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125/210

125、一時の平和

 突如訪れた世界の危機から一転、平和となったエデンズガーデン。

 皇魔貴族はミルレースの勇者登場の発言を恐れ、慎重に各種族に遣いを送っていた。

 戦わずして逃げ出す種族の中、顕著だったのは人族の攻勢である。

 彼らは魔族の(けしか)けた魔獣に屈することなく武器を持って戦いに応じた。最初こそおままごとのような防衛戦だったのだが段々と成長を重ね、陣地を整え、戦略を練り、死者を出さなくなって行った。

 魔族の蛮行に待ったをかけた精霊の活躍も人族の助けとなった。精霊のおかげで魔法技術も目を見張るほどに進化し、なるほど素晴らしい活躍ぶりに次第に自分たちの手で勇者を育てることになるのではないかとの議論も出るようになった。

 メフィストの側近である執事(バトラー)シャドーヒューマノイドは魔獣を駆使して勇者になり得る存在を探す任務に就いていた。長年活動することになったが、その中での答えは人族に皇魔貴族を害するほどの存在は生まれ得ないという結論を出した。

 勇者と言っても魔獣を指揮した指揮官に与えられたり、群れから追い出された弱小ドラゴンを単独で倒した戦士だったりにその称号を与えられたからだ。これではいつまで経っても勇者など現れようがない。

 ミルレースの復活劇は暗礁に乗り上げたようだ。


「まったく……メフィストの心配性にも困ったものだ。敵にちょっかいを掛けることがどれだけ間抜けなことか分かってない。知識ある連中を一丸とさせるなど愚の骨頂。頭を踏んで手出しさせなくすれば余計な手間も省けるというのに……」


 アレクサンドロスはデザイアの腹心という地位を絶対のものとし、誰にも手出しさせないように圧力をかけ、無事にナンバー2の座を永久のものとした。

 デザイアは最強の魔族。片手間でミルレースにすら届き得る力を発揮する存在に逆らえるものなどいない。

 何か不測の事態でも起こらぬ限りは盤石。

 たとえどれだけ優秀な魔族が台頭してきても、焦ることなくその優秀な魔族を顎で使えるようになったのだ。椅子に深く腰を据えて態度が前より大柄になったところで誰も咎めるものはいない。

 側近であるリュートもそれで良いと考えている。むしろその頭脳と立ち回りで頂点を目指して欲しいとすら考えていた。


「しかし女神の存在も消え、これでもうあなた様を煩わせるものはいなくなりました。これからも存分にそのお力をお見せください」

「はっはっはっ!まさにまさに!勇者の登場もなく、女神と同様の存在も確認出来ない。油断は出来んがこれよりようやく俺の覇道が始まるというものよなぁ!」


 ガハハッと大笑いするアレクサンドロス。それを微笑ましく見るリュート。

 まさに我が世の春。


 ──だが栄光の瞬間はそれほど長く保つものではない。


「グルガン様。オルベリウス様から書状が届いております」


 女神封印から十数年という年月が経つ頃、デーモンから渡された書状にアレクサンドロスは眉をしかめた。

 火急の用事かとすぐに開いたが中身は召喚状。


「あ?何だ?突然こんなものを寄越すなんて……口頭で済んだものを……」


 というのも一昨日くらいに仕事で報告に行ったばかりである。ますます変だと言わざるを得ない。

 リュートは考えるように俯きながら口を開く。


「書状に(したた)めるほどの何か……私には何かおめでたいことがあったように思えます」

「……女か?まぁ俺は一応右腕だからな。嬉しさを共有したい気持ちも分からんではないが少々面倒だな。……仕方がない。とっとと済ませてくるとしよう。リュート、後のことは任せるぞ」

「畏まりました」


 机の上に溜まっている書類の束をほっぽり出し、アレクサンドロスはデザイアの元へと急いだ。

 デザイアの居城に着くと身嗜みをささっと整え、玉座の間に行こうとするがデーモンに止められる。


「オルベリウス様は応接間にてお待ちでございます。こちらへどうぞ」


 案内されるがままについて行き、応接間の前で待たされることになった。


(いついかなる時も権威を振りかざすことに余念のなかったデザイアが玉座で待たずに応接まで密かに俺を待っていただと?臭せぇな……まさか本当に女の影が?……だとしたら目を覆いたくなるほどの醜女か?それとも俺以外に晒したくないほどの絶世の美女か?それとも世継ぎのための女を探すよう求めるつもりか?……どれもありそうで困るぜ。いや、最後の世継ぎの女探しならやぶさかじゃねぇ。今後俺が優位に立つことも出来なくはねぇしなぁ……)


 待つ時間が長かったために考えが回り、皮算用までし始めたところでお呼びがかかった。

 いつものように低姿勢でデザイアの前に跪くとデザイアはすぐに椅子に座るように進めた。


「よく来たアレクサンドロス」

「はっ。デザイア様からのお呼びとあらばたとえ死しても駆け付けましょう」

「流石の忠義だな。私も鼻が高いというものよ。さて、今日お前を呼んだのには嬉しい知らせがあってな。まず会って欲しい者がいる」

「デザイア様がそれほど喜ばれる方がこちらに?それは是非ともお会いしとうございます」


 アレクサンドロスは頭の中で世継ぎの女探しにバツをつけた。内心舌打ちをしながらも身を乗り出すほどワクワクした様子を見せた。

 忠義者の興味津々の態度に満足しながらデザイアは鷹揚に頷き、別室に繋がる扉に向けて声をかけた。


「スロウ。こちらに来い」


 アレクサンドロスはスロウという名を心のメモ帳に即座に書き記す。

 今後何かあった時にデザイアの代わりとなるかも知れぬご婦人に対し、失礼の無いように振舞わなければならないからだ。

 すぐに入ってくるかと思われたが、一向に入ってくる様子はない。肩透かしを喰らったようにアレクサンドロスも首を傾げる。

 デザイアも一度戻した首をもう一度扉に向けて「スロウ。来い」と少し語気を強めに発声した。

 そこでようやくドアのノブがキュッと音を立てて動き、ゆっくりと扉が開いた。


「うう〜ん……ね〜む〜い〜……」


 子供がむずかるような声を上げて一人の女性が部屋に入ってきた。

 髪の色はモーヴシルバー。少しくせ毛で髪は腰より長く伸ばし放題にして手入れをしていないように見える。

 背丈は高くないがそこらかしこがムチムチして豊満という言葉がピッタリの体付き。肌の色は不健康そうな白色で、ただの一度も外に出たことがないのではないかと思えるほどである。


「わがままを言わずにこっちに来い」

「え〜?……も〜……」


 フラフラと覚束ない足取りは先ほどまで寝ていたのではないだろうか。現に眠そうに目を擦っている。

 アレクサンドロスの第一印象はただただ若いという一点だ。デザイアの嫁になるには貫禄というか経験というか、とにかく年齢が追いついていないように思える。


(若い女が好きということか?しかしこれほど生意気そうな女を選ぶか?まるでデザイアの性格に合っていない。……何かあるな)


 失礼が許されるほど気に入られる理由として挙げられるのはデザイアが気に入るほどに強い女であるか、または特異な能力を持っていたか、これがデザイアの趣味であるかのどれか。

 正直3つ目はあり得ない。

 デザイアの性格上、能力に比重を置いているに違いない。となればこの女のお守りを任せられるのが今回の任務であると考えるべきである。


「……デザイア様、このお方は?」

「うむ。私の娘だ」

「え?……はっ!?」


 驚きすぎていつもの自分ではいられなくなる。

 いつの間にこんな大きな娘がいたのか。デザイアの身辺調査は欠かさなかったはずなのに全く分からなかった。

 いや、隠し切れるはずもない。

 デザイアの周りに(つが)いの影があれば分からない方がどうかしている。

 その驚きようにデザイアもほくそ笑む。


「あ、し、失礼いたしました。取り乱してしまい申し訳ございません」

「いや良い。欲しかった反応だ。流石のお前も私の娘には気付くまいよ。つい最近生まれたばかりだからな」

「つ、つい最近でございますか?それにしてはもう成人を迎えられているように思えますが……それに奥様の影も見当たりません。もしや奥様は完璧な気配遮断の魔法を使用していらっしゃるとか?」

「ふふふっ……いやいや、そうではない。私は生命をこの手で創造したのだよ」


 アレクサンドロスは一瞬「何言ってんだこいつ」と思ったが、戦闘中に無から翼竜のような黒い何かを生み出していたことを思い出した。


「ま、まさかあの力でございますか?」


 デザイアはまた満足そうに頷く。とんとん拍子に話が続くのが気持ち良いのだ。


「……スロウ。自己紹介をしろ」

「は〜い。スロウ=オルベリウスで〜す。よろしくで〜す」

「これはどうもご丁寧に。私の名は……」


 スッと開いたジト目の奥、アレクサンドロスが更に驚愕になる部分が存在した。

 ゴクリと固唾を飲み、デザイアを見た。


「……デザイア様?これは一体どういう……」

「ふふっ……ふはははははははっ!!」


 その反応にデザイアは楽しそうに肩を揺らして笑った。

 心底楽しそうなデザイアに恐怖と苛立ちを同時に感じながらアレクサンドロスは今一度スロウを見る。

 オッドアイだ。サファイア色の瞳、かと思えば片方はルビーのように真っ赤なオッドアイ。瞳孔は朝のネコ目のように縦長だが、その目の色だけで女神を感じられた。

 そんなスロウは名乗ってくれないアレクサンドロスに首を傾げる。


「くくく……いや、すまない。笑わせてもらったよ。スロウ、こいつは私の腹心のアレクサンドロスだ。覚えておきなさい」

「は〜い」

「それからこれは私からのプレゼントだ」


 デザイアはスッとマフラーのような布状の何かを取り出した。その両側に間抜けな顔をした蛇のような頭が付いている。


「デザイア様。これが新しい僕たちの主人ですか?」


 急に喋り出したマフラーのような何かだったが、アレクサンドロスは驚かない。もう何が来ても驚くことはないだろう。


「そうだ。いや、元よりお前らは私が主人ではない。創造主は私だが主人は我が子スロウ=オルベリウスである。そう刻み込め」

「はい!分かりました!」

「な〜にこれ〜?」

「これは極戒双縄(きょっかいそうじょう)というものでな。今後お前の世話をする執事みたいな者たちだ。これを首に巻き、何でも申し付けるが良い」


 デザイアが差し出すように右手を掲げると極戒双縄は自らスロウの首に巻き付いた。

 最初は「うえっ」と息をし辛そうにしていたが、だんだん馴染んできたのか、はたまた面倒臭がる性格ゆえか極戒双縄に体を預けるようにだらんと力を抜いた。


「デザイア様の娘ってことは姫様ってことですね」

「おおっ!姫様に従える俺らは騎士みたいなものかっ!俄然やる気が出て来たっ!」


 双頭の蛇は好き勝手に話しながらスロウを見やる。スロウは左右から顔を覗く込んでくる頭を撫でながらニコリと笑った。


「うふふ〜っ何かペットみた〜い。プラス90(てぇ〜ん)。きょっかい……そうじょ?って名前は何か長くてイヤだから、みーちゃんとひーちゃんで決まり〜」

「俺たちはペットじゃないやいっ!」

「そうそう。僕らは姫様の騎士なんだからそういう言い方はしないで欲しいなっ」

「はいは〜いごめんごめ〜ん。みーちゃん、ひーちゃん」

「「も〜っ!!」」


 今度は子供扱いするスロウに怒りながらも決して手を出したりしない双頭の蛇にアレクサンドロスは目を見張る。


(戦場で生み出したあの翼竜には然程知性を感じなかった。だが何だこいつらは?三体全員が複雑な思考をしている。最初からこの世界に存在していたかのような違和感のない存在たち。これを全部創造したというのか?それではまるで……)


 女神以上に神そのものな偉業を成していることになる。


「要は済んだ。スロウは極戒双縄と退出しろ」

「あ〜やっと寝られる〜」


 スロウは極戒双縄に連れられるがままに部屋を退出した。

 退出してしばらく扉を眺めた後、アレクサンドロスはデザイアに向き直る。


「……デザイア様。これは一体どういうことでしょうか?あの目はまさしくミルレースのもの。それ以外に考えられません」

「その通りだアレクサンドロス。あれは女神と私の因子を混ぜて造った傑作だ」

「い、因子ですって?そんなもの……」


 アレクサンドロスの狼狽に合わせてデザイアはピンクの小さなクリスタルを手渡した。それは女神の欠片に似ていたが、中に収まっているはずの女神の力を感じられない。

 偽物かと考えたその瞬間思い至る。リュートが女神ミルレースに最後に吐かれたあの言葉。


『私の思念がっ!私の因子がっ!必ずや私の復活を目指して邁進することでしょうっ!』


 つまりは女神を封じ込めた欠片の中から女神の因子を何らかの方法で取り出したようだ。

 傷を付けた跡がないのでどうやったのかは全く分からなかった。


「……欠片から因子を抽出?そのようなことが……」

「出来る。そうして私と女神の娘と言える存在が出来上がったのだ。スロウは私の跡を継ぎ、未来の支配者となるのだ」


 恍惚といった声で話される未来への期待。だがそんな未来などアレクサンドロスは願い下げである。


(バカ言ってんじゃねえよクソが!やってることヤバすぎだろうがっ!!)


 心で毒吐く。

 しかし本人に聞かせるわけにもいかず、口を噤んで頭を下げる他に道はなかった。

 女神の因子は受け継がれる。

 デザイアという最悪の存在の手によって。

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