142、終わりの始まり
サラマンドラの支配空間が弾けて失くなり、残ったのは煤だらけの焼け野原とウルウティアの煙。
ここに集う全員の活躍が完全勝利まで導いたのだが──。
「あぁ? おいコラ、まだ生きてんじゃねぇかよ。……ったく、しぶてぇ野郎だなぁおい」
ライトの側にディロンが立つ。そのディロンの発言通り未だサラマンドラに息はあった。
しかしそこにハツラツとした感情や気力、溢れ出る魔力などの生きているという勢いを感じさせない。まるで炭酸水の気泡が抜けていくように命の鼓動が徐々に消えていく。
ライトにはそれが分かるからこそ怪物の最期を見届けようとしている。
ディロンにはそこまで分からなかったが、ライトの様子で何となく気が付いているからこそ慌てたり焦ったりすることはなかった。
「……グハハハッ……どうした? トドメを……刺さんのか?」
「その必要はない。放っておいても貴様は死ぬ」
「……虫ケラどもが……この俺様を追い詰めたぐらいで調子に乗りやがって……言っておくが、この世界に入り込んだ奴らは全員が俺様と同等の力を持ってる……それを寄ってたかって戦っているようではこの先の戦いで死ぬだけだぜ……こんなちっぽけな世界、彼の方にとって塵に等しい……」
「かの方ぁ? 誰だそいつは?」
「グ……ハハッ……せいぜい……足掻け……恐怖……しろ……これが……終わりの始まりだっ!!」
サラマンドラはそれだけを言い残すと千切り絵の紙を一枚ずつ剥がしていくようにバラバラと頭から細胞が千切れて上空に消えていく。
常軌を逸した消滅の仕方に改めてこの世界の住人ではないことをまざまざと見せ付けられる。
世界を混沌に陥れる3魔将の1体をようやく倒すことに成功したライトたち。その顔に勝利の余韻はなく、疲労感だけが残っていた。
*
戦いが終わった後も何故か竜王たちは消えずにズラリと大勢立っていた。
「──仕方ないでしょ? この能力はウルウティアが目を覚ますことで解除されるからそれまではこのままだもん」
「うむ。戦闘が苦手なウルウティアの代わりに我らが戦いに馳せ参じるのだ!……まぁ毎回体の良い話し相手にされるくらいだが……」
「そういうこった。俺たちは記憶の影に過ぎねぇからよ。先に死んじまった分こいつが必要とするなら気が済むまで居てやるだけよ」
「だがたまには新しい空気も吸わねばなるまい。地竜王ウルラドリスよ。勝手を言うが、時よりウルウティアの様子を見に来てやってほしい。こいつは飄々としているが寂しがり屋なのだ」
「あ、はいっ!わかりましたっ!」
ウルラドリスの快諾を得た故竜王たちは満足そうに頷く。
ウルウティアを起こすと同時に能力は解除され、パッと今まで質量を持っていたはずの竜王たちが消失した。
寝起きでポケーっとしているウルウティアは周りを見渡してニコリと笑う。すべてが終わったのだと確信しライトたちに頭を下げた。
「……やるじゃん。人間も大したもんだね」
「いや、ウルウティアの能力が無かったらサラマンドラに勝利することは出来なかった。一緒に戦ってくれて心から感謝するよ。ありがとう」
「へっ、柄じゃねえがこいつの意見には俺も同意だ。オメーが居なかったら死んでただろうぜ」
「なぁに言ってんのぉ? それはこっちだって……って、こんなこと言ってたら終わんないよね? 素直に受け取っとくよ」
「ああ。……しかしなんだな。あの野郎の最後の言葉を聞く限りじゃこれからもっと激しい戦いが始まりそうな感じだぜ」
「えぇ? これより?」
「はっきりとは分からないが多分……」
「あの野郎だけでも世界の危機だってのによ。次こそはマジで死んでもおかしくねぇぜ」
ライトたちはサラマンドラの言葉を思い出して顔をしかめた。重い空気になる中、ウルウティアが頬をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべた。
「あっははぁっ……何だか分からないけども大変なことになっているみたいねぇ? 申し訳ないけども妾は領地を汚されたから参戦したのぉ。妾とは今回限りだと思ってほしいんだけどさぁ、このままあなたたちに何もしないのはそれはそれで薄情っていうかぁ……」
「気にしないでくれ。確かに貴様が居てくれるならありがたいが、無理に戦って欲しいなんていうつもりはない。利害の一致とはいえ、共に戦えたことは光栄だった」
「だな。俺らの場所は俺らがなんとかする。縁があればまた会おうぜ」
「ええ。縁があったらね。その時は妾の敵かもしれないけども」
「望むところだ」
「あ、ウルウティアさま!あたしはまた近い内にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ラドちゃんは何も気にしないで良いのよぉ? いつでも大歓迎だからぁ。良かったら今代の竜王たちみんなで来てくれても構わないのよ? 妾はいつでも暇だからねぇ〜」
「ありがとうございますっ!!」
ウルラドリスは深々と頭を下げてウルウティアに感謝を述べた。その素直なウルラドリスに顔をほころばせ、チラッとディロンを見た。
「ふぅむ……ライトくんは精霊王の力を用いて戦っているのよねぇ……でもディロンは素の状態で戦っている。これじゃ不公平だよねぇ……」
ウルウティアはディロンの力が弱いことに言及しつつ、おもむろに衣服の中から何かを取り出した。それは翡翠色の小さな勾玉。勾玉には紐が通され、首飾りのようになっていた。それをそっとディロンに手渡す。
「あ? なんだこりゃ?」
「これはねぇ『竜之禍玉』と呼ばれる魔道具よぉ。生き物を凶悪な竜に変化させる能力を持っているのぉ」
「は? 俺を竜にしようってか?」
「違うよぉ? 手っ取り早く強くなるにはうってつけの魔道具なのぉ」
「さっき竜に変化するって言ったじゃねぇかよ。強くなんのは願ったり叶ったりだが、俺は俺のままでありてぇんだが?」
「これをあなたに渡すのは2つ理由があるから聞いてねぇ? 1つ、今後の戦いにただの人間ではついて行けないと妾は思うの。だとしたら能力を底上げする魔道具が必要になってくるでしょぅ? そして2つ、あなたは普通とは違う。今まで竜之禍玉を使用した生き物は竜族より弱かった。でもあなたは竜王と同等かそれ以上の力を有する強力な人間。きっと力に取り込まれることなく使いこなせるんじゃないかと思うのよねぇ」
「んだそりゃ? んなもん博打みたいなもんじゃねぇか。要はヤベェ時に使えってことか?」
「あぁー……うん。それで良いんじゃない?」
難癖をつけるようにいつまでもうだうだ言うディロンが面倒臭くなったウルウティアは投げやりになる。見かねたウルラドリスが横から口を出した。
「んもーっ!ディロンってばウルウティアさまがあんたを信頼してくださっているのになんでそう素直に受け取らないかなぁっ!?」
「 チッ……ウッセーな。ま、確かに死んでたかもしれねぇんだし、手札は多い方が良いに決まってる。とりあえず貰っとくぜ」
ディロンは竜之禍玉をさっと首に掛けた。ウルウティアは気怠そうにパイプを咥えて煙を吐く。
「……やっぱり人間って面倒臭いわぁ……」
「否定するつもりはないがこいつは特別なんだ。気を悪くしたならすまない」
「あらぁ〜。あなたも大変なのねぇ」
「おい何話してんだよ? それよりこいつはどうやって使うんだ?」
ディロンは先の失礼な態度を忘れたように図々しく説明を聞いてくるのだった。




