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123、尊き犠牲

 メフィストは後悔していた。満を持してミルレースに強力な一撃を放ったというのに、全くの無意味。いや、無意味だったことが知れたのは必要なことだったが、もっと前に知りたかった。

 こうして身を晒し、有益な攻撃が出来るのを知られてしまった以上ただでは済まない。さらに煽りまで入れてミルレースの敵意を買ってしまった。

 今出現している怪物たちすべてがメフィストに向くわけではないが、ミルレース本人と直接戦うことになるやもしれない。もし戦えば勝ち目はゼロ。死が待つのみ。


「うふふっ……覚悟は出来ていますか?なんでしたっけ……皇魔貴族?でしたよね?あなたはこう、一番上の階級って感じですね。もしかして王様とかでしょうか?」


 メフィストはただ黙ってミルレースを見る。一挙手一投足を見逃せば途端に致命の一撃を食らうかもしれないから。そのつまらない対応にはミルレースも唇を尖らせた。


「……当たらずも遠からず、といったところでしょうか?まぁいいです。どのみち死んでもらうので」

(来るかっ?!)


 ミルレースの言葉に緊張が走る。しかしミルレースが動き出す前にことは起こった。


 ──ズゥッ


 異様な音だった。排水溝に水が流れ落ちるような、何かを吸い込むような奇怪な音。

 それが鳴ったのは戦車(ザ・チャリオット)の方からだった。


「え?」


 ミルレースも驚いたその音は戦車(ザ・チャリオット)にまとわりつく黒い何かが発していると気付く。形は翼竜のように見えなくもないが、何とも言えない気持ち悪さを感じる。


 ズゥッ


 またしても聞こえたその音に正体を見た。翼竜の身体から黒い波動のようなものを発し、薄い膜の球体を作る。それが翼竜に吸い込まれると同時に戦車(ザ・チャリオット)の胴体の一部が消失した。

 まるでそこに局地的なブラックホールでも発生させたかのような光景。戦車(ザ・チャリオット)は欠損させられた箇所を補う術を持たないため、かなりバランスが悪くなっている。

 最初の音を合わせて2回やられたと思ったが戦車(ザ・チャリオット)の欠損部分は胴体の一部だけ。多分悪魔(ザ・デビル)皇帝(ザ・エンペラー)に対して使用し、あまり意味がなかったために攻撃対象を戦車(ザ・チャリオット)に切り替えたものと思われる。

 だからといって戦車(ザ・チャリオット)の装甲を抜ける攻撃が来るとは思いも寄らない。


「え?は?……い、いったい何なんですか?」


 メフィストに構っている暇がなくなったミルレースは、この場の戦闘を女帝(ザ・エンプレス)審判(ザ・ジャッジメント)に任せて離脱。翼竜の情報収集に走った。

 メフィストも内心助かったと胸を撫で下ろす。背後に部下が走ってくるのを感じて振り返る。


「メフィスト様っ!」

「お前たちっ!ここは任せたぞっ!何としてでも怪物どもを食い止めるのだっ!!」


 デザイアが動き出したのなら封印は最終段階に入ったと言って過言ではない。部下にアルカナとの戦いを任せ、メフィストはミルレースの後を追った。

 漆黒の翼竜を追うミルレース。数を数えながら翼竜の動きに目を凝らす。


「全部で7体ですか……気持ち悪い……ただの生き物じゃないことだけは分かりますね。このような生物を隠し持っていたとは魔族たちも侮れませんねぇ。しかしどこにどうやって?戦車(ザ・チャリオット)を倒せるような能力を持つ生き物を捕まえることなど……まして入れておける囲いなど存在するのでしょうか?」


 ミルレースは疑問を吐露する。自身の絶対的な力を考えた時、さっきまで戦っていた魔族たちとの隔絶した能力の差をどうしても無視出来ない。この世界最強種の魔物を洗脳の一種で操っているのか、はたまたまったく別物の何か特別な力によるものなのか。

 考えたところで答えが出るわけもないが、自分を万に一つも殺せる可能性があるものは潰しておくに限る。


「まぁ路傍の石に(つまづ)くなんてつまらないですからね。私のために絶滅していただかないと……──(ザ・ムーン)


 ミルレースは翼竜が意味深に旋回する中心に立ち、杖を空に向けてかざす。すると空に2つ目の月が出現する。

 近い。雲より下にクレーターのある惑星。その能力は引力である。

 (ザ・ムーン)が出現してすぐ、空で旋回していた翼竜たちが(ザ・ムーン)に引っ張られて制御を失い、惑星にビタンッと勢い良く叩きつけられた。

 翼竜たちは黒い波動を出そうと力を溜めたが、力の発動前に体が引き潰れ、影も形もなくなっていく。7頭いたデザイアが創りし翼竜はミルレースの(ザ・ムーン)の力で消滅させられた。


「耐久力は皆無ですか……しかし妙ですね。これほど簡単に死ぬならば戦車(ザ・チャリオット)に近づくことなど出来ないと思いますが……いや、回避能力に優れていたのかもしれません。簡単に倒せるのは良いことですし、ここは素直に喜んでおきましょう」


 ミルレースは満足げに頷きながら戦線に戻ろうと足を踏み出す。だがそうはさせじと風帝と生き残った竜王たちが攻撃を仕掛けた。


『オオオッ!我が名は風帝エンリル!!女神ミルレースよっ!貴様の犯した愚行の数々をその命を以って清算しろぉっ!!』


 ゴォッと突風が吹き荒れる。バレエダンサーのように引き締まった体の青年は見た目にそぐわない荒々しい声でミルレースを糾弾する。ミルレースは名乗られたことに不快感を示しエンリルを見た。それを見た竜王たちも続く。


「僕の名は水竜王ウルミリアだ!女神!!」

「はぁ?」

「私は火竜王ウルメイト!この世の最後に私の名を刻め!!」


 水色の鱗を持つ薄弱な印象を持たせる少年と赤黒い鱗を持つ豊満で活発な女性がそれぞれ名前を名乗る。


「え?ちょ、うるさ……急に何なんですか?あなた方の名前なんて覚える義理はありませんよ」


 ミルレースは風と火と水の魔法を魔術師(ザ・マジシャン)で弾きながら杖を振るう。


(ザ・ムーン)が出ているのにちょこまかと……引力に負けてとっとと潰れれば良いものを……仕方ありません。──吊るし人(ザ・ハングドマン)


 ──カッカッカッカッ……


 妙に甲高い音で歩く音。(ザ・ムーン)の表面を難なく歩いている顔に覆面を被せられ、後ろ手に縄を縛られた男性と思しき人影。一国の領主のように煌びやかなパーティー用に仕立てた紳士風のスーツを着込んでいる。

 右足首にいつの間にか縄が巻き付き、地表に向けて落ちる。ガツンッと何かに引っかかったように空中で静止し、破れた覆面から覗く赤い目がギラリと光った。

 次の瞬間、エンリルとウルミリアとウルメイトの両手両足と首に縄が巻き付き、引き千切らんばかりに体が引っ張られる。


「あぐっ!?」


 関節が外れたウルミリアが痛みに喘ぐ。


「あははっ!千切れませんか?なかなか頑丈ですねっ」


 ミルレースはニヤニヤ笑いながら魔術師(ザ・マジシャン)をけしかける。クリスタルから発射されるレーザーがウルメイトの足を切り離す。


「あああぁぁっ!!ああぁぁっ!!」


 想像を絶する痛みに叫ぶウルメイト。両足を切断されたウルメイトの首の縄がギュッと締まり、「あがっ!?」という声と共に途中で叫び声が途切れる。


「まったく……私に逆らうからこのようなことになるのですよ」

「う……嘘を付くな!僕らが何もしなくたってお前は……!」

「お前ですか?失礼な少年ですねぇ。しかし皇魔貴族よりはガッツのある方々で感心しましたよ」

『き、貴様などに感心されて誰が喜ぶ?』

「何故喜ばないのです?神である私に対し不敬ではありませんか?」


 ミルレースは首を傾げながら質問する。その顔には嘲りがあった。ウルメイトは痛みで目一杯涙を流しながらミルレースを睨み付けた。


「はぁー……はぁー……な、何とでも言うが良い。こうして……私の足を切り落としたところで……お前はここで終わりだ……そうだろう?メフィスト!」


 ミルレースはその名前にハッとして振り返る。気配を感じた背後の岩場にメフィストが立っていた。


「なるほどなるほど。私にあの攻撃を仕掛けようとしているのですね?しかし愚かな竜王のせいでその計画も御破算。頭が弱い生き物と手を組むとこのようなことになるのですね。勉強になります」

「……」


 メフィストは言われるがまま手を前にかざす。


「先の魔力砲ですか。芸のない」

「……お前が芸達者すぎるだけだ。女神」

「やっと喋りましたか。そのような返事になるということはやはり……もうこいつらは良いです。殺しなさい」


 ミルレースは吊るし人(ザ・ハングドマン)で吊るした3人を用済みと判断し、手を雑に振った。それに反応したクリスタルが光り出す。


「させるかっ!!」


 メフィストはミルレースの殺意に反応し、凄まじい魔力砲を放つ。ミルレースはそれを見越していたように光り輝いたクリスタルの魔法をメフィストの魔力砲に向けて放った。

 魔術師(ザ・マジシャン)の全クリスタルの魔法とメフィストの魔力砲は真正面から打ち合い、両者の力は拮抗する。


「な、何っ!?」


 思ってもみなかった状況にメフィストの目が見開かれる。打ち合ったことにも驚いたが、自分が最強と思う力がまさか拮抗するとは思いも寄らない。

 そうこうしていると縛られた3人は縄によって上空に引っ張られ、(ザ・ムーン)の月面に着地した。


『ごあっ!!は、早くしろ……早くしろぉっ!!』

「うああぁっ!!」


 メキュメキュッと体が引力に轢き潰されていく。ウルメイトは既に事切れているのか言葉を発することもなく月面に埋まっていく。

 ウルミリアもエンリルも完全に月面に埋まり、声も出せぬまま血液と思われる液体が勢いよく飛び出る。

 その血液も月面に染み込んで跡形もなくなった。


「あははっ!無駄無駄っ!私には勝てないのですよっ!!」


 ギギギギッ


 メフィストの魔力砲が徐々に圧される。このままではメフィストにも多大なダメージとなるだろう。その時、ミルレースの立つ地面から光が放たれる。ミルレースは急に光った大地に不思議そうな顔を見せる。


「ぐっ……!ようやくか!?遅すぎるぞアレクサンドロス!」

「はっ?突然何を……」


 ミルレースの疑問に答えるようにミルレースの背後から声が聞こえた。

 その声に反応し、肩越しに見たそこに立っていたのは羽をスカートの用に閉じた紳士風の魔族。アレクサンドロスの従者リュート=パスパヤードの姿だった。


「──結晶魔法──”籠の鳥(カルブンクルス)”」

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