ま、『ママ』だなんて、にやけちゃうね!
湖に落とされたバリバリ日本人顔の赤ちゃん、マイケル。昨日は寝返りも打てて、寝つきも良かった。おかげで私もぐっすり眠れたわ。まだハイハイは出来ない。けれど、こうやって向かい合って寝転がる事は出来る。湖の底は広いからね。
「まぁま!」
「ふふふ、そうよ。ママ」
私は湖の女神。でも今は、マイケルのママ。なんだかとっても幸せ。
(――――は! いけない、いけない!)
このまま呑気に過ごしていたら、この子が成仏できない。早く『南無阿弥陀仏』を教えてあげないと。でもそのためには、近くのお地蔵さまの所まで自分の力で歩く必要がある。
(うーん、もう少し成長してくれたらなぁ……)
言葉も達者になってきている。身体も大きくなってきた。でも、まだ手足の筋肉の成長が足りないのか、ハイハイが出来ずに、モゾモゾ這って動いている。
私がその光景を面白がって、
「マイケル……まだ自分では動けないねぇ」
と言うと、マイケルが少し機嫌を悪くしたように「ぶぅ!」と唸った。赤ちゃんって、言葉の意味わかるのかな? それとも、声の感じで自分がバカにされてると思っちゃったのかな?
(そういうとこも、可愛いな)
――――ボトン!
湖に波紋が広がる。私は、波の大きさや形から、落ちてきたモノを推測する。それは、
「また、リンゴ?」
「ぃんご!」
私が言うと、マイケルは「まんま!」と高い声で嬉しそうに笑った。一度食べた物の名前は憶えるらしい。正確には言えてないけれど、大切なことよね。
またこのリンゴは真っ赤で美味しそう。私は落とし主を確認するために、湖に幻影を浮かべた。見えたのは、この前の子グマだった。
私は、2日前のリンゴの感謝を述べるために、子グマと話をすることにした。
「子グマさん。この前はリンゴをありがとう。おかげでマイケルは大きくなりました。ほら、この子がそうですよ」
「ばぶぁ!」
子グマは、ジッとマイケルの方を見ると後ろ頭を掻いて、地べたに座った。私の話を聞こうとしてくれているのかしら。
「また、この真っ赤なリンゴを頂いても良いですか?」
「……くぅん」
子グマは、まるで犬の泣き声のように小さく鳴いた。その姿を見ていたマイケルが両手を元気に振りつつ、
「こぅましゃん、ぁとぉー!」
と言った。私はその姿が愛おしくてたまらなかった。きっと、「小グマさん、ありがとう!」って言ったのね。子グマに伝わっていると良いなぁ。
子グマは、地面から立って後ろを振り向いたあと、たったと走って行った。近くにクマの巣があるのかしら? またしても、リンゴをもらって上機嫌のマイケル。
「さ。早く食べましょうねー」
「ぃんご!」
私は再び湖の底で、リンゴを加工した。今度は小さな角切りリンゴに。蜜が濃い目だった。私もつまみぐいしよっと♪
「あーまぁま! めっ!」
「ふふ。ごめんなさい。あとは全部マイケルのよ」
あーあ、怒られちゃった。角切りリンゴをあげていく。マイケルは気持ちがいいくらい食べっぷりが良い。あっという間にリンゴ1個を平らげてしまった。
マイケルの大きなゲップは、湖の水面に大きな浮き上がる輪を作った。凄い音。
(元気な証拠ね!)
でもやっぱり、食べたら出るらしい。
「う~~~~」
今度も虹色の卵なのかしら。それともうんうん?
湖に落ちたら普通の人間ではなくなる。とはいっても、赤ちゃんが卵を産むなんて……。
「ぼわぁっ!」
力み方が強い。でも何か出たみたい。私が作った麻の赤ちゃん服を脱がして確認してみる。うん、やっぱり虹色卵だ!
(今度は何が入ってるんだろう?)
私はまた少し大きくなったマイケルに、麻の赤ちゃん服を調整して着せた。
(うーん、ぴったり!)
マイケルと一緒に虹色卵が割れるのを待つ。次第にピキピキとひび割れてくる虹色卵。私が顔を近づけると、四角いナニカが急に飛び出して顔面に当たった。
(痛い!)
私はその正体を目で追う。それは、
「クレヨン?」
「ぇおん!」
12色のクレヨンの箱だった。そっか、ここは遊び道具が少ないものね。ラムネ瓶のガラガラは卒業か。お疲れさまでした、ラムネ瓶のガラガラ。
「紙はこのB5ノートでも良い?」
私が訊くと、マイケルは「あぃママ!」と返事をした。え、ちょっと。一気に言語能力が上がってる! というか今、ママって……ママって!
(ママって言われたー!)
じんわり涙が出てきた。マイケルや。どんどん成長していくなぁ。あぁ可愛い。いや、愛おしい! ラビュだ!
「これからもママがんばぅよ~!」
「ぃっかりね!」
あら、注意されちゃった。マイケルの前では言語能力が下がっちゃう。ま。仕方のないこと。今日は割と早く過ぎちゃった感じがする。気が付けばもう夜。そろそろマイケルを寝かさなきゃ。
さてと、育児日記。書くぞー!
◇◇今日の育児日記◇◇
今日は、リンゴの子グマさんがまた、蜜の多い美味しいリンゴを落としてくれました。近くにクマの巣があるのでしょうか。リンゴを食べて、またマイケルが大きくなりました。
そしてそして!
「ママ」
マイケルは間違いなく私にそう言いました。やった! 嬉しい! 愛おしい! そのせいで、『南無阿弥陀仏』を教えさせるのを忘れてしまいました。きっとあの様子では、もうすぐ言えるはずです。
それから、マイケルがまた虹色の卵を産みました。中からはクレヨンの箱が出てきてビックリです。お絵描きがしたかったのかな? 12色のクレヨンでB5ノートに何を描くのかが楽しみです。
すくすく育ってきたね。マイケル。明日、あなたの描いた絵を観るのを楽しみにしています!
◇◇
はぁ~。
ママかぁ。私、ママになっちゃったよー。ふふ、にやけが止まらない。マイケルは明日どんな絵を描くのかなぁ。楽しみだな~。ふふふ。