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お母さんになった湖の女神

 私は、湖の女神。


 生活苦の末、身投げした女性の象徴よ。本来はそうだったの。でも、日本の辺境にあるこの湖には、実にありきたりな伝説があるわ。

 それは、『落とし物をすると女神が現れる』というもの。よく昔話で、「金の斧と銀の斧。落としたのはどっち?」と問う女神がいるでしょ。そんな感じ。


 私はある旅人のそういった昔話を聴いて、真似をしてみただけ。昔は怪奇現象を面白がって、ゴミを落とす人が多かった。そういう輩は無視して、大切なモノを落とした人の相手だけをしていたわ。


 大切なモノを落とした人は、『恩』とか『感謝の気持ち』が強いらしい。身投げの象徴であった、半ば幽霊のような私を、『湖の女神』と後世にまで語り継いでくれたの。


 ……でも、最近は山も荒れ放題で、綺麗だった湖も()に占領されている。もはや古さびた伝説になりつつある私の湖の水面が、雨以外の何かで、大きく揺れた。


(――――何かが落ちた!)


 私は波紋の形や特徴から、それを確認した。


 生後2ヶ月ぐらいの赤ちゃんだった。


(え、赤ちゃん……!?)


 これは事件か何か?


 だって、赤ちゃんが自分で湖に落ちるはずが無いもの。湖の周りは急斜面でもないから、きっと誰かが故意に落としたのね! 私自身。身投げしておいてなんだけど……命を粗末にするなんて許せない!


(よし、これは落とし主の顔を拝んでやらねば……!)


 そう思って私は、湖に幻影を浮かべた。古さびた湖に浮かぶ私の幻影を見て、腰を抜かしたのは、やせ細った女性。彼女は古の伝説を知っているのか、


「落としたのは手のかかる息子です! どうかわたしを育児から解放してください!」


 そう言うと、私がいろいろと問いかける前に走り去ってしまった。


(え、どういうことなの……?)


「ばぶぅー!」


(ほわぁああああ! 赤ちゃん!)


 実質。湖に落ちた時点で、この赤ちゃんは人間界のモノではなくなる。でも、私の力でその原型をとどめる事は出来る……のだけど、なんだかよく見たらちょっと細すぎるわ。


(うーん、うーん)


 ――――そうだ。!


 他にすることもないし、この子を育てることにしましょう! ただ、私の力にも限りがあるから、この子が達者に言葉を話せるようになるまで。そうしたら、近くにあるお地蔵さまに手を合わせてもらって、自分の力で成仏してもらう。


(この子がお地蔵さまの前で『南無阿弥陀仏』と言える日まで。よし、そうしよう!)


「ばぁぶぅううううー!」


 湖の奥深くに響く金切声(かなきりごえ)。あらあらよく泣く子だこと。私は必死に泣きじゃくる赤ちゃんのおくるみを剥がした。性別を確認するためにね。


(うん、男の子)


「ばぶ!」


 まるで怒っているかのように足をジタバタさせる赤ちゃん。そう言えばこの子の名前を訊いていなかったわ。なんて呼べばいいのかしら……。


「まぁま、まぁま」


 あははは……。


 まぁま。ママってことかな? そりゃ、本物のお母さんに捨てられたってこと。この歳じゃ理解できないわよね。可哀そうに。

 そんなことを想いながら、私はふと昔の旅人の名前を思い出した。その人の名前にしようかしら?


(まこと)……」

「ぶぅ!」


 まるで不服そうに顔を膨らます赤ちゃん。もっと柔らかい名前の方が良いかな。


「まこちゃん」

「ぶー!」

「まこっち」

「ぶぶぅー!」

「まこちん」

「ぶっぶー!」


(ねぇこの子喋ってない!?)


 いやいや。見たところ産まれて間もなくな感じに見えるから、それはないけど……結構我がままなのはわかった。きっとこの子を捨てたお母さんは、育児ノイローゼになっちゃたのかしら。

 いろいろと息苦しかったのかもね。でも、赤ちゃんは物じゃない。捨てちゃダメよ!


「どんな名前が良い。ねぇマイケル? なんつって」

「きゃっきゃっきゃ!」


 え、ええええ!

 ウケてるし。赤ちゃん的に面白かったのかな? この子のツボが分からん……。


「じゃあ、名前も勢いで……マイケルにしちゃう?」

「ばぶ!」


(今、頷かなかった?)


 ま、まぁ良いわ。この子の名前は『マイケル』。めちゃくちゃ日本人顔だけど気にしない気にしない! この湖には沢山の落し物があるから、何かこの子のためになるものを探してみよう。


 (ほつ)れたクマのぬいぐるみ。麻のハンカチや布。これは修復して使えそうね。欠けた電子レンジに錆びた自転車……ここはゴミ捨て場かっつーの! 湖が汚れた原因は不法投棄! 森にゴミ捨てに来んな!


(――――あら?)


 何も書かれていない、真っ白なB5ノートがいっぱいある。それに、鉛筆も。そうだ、この子の成長記録に使っちゃおう! 


「ばぶぅ?」


 マイケルが小さな指を口にくわえながら不思議そうに、私の目を見つめてくる。くりくりお目目がかわいい。今まで一人で湖の女神をやっていたから、人恋しいのもあってか、やたらと愛おしく感じる。

 

(ふふ、たっぷり可愛がるからね……!)


 私はこの日から、『マイケル』のお母さんになった。この子が言葉を話せるようになり、自分で成仏するようになるためのお世話をする。ついでに日記も付けようっと♪



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☆スペシャルゲスト☆ 秋の桜子さん(マイページ飛びます!) 素晴らしい挿絵(マイケルのお絵描き絵)を描いてくれました!
― 新着の感想 ―
[良い点] や…なんてぇ名前だよ…(^_^;
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