お人形あそび楽しいね!
湖に落とされたバリバリ日本人顔の赤ちゃん、マイケル。この子がやって来て、私こと湖の女神は毎日が楽しい。昨日はクレヨンで遊んで、オマケに「ママ、すき」って言われちゃった! やだ、照れる!
マイケルはお絵描きが大好きで、あっという間にB5ノート一冊を使いきっちゃった。
(うーん、他に何か良い遊び道具はないかな?)
私は思いだした。
解れたクマのぬいぐるみがあったことを。これでお人形あそび出来ないかな? マイケルが湖に落とされた日を思い出してみると、この子にはパパが居なかったように思う。だから、このクマのぬいぐるみで『おままごと』が出来たら良いな。なんて。
私はマイケルのことを見守りながら、解れたクマのぬいぐるみを手繰り寄せる。紺色のチェック柄で、片目が飛び出している。それに苔も生えていた。私はそれを修復してアレンジしようと考えた。
私が、
「えい!」
と唱えると、解れたクマのぬいぐるみは、紳士服を着たシルクハットのクマのぬいぐるみになった。こういう術は得意なの。一連の流れを見ていたマイケルは、私からクマのぬいぐるみをもぎ取って、
「ぉうましゃん!」
と言った。お馬さん? うーん。どっかで聞いたような……あっそうだ、リンゴをくれた子グマを見てマイケルがそう言っていたわね。ちゃんと覚えているなんて、えらいわ!
私は、慣れない腹話術で、紳士を演じてみた。
「やぁ、ヤイケル」
「……ママ?」
「違うよ。君の手に持っている、クマさんさ」
「んんー?」
人形と私とを交互に見て、マイケルが混乱している。
(さぁ。その人形をどうする?)
マイケルは、クマの人形の口元をパンチして、「おーおー」と言っていた。え、え。何してるんだろう。怒っちゃったのかな?
「マイケル、お人形さんを殴っちゃダメよ」
「んー、やー!」
人形叩きを止めないマイケルに少しイラっとして、「こら!」と怒鳴ってしまった。あちゃー。マイケルの目がウルウルしてる。
私が、謝罪をしようとしたら、
「ママ、きらい!」
と言って泣き出してしまった。
ママ、きらい……きらい……なんて悲しい響きなの。マイケルはこの世の終わりかの様に鳴き叫んでいる。ついつい、そんな姿を見ていたら、私まで泣き出したくなちゃた。
「ごめんねぇ、マイケル……」
いつもと違う声色の私を察したのか、マイケルは私に近づいて抱っこをせがんできた。目が合う。そして少し真剣な面持ちで、
「ママちがうよ。ぉうましゃんがキライ」
そう言った。とばっちりの子グマ。この子なりに気を遣ったのね。もうこんな配慮が出来るようになったなんて。あとは、成仏のための『南無阿弥陀仏』と、『たっち』が出来るようになることくらいね。
「またリンゴ落ちてこないかしら」
「リンゴ!」
「そう、よく言えたね!」
言語能力も発達してきている。じゃあ、今日も言葉を教えましょうか。
「マイケル、いつもの……」
「えっすん!」
「そうレッスン。いくよ、南無阿弥陀仏」
「なみゅあみつ」
「うーん! 惜しい。もう一回。南無阿弥陀仏」
「なみゃんじゃぶちゅ!」
「あと少しなのにね……!」
私は紳士なクマのぬいぐるみをマイケルに向けて低めの声で言った。
「今日から君のパパだぞ!」
「パパ」
「明日は一緒に『たっち』の練習しような」
「あいー!」
理解しているようで、していないような。でも、自分で立つことが出来たら、マイケルの成仏は確約されたようなもの。あと少しの成長が必要なんだけどな……。
(あの不思議な子グマ。また来て欲しいな)
なんてね。
二度あることは三度あるとは言うけれど、そうそううまく行くわけない。『仏さまが空から見守っている』って、そんな御伽噺の様な話。あるわけないものね。
さ。マイケルが人形あそびをしている間に、今日も育児日記を付けましょうか!
◇今日の育児日記◇◇
今日はマイケルにクマのぬいぐるみをプレゼントしました。状態が良くなかったので、私の術で、紳士なクマさんにしましたよ! それからそれから。面白いことが有りました。
人形を使って腹話術をしたら、マイケルが混乱しちゃって。クマのぬいぐるみを叩くものだからつい怒鳴ってしまったのです。
そうしたら、「ママ、きらい」と言われてしまいました。私が悲しそうに泣いていたらマイケルは「ママのことじゃなくて、子グマさんがキライなんだよ!」というような言葉を発しました。
いやいや、子グマさん。関係ないでしょ!
つい笑ってしまいました。あと、『南無阿弥陀仏』は、もう少しで言えそうです。明日もレッスンさせようと思います。頑張ろうね、マイケル!
◇◇
ふふ、子どもって空気が読めるのね。
最初は「ばぶばぶ」しか言えなかったのに、こんなにもいろんな言葉が話せて、凄いなぁ。きっと捨てた親は後悔しているはず。でも、今更来たって返さないし、もう人間界に返せもしないからね。
この子は、私が立派に『南無阿弥陀仏』を言えるように育てて、極楽浄土へと逝かせてあげるの。それが拾った者の責任。私の今ある役目よ。
もう少しだけ付き合ってね。マイケル!