光に導かれて・・・
湖に落とされたバリバリ日本人顔の赤ちゃん、マイケル。私は何を勘違いしたのか、この子とずっと一緒に居られると錯覚していた。でも、もう決断の時が来ている。
マイケルはお人形あそびやお絵描きが大好きで、それらに夢中。一方私は、無気力になっていた。まさか、マイケルが産んだ不思議な卵から、数珠と六文銭が出てくるなんて。
(マイケルは良いの。でも、私は……)
本来。入水自殺の象徴だった。言ってしまえば幽霊だ。こんな私に極楽浄土への道が渡されて良いはずが無い。それに、マイケルは捨てられた子。それで私が幸せになっていたことを考えれば、これほど酷いことがないとも気づいた。
(情を持って育てるのは間違ってたのかな……)
私が俯いていると、ふにふにしたものが私の顔に当たる。マイケルの手だ。
「ママ? なかない。なかない」
「泣いてなんか無いわよ。ほら! ね?」
私は無理矢理に笑顔を作って見せた。でも、そのぎこちなさはマイケルに見抜かれちゃったみたい。マイケル、ちょっと不機嫌そう。
「ママ」
マイケルが私の白帷子を掴んで、引っ張ってくる。私が、「どうしたの?」って訊いたら、マイケルは、
「なむあみだぶちゅ。いこう」
そう言った。
「嫌」
私はごねた。
湖の底をかき上げるように、叩いた。
嫌だって言っているのに、マイケルは、
「ママ。ダメでしょ」
そう言って、白帷子の裾を引っ張ってくる。その力の入り具合から、マイケルが本当に『一緒に成仏したい』と思っていることが汲み取れた。だから、余計に悲しくなる。
「極楽浄土に逝っちゃったら、全部忘れるもん……」
「わちゅれない」
「忘れるもん!」
「わちゅれない!」
ははは、親子喧嘩みたい。立場は逆っぽいけど。これじゃあ私の方が『イヤイヤ期の子ども』みたいじゃない。よし、私も覚悟を決めないと!
私はあふれ出る涙を拭いて、マイケルの手を取った。
「大きくなったね。マイケル」
「うん。ママ、だいすき!」
「ふふふ」
それぞれ、光り輝く六文銭と数珠を身につけて、私たちは、湖の外に出た。不思議と、輝くこれらのアイテムのおかげで、私の霊力は保たれているみたい。
近くにお地蔵様が在る。あらあら、だいぶ苔の生えたお地蔵様ね。そのちょっと奥にはリンゴをくれた子グマが居た。マイケルが、「ありがとうね!」と片手を振って言うと、子グマはそのまま走り去っていった。
(もしかして、マイケルが呼び寄せていたの?)
そんな疑問はどうでも良かった。目の前にお地蔵さまが在る。いよいよ決断の時がきた。いや、もう引き返せない。私は数珠の持ち方をマイケルに教えて、一緒に正座して唱えた。同時に目を閉じる。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
「なむあみだぶちゅ、なむあみだぶちゅ……」
瞼を開けた。
そこには暗闇だけが在った。
でも、何かあたたかい感触がある。それに手を握られている感覚。これは……、
「マイケル?」
「ママ!」
言った瞬間、数珠が黄金色に輝いた。それは暗闇に絹のようなひびを作る。ぼんやりとマイケルの顔が見えて安心した。輝きは増して、蓮の花が咲くように、見たことの無い世界が広がった。
そこは、雲の上のようにふかふかだ。天女のような者が宙を舞い、いろんな人たちの笑い声がする。何やら楽しい宴をしているみたいな声。
(ここが、極楽浄土?)
ちょんちょんと、後ろから声を掛けられた。
何やら覇気のない顔をした、会社員のような男。私は警戒して、マイケルを後ろの方へ隠した。
「いやぁ酷いなぁ。ウメさん。私は閻魔ですよぉ。そんなに警戒せんでくださいな」
「……閻魔?」
「おじしゃん!」
自分のことを『閻魔』と名乗る男。本当に? 角もないのに閻魔だなんてねぇ。でも、生前の私の名前を知っているなんて、普通じゃない奴なのはわかった。
(……でも、何だか信じられないわ。はっ、六文銭を盗もうとしてるんじゃ……!)
私の考えが読めるのか、自称閻魔は「とんでもない!」と言って、巻物みたいなものを取り出した。私が訊くと、自称閻魔は、
「これからのあなた方の選択を訊きたいと思いまして」
そう言って、巻物を広げた。
「極楽浄土で永遠に暮らす・生まれ変わりに賭ける・無になる。どのプランをお選びで?」
「いや。選べるんですか?」
「はいー、多様化の時代ですので。こちらも合わせねばならないと思いまして……前の閻魔がパワハラでしてね。あ。一応、『南無妙法蓮華経』ダイアルにも繋がっております故。ご安心くださいね」
「宗教ってそんな軽くて良いの?」
「みなさまが望む成仏が出来るのならば、それで良いのですよ」
「うーん」
そういうものなのかな。
「どうしよっか。マイケル」
特に私にはどの設定も響かなかった。マイケルに付いて行こうと思う。私に幸せをくれた子だから。
「んー、どーしょっ」
「ちなみに、お子様セットもありますよ」
自称閻魔は、ぴらりと巻物をもうひとめくりした。そこには、
「母と一緒に大樹となる」
と明らかに書き足された跡があった。
「どうなさいますか。マイケル様」
「おこさませっと!」
マイケルは、きゃっきゃと嬉しそうに両手をあげてにこやかだった。でも、マイケルの本物のお母さんは……。
「もうあなたは立派な母親です。ずっと地蔵の影で観ていましたよ。子グマのつぶらな瞳で。湖の底をずっと」
「え、あの子グマ。あなただったのですか?」
「違います。子グマの目を借りていたのです。何百年もの間。次第に寂れていった湖に、投げ落とされた赤子を見たときは胸が痛みました。でも、霊力を持つあなたが、マイケル君を育てると決めた。その行いを私は『善』としたのです」
善……私の判断は、間違ってなかったのね。良かった。
「さぁ、それでは『お子様セットプラン』で大地に根付く大樹とならんことを!」
自称閻魔が私とマイケルの額に赤い点を描いた。また、なにやらぶつぶつ呟いている。それは聴いたことはないけれど、何かのお経の様だった――――
◇◇
「お、おい!」
「どうした、マイケル?」
「こんな砂漠地帯で、芽が出たぞ! しかも瑞々しい!」
「本当だ! 周囲の地面も湖の様に潤っているときた!」
「よし、ここに安住の地を造ろう!」
「おう! みんなを呼んで来なきゃな!」
やがてそれは、砂漠を彷徨っていた遊牧民たちの喉や口を潤す大樹になったという。また、その一体は小さな国となり、様々な国々との交流も盛んになっていった。そんな砂漠の国で、大樹は『生命の木』として、大切に大切に扱われたそうな。
その大樹の名を、第一発見者の名前から、『マイケル』と言う。
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