141、夢の共闘
屍竜王ウルウティアの奥義『百竜夢幻』。今は亡き全竜王たちがここに集う。
「なるほど。タイミングは俺たちに任せるってのは、この数の竜王たちがサラマンドラの体力を削って疲弊したタイミングをってことか」
『ふひひっ!此れらも交じって攻撃すれば早く削れそうじゃ!』
「そうよ。見てるだけじゃなくてあんたらも手伝いなさい。今日だけ私と戦うことを許してあげるから」
いつ側に来たのかウルイリスが唇を尖らせながらライトに命令する。ライトは一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑って快諾した。
「虫ケラがぁっ!!何匹集まろうが同じことだっ!!全員消し炭にしてくれるっ!!」
今までまともに攻撃することもなく斜に構えていたサラマンドラもついに動き出す。
この世非ざる凄まじい力を見せつければ敵は戦意を喪失し、死にたくない一心で這いつくばりながら命乞いをしてくるだろうと思っていたが、支配領域内で敵の数が倍々に増えていくなど想像の外。あり得ない話である。
総力戦に打って出たライトたち。一対多数のいじめにも近い数の暴力で押し寄せる。
だが残念なことに歴代の竜王たちの実力は先に戦った4名の竜王たちと肩を並べる程度。サラマンドラはその剛腕と火力で竜王たちを軽く薙ぎ払っていく。防御力と防御能力に個体差があって一撃で仕留められるとはいかないが、それでも一体につき四撃は必要ない。エクスルトと呼ばれた町の人間たちに比べたら頑丈な程度でサラマンドラの敵ではない。
究極の個体に有象無象で歯が立つはずがないのだ。
それでもサラマンドラに余裕はなく、むしろ段々と焦り始める。
彼の焦りの根底は三つの疑問にあった。
一つ目、これだけの力量差があって竜王たちが一切恐怖なく押し寄せてくることである。
生き物であるなら必ず存在する死への恐怖。思考能力を持たないとされる虫ですら本能に刻まれている原始の恐怖。本能に抗う特攻行為に『何故そこまでするのか?』という疑問が湧いてくる。
二つ目は──。
(何故だっ!? 何故数が減らねぇんだっ!?)
潰しても、引き千切っても、消滅させても、何事もなく戦いにはせ参じる。どれだけ殺しても無傷の状態でどこからともなく現れては攻撃を仕掛けてくる。
永遠に湧いて出る戦力。減らないというだけで脅威であり、体力以上に精神力を削る。
最後の疑問は段々と動きが洗練されていき、サラマンドラの攻撃が当たらなくなるということだ。
始まりは腕を大雑把に振り回すだけで二体以上が再起不能となっていたが、今ではある程度思考して攻撃を仕掛けないと掠りもしないほどである。体表を超高温に保つことで熱によるダメージを与えられてはいるが、意に介すことなく突っ込んでくるので効果は薄い。
そして──。
「油だっ!!野郎は体の表面が油でコーティングされてやがるっ!!」
「油膜を張ってダメージ軽減っ?!んなアホなっ!? わいらの攻撃が滑っとった言うんか?!」
「だとしたら魔法に対する耐性もそこにあるかもっ!」
竜王たちはサラマンドラの体の秘密を暴く。サラマンドラもこれにはたまらず背中に冷たいものを感じた。
死を厭わず、殺しても減らず、記憶が蓄積されていく。その結果、サラマンドラの攻略法に手が届く。
「なるほど。油か」
──ザシュッ
その瞬間、時間が止まったように音が消える。この場で戦う全員が目撃した。サラマンドラの腕から吹き出る血を。
この世界で初めて目にするサラマンドラの血。風帝フローラの風でサラマンドラの体表に浮いた油を部分的にこそぎ取り、次の油が噴き出す前にライトが剣で切りつける。もちろん容易なことではなく、硬い鱗を避けて柔らかい肉を断つという、針の穴を通すような繊細な技術が必要となってくる。
難問をすべてをクリアして初めて通る傷をライトは余裕でこなし、一太刀を浴びせることに成功する。
「「「うおおおぉぉっ!!!」」」
竜王たちが束になって死にながら辿り着いたダメージ。最初の勝鬨以上の咆哮が響き渡る。
「行けるっ!!勝てるぞっ!!」
「一度しか殺せねぇのが残念だっ!!」
竜王たちは士気を上げて一気に襲い掛かる。
「ふざけてんじゃねぇぞっ!!こんな傷ごときでイキがるんじゃねぇ虫どもっ!!──光炎っ!!」
──ボワッ
サラマンドラは囲んで攻撃をしようとした竜王たちを光の柱で飲み込み、一瞬の内に消滅させてしまう。この範囲攻撃は竜王たちの耐久能力を大きく超えた力を有しており、ひとたび放たれれば近付くことさえままならない。
「グハハハハッ!!言ったはずだぜっ!何匹集まろうが同じことだとなぁっ!!お前らなんざ俺様の力で……!!」
光の柱が細り、光の中から徐々に表れるサラマンドラが顔を覗かせた瞬間、ライトは待っていましたと言わんばかりにサラマンドラの懐に飛び込んだ。
──ヒュパッ……バシュッ
ライトが放った複数の斬撃はサラマンドラの体を複数大きく傷つけた。
「ぐはぁっ!?」
腕につけた傷が霞むほどの深い切り傷。それはもはや裂傷と言って差し支えない。
「ぐおぉっ!!バ、バカなっ!? お前……何故……っ!?」
「技の回数とその間隔だ。貴様はあの技を竜王たちに対して5回使用したが、あれだけの数に使ったにしては少なすぎる。際限なく使用可能ならもっと使用頻度は増えただろうし、連続して放てるなら使用間隔も短いはずだが……その答えはやはり油にあったようだな」
ライトの考えは的を射ていた。
サラマンドラの使用する光炎は体の表面に滲み出る油を一気に燃焼させ、太陽光を彷彿とさせる光を放ち、敵の肉体はおろか影すらも蒸発させる最強の必殺技。
デメリットは二つ存在し、油が全身を覆うまで使用不可であることと、使用直後は油による防御能力を失うので体を守る盾が一つ減ることにある。
しかしサラマンドラと同等かそれ以上の力を持つものでなければ第ニの盾である頑強な鱗をどうこう出来るわけがない上、体表の油をすべて使い切ったとしても油線と呼ばれる全身に張り巡らされた器官から汗のように油が浮き出るので素早く補充が可能である。
ライトがさも弱点のように豪語した油の焼失など有って無いようなものなのだ。
その有って無いようなわずかな隙間に滑り込むようにライトは剣を差し入れた。
新たに油が補充される前だったので風の力を油を吹き飛ばすことに使用せず、攻撃に専念出来、切り傷を風の力でこじ開けることに成功。鋭利な切り傷から歪な裂傷へと変化させたのだ。
噴水のように噴き出す血がサラマンドラの命を奪っていく。
「グハハッ……べらべらとよく喋る……それがどうした? まさかこの程度でいい気になっているのではないだろうな?」
「まさか。答えを知りたかっただけだ」
「私たちの犠牲の上で得た答えをねっ!!」
ライトの背後から竜王たちが飛び出す。
真っ先に飛び出した水竜王ウルイリスは魔力で練り上げた水の玉をサラマンドラに向ける。
「雨流裂傷波っ!!」
パァンッ……ザアァァァッッ
練り上げた水の玉を両手で叩くと雨粒のような大きさの大量の水がサラマンドラに襲いかかった。一粒一粒が凄まじい水圧で射出され、当たれば当たった箇所から腐食が始まるウルイリスの必殺技。
油で守られていたサラマンドラには通用しなかった技だが、今ならば効果を発揮する。
腐食の雨はサラマンドラの傷口に入り込み、細胞を破壊し始めた。
「ごああぁぁっ!!!」
ライトの力で押し広げた傷口は治癒魔法で完治出来たかもしれないが、状態異常を引き起こすこの攻撃は通常の治癒魔法では回復不能。特に生き死にをかけた戦いの中で腐食の回復方法を探すのは至難の業。
弱点らしい弱点のなかったサラマンドラを倒す好機。ウルイリスの攻撃を契機に次々に竜王たちも魔法での攻撃を開始する。
「ぐうぅっ!!クソがっ!!ここぞとばかりに……!!」
──ドンッ
竜王たちとの戦いですらほとんど動かずにいたサラマンドラがここに来て走り出す。
撤退ではない。目当てはこの戦いに参戦の意思を見せながらピクリとも動いていないウルウティアだ。
「うおっ!?しまったぁっ!!」
「あっ!やばっ!!」
「不味いぞっ!!誰か止めろっ!!」
竜王たちに戦慄が走る。
ウルウティアの能力『逢魔時』の奥義『百竜夢幻』は歴代の竜王たちをウルウティアの吐き出した煙の内部に出現させ、敵を圧殺する。
出現した竜王たちは再起不能に陥った時に灰となって消滅し無傷な体で、さらに記憶を継承して復活を果たす。この復活に際限はないので出現した竜王たちを攻撃しても意味はない。
唯一にして最大の弱点は術者にあった。
走り出したのに合わせて恐怖する竜王たちの表情で得心がいったサラマンドラは、ここまでの追いつめられた顔から一転、ようやく笑って見せた。
「グハハッ!群れなきゃ何も出来ねぇ虫けらがこの俺様を害しやがってっ!!タネは割れてんだよぉっ!!」
ライトたちの背後に鎮座するアンデッドドラゴン。アンデッドドラゴンの額を削って作り出された玉座に座るウルウティアは玉座にもたれかかって目を閉じている。その姿は居眠りのように見え、戦いの最中、それも自分の命が狙われているというのにまるで緊張感が感じられない。
竜王たちも後を追うが、サラマンドラは巨体の割に俊敏で守ろうと間に入る前にウルウティアが殺されてしまうことを悟る。
そんな時、ウルウティアのすぐ側で活躍を今か今かと待ち侘びた男がサラマンドラの前に立ち塞がった。
「来やがったか。ラド、手筈通り姉ちゃんを連れていけ。ここは俺がやる」
「本当に大丈夫なんだよね? 死んじゃ嫌だよ?」
「死ぬかよ」
ディロンは不敵に笑って見せ、ウルラドリスは渋々ウルウティアを担いで後方に離れる。
「グハハハッ!愚かなっ!!木こりごときに俺様は止められねぇよっ!!」
サラマンドラは走りながら口腔に炎を貯める。火を吹いて消滅させようとするが、それに合わせるようにディロンは右手に持った斧を手放した。攻撃の手段を捨てる行動に疑問を感じざるを得なかったが、次にディロンが手にしたものにサラマンドラは驚愕する。
──ガシッ
「せいっ!!」
ディロンは背後にいたアンデッドドラゴンの牙を掴み、思いっきり持ち上げた。巨大な骨の体を頭上に持ち上げ、凄まじい背筋を用いてアンデッドドラゴンにジャーマンスープレックスを仕掛けた。アンデッドドラゴンが落ちる先はサラマンドラの脳天。
ドガシャアァァッ
サラマンドラは炎を吐くことも忘れて落ちてくる骨の塊を両手で防ぐ。サラマンドラの硬さの前にアンデッドドラゴンの体はバラバラに粉砕された。
「お、俺様の玉座が……っ!?」
この戦いが終わった後、作る予定だった玉座の部品。組み合わせ方を考えるためにも無傷で手に入れたかったが、その儚い願いもサラマンドラの頑強さの前に砕け散った。
「オメーの居場所はここにはねぇよ。とっとと死ねっ!!」
地面に落ちた斧を拾い上げ、掬い上げるように振り上げた。
ゴォンッ
斧の切っ先に顎をぶん殴られたサラマンドラの巨体は大きくのけ反り、たたらを踏みながら徐々に後退する。
「でかしたっ!!やるではないか人間っ!!」
そこに風竜王ウルオガストがやってくる。
「我も負けられんなぁっ!!──旋風・嵐斬波ぁっ!!」
魔法で発生させた風を乱雑に球状に押し込め、手のひらサイズの超強力な風の渦を敵に放つウルオガストの必殺技。風に触れたものは切り裂かれ、千切れ飛び、肉塊と化す。
──ザザザザザッ
「があああぁっ!!」
サラマンドラの傷口にこれでもかと風の刃が乱れ飛ぶ。そこにウルエルバがやってきた。
「行くぞコラァっ!!豪炎滅尽爪ぉっ!!」
──ゴォッ
ウルエルバの豪腕と魔力と空気の摩擦熱を利用した何もかも切り裂く必殺技の一つ。この技を受けたものはその悉くが灰塵に帰す。
火系統であるサラマンドラには本来効果はないが、傷口に塩を塗られたように強烈な痛みが襲う。
苦しむサラマンドラに対し、ウルアードが駆け付けた。
「金剛・流星脚」
──ボッ
宙空から斜め下に、まるで流星の如く敵に突撃するウルアードの必殺技。魔力で自身を硬質化し、重力を利用した落ちる速度と魔障壁を流線型に展開させることで空気抵抗をなくし、サラマンドラの傷を広げる。
これらすべての技がサラマンドラの傷口を徐々に抉り、取り返しのつかない領域に足を踏み入れた。
「こ、この俺様が……死ぬ?」
サラマンドラは自分の死を悟る。虫ケラと断じた弱者たちが寄り集まった数の力は、究極の個体の命にようやく届いたのだ。
竜王たちと共に繋いだ最後の一撃はサラマンドラの頭上に飛びあがったライトの手に渡った。
「風牙双烈刃っ!!」
──ザンッ
振り上げた2本の剣に風帝の力を付与し、急降下と共に振り下ろす。数多くのダメージで脆くなったサラマンドラの体は深々と斬りつけられ、とうとう治癒不可能な領域に達した。
「ぐはぁぁ……っ!!」
──ビシッ……バガァァンッ
サラマンドラの死が確定したその時、支配領域『炎天下』が砕け散った。




