132、哀れなる獣。永遠にさようなら
魔族の監獄『ダークイーター』。
本来の用途は魔族用に作られたのだが、現在ここに閉じ込められるのは魔族を敵視する種族たちである。
魔族は強い。故に魔族に脅威を与える存在が出た場合、その仲間や種族を拐って人質に取る時や有能な種族の懐柔などのための隔離、保管場所として使われることが多い。
この監獄の最奥に位置する最も厳重な場所にグリードの監獄が用意された。
グリードは目と口、そして手足を封じられて何も出来ない状態のまま宙に浮いている。というのもクモの糸のような黒い布がグリードを床につけないように四方八方に張り巡らされて吊るされているのだ。
黒い布の封印は使えるものが限られる上位の魔法であり魔族の中でも三人にしか使用出来ない。今グリードを封印しているこの布はロータスが使用している。
「お待ちしておりましたメフィスト様。ご無事で何よりでございます」
グリードの監獄から離れた場所でロータスと再会した。
ロータスは心から安堵した顔でメフィストの来訪を喜び、アレクサンドロスに感謝の礼を送った。
「それでグリードの様子は?」
「先ほどまで暴れていましたが、今は静かなものです。ようやく諦めたものと思います」
「そうか」
「ふっ……奴は要求を待っている。私に話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ぬ? ああ、かまわんが……」
「ありがとうございます」
アレクサンドロスは感謝を述べると2人を置いてズンズンと奥に入っていった。途中でミラージュの姿を見たが一瞥もくれてやることなくグリードの元に辿り着く。
グリードの封印されている様をまじまじと確認し、フンッと鼻で笑った。
「無様なものだなグリード。なんて哀れなんだ。この姿を見ればデザイアも失望するだろうな」
グリードはアレクサンドロスの声に反応してふがふがと何かを言いたげに口を動かす。口が封印されているために鼻息だけがうるさい。
「……口の封印を解いてくれ。最後に少し喋らせてやろう」
アレクサンドロスの言葉に眉を潜めながらロータスはメフィストに視線で確認を取る。メフィストは声を出すこともなく小さく頷いて了承した。
「──ブハッ!ハァッ!!」
よほど苦しかったのか大きく息を吸いながら落ち着きを取り戻していく。何とか息を整え、顔を左右に振りながらどうにか視界を取り戻そうとしている。
「無駄だよ間抜け。それは外からの干渉でなくては取れない代物だ。何も知らないお前ではどうしようもないさ」
「だ、誰だお前はっ!!名を名乗れっ!!」
「ん? 声じゃ判別出来ないのか? ふははっ!!こりゃ傑作だっ!!力以外に興味がないから俺が誰かも分からないんだなっ!!はっはっはっはっ!!」
「ぐっ……お、お前みたいな低レベルなモブキャラなんて端っから眼中にないんだよっ!!こんなことして父上が黙っていないぞっ!!僕の父上が誰か分かっているのかっ!!」
「え?誰だよ?」
「やっぱりそうかこの間抜けっ!!無知なお前に教えてやるよっ!!僕の父上はデザイア=大公=オルベリウスだっ!!分かったらこれを解除して……!!」
「知ってるよバカが。すべて承知の上でお前をここに閉じ込めるんだよ」
「は?!でもさっきは……?!」
「反応を見たんだよ。普段は親父に逆らいながら、いざという時にはその親父の威光を借りる。ダサすぎるぜクソガキ。俺がお前なら舌噛み切って死んでるぜ!!」
アレクサンドロスはグリードを煽り散らす。何も出来ないのを良いことに神経を逆撫でしてグリードの怒りを買った。
「うわあぁっ!!くそくそくそぉっ!!!誰だお前っ!!誰なんだよぉっ!!」
しばらくそうして暴れていたが、早々に疲れたのか肩で息をしながら止まった。
「……はははっ……好きに言うがいいさ。どうせ君みたいなモブ、父上に逆らって生きていられるはずがないんだからさ」
「その頼みの父上なら死んだよ」
「……え?……嘘だ」
グリードは初めて少年のような反応を見せた。
言われたことがあまりに突拍子もなかったのと縛られている無力感がそうさせたのだろう。
「……冗談きついな。僕を追い詰めるためなら何でも言うんだろ? せいぜい強がるんだね」
「本当なんだが信じないのならそれでも良い。デザイアは死んだ。だがお前は殺さない。この穴倉で一生飢えながら死ねない苦しみを味わうが良い」
「……」
グリードはあまりのことに黙ってしまう。鳴らなくなったおもちゃに用はないと踵を返した時、グリードが静かに笑った。
「父上が死んだって? 良いね。ずっと鬱陶しかったんだよ。本当にあれが死んだのなら感謝しかないなぁ。誰だか知らないけど、僕の代わりに殺してくれてありがとうね。95点」
「……お前を助けてくれる奴はこの世にいないんだぞ? デザイアも、そしてスロウも」
「へぇ? スロウの奴はどうしてるのかな?」
「もう一生出て来られないだろう。いや、もとより出て来ないか。お前と同じで封印の対象だ。姉を頼ろうったってそうは……」
「あはははっ!!そうかいそうかいっ!!僕のためにご苦労なことだねぇっ!!」
監獄内に待機していた魔族たちの神経を逆撫するグリード。
「何がおかしい? 気でも狂ったか?」
「何を言ってるのさっ!嬉しいサプライズだっ!!僕がここを出た暁には僕を止めるものはいなくなってるってことだろ? 何でもやりたい放題じゃないかっ!」
「自分が置かれている状況を理解出来ないのか? そうしたのは我々だ。万が一にもお前が出たところで簡単に収容出来る。忘れないことだ」
「何を言ってるのさ。今日はちょっとだけ調子が悪かっただけ。君たちは運が良かったのさ。ただのまぐれ当たりの癖に図に乗らないで欲しいね」
「おめでたい頭だな。いや、だがそうだな。面倒なことにならないように布石を打っておくか」
アレクサンドロスは掌に収まる水晶玉を取り出す。それをおもむろにグリードの胸に押し当てた。
「うっ……おいおい何だい? 冷たいじゃないか。何をしているのかな?」
「お前を苦しめるためのものだ。──『共振石』」
水晶はポッと淡い光を放ち、次の瞬間には小さく脈打つように一定間隔で光を放ち始めた。グリードの胸から水晶を離し、懐に仕舞った。
「まったく苦しくないんだけど? 魔道具の不調かな?」
「知る必要はない。じゃあな、哀れなる獣。永遠にさようならだ」
「ああ。またね、魔族ども」
グリードはアレクサンドロスの合図で完全に封印された。
メフィストがアレクサンドロスに近寄る。
「先の水晶は何だったのだ?」
「あれですか。リュートの置き土産ですよ。こいつは今グリードの心臓と同期している。強く握ったり欠けさせたりすれば奴は苦しむでしょう。万が一にも監獄から自力で脱出するようなあり得ない事態に陥った時はこいつで脅してやれば良い」
「殺せるのか?」
「いえ、あくまでも疑似的に心臓を握るためのものですので殺すことは出来ません。壊さないように細心の注意を払いつつ攻撃を加えるのです。まぁ必要ないでしょうがね」
アレクサンドロスはメフィストに水晶を渡した。
その顔は憑き物が落ちたような晴れやかな表情だった。
──女神ミルレース、そしてデザイアという二つの脅威を退けた二大魔族アレクサンドロスとメフィスト。
メフィストはこの功績を称えてアレクサンドロスの裏切りを不問にし、さらに公爵の称号を授与した。
二大派閥の一角が落ち、メフィスト派に吸収されると共にメフィストは王を名乗る。
その後すぐに戴冠式を行い、ナンバー2となったアレクサンドロスから王冠を受けたメフィストは名実共に王となった。
世界はここから長い長い平穏を迎え、レッドが誕生した時代へと引き継がれていく。




