死んだらそこはスローライフ
今年32歳、独女の神谷 あやは、朝からピンチに見舞われていた。
終電間近まで残業し、それでも仕事が終わらず家で仕事をする為持ち帰ったパソコンを家に置いてきてしまったのだ。
神谷はパソコンをとりに帰るため全速力でせっかく歩いて来た道を引き返していた。
ブラック企業が神谷を呼ぶのか。
それとも彼女の見る目が無いのか。
彼女は、行くところ、行くところがブラック企業だった。
美大を卒業し、新卒で勤めたベンチャー企業の会社は、5ヶ月で、会社が乗っ取られてしまい、デザインの仕事をしていたのに、いきなり社会保険の仕事をする羽目になり、それでも、頑張っていた神谷をよそに、果てしなくグレーな事をしすぎて結局会社は、潰れてしまった。
他にも今の仕事をするまで間に2社勤めたが、どこも甲乙つけ難いブラック企業だった。
そして今もオーバーワークを根性論でどうにかさせようとするブラック企業の事務員が今の神谷の仕事だ。
パソコンを取りに必死に走っている神谷の反対側から、人が飛び出し
急な事で避けきれなかった神谷の右肩がどんっと鈍い音を立ててぶつかった。
「すみません!」と声を出した神谷の声が不意にかすれた。
何事かと思う暇もなく、腹部が濡れたような気持ち悪さを覚え視線を落とすと、白いYシャツが真っ赤に濡れていた。
よく見ると腹部から包丁の柄のような棒状の物がみえた。
あぁ、刺されたのだなと思い神谷が振り返ったが刺したであろう犯人はかなり遠くを走っており神谷は、追いかける事もできずその姿を静かに見送った。
頭は先程のパソコンを忘れた時のパニックとうって変わって冷静だった。
こういうときは包丁を抜かない方がいいんだっけ。
悪いだっけと考えていたら急に背筋から寒気が襲い立っていられなくなり膝から崩れ落ちた。
体はガクガクと震えるほど寒いのに顔がやけに熱く耳の横に心臓があるのかと思うほどバクバクと音が響く。
あぁ、でも死んだら、会社に行かなくてすむなぁと思う時なんだか笑い声が漏れた。
こんな事なら、もっと大学で専攻した美術をつらぬいて作家を目指せばよかった。
好きなものを我慢せず食べればよかった。
もっと両親に色んなことを相談すればよかった。
親孝行だってしたかった。
そんな後悔をしてる間に視界のが端からだんだん黒くなっていく。
もう何も考えがまとまらない。
何処かでどさっと何かが落ちる音だけが聞こえた。




