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愛したまご

 いとし、たまご。


「愛しい、愛しい……」


 たまご。


 孵卵器の中で、暖かな光に照らされた、たまごが一つ。


 それをじっと見つめる。


 随分と昔に育てたきりだから、不安になってずっと様子を見てしまう。


 けれど、今は便利なものがあるものだ。


 昔使っていた孵卵器は温度と湿度の調整だけで、定期的にたまごを動かす作業は自分でやる必要があったが、最近のものはそれも自動でやってくれるらしい。


 それでも、きっと、絶対ではないだろうから。


「昔はうまくいかないことも多かったしねぇ……」


 育てられなかった昔のことを思い出して眉を寄せる。


 このたまごは失敗するわけにはいかないのだから。


「無事に育っておくれ」


 じっと見つめながらつぶやくように言葉を落とす。


 視線の先のたまごは、応えるように、少し震えたようだった。


 * * *


「店、開いてくれてよかったよ。薬切らしちまって、どうしようかと思ってたところだったんだ」


 常連の客が商品の置かれた棚の前で話す。


 鄙びた町の片隅にある昔からの薬屋にやってくる客は、昔馴染みの常連がほとんどだ。


 いつもの薬がコトリと机の上に置かれた。


「ん? それ、なんだ?」


 常に様子を見るためにと脇に置いていた孵卵器に目を留めた常連客が聞く。


「ああ、これかい。たまごを育てているのさ。久しぶりだから、こまめに見ておきたくてね」


「へえ、そうなのか。いやぁ、よかったよ。立ち直ったみたいで。お孫さんのことは残念だったがなぁ」


 そう言われ、言葉を発しないまま口元を歪ませて薄く笑みを形作る。


 少し気まずげにした客は、購入した商品を手に店を出て行った。


「娘のときは間に合わなかったけれど、今回は間に合ったからね」


 独り言のように、話しかける。


「復讐をしたいなら一緒にしようねぇ……やりたいことがあるなら、それもいい……」


 ふるりと孵卵器の中のたまごが動く。


 無事にまた生まれなおしてくれるのならば、それが一番だ。


 だって、あなたは、私の娘が残した愛しい子なのだから。


 そうでしょう? 私の――。


 愛した、まご。

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