140、奥の手
「バカ。不用意に近付くから……」
「いや、それ以上にあの巨躯でウルオガストの速度に追いつくとは……大した奴だ」
「褒めてる場合かっ?!行くぞっ!」
続いて火竜王ウルエルバが突っかけた。すぐ後ろに水竜王ウルイリスと地竜王ウルアードが続く。
ウルエルバがサラマンドラの攻撃を引き受け、残りの二人でダメージを与えていこうというのは手に取るように分かった。
(それは俺たちも通った道だが……)
怒り狂ったサラマンドラの炎の前に手も足も出せずにいたライトたちだったが、少なくともウルエルバはサラマンドラと同じ火の系統。熱で炙られて死ぬことはまずないだろう。
さらに竜王たちは近接格闘以外にも魔法や特殊能力を一定数持ち合わせている。戦士系統しかいないライトたちに比べたら攻撃の種類も手数も雲泥の差だと言えた。
「間抜けどもがっ!!束でかかってこようがこの俺様に勝てるわきゃねぇだろうがっ!!」
サラマンドラは拳を振り上げ、真正面のウルエルバに向けて振り下ろす。正直すぎる攻撃にウルエルバは受け止める姿勢を取る。ウルイリスとウルアードの攻撃のチャンスを少しでも多く稼ぐことが目的だ。
──ベキィゴキバキィッ
ウルエルバの体の中に響き渡る枯れ枝が折れるような音。受け止めた両腕は歪曲し、変な方向に曲がっていると同時に体が地面に少し沈んでいる。
「ゴボォッ……!!」
喉の奥から湧き出る血の噴水はウルエルバの致命的な臓器を傷つけた証拠。サラマンドラの重すぎる一撃はウルエルバの頑強な体を押し潰す。
もしウルウティアが出てきていなかったらディロンがあの一撃で死んでいただろう。
「ウルエルバッ!!」
ウルイリスは一瞬ウルエルバに視線を移す。サラマンドラはそれを見逃さずにウルイリスに手を伸ばした。
──ガッ
しかしサラマンドラの手は宙を掻く。ウルエルバがガタガタの体でタックルを仕掛けたのだ。ほんの少し位置がズレたおかげで掴まれずに済んだようだ。
「……バカ野郎ぉ……てめーの心配だけしとけや……っ!」
「邪魔だっ!!」
ウルエルバを掴んで引き離そうとするが、その隙を狙ってウルアードとウルイリスが攻撃を仕掛けた。
「水甲弾っ!!」
「砂刃烈波っ!」
極限まで圧縮した複数の水の玉とドリルのように巻き上げた鋭利な砂の竜巻がウルエルバとサラマンドラを襲う。ウルエルバも覚悟の上であり、とにかくサラマンドラの体力を削ろうと考えている。
「カアァッ!!」
サラマンドラはすかさず炎を吐き、二人の攻撃を打ち消す。自信のある攻撃を軽く打ち消されたことに衝撃を受けた二人は炎を避けながら近接戦に移行する。
「グハハッ!!バカ共が虫のように集まってきたわっ!!」
「言ってろバーカっ!!」
サラマンドラの挑発にウルイリスは言い返すが、ウルアードは全く追い詰められた様子のないサラマンドラに疑問を感じていた。そしてその疑問は確信に変わる。
きっかけは引き離そうとしたウルエルバを大事そうに抱え込んでいることにあった。
「っ!?……しまった!ウルイリス!!」
「もう遅いわっ!!死ねっ!!──光炎っ!!」
サラマンドラの体が光に包まれる。抱きかかえられていたウルエルバが最初に飲み込まれ、ウルイリス、ウルアードの順に光の中に消えていく。
光の正体はサラマンドラの支配空間『炎天下』内に立ち上る光の柱。サラマンドラを包み込む直径10m前後の巨大なエネルギーの柱である。
故竜王たちが近接戦に切り替えたのを確認して範囲攻撃を使用してきた。
「おいおい、なんつーバカげた攻撃だよ……」
「こ、こんなの勝てっこない……」
ディロンもウルラドリスも戦々恐々としている。何故なら立ち上る光の柱が徐々に細くなって消えていくのと同時にサラマンドラが何事もなかったかのように姿を現したからだ。
光に巻き込まれたウルイリスとウルアードは影すら残さず消滅し、ウルエルバはサラマンドラの右手に炭の残骸が握られているばかり。
(強すぎる……まさかこれほどとは……)
精霊王を超える実力者ということで竜王たちでは勝負にならないのではないかと思っていたライトだったが、ここまでの開きがあるとは思いもよらない。
固有結界の中に閉じ込められ、撤退すら封じられた異常事態に活路を見いだせない。
「……あぁ~あ。妾の大切な仲間が燃えカスになっちゃったよぉ。どうしてくれんのぉ? これぇ?」
「ふんっ!弱者共がはしゃぐからこうなるのだ。すぐにお前もあの世に送ってくれるわっ!」
サラマンドラの右手に収まっていたウルエルバの残骸を握り潰す。
仲間の死を冒涜するサラマンドラの行動にウルウティアはキレた。
「ふぅ……もうこぉなったら仕方ないよねぇ。これは疲れちゃうから使いたくなかったんだけど……ねぇ、そこの人。名前なんて言うの?」
ウルウティアはディロンに話しかけた。
「あ? 俺か?」
「そうそう」
「……なんでオメーに名前を教えなきゃなんないんだよ」
「あ、じゃあ良いよぉ。デカブツくんって呼ぶからぁ」
「おいやめろ。ディロンだよディロン」
「じゃディロン。妾を守ってくれるぅ? 妾の最強の奥義を使うんだけど隙が大きくてさぁ」
「えっ!? すごいっ!そんなものがあるんですかっ!」
「そうだよぉラドちゃん。妾はすんごいドラゴンだからねぇ。あ、ラドちゃんは下がっててぇ。怪我したら危ないからぁ」
ウルラドリスには溶けるように甘く返事をするが、その発言にサラマンドラが噛みつく。
「先ほどから聞いていたら気に食わねぇことを言いやがる。その辺の虫に角を生やしただけの見た目をしながらドラゴンを謳いやがるかっ!?」
「あれれぇ? 知らないのぉ? 妾たち竜王はドラゴンの進化の先。妾たちの巨大な体を凝縮し、知能と頑強さを兼ね備えた最強のスタイルこそ今のこの姿。強さだけでは竜王を名乗ることは出来ないのよぉ?」
「なんだそれは? まったく、世界が違いやがるとこうも常識が嚙み合わねぇか。まぁだが得心が行ったぜ。そんな有様だからそれ以上の強さを得られねぇのさ。見ろっ!俺様をっ!これこそが最強にふさわしい体だっ!!」
「ふぅ……確かにあなたは強いけどぉ、品ってものが感じられないのよねぇ……全部を焼き尽くして残るものは何? あなたのようなこの大陸に居てはいけない外来種はここで駆除しておかないとねぇ」
「言うではないか!ではどうする?!竜王風情では俺様に殺されるのがオチだぞっ!!」
サラマンドラはくわっと目を見開いて威嚇するように吠える。ウルウティアはそんなサラマンドラに涼しい顔で答えた。
「うんうん。確かに今のままでは勝ち目は薄いかなぁ。けどぉ、こっちだって全部を見せたわけじゃないからね?」
「あるのか? 勝ち筋が……?」
ウルウティアを見上げるライトにニヤリと不敵な笑みを見せる。
「もちろんあなたにも頑張ってもらうわよぉ? 精霊をまとったライトくん」
「!……良いだろう。それでどうする?」
「妾の奥義じゃぁきっとトドメまではいかないからぁ、ライトくんが最後に決めるのよ」
「なに? しかし初見で合わせるなんて……」
「そんな難しいものじゃないよぉ? むしろタイミングはあなたに任せる感じになるからね?」
何が起こるか分からないのに『タイミングは任せる』などと言われてもますますこんがらがるだけだが、ライトはこの戦いに勝てるならと大きく頷く。ウルウティアは準備が整ったといった風な余裕面でパイプ煙草を咥えた。
深呼吸するように思いっきり煙を肺に貯める。パイプ煙草を口から離すと頬を膨らませながらもごもごと咀嚼するように口を動かす。「ぷぇっ」というかわいい声と共に口から吐き出したのは水晶玉のようなまん丸い玉。中には大気が渦巻いているように煙で満ち満ちている。
「さぁ、みんな行くよぉ」
ポイッと上空に投げるとウルウティアは両手を前に出してパンッと勢いよく合掌した。
どのような意味があるのか皆目見当もつかないが、これをすることによって放り投げた玉が空中でピタッと停止する。
「──逢魔時『百竜夢幻』──」
──シャァァンッ
ウルウティアの発言と共に玉が破裂し、中に閉じ込められていた煙が煙幕のごとくサラマンドラの支配領域に広がった。
「何が来るかと思えばメチャクチャ大げさな目くらましか? 面白味の欠片もないクソみてぇな技だな」
サラマンドラは煙を振り払う動作をしながらキョロキョロと周りを見渡している。5m先が見えないほどに濃い霧状の煙はライトたちを覆い隠し、サラマンドラには完全に見えなくなっている。
ライトたちの攻撃が今のところサラマンドラの鱗を貫通することがないので焦ってはいないが、大仰な工程を経て小手先の技が来たのかと思うと苛立ちがふつふつと湧き上がってくる。
『なにこれ? これが屍竜王が言ったタイミングってやつ?』
「……いや、違う」
ライトは後方を見る。釣られてフローラも後方を見ると、ようやくウルウティアが何をしたのかが分かった。
──ザッザッザッ……
背後から地面を踏みしめて複数の人影が現れる。老若男女様々な見た目をした鱗をまとい、角の生えた人型の生物。現れたすべての人型が強力そうな雰囲気を孕んでいる。
先頭に立つのは先ほど軽く消滅させられたウルアードとウルイリス、そしてウルエルバとウルオガストの4名。
「れ、歴代の竜王さまたちだ……」
ウルラドリスは腰が抜けたように地面に座り込む。サラマンドラも薄れてきた煙の向こうの光景に信じられないといった顔を向けた。
「何だとっ!? お前らはさっき俺様が……何がどうなっているっ?!」
「おうよっ!さっきはよくもやってくれたなぁっ!俺たちだけじゃ不足だったろ? 今度はここにいる全員が相手だぁっ!!」
ウルエルバが拳を振り上げると『オオオォォォッ!!』と勝鬨が上がった。