116、戦いの幕開け
バリバリッと音を立てて空が割れる。それはまるでフィニアス家に伝わる特異能力”異空間への扉”に似ていた。そこから現れた3体の奇怪な存在はエデンズガーデンに存在しなかった凶悪な魔のもの。
「ふぉーっふぉっふぉっふぉっ!随分と綺麗な世界でおじゃるなぁ。何にも染められていないウブな身空。朕はこの世界を気に入ったでおじゃる!」
真っ先に口を開いたのは、肥満でデカイ二本の角を持つ牙の生えた蛙のような 見た目の水棲生物のような化生のもの。水棲生物の次に出て来たのは身体中が煮えたぎったマグマのように陽炎を立ち上らせるアルマジロとトカゲを合体させたような奇妙な怪物。
「お前の趣味はどうでもいい!俺様の凶悪無比な力で全てを蹂躙してくれるわ!邪魔すりゃお前らも殺すぜぇ?!」
「血の気が多いのは結構ですが、仲間割れは感心しませんねぇ。まずは三等分にするところから始めるべきと考えますがねぇ?」
奇妙な怪物の背後からも現れる化け物。足の無い人型の異形に蜘蛛の足取り付けたような見た目をしており、触手も生えている。 カマキリとカニを足した様な手をしており、全身昆虫のような甲殻で覆われ硬そうだ。 骸骨のような顔で、デカイ角が幾つか頭から生えている気色悪い化け物。
「朕は見ての通り海をもらえればそれで良いのでおじゃる。陸地はどうとでもするでおじゃっ!」
水棲生物は開いた空間の穴からそのまま海に飛び込んだ。まるで爆弾を投下されたかのような水しぶきを上げて放たれた化生のものは海を統べる。
「あのデブが海なら俺様が陸地で構わねぇだろ?」
「彼は水の中でこそ力を発揮するタイプ。それを考えた時、私とあなたで陸地を半分にするのが定石でしょうね。あなたはあの大陸の端から徐々に進軍することをおすすめします。私はこちら側から支配を拡大致しましょう」
「決めつけんなよなぁっ!!動きたくねぇからって勝手な野郎だっ!!」
「おやおや?その怒りようでは”憤怒”の席がお似合いでは?あなたは確か”傲慢”の席に座りたがっていたように覚えておりますが?」
「……お前あれか?自分が”怠惰”の席に座りてぇからっつーのでそんなこと言ってんのかよ?」
「そんなことはありませんよ。もともとの私の性格ですとも……」
「ケェーッ!のぼせてんなぁっ!お前なんかの指示に従うのは俺様の性格上許せねぇ。許せねぇが敢えてその指示に乗ってやるよ。何せ俺様は優しいからなぁっ!!」
奇妙な怪物は凄まじい脚力でエデンズガーデンに飛び込み、そのままの勢いで地平線へと消えて行った。
「何とも単純で流され易いのか……あのような方たちと同列に扱われる身にもなって欲しいものです。……まぁ良いでしょう。私も少しだけ動き出しましょうかねぇ」
気色悪い化け物は2体と比べてのろのろ動き出す。しばらくの間、ふよふよと浮いて風に流されるままに動く化け物の行く先はグルガンの領地シャングリラ。まだまだ距離はあるものの、このまま進めば化け物の最初のターゲットはシャングリラということになる。
当てのないターゲット探しに勤しむ化け物。
「……ん?」
化け物のすぐ下の森の上、一番高い木の上にバランスよく乗っている人型の獅子。見上げる姿は雄々しく猛々しい生まれながらの上位者の様相を呈していた。
「ほぅ?なかなか強そうな方が立ち塞がりましたねぇ」
「……貴公はいったい何者だ?見たことのない生き物ではあるが……何にせよこの世界に何をしに来たのか聞こうか?」
「驚かないのですねぇ。異次元の扉を開いて現れた生物に会うのは初めてではないのでしょうか?」
「同じような能力を知っているだけだ。我の質問に答えてもらおうか?」
「んふふっ……聞き出して見せてくださいよ。この世界の力を見るのにもちょうど良い機会。私を楽しませたならば、口が滑るやもしれませんよ?」
グルガンの目に光が灯る。魔力が漲り、ゴゴゴッと空気が揺れ始めた。化け物の体の周りには暗雲が立ち込め、雷がバチバチと走る。これから始まるであろう壮絶な戦いの予感を感じさせた。
*
「え?あ、なんです?見たこともない魔物?」
「……ああ。グルガンに恨みを持っているベルギルツかと思ったのだが、まったく違うらしい……」
レッドはロータスから新たな敵の襲来を聞いた。1体目は海に、2体目は大陸の端にそれぞれ陣取り、3体目はグルガンが相手をするらしい。
「っし!めちゃくちゃ退屈していたとこだぜ。俺がぶっ倒してやるよっ!」
「えぇ?どんな敵かも分かっていないのに?」
「あ?もとより見たことがねぇ魔物なんだろ?だったら関係ねぇ。正面からぶつかって知りゃあ良い」
「まったく……君を1人で行かせられないな。まだ見ぬ敵に立ち向かうなら少しでも情報を入れなければならないぞ。こんな調子じゃディロンを見張る必要がありそうだな……」
「余計なお世話だっつーの。あんま調子こいてっと先にオメーを食うぜ」
「と、共食いはダメですよ」
「あ?例えだ例え。マジで食うわきゃねぇだろ」
騒ぐディロンをなだめていたが、まったくの無駄。終いにはスロウが口を大きく開けてあくびをした。そんなスロウにオリーはチラリと視線を移した。
「退屈そうだな」
「え〜?うん、そうだよ〜。寝ちゃおうかなって思ってる〜」
「自由だな」
「自由は姫様の代名詞。僕らが居ないと何もしようとしないんだから」
「そ〜んなことないも〜ん。じゃその見たこともない魔物?倒しに行こうよ〜」
「え?姫様結局何もしないでしょ。連れて行く身にもなってよ、まったく」
「む〜……みーちゃんもひーちゃんもいじわるぅ~」
マフラーの言葉に頬を膨らませるスロウ。
「あ、じゃあ俺が抱えていきましょうか?」
「えっ!?いいの?」
「良いですよ。多分いけると思うんで」
「わぁ~……っ!実はお姫様抱っこに憧れてたんだ~!」
スロウは早速持ち上げてもらおうと両手を広げて準備万端だ。しかしレッドが近づく前にマフラーが威嚇しながら邪魔をする。
「姫様は僕たちが運ぶから手を出さないでいただきたい」
「そうだそうだっ!!汚い手で姫様に触るなっ!!」
「えぇ……」
「え~?」
先ほどの文句を忘れてしまったかのようにスロウの前に立ちはだかる。レッドからしてみれば良かれと思っての行動だったので『汚い』は余計であるが怒りよりもショックの方が大きかった。レッドは落ち込みつつすごすごと引き下がった。
『まったく何をやっとるのじゃ。あの獅子頭はすでに1体を担っておるのじゃろぅ?早いところ2体の撃破に向かった方が賢明だと思うがのぅ?』
「そのことなんだが、今回は手分けして戦った方が効率が良いと思っている。レッドとオリーとスロウで向かってくれ。俺はフローラとディロンとで戦う」
「え……」
「あ?勝手に決めんじゃねぇよ」
「あたいは良い采配だと思うよ。レッドがいるなら誰もが安心できるだろうし、ディロンが行くならあたいもついていくからこっちはこっちでそれなりの戦力になると思うよ」
ウルラドリスは胸を張ってフンッと鼻を鳴らす。自信たっぷりなのは地竜王としての威厳からで間違いない。
『効率ぅ?此れの力をもっと試したいだけじゃろう?』
「無いとは言わないさ。頼りにしているぞフローラ」
フローラも満更ではない顔をしてふよふよ浮いている。レッドは複雑な表情だ。手分けした方が良いとはいえ、チームが分かれるのは良い気分がしない。
「心配するなレッド。さっさと片付けてまた集まれば良いんだから」
「……そ、そうですね。お互いがんばりましょう!」
レッドたちはフィニアスの領土から二手に別れて残り2体を撃破しに旅立つ。
何を考え、何をきっかけに現れたのか。どうしてエデンズガーデンなのか。まったく不明なまま世界に仇なす凶悪な3魔将が放たれる。
レッドが人間でありながら皇魔貴族の仲間入りを果たし、男爵となったこの日、新たな戦いが幕を開けたのだった。




