134、侵略者
神とは世界に影響を与えるものの称号である。
世界を創造するもの、世界を破壊するもの、世界を変えるもの、世界を守るもの。
この中の一つに該当しようものなら規模に関わらず神として君臨出来る。
影響力は絶大であり、誰もが敬い尊ぶ。
皆、神であるその名を刻み、その存在を崇め、その力に傅く。
*
──異世界『エデンズガーデン』──
広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。
中でも魔物と呼ばれる猛獣は人間を積極的に襲う外敵であり、人々は武器や魔法を用いて自分の身を守る必要があった。
長い歴史の中、街は平和に暮らせるように魔力で結界が張られ、外敵を防ぐことに成功。
住む場所の確保を終えた人々は、今度は逆に魔物を狩る側となり、魔物からはぎ取れる毛や皮、牙や骨などが加工され市販されることになる。
街の外も危ないのだが、特に危険地帯と言われる『ダンジョン』は別格で、鍛え上げられた冒険者でも死ぬ可能性が高い。それゆえ希少な素材やお宝に囲まれ、多くの富をもたらし、人々の生活になくてはならない金の鉱脈だった。
ダンジョンを攻略し、ダンジョンに眠るお宝を探るために結成された組織を冒険者ギルドと呼ぶ。
そこに所属する冒険者たちは気の合う仲間と共にチームを立ち上げ、より安全により多くの素材や宝を持ち帰る。
冒険者たちがダンジョン攻略に勤しむ中、『ビフレスト』から追放された物語の主人公『レッド=カーマイン』は、たまたま手に入れた『女神の欠片』とそこから現れた意識体である『女神ミルレース』の懇願により、女神復活の旅に出ることとなった。
紆余曲折あって仲間を手に入れ、ダンジョンを支配する敵『皇魔貴族』との激闘の果てについにミルレースの封印を解く。
だがミルレースは最強にして最悪の存在であり、何物も生み出さず、何物にも執着しない破壊神だった。
レッドはミルレースの暴虐を止めるべく立ちはだかり、仲間の協力もあってミルレースを倒した。
世界に平和をもたらしたと同時に人族からのレッドに対する蔑みの声は鳴りを潜め、人族はおろか皇魔貴族にも認められる英雄へと昇華した。
激戦を駆け抜けて日常へと戻ったレッドは仲間と共に仕事をする傍ら、皇魔貴族から爵位と領土を与えられ、順風満帆な人生に足を踏み入れる。
その時に異変が起こった。
突如空間を割って三体の怪物が姿を現したのだ。
謎の勢力の侵攻。
世界はミルレースを超える未曽有の危機を迎えることとなる──。
*
どこからともなく現れた怪物たちに対抗すべく手分けすることになったレッドたち。
グルガンは真っ先に自領を守りにシャングリラ方面に向かい、ライトとディロンたちは辺境に飛んだ怪物を追いかけ、最後にレッドたちは海に飛び込んだ怪物を追うこととなった。
「怪物かぁ……どんなんだろう? あんまり強くないと良いけどなぁ……」
レッドはぼんやり空を眺めながら呟く。
「確かにその通りだ。先に飛び出したグルガンやライトたちが心配になるな」
「ま、まぁそれもあるけどさ。俺たちだけで大丈夫かなって思うところも……あったり?」
「ん? 何が心配なんだ? レッドなら心配することは何もないだろう?」
オリー=ハルコンは長い髪を耳にかけながら当然といった顔でレッドに疑問をぶつける。レッドが困った顔をした直後、スロウ=オルベリウスは目を輝かせた。
「えぇ〜? レッドってそんなに強いの〜? えっへへっ!頼りにしてるよ〜」
「ちょっ……スロウさんまで……困ったなぁ……」
レッドは後頭部を掻きながら焦りを抑えられない。期待してくれるのは嬉しいことだが、過度な期待はプレッシャーとなってレッドに襲いかかる。
戦い以外はからっきしダメなレッドだが、得意なはずの剣を自分の身の丈以上に褒められるとたまったものではない。
「おい……こっちだレッド=カーマイン……何を遊んでいる……ボーッとしていないで遅れずについてこい……」
「あ、はい……」
そこに追い討ちをかけるように皇魔貴族のナンバー3とも目されるレイラ=伯爵=ロータスから叱責を受けた。
海を目指す一行。レッドは方向音痴ゆえに道なき道を歩けば明後日の方角に歩いていってしまう。それを見越してレッドの仲間であるライト=クローラーから事前に案内役をつけるようにお願いされていた。
部下のデーモンにでも案内させようと思っていたロータスだったが、支配者であるアルルート=女王=フィニアスの命令により、レッドの案内役に抜擢される。
ロータスは面倒事を押し付けられた苛立ちや、先日まで敵だった奴らへの警戒心から余裕がなくなっていた。
そのピリピリした空気に当てられたレッドは頭を下げて怒られないようにビクビクしている。
「おいロータス。そんな言い方はないだろう。レッドに対して失礼だぞ」
「……私は伯爵だ。お前こそ男爵の従者のくせに偉そうな奴だ……」
「ケンカはダメだよ~」
「その通り。喧嘩している場合じゃないでしょ。これは姫様が正しいな」
「そうだそうだっ!姫様は正しいんだぞ!」
「チッ……」
オリーの苦言とロータスの喧嘩腰をスロウとスロウのマフラー兼従者の極戒双縄がなだめる。
ロータスが強い口調で牽制しているのは未だレッドが怖いからだ。強いがゆえに側にいたらいつ殺されるかもしれぬ恐怖に怯えなければならない。ロータスに警戒されてしゅんっとしているところを見れば急に斬ってくるような無茶はしないと何となく思えるが、まだレッドの性格を把握し切れていないので油断は出来ない。
(……だが頼れるのもこいつだけだ……もしもやってきた化け物が3体ともフィニアス以上の力を持っていたら……そう考えるとここ以外は足止め程度にしかならないかもしれないな……レッドなら確実に倒せるとして、グルガンは危なくなったら逃げて情報を持って帰ってくると思う。後の人間は……死ぬだろうな……)
頭で状況を整理しながら冷静に分析する。とりあえず各個撃破を狙っていくしかないだろう。無理は禁物だ。
(……万が一にも女神以上なら?……その時は世界の滅亡だろうか……?)
詮無い事を考えながらもロータスは自分に出来ることに従事する。たとえ世界が滅亡することになったとしても、抗わずに死んでいくなど絶対にお断りである。
とはいえ命がけになるのは最後の最後で良いという気持ちもある。
情けない話だが、弱い気持ちに押しつぶされそうな今こそ、レッドという規格外の存在に頼る他ないのだ。
*
3魔将の内、海に飛び込んだ怪物は海の支配者を探して方々を泳ぎ回っていた。
だが、ただだだっ広い海を泳ぎ回っても見つかるはずもない。そこで怪物は海の魔物に対し片っ端から攻撃を仕掛けた。
生態系が破壊され、海の秩序が著しく乱れたのを悟った支配者たる2名。怪物を倒すべく立ち上がった水の精霊王と水竜王。
最も得意とする海域に怪物をおびき寄せ、水竜たちと共に攻撃を仕掛けたが──。
「ふぉーっふぉっふぉっふぉっ!なんともか弱き攻撃でおじゃるなぁ。そんなことでは朕を倒すことなど永久に不可能でおじゃる」
怪物は雅な口調で煽りながら海の軍勢を相手に一歩も引くことなく勝利を収める。
怪物の力は水を操る力であり、その力は同じく水を操る水帝と水竜王の力の上位互換。最も得意な攻撃が封じられている上に、接近戦や魔法攻撃も怪物に劣る。唯一勝っているのは数だけだが、強力な個体の前に勝率は無いに等しい。
その上で怪物も召喚魔法を用いて戦力を増強し、数だけの海の魔物を蹴散らしてしまう。
最終的には水帝も水竜王も敗北を喫した。
海の支配者たる2人は怪物に囚われ、海の魔物たちは異世界の怪物に屈してしまった。
「ここから朕の覇業が始まるでおじゃる!手始めに浜辺を制圧して海路を完全に遮断するでおじゃるよ!」
怪物の召喚獣は命令に従い、すぐさま行動を開始した。
「ふぉーっふぉっふぉっ!この世界は朕のものでおじゃる!そなたたちは朕の趣味ではないがこの海の元支配者だったことを認め、朕のお嫁さんにしてやっても良いでおじゃるよ? この世界の第一王妃、第二王妃は早いもの順でおじゃる」
「くっ……誰がお前のような豚などとっ!辱めるくらいならいっそ殺せっ!」
水で作られた牢獄の中でも水竜王は気高く吠える。水帝は縮こまって声を出さない。
「勇ましい限りでおじゃるなぁ……無理にとは言わないでおじゃる。先も言ったが朕の趣味ではないので別に良いでおじゃるよ? でももし、妃になりたいというのであれば……この先何があっても命は保証するでおじゃる」
「うるさいっ!貴様のような豚の子を孕みたいと思うか!? 間違っても妾に手を出そうなんて思わないことだ!いっそ殺せっ!!」
「話の通じないおバカは嫌いでおじゃる。そっちはどうでおじゃる?」
「こなたも彼女に賛成よ。力で女をねじ伏せ、その身を差し出せなど蛮族の所業。こなたはそなたのような不細工であろうとも、ときめくことが出来るならば一生添い遂げることも考えよう。しかしながらこなたをよりによって水牢に閉じ込めるなど……まるで手足を押さえつけて無防備にした女に無抵抗だからと嘯き手籠めにするかのような悪辣な行為。これではときめきようがない。許されざる暴挙よな」
「おじゃ? 言いがかりも甚だしい。2人がかりで朕の能力をねじ伏せられれば簡単に出てこられるでおじゃる。さらに選択肢もつけてやってるでおじゃるよ? 出血大サービスといって過言ではない状況にケチをつけるとは贅沢な話でおじゃる。……まぁまぁ、目的が達成した時までは生かしてやるでおじゃるよ。その間よぉく考えるでおじゃるな」
怪物は唸る水竜王と斜に構える水帝を放置し、水で作った玉座に座る。
召喚獣が世界全土で暴れるさまを幻視しながら1人ほくそ笑んだ。




