こてん、と寝返りえらいね!
「まぁまああああーっ!」
「あぁあぁ、よしよし、大丈夫よー」
湖に落とされたバリバリ日本人顔の赤ちゃん、マイケル。今日も夜泣きが凄い。2日続けてのこれは正直こたえる。身体もちょっと大きくなってきたし。あやす両腕がパンパン! なんだか、マイケルを捨てた本物のお母さんの気持ちが少しわかった気がした。
(でも、私はマイケルが自分で成仏するまで面倒見るからね!)
私自身で決めたこと。命は決してオモチャじゃない。可愛い部分だけを見て、辛い部分を見ないフリなんて、できないものね。湖の女神、頑張る!
「ほぉら、赤いおしゃぶり」
「……おゃぶり?」
「うん、マイケルが自分で産んだのよ」
端から見れば「どういうことだ」って言われそうだけれど、マイケルはうんうんの代わりに『虹色の卵』を産む。これに関しては全くの謎。湖に落ちたら人ならざる者になるとはいえ……よくわからない。
虹色の卵の中には、お助け道具が入っていた。それが赤いおしゃぶり。私が、マイケルの口元に赤いおしゃぶりを持っていくと、マイケルが、
「んー!」
と言って、赤いおしゃぶりを私から奪うように自分の両手で口に入れた。ちゅぱちゅぱと、小気味のいいリズムが聴こえる。落ち着いたようね。良かったわ。
「さて。今日も言葉のレッスンをしましょうか……ん?」
私は、マイケルを包むおくるみが小さくなっていることに気づいた。これでは、窮屈でストレスもたまるだろうな……そうだ、麻の布が湖の中にあったはず。それを服にしちゃおう!
「えーと、あ。これね! うん、ちょうどいい大きさ!」
麻の布発見!
私はマイケルを湖の底に置いて、麻の布を上から掛けて、唱える。
「えい!」
麻の布は、マイケルの身体を包み、青い赤ちゃん服になった。麻だから、少々ゴワゴワしている。でも、サイズはピッタリ! 可愛い!
「新しい服はいかがですか? マイケル」
「きゃっきゃっきゃ!」
赤いおしゃぶりに青い麻の赤ちゃん服。そしてふっくらした顔にムチムチのお手手。あぁ、なんだか『育ててる』って感じがする。お母さんになるって、大変だけれど、とってもやりがいのある役職ね。
ひっくりかえったカメのようになっているマイケルを起こそうとした時。マイケルは足をや手をジタバタさせてゴロンゴロンしていた。なにやら「うーうー」と唸っている。
(は! これってもしかして……!)
寝返り?
やだ、滅茶苦茶手伝いたい!
マイケルの目が湖の底の地面を見る。けれどまたパタンと水面の方に向く。ぶくぶくと泡立つ波。惜しい! いつもならギャンギャン泣くマイケルが真剣な顔になって、何度も何度も寝返りを挑戦している。そんな姿を見て、私は感涙していた。
「がんばれ……! がんばれマイケル!」
「ぅあー!」
マイケルの腕が、湖の底をぐっぐと押している。
「あとちょっと、がんばれー!」
こてん。失敗。
(あぁああああっ惜しい!)
それでもマイケルは諦めない。強い子ね!
再びマイケルの腕が湖の底を力強く押した。その時、
――――ころん!
マイケルの身体は、ひっくりかえったカメではなくなった。両手両足が湖の底に付いた状態。寝返りが成功した瞬間を見ちゃった!
「わぁああああっ! やったねマイケル!」
「ふぅっ?」
私は興奮気味に頭を撫でまわした。マイケルは「何かあったのですか」というようなすまし顔をしていた。そういう所も可愛い! でもハイハイをするには、まだ足の発達が必要かも。うーん。またリンゴとか、森の実りがあれば良いんだけどな。
(そうそうクマが落としてくれるってことはないか)
昨日の子グマがくれたリンゴのおかげで、ここまで大きくなったものね。それじゃあ、今日も言葉を教えますか。おしゃぶりを外してっ、と。
「マイケル。言葉のレッスン。いくわよ!」
「ぇっすん!」
「そう、レッスン。いくよ! 南無阿弥陀仏」
「むあむあみちゅ」
「滅茶苦茶惜しい! もう一回。南無阿弥陀仏」
「……まぁま、まぁま!」
「あれ、マイケル? 違うでしょ。南無阿弥陀……」
「うー、まぁまー!」
マイケルがジッとこっちを見ながら、泣き出し始めた。ちょっと甘い泣き声。もしかして、これは「そんなことよりもママ、抱いて」ってこと?
(か、可愛すぎる!)
私は赤いおしゃぶりをマイケルの口に入れて、優しく抱っこした。麻の赤ちゃん服はゴワゴワしているけれど、マイケルの頬は桃みたいですべすべしている。とっても心地いい。ずっとこうしていたい……。
「今日はレッスンお仕舞にしようか」
「んー♪」
マイケルの機嫌も良いみたいだし、今日はこうやってまったり過ごしていよう。ちょっと早いけれど、育児日記をつけようかしらね。
◇◇今日の育児日記◇◇
今日は、大きくなったマイケルのために、麻の赤ちゃん服をプレゼントしました。気に入ってくれたようです。それから、なんとなんと! マイケルが寝返りに成功しました! 何度も何度も挑戦する姿は勇ましかったです。
肝心の『南無阿弥陀仏』
もう少しで言えそうなのですが、マイケルが私とのスキンシップを優先して来るので、なかなかうまく行きません。
でも、なんだか愛着がわいてきました。いけませんね。これではマイケルが成仏できませんから。私はこの子を立派に成仏させるという目標を立てました。
これは、大切なことです。決して私のものにしてはいけない。そこは弁えて、育てます。それまで仲良くしてね、マイケル!
◇◇
……なんだかな。書いていてちょっと寂しくなっちゃった。マイケルはいつか湖から居なくなっちゃう。仕方のないこと。でも、だからこそ出来ることが有ると信じて。
ハイハイ出来るかな? もう少し大きくなれたら、言葉のレッスンと一緒にそっちも練習しようね。マイケル!