃もせず、たまに思い出したように攻撃をしてきても私には届かない。これではいつまで経っても私は倒せませんが……もしや援軍をお待ちでしょうか? でしたら到着した順に倒すのは面倒ですし、集まるまで待ちましょう。良ければここらで休憩といたしませんか? 怠惰な私は面倒ごとが嫌いでして……」

「……我からも質問があるのだが、貴公は何故動こうとしない? 浮いているだけではそれこそ決着がつかないと思うのだが?」

「それは私が怠惰ということもありますが、あなたがそれ以上に不甲斐ないということでしょう? 私があなたとの戦いで危機感を感じていない何よりの証拠ですからねぇ」

「ふむ。一理ある。ならば少し動いてみるか?」


 グルガンはバッと両手を広げて臨戦態勢を取る。アナンシから見て微弱だと思った魔力がグンッと一気に引き上げられ、へらへらしていたアナンシもいきなり緊張感が増したことに体を硬直させる。

 しかし何故かアナンシは思い直したように緊張感を解いて肩の力を抜いた。

 絶対に負けないという自信の表れか、それとも策略か。ともかくグルガンはアナンシとの距離を詰めようと正面切って飛び込んだ。


「愚鈍ですねぇ」


 グルガンの安易な行動をあざ笑いながら右手を上げる。するとアナンシの背後から空間を割るように光の渦が複数出現する。そこから放たれる光の矢のような無数の雷撃は凄まじい雷鳴を響かせながらグルガンに迫った。

 その攻撃が来ることをあらかじめ知っていたようにグルガンは空中でキュッと急停止し、縮めた距離を開かせないためアナンシの周囲を回る。その間も雷撃は放たれ続ける。


「知っていますか? 強者は座し、弱者は踊るという言葉を。あなたと私の力関係を如実に表していると思いませんか?」

「聞いたこともないな。貴公の世界の言葉か?」

「ええ、そのとおり。私の世界の言葉です。しかし言っている意味はよく分かるでしょう? 格付けはすでに終了しているということです」


 アナンシは上げた右手首をくるっと返す。その動作一つで直線的に動いていた雷撃が急に意志を持ったようにグルガンを襲う。その動きはまるで蛇のようで、獲物を捕らえるが如くグルガンに巻き付いた。

 凄まじい稲光が姿形はおろか、影すら消滅させる。


「ふふっ……もうネタは上がっているのですよ。あなたは私の最初の攻撃を魔力で()なした。まるで水中を泳ぐ魚のように抵抗を無くし、当たっても無駄だとでもいうようにあっさりすり抜けて見せた。ふふふっ……器用この上ない素晴らしい対応でしたが、こうして巻き付かれたらもう逃げ場はないでしょう? 唯一残念なのは答え合わせ出来ないことですかねぇ」

「……正解だ」


 その声はアナンシの真後ろから聞こえてきた。今目の前で雷撃に巻き取られ、黄泉の国に旅立つはずだった魔族の声が。

 驚きと困惑でとっさに振り返ったアナンシの目に顔を覆い尽くすほどの巨大な拳が飛んできた。


 ──ゴギィンッ


 金属のように硬い拳骨はアナンシの横っ面にめり込んで吹き飛ばす。

 顔の形が若干変わるほどの一撃。使用することもないだろうと折りたたんでいた虫のような足も思わず開いてしまうほどに動揺していた。


「なっ?!何故……いったいどうやって!?」

「貴公の見事な洞察力を駆使して見破って見せたらどうだ?」

「ぐっ!!」


 アナンシは身を翻して多脚を振り回す。グルガンは大きく距離を開けながら下がり、がむしゃらな攻撃を回避した。


「あまり調子に乗らないでいただきたいものですねっ!」


 アナンシの背後からまたしても複数の光の裂け目が出現して雷を放出する。先程放っていた雷撃を超える本数である。


「む?……ただの雷ではないな」


 グルガンはアナンシの攻撃を瞬時に見抜き、即座に魔剣を取り出した。


「──獣牙解放(オーバーエンハンス)──真紅の牙(レイジイグナイト)


 ──チュドッ


 束になった雷撃の中心を爆発させる。制御を失った雷撃はグルガンに当たることなく散り散りになった。地上に降り注ぐ雷撃は地面に接触したと同時に弾け、その衝撃波が刃となって森林をなぎ倒す。


「っ!?」

「雷撃に隠した硬質カッターか。最初のように浴びれば切り刻まれる。怠惰を自称する割には複雑で繊細で……こす(ずる)いな」

「チッ……煽りますね……私を前にここまで調子づいたのはあなたで2人目ですよ。私の尊厳を傷つけたことは万死に値します。ここでなぶり殺しにしてやりたいのは山々ですが、これ以上面倒なことになるわけにはいきませんのでとっとと始末いたしましょう」

「ほぅ? 我と戦う以上に面倒だと思うことがあるようだな。……もしや今回の侵略行為は誰かの差し金か? 想像したくない話だが、貴公らの上がいるのか?」

「そこは……『当たらずも遠からず』と言っておきましょうか」


 グルガンの問いかけに奥歯に何か詰まったような様子を見せたアナンシ。グルガンは小さく頷きながら目を伏せた。


「なるほど得心がいった。いずれ名の有る三体の強者が競うようにこの世界に侵入してきた時から何かあるとは思っていたが……となれば怠惰だと自称するのにも何か意味があるということか?」

「おやおや、詮索は嫌われますよ? それに私が怠惰であるのは天性からのもの。そう思われたいからなどと発するバカはいませんよ」

「……そう思われたいのだな?」


 アナンシは見上げるようにグルガンを睨んだ。骸骨の顔とは思えないほどの怒りの感情を読み取ることが出来る。


「私にそんな口を聞いていられるのも今の内です。あなたが力を隠していたように私もまだまだ力を隠し持っているのですよ。ふふふっ……あなたの余裕を削ぎ落として見せましょう」


 そういうとアナンシは右手の甲を見せるようにかざし、自分の顔の前に持ってきた。その手に黒い稲妻が発生し、拳大の黒い玉を作り出した。


「漆黒に浮かぶ光、時告げる暴風の源。掴み、侵し、飲み込むが良い。(つつ)め──黒天雷雷(シグマ)


 詠唱と同時にアナンシの手にあった黒い玉が急に大きくなり、アナンシとグルガンを包んでしまった。直径にして200m前後の巨大な黒い玉が空にポッカリと穴を開けたように浮かんでいる。

 内部はまるで曇天に包まれているかの如く湿気を帯び、暗黒の空間にたびたび稲妻が走っている。


「……固有結界か」

「ほぅ? この世界にも支配領域を使用する者がいるようですねぇ」

「文献で読んだことがある。我が知っているのは『居た』ということだけだがな。世界を回れば使えるものもいる可能性はあるが……」

「その文献にどれほどのことが書いてあったのかは知りませんが、こうして取り込まれた以上は覚悟しているでしょうねぇ?」

「貴公が解除するか、貴公を倒さぬ限り我が自由になることは叶わない……ということだな?」

「少しだけ違います。私が使う魔法は倍以上に強化され、追尾することも可能。あなたのチンケな魔法では私の魔法を上回ることはなくなりました。もちろん出ることは不可能。出ようとすれば厚い雲に阻まれ、雲耀に抱かれて絶命。詰まるところ、この中は私の手のひらの上。あなたは死ぬ以外にここから出ることが出来なくなったということです」


 暗闇に浮かぶ二つの影。時より走る稲光が二人の姿を浮かび上がらせる。沈黙が場を支配した時、アナンシは肩を揺らして笑い始めた。


「ふふふっ……恐ろしくて声も出ませんか?」

「いや、すまない。我が黙ったことで不安にさせてしまったようだ」

「……そういった冗談は嫌いなのですがねぇ」

「ちょっといいか? 貴公は我を絶対に逃すまいと固有結界を発動させたわけだが、それは貴公も逃げられない状況を作ったと気付いているのかな?」

「……何ですって? ちょっとよく聞き取れなかったようですのでもう一度よろしいですか? この空間内で私に勝てると言っているように聞こえましたが?」

「ああ。正確には好都合だと言ったんだ。展開してくれたおかげで周りを気にしなくて済む」

「まっ!何という強がりでしょうか?!あなたのように傲慢な方は目障り極まりない。やはりここで死んでもらいましょう」


 アナンシが憤慨しつつ指した指の先にひっそりと浮かぶグルガン。バリバリと光と共に鳴り響く稲妻に照らされたグルガンの口元は不敵な笑みを浮かべていた。

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