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床下の ~隣人のみぞ知る  作者: メイズ
第1章 新しき入居者
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開封〈佐久間レイヤ〉

 中古だけど、凛花と俺のささやかな城。


 1階には2部屋とバストイレ。独り暮らし用のワンルームマンションにあるような小さなキッチンもある。2階はリビングダイニングとキッチン、四畳半の和室。洗面台とトイレ。狭いけどベランダもある。3階は、アコンの室外機用で半分埋まるようなベランダがついてる二部屋。


 どうやら1階は、家庭内独り暮らしが出来る仕様に作ったようだ。



 俺と凛花は二階のリビングダイニングで夕食を済ませ、その後ソファに二人並んでワインを傾けた。


 少し酔いが回ったところで例の箱の話を切り出してみたところ、凛花が眉をしかめた。



「‥‥‥ねぇ、その箱って何だか気味が悪いわ。私」


「そう? すごいヴィンテージ品が入ってたりして‥‥‥」


「やあね。大切なものなら、存在すら忘れられてしまうことなんてあるわけないわ」


 アルコールに弱い凛花が赤い顔をしている。ピスタチオをチマチマむいて俺の口へ入れた。


「子どものころ集めたお宝のレアカードが入っているかも‥‥? 時価何十万ってするような?」


「レイヤ? そんなに高価なものが入っていたとしたら茉莉児さんに返さなきゃだめよ。きっと本人が忘れているか、ご両親がこっそりしまって置いたものだろうし」


 お宝を期待してニヤニヤする俺を上目遣いで睨む、その黒目がちな瞳の丸い顔は、いかんせんかわいい。


「わかってるって。まだ玄関に置いたまんまだ。部屋の中に持ち込むのもなんだったからさ」


「当たり前よ! 開けた途端におかしな虫がわらわら出て来たらどうするのよ~」


 凛花が俺の腕にしがみつく。


「きゃーっ、想像するだけで怖いッ!」


「桐箱だし、封印してあるし、大丈夫だろ。いいよ、後で俺が一人で見ておくから」



 俺はそのまま凛花に口づけ、ソファに押し倒す。


 凛花の、甘く酸い独特の香りが、余計に俺をたぎらせる。


「‥‥凛花、いいだろ?」


「‥‥‥うん」




 二人きりって最高だ。


 俺たちの儀式が終わり、凛花が先にシャワーを浴びに行った。


 俺はその後すぐに短パンに上着を羽織り、玄関に一人階段を下りて行く。凛花には、ああは言ったけど、スプレー式の殺虫剤を片手に。俺だって虫は怖い。



 もう、時計は11時過ぎている。さっさと確認してしまおう。


 俺は上がりかまちに座ったまま、たたきの隅っこにある箱を、目の前までズルズルとひっぱった。


 床下清掃の業者が箱をキレイに拭いてくれていたので埃がたまって汚れているわけではない。


 貼り付いた黄ばんで染みだらけの紙の封印には何か書かれていたようだけど、業者が拭いた時に擦れたようで解読不能。


 紙は無視して蓋を力任せに開けた。



「‥‥‥‥これは?」


 椿のような葉がついた一本の枝のドライフラワー。


 それをどけるとその下は、白い布が敷かれて中身は全体それに包まれている。


 俺は布を四方へ一枚づつめくる。


 中には‥‥‥


「‥‥‥ナイフ?」


 刃の部分は和紙で包んで赤い紐で結んである。


 和紙から引き抜いてみる。


 全身金属で、持ち手も刃も繋ぎ目無く出来てる小ぶりの薄いナイフ。ペティナイフかな? 刃も()も古びて緑青(ろくしょう)に覆われてる。


 ずいぶん年季の入ったナイフのようだ。刃の部分だけは研いであるけど、ぼろぼろと細かく欠けてる。()の部分には、漢字と思われる文字が並んで刻まれているらしいけど、緑青で覆われていて、もはや読むのは不可能。


 白いおちょこが転がってる。俺が開ける前に振ったからか、中身は散乱していた。


 白い小さな皿もある。皿にかぴかぴになって張り付いているざらざらの塊は多分、塩だと思う。


 二本の白いロウソク。これは少しだけ使ってある。芯が黒く焦げていた。


 白い封筒が入ってる。手紙? 宛名はないけど。


 開けてみると中には、紙か何かの黒い燃えかすが入っていた。



 あとは線香ひと束。小さなハサミ。


 そして特徴的な赤い木綿糸ふた巻き。


 折り込んでから人形(ひとがた)に切り取られた和紙に、赤い木綿糸がぐるぐると巻かれたものが2体入っている。



「何これ? お祓いの道具とか?」


 俺が首を捻っていると、


「あ、レイヤ。そこにいるのー? 次シャワーいいわよ」


 洗面所から凛花の声がした。



「ちょっと来てよ。今、例の箱開けてみたんだけど‥‥‥」


「‥‥‥何が入っていたの?」



 パジャマに着替え、長い髪をタオルで包んだ凛花が来て箱を覗いた。


「‥‥‥お祓いかしら? そっか、家を建てた時に厄除けみたいな意味で床下に入れて置いたんじゃないかしら?」


「‥‥‥なるほどね。そういう可能性もあるな。茉莉児さんも知らないってことは。ならこれはどうすれば?」


「もう、古いものだろうし、ご利益も無くなっているんじゃない? 御守りだって有効期限は1年なんでしょ? この家はもう築20年だよね?」


「だよな~。もう、住んでいる人も俺らに変わったしな。捨ててもいいかもな。誰が入れたのかわからないものが床下にあるのも気持ち悪いし」


「そうね。もうこれは今夜は置いといて。レイヤも早くシャワーを浴びて寝たほうがいいわ。明日もあるし」


「ああ、そうするよ」



 俺は不動産屋に一応報告を入れておくために写真を撮って、取り敢えず箱は元に戻した。



 その翌日、不動産屋に連絡を送った後、可燃ゴミと危険物ゴミに分けて袋に入れて家の外の、塀の内側の脇に置いた。


 曜日毎に出せるゴミの種類は指定されている。明日は確か可燃ゴミが出せる日のはず。


 翌日の朝、ゴミ出しをして、箱のことは凛花も俺もすっかり忘れてしまっていた。



 *****



 あっという間に次の日曜日になった。


 日曜日くらいはのんびりしたい。ブランチの時間まで、俺は寝ていた。


 引っ越して10日あまり過ぎてやっと落ち着いて来た感。


 俺たちはこの春に結婚が決まってから、それに伴う式の準備と新居探しに、慌ただしい日々を駆け抜け、無事こうして夫婦となれた。気づけば早、11月も中旬を過ぎようとしていた。



 俺たちは3階にある2部屋をそれぞれ寝室にしている。俺はいずれ子どもが生まれたら、今は空いている1階に移るつもり。



 時計を見ると、もう10時過ぎていた。俺は空気の入れ換えをしようと窓を開け放った。すると、立ち話の声が響いて来た。


 この声は、隣のセレブ奥様の二見さんの声だ。



 俺は気になって窓辺から外をちらりと見ると、左隣の河原崎さんの家を訪ねて玄関の外で話をしていた。あの金髪頭は『沙衣くん』だ。


 窓から入る空気はちょっと肌寒い。


 俺は窓を開けたまま、またベッドに潜り込む。


 俺は毛布を被って目を瞑っていたけれど、すぐ下にいる女性の声はくっきりここまで聞こえた。


「‥‥‥でね、びっくりしてしまって、河原崎さんにもお知らせしておこうと思ったのよ」


「‥‥‥急ですね。‥‥‥せっかく新天地に行かれたところなのに‥‥‥」


「本当よね。私より年下だったのにショックだわ。お葬式は、特にしないみたいよ。家族はいないし、両親のお葬式後は親戚付き合いも断っていたらしいの。こういう場合に備えて業者と用意周到に、自分が亡くなった場合の取り計らいを生前契約していたらしいのよ。死に関しては意識が大きかったようね」


「‥‥‥」


「まあ、沙衣くんたら、泣かなくても。優しいのね。元隣人が亡くなったからって」


「あ、はい。俺が小さい頃一回だけだけど、ラーメン作って食べさせてくれたことあったから‥‥‥それに‥‥ね?」


「‥‥そうね‥‥‥大変だったわね。今はただ、一緒に茉莉児シンさんのご冥福を祈っておきましょう。沙衣くん‥‥」


「はい。わざわざ(うち)にまでお知らせしてくれてありがとうございます」


「いいのよ。私たち、茉莉児(まりこ)さんの両隣同士だったんですものね」


「‥‥‥あの‥‥‥関係無いですよね?」


「ええ、そう思うけど‥‥‥。あれは無事なのよね? シンさんは登山中の事故だそうよ。滑落して、不運にも木のささくれに腿の太い血管を刺されたとかで失血死されたって。まだお若いのに残念ですわ‥‥取り敢えずご報告だけ」




 扉がガタリと閉まる音。続いて二見さんのお宅の玄関ドアの開閉音が響いた。

 


 ここの売り主の茉莉児(まりこ)シンさんが亡くなった‥‥‥?



 




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