お絵描き楽しいね~♪
湖に落とされたバリバリ日本人顔の赤ちゃん、マイケル。私はこの子を育てている湖の女神。昨日は投石事件で酷い目に遭ったマイケル。ぎゃんぎゃん泣いて、朝方落ち着いたところ。
(はぁ~大変だった~)
私は、マイケルが産んだ虹色の卵から出てきた12色のクレヨンの箱を手に取った。赤ちゃんが卵を産むなんて変なの。でも、湖に落ちて人ならざる者になったから、何かしらの力を持っているのだと思う。
マイケルは、私が手に持ったクレヨンを、「ぇおん、ちょーらい」と言って、両手を広げている。なんだかもう少しで立てそうな勢いだった。
私は、
(そうだ、これを囮にして、マイケルを『たっち』させられないかしら?)
そう考えて、クレヨンを泳がすようにマイケルを右に左に誘導した。マイケルはしっかりハイハイで追いついて来る。速い。負けじと、あらゆる方向にクレヨンの箱を移動させてみた。
もどかしく思ったのか、マイケルは、私の膝にゴロンと寝転がって、「ママ。めっ!」と言った。
(すみません。私の負けです)
可愛すぎるでしょ! こんなの反則だわ!
私はB5ノートと12色のクレヨンの箱を、マイケルに渡した。使い方が分からないのか、しばらく振り回して遊んでいる、けれど、私が蓋を開けてあげたら、マイケルの瞳のハイライトがさらに大きくなった。
「こうして遊ぶのよ~」
私が手本に水色を塗る。『これは、色を塗って遊ぶ道具だよ』と教えるために。呑み込みの速いマイケルは、私の顔をジィッと見ながら、「きゃっきゃ」と笑って、早速何かを描き始めた。
ゴリゴリと紙とクレヨンがこすれる音がする。何だかその音さえも心地良い。絵を描いている途中、マイケルは、「ママ~マママ~はーママの~」と独自の歌を口ずさんでいた。
(あぁもう、可愛いなぁ!)
抱きしめてあげたい。けれど、今マイケル画伯はお絵描き中。邪魔をしてはいけないわね。静かに見守っておこう……。
「――――ママ! でぇたっ!」
マイケルが、描いた絵を私に見せてきた。どれどれ……画伯の絵をたっぷり拝ませてもらいましょう!
あぁ! 流石画伯!
絵にかける熱量が違うわ! 私が水色を塗ったからかな。それとも湖の底に居るからかな。水色を沢山使ってる。小さな丸い点々も芸術的! 緑色の楕円は藻の表現かしら!
私は、ゆっくり寛いでいるマイケルを抱いて、べた褒めした。
「沢山塗れてえらいねぇ! よ、画伯!」
「ママかぃあよ!」
「あら。そうなの?」
「うー!」
これまた可愛いことを言ってくれるじゃないの。モデルは私かぁ。この死者の象徴だった白帷子と編笠の姿。思い返せば、私には沢山の生活苦があったなぁ。
なんて、思い返せばキリがないけれどね。
今はマイケルが居る。幸せ。それで良いのよ。その後もマイケルは沢山の絵を描いていた。クレヨンはどんなに描いても無くならないどころか、折れもしない。なんて不思議なアイテムなの!
はぁ~。
(今日は宝物が出来ちゃった!)
私が浮かれていると、マイケルが、
「ママ」
と私を見つめていた。その目つきは若干、『男の子』って感じに見える。成長したってことね。私は、マイケルと向かい合って話した。
「なぁに、マイケル」
「ママ。すき!」
「!」
な、なんですって!
「今なんて言ったの、マイケル?」
私はにやけ顔を抑えながら、聞き返した。
「ママ、すき!」
ふふ。ふふふ。ママ、好き……ママ、好き……。
(――――はっ、いけない。意識が飛びそうだった!)
私はマイケルの頬っぺたをくりくりとこね回して、
「ありがとうねぇ~うれしいよ~!」
と心の底から笑った。こんな経験初めて。なんだか胸の奥が熱い。幸せ過ぎて苦しい。今までの不幸は、今この瞬間吹き飛んでしまった。あぁ、マイケル。落ちて来てくれてありがとう……じゃなくて。
私はこの子を自分で成仏させるために育ててるんだった。
(今日もあの言葉を教えさせないと)
私はマイケルを抱いたまま、口を動かした。
「さぁマイケル。言葉のレッスンしましょうね」
「ぇっすんいましょっ!」
「うん、いくよ……南無阿弥陀仏」
「なみゅあぶつ」
「凄く惜しい! もう一回。南無阿弥陀仏」
「なむぁみあぁつ」
「うん! とっても上手!」
でも、何だかこれ以上教えたくない気持ちがある。いけないことだと分かっているけれど……この子が居なくなったら、私はまた独りぼっちになっちゃうのね。
「ママ?」
「ううん。何でもないわ、今日は寝ましょう」
湖の外でカラスが鳴いている。もうこんな時間。さぁ、今日も育児日記をつけるわよっ!
◇◇今日の育児日記◇◇
今日はマイケル画伯が沢山お絵かきをしました。記念にお気に入りの一作をノートに挟んでおこうと思います。
『マイケル画伯の名画!』
沢山塗ってえらいね。マイケル! 汚れた赤ちゃん服は寝ている間にちゃんと綺麗にしておいたから大丈夫よ。
それから、『南無阿弥陀仏』も、本当にあと少しで言えそう。頑張って、マイケル!
◇◇
は~ぁ。幸せ。
こんなに幸せで良いのかなってくらいに、毎日が楽しいな。こんな日がずっとずっと、続けば良いのに。ううん、『たっち』が出来たら、本格的に『南無阿弥陀仏』を教えさせて、成仏させなきゃ行けないね。
それまで一緒に居てね。マイケル!
挿絵は『秋の桜子』さんが描いてくれました!