2つの六文銭と数珠
湖に落とされたバリバリ日本人顔の赤ちゃん、マイケル。私は今やこの子のママのような存在。マイケルは、言葉も達者になって来て、あと少しで成仏するための『南無阿弥陀仏』を言えそう。
でも、この子は自分で湖から出る力がない。『おっき』が出来ないの。私も一応外に出る事は出来るけれど、この湖から一瞬でも離れれば、霊力を失って、ただの寂れた湖になってしまう。
それは、マイケルの死に等しい。
(ここまで育てたんだもの! そんなの絶対に嫌!)
私が強くマイケルを抱きしめると、マイケルは苦しかったのか泣き出してしまった。「ぅわあああんっ!」と湖に響く泣き声は、森の木々を揺らした。カラスが怒る様に「ガァ!」と水面を滑るように飛んでいく。あらあら、私の子がごめんなさいね。
――――ボチョン
湖に波紋が起こった。私は落とされたものを確認する。形状は丸く、その色は炎のように赤い。これは、
「またリンゴだわ」
「リンゴ!」
3度目の奇跡などあるかと思った。けれど、まるでこの子が引き寄せるかのように、リンゴが落ちてくる。もしかして、今回もあの子グマが?
(いやいやいや。そんな偶然あるわけ……)
あるかも?
私はお礼も込めて、湖に幻影を浮かべた。やはりこの前の子グマが居る。私は、マイケルと一緒にお礼を言うことにした。
「ありがとう子グマさん。あなたが落とした美味しいリンゴのおかげで、マイケルはこんなに大きくなりました。これで3個めですね。本当に感謝しています」
「こぅましゃん。あんとーね!」
私たちの言葉を聴いて、子グマは一礼するような動作をする。私が何かお返しを考えていたら、その場を去っていっちゃった。まぁ。クマだもの。喋られないのは仕方ないわね。でもこのリンゴはありがたく頂きましょう!
私は幻影を解除して、湖の底でマイケルが食べるためにリンゴを加工していた。今度は輪切りに。少しだけ厚めのものを。今のマイケルなら噛めるでしょう!
私はマイケルにリンゴを手渡した。
「ほぉ~ら、マイケル。あなたの大好きなリンゴよ~!」
「やーやっ!」
「え、食べないの?」
「ママシャンとたべりゅ!」
「?」
ママシャン。たべりゅ。
(うーん。なんて言ってるのかしら)
私が考え込んでいると、マイケルは片手に持っていたリンゴを私に差し出した。え、え? もしかして「ママと一緒に食べる!」ってこと? やだ、マイケル。ママ思いの良い子に育って……!
(こんなのずるい! 感動する!)
私はマイケルからのお誘いリンゴを一口齧った。甘くて瑞々しい。リンゴだけど味は、何だかモモやブドウみたいな感じね。不思議。考えているうちにマイケルってばもうリンゴを完食していた。
(速っ!)
食べた後しばらく眠る。子どもの特権ね。マイケルは、また成長していた。見た目はもう2歳児を超えて3歳児くらいかな? 私は、麻の赤ちゃん服の大きさを調整した。
「……うーん、ママ。どこ?」
起きたみたい。さぁ、今日も元気に言葉のレッスン開始よ。
「いつもの行くよ!」
「はいっ!」
私は、ハキハキと話せているマイケルにビックリしちゃった。こんなに成長するなんて。まるで伝説の仙桃でも食べたみたいね。この子、桃太郎にでもなっちゃうのかしら。いや、リンゴを食べてるからリンゴ太郎?
(何かマヌケ……)
私がくすくす笑っていたら、マイケルが、
「ママ。なむあみだぶちゅ。いわないの?」
そう言ってきた。驚くのも束の間。次の瞬間マイケルは、両手足を4つんばいにして、両足で立つことが出来た!
(うわぁああああ! おっきした! おっきしたぁああああ!)
私は感動で声が出なかった。代わりに大粒の涙が出てくる。よちよち歩いて来るマイケルを私はギュッと抱きしめた。あたたかい……とってもあたたか……、
(ん?)
こやつ。もう既にしおったな。
どうせまたうんうんの代わりに虹色の卵でしょう。解ってるんだから。私は、こちょこちょ攻撃でマイケルをゆっくりと倒して、麻の赤ちゃん服をサッとめくった。マイケルがお尻から出したものは、
「き、金の卵!」
これはかなりレアなアイテムではないの? 育児してた私へのご褒美とか。えへへ、そんなことはないか。まぁ、卵が割れるのを待ちましょう。
私はマイケルとしばらく、しりとりで遊んでいた。この子。成長スピードが速い。もう、「リンゴ」や「バナナ」、「たいよう」などの言葉を話せるようになっている。見たことないでしょ、バナナ。
――――ぴきぴき……。
金の卵にひびが入った。今度は慎重に顔を離して、様子を見る。「ぱっかーん!」と出てきたのは、2セットの六文銭と数珠だった。
(え?)
私は一瞬だけ、マイケルの意思を汲み取った気がする。
――――〈一緒に成仏しよう〉――――
そんな言葉が頭をよぎった。マイケルが、こちらをキラキラした目で見ている。ダメだ。今日は日記を書く気力がない。いや、書けなくなった。だって、成仏……こんな私が。入水自殺の象徴であった私が、こんな純粋な子と一緒に成仏するなんて。
「ママ? かお。えがお。だいじ!」
「あ、え。えぇ……にっこり!」
「ママへんなのぉ」
六文銭と数珠が光輝いている。マイケルは、『おっき』も出来て、『なむあみだぶちゅ』も言えた。私はそろそろ決断しなければいけない。全身の毛が、冷たい空気を吸うような感覚に襲われた。未だもう少し。明日まで待って。お願い、ね。マイケル……。