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86.一言物申す、出発するその前に…!

 話を進める内に自然と昂ぶってしまった感情に任せて自分の言いたいことだけを言いたいだけ言いきった、その事は素直に認める。

怒りの感情が少なからず混じり込んでしまった、その事も素直に認める。


けれど、こんな結果を招こうとは決して、誓ってもいいけれど、全く思ってはいなかった。


確かに、『絶対泣かす』とは思っていたし、何なら『失禁させることも厭わない』なぁ~~んて考えも頭をチラッとチラついたことが…あったかもしれない。


 ーーでもだからって、本当に実現するとは…、夢にも思っていなかったのですがコレ如何にぃっ?!ーー


冷静さを完全に取り戻した頭でまず真っ先に考えたのは、こと此処に至った経緯でありその原因は何ぞや、と云う事だった。

誕生日パーティーの時ほど怒り心頭に発したわけではないのに、何故か再び失禁するまで威圧してしまった、らしい。


 ーーおっかしーなぁ~? 何が理由で、この令息はここまでガクブルして怯えきってしまわれたの?? こんなに怯えられるようなこと、(わたくし)………、何かした???ーー


相変わらず無感情な表情のまま、無言で粗相をしでかした令息を睥睨している。

けれどその頭の中では、シッチャカメッチャカに錯綜する思考に慌ただしく振り回され右往左往しているのだけれど、それらは全て、ここでは一切表面には表れていない。


自分がこの令息に対して一体何をしでかしてしまったのか、幼女の狭小な容量の頭をフル回転にして考えてもまったく心当たりがない。

ムッとした拍子に眉間に力が入って寄り、それによって自然と睥睨する目にも力が入ってしまった。


鋭くなった視線を受けて、目の前でへたり込む令息がビクッと身体を揺らして怯えた反応をみせる。


無意識に変化させた表情によって、またも無自覚に相手を威圧するような行動を取ってしまった。

相手の反応でそう理解して、眉間に込もってしまった力を意識して緩める。

そうすると途端に、令息の体から余計な力が抜けて弛緩し、私から発せられていた威圧感がちゃんと解消されたと見てわかった。


令息が返すわかり易い反応のおかげで、自分が無意識・無自覚なままでどれだけ相手を威圧できるのか、と答えの出ない新たな悩みのタネが追加されてしまった。


 ーー…そういえば、話し始めた最初の受け答えのときに『化け物』って…私を見て言ってたわよね? あれってまさか、本気の本気でそう思って言ってたって……こと?! 『ブズ』とかと同じような意味合いの罵り言葉じゃなしに?? うっそ、え、……えぇっ?? 何でぇえっ!?ーー


ダラダラと厭な汗が汗腺から滲み出てくる。

確かに、眼力と表情と言葉だけでここまで誰かを怯えさせてしまえる幼女なんて、『化け物』と呼んでしまいたくなる……かもしれない。


しかも前回はかなりおこでもあったから、今日以上に迫力満点だっただろうし、何なら不可思議な#能力__ちから__#が働いていて色々やらかしてもいたのだから、完全に恐怖の対象としての『化け物』確定だ。


 ーー何ですぐにその事に思い至らなかったんだろう、私の馬鹿っ!?! これじゃっ、悪役令嬢→ラスボス街道まっしぐらじゃないのぉおっ?!?ーー


悪役令嬢として徐々に頭角を現す前に、怒りの感情に踊らされ『化け物』令嬢として早々に世間様に対して自分を売り出してしまった。

もう、ラスボスにまで立身出世を果たす未来は未だ未確定、ではない。

そうなる未来が確定になる、お先真っ暗なフラグ回収を今日此の時を以て見事に完了してしまったのかもしれないのだから…。


「お疲れ様でございましたねぇ、ライリエルお嬢様。 これにて面会は終了、と捉えて宜しゅうございますか?」


いつの間にここまで接近していたのか。

数歩離れた距離を保って背後に控える家令から、昨日から今日までの短い間でもう十分耳に馴染んでしまったその声で控えめに伺いを立てられた。


「…えぇ、そうね、……終わったわ(色んな意味で)。」


 ーーホントに終わった……、これからどうやってこの回収してしまったフラグを処理したものか………。 もうあれだわ、部屋に戻って布団被って暗闇と親しみつつ、孤独を堪能して全力で永遠に引き篭もりたい。 ホントそれ、それ一択しか選ぶ余地なしだわ…。ーー


ジークムントさんの口癖と心情に共感しまくりながら遠い目になって逃避したい現実に思いを馳せる。

でもそれは、此の場をきちんと締めくくってから。

なけなしの理性で自分を叱咤激励し、声をかけてくれた家令に向き直って言葉を続ける。


「急なお願いだったのに時間を調整して都合をつけてくれて、最後まで立ち会うことまでしてくれて、本当にありがとう、サミュエル。」


家令を振り返った時には、瞳の色は常のラピスラズリに戻り、ルビー色の赤い煌めきは余韻を残して立ち消えるところだった。

瞳の端に少し残っていた赤の残滓を見て取り、領地家令(アンタンダン)の本から細い目元が更に細められたのはほんの一瞬、そこからはいつもの胡散臭さを体現した狐に激似なニッコリ笑顔に切り替えて、ライリエルに向かって畏まって頭を下げ朗々と言葉を返す。


「そのお言葉を賜れたことこそが私にとっての無常の歓び、少しでもライリエルお嬢様のお役に立てたのでしたら、それだけで全て報われましょう。 これ以上ない、何よりの誉れでございます♡」


「うふふっ、そう言ってもらえて、私も光栄だわ。 ここまで色々と気遣ってくれてありがとう!」


ニコニコ笑顔につられて、私も普通に笑顔を返せた、と思う。


「んふふ、ライリエルお嬢様ぁ、これしきの些事に対しての返礼が過剰でございますよぉ~? では私はこれにて御前失礼して、そこなご令息の身支度を再度整えにかかりますネ♪」


最後に美しい所作で一礼して、元の姿勢になおると直ぐに方向を変えて歩き出し「替えの服を一応でも用意しておいて正解でしたねぇ~♪」と独り言ちながら令息の元へ向かう。


その背に向かって謝罪の言葉をかけようかかけまいか、少しの間逡巡して、謝罪は後でまとめてしようと心に決めて、今度は騎士たちが佇む一角を見定めて歩き出す。

騎士たちにも感謝の気持ちを伝えたい、できれば近くでしっかりと目を見て、一人一人の耳にちゃんと届くように伝えたい。


ポテポテポテ。


幼女にはちょっと時間のかかる距離、離れて見守っていてくれた騎士たちに十分近づいてから口を開く。


「それと…騎士の皆さんも! 私の我が儘な要望を聞き入れて、最後まで付き添って下さって、ありがとうございました!!」


気持ち大きめに声を張って、順繰りに騎士たちの顔に視線を向けて、言葉が聞き取りやすいようハキハキと喋るのを意識して言い切る。

最後には今発揮できる渾身の可愛らしさを込めに込めた笑顔を御見舞して締め括る。


ドキドキしながら相対する騎士たちの反応を窺う。

最初は沈黙、礼を言われるとは露ほども想定していなかった騎士たちは皆一様に目をパチクリさせて瞠目し、次には微笑、各々で差はあるものの、目元と口元を緩めて好意的な反応を返してくれた。

そのことにホッと胸を撫で下ろして一息吐こうとしたところに、元気過ぎる声で照れついた謙遜の言葉が返された。


「いぃ~~っ?! いやいやいやっ!! そんなっ、全然っ、ぜぇ~~んぜん!! 俺たちただ、突っ立ってただけ、ですからっ!! お礼言われる程、大した事何もしてねぇしっ!? んねぇ、親父ぃっ!!」


左手で忙しなく後ろ頭を掻きつつ、右手を顔の前で左右にブンブン往復させた後、怖いもの知らずにも自身の父親の背中をその手でバッシバシ叩いて、全力で照れ隠しの為らしい挙動不信な一連の行動を取る。


ッッゴキャッッ!!


案の定、直ぐに父親から言葉ではなく、血管がくっきりと浮かび上がって見える程固く握り込まれた鉄拳(全力)が無防備な頭部へと容赦無く(本当に容赦ない)繰り出され、物理で以て静止がかかり、言葉無くその場に蹲ることになってしまった。


やはり此処でも鉄塊を殴りつけてひしゃげさせたかのような鈍すぎる物騒な打撃音が響いた。


「おいおいぃ~、ちったぁ落ち着けってーの!! こんくれーの事でいっちいち舞い上がりやがってよぉ~?! 慣れてなさすぎだって、バレバレじゃねぇーーか!! 恥ずかしい真似すんなっつーーの!! あとなぁ、普通に痛ぇーーんだよ!! いっくら俺様が此処に居る誰より頑丈だからってなぁ、お前の加減してねぇ馬鹿力で何度も叩かれっと痛ぇんだってぇーのっ!!」


「~~~っ!! ~~、~~~っっっっ!!!」


怒るよりも呆れた様子で、息子に窘めの言葉を寄越すその顔には若干苦痛を堪えるような様子が見て取れた。

痛いというのは、どうやら本当のようだった。


不機嫌な溜息とともに物申してきた父親に対して、言葉を発する余裕もなく蹲ったままで、なみなみと涙が滲んだ(まなこ)で睨め上げる事でせめてもの抗議を試みている。


 ーーうん、頑丈なのは見ただけでも納得。 でも此処に居る誰よりもって、それは誇張表現ではなくて…本当の意味で仰ってるのかしら?ーー


ミルコさんのように、一目でガチムキマッチョとわかる筋骨隆々なマッチョさではないけれど、自己申告が過剰表現ではないとわかるくらいには素晴らしく鍛え抜かれ引き締まった着痩せマッチョな体躯をしている。


 ーーうん、服に余裕があるから見た目では判りづらいけど、さっき接触した感じからして断言できる、かなり身の詰まった良き体躯をなさっているのは、純然たる事実に相違ないわね!! 眼福!!!ーー


ここまで考えがまとまるのに要した時間は1秒にも満たない。

超高速で思考を整え終えた私の耳に、ミルコさんの引き攣った声が届く。


「うえぇっ?! マジかよぉっ!? (かしら)が痛がるなんざ、マジでやべぇーじゃねーーかよぉ!! (ぼん)の奴、いつの間にそんな馬鹿力に急成長しちまったのよぉっ!?! んな馬鹿力…普通のやつなら骨の2、3本、軽く折れちまうんじゃねぇーかぁっ?!?」


言いつつタジタジ…と静かに後退して、団長親子から良いだけ距離を取る。

その顔に浮かべる表情は苦り切った渋面だった。


 ーー!? 本気…いやいや、冗談よね…ぇ? これこそ、誇張表現…よね?? だって、あんな細い腕に全力で叩かれたって、そりゃ痛いだろーけど、骨が折れるとか……そんなわけ(笑) あったら普通にきょわいっ!!ーー


「えぇっ!? 嘘っ、若、怖っ!! っていうか、俺の周りにいる全員、怖い!! ホント、何で断らなかったんだろうっ、昨日の迂闊過ぎだった俺のバカァ~~~ッッ!!!」


人間不信が極まってしまった感じの感想を叫び、頭を抱えて懊悩しだしたのは精神薄弱青年のジークムントさんだった。

でも今回はジメジメしださなかったので、ある意味そこまで致命傷となる精神的ダメージは被っていなさそうだ。


「え~~~ん!! あの悪ガキにぃ、酷いこと言われてぇ、アタシ、アタシぃ~~っ、超ーーー怖かったぁ~~~!! 慰めてぇ~、ヨアヒム隊長ぉ~~っ!!!」


私の面会が終わるまでの間、あの場の空気の流れを察して、逆らうことなく自然と見守る騎士たちに追従していたアルチュールさんが、彼の令息から罵倒された時のことを思い出して、弱々……しくもなく、さめざめしい雰囲気を自作しながら泣いて、声高に御指名して慰めを要求した。


 ーーえっ?! 慰めを要求する相手、ヨアヒムさんで大丈夫なの…?!?ーー


と、一抹の不安と焦燥に駆られたのは全くの杞憂だった。


驚きとともに動かした視線の先では、泣きながら抱きついてくる自分より背の高い青年にされるがまま、何なら優しく頭を撫でて相手が求めた通り慰めてやりながら、もっぱら好意的な受け入れ態勢を取っているヨアヒムさんがいた。


 ーーメチャメチャ懐に招き入れられていらっしゃる?! アルチュールさん…、凄い高難易度な人物の人心を掌握せしめたわね! いつの日にか是非その秘訣を御教示頂きたいっ!!!ーー


その光景を、同じように驚愕した表情で見つめていたのは他の誰でもなく、ヨアヒムさんから辛辣で痛烈な言葉を散々、浴びせられるだけ浴びせられた事で記憶に新しい、副団長のミルコさんだった。


「おま…? え? えぇ~~っ?! 何で、何なん、その扱いの差!! お前っ、オレにあれだけっ!? 『弟以外可愛くない』とか抜かしやがった癖にぃ~~っ?!? アルチュールは例外って、何っっだよそりゃぁっ??!」


「うるっさ。 ちょっと、唾飛んできそうな大声でくだらないこと喚かないでもらえません? アルチュールは俺じゃなく、弟の友人なんです。 だからまぁ、これくらいなら…別に? 許容範囲内の対応です。」


「まぁ~~~た、弟かぁ…。 お前よぉ~、それ以外の判断基準ねぇーのかよぉ? 何でもかんでも弟中心って、お前ホントにそれでいーんかぁ?!」


「俺の勝手でしょう? ミルコさんにとやかく言われる筋合い、無いですよね?」


ギロリッ。

鋭くも殺気立った視線でガンを飛ばされて、ミルコさんは早々に両手を上げて降参の姿勢を示す。

これ以上何を言っても無駄と経験から知っているようで、言い募る事はすっぱりと諦めて、肩をわかり易く竦めてやれやれと首を振り、回れ右して静かに退散するミルコさん。


ミルコさんが退散したところに、少し遠くの方からアルチュールさんご指名で声がかかる。


「アルチュールくーんっ! 傷心中のと・こ・ろぉ~、ひっじょーーに申し訳ないので・す・がぁ~~、もう一度この令息の着替えをお手伝い願えませんかねぇ~~??」


 ーー慰めを求めるくらい怯えていたのに、またその令息に至近距離で接しないとならないなんて、普通に考えたら即座にきっぱり断られるはず……ーー


「っっはぁ~~~~いっ♡♡♡ 今直ぐ直ちに超特急で♡貴方のもと♡♡に馳せ参じまぁ~~~~っすぅっ♡♡♡」


くるくるりんっ♡からの、っっぴょぉ~~~~んっっ!!

爪先立ち2回転してからのグランジュテを華麗にキめて、その勢のまま言葉と風圧を此の場に残して、アルチュールさんは自身で宣言した通りにすぐさま馳せ参じにかかった。

超特急も超特急、華麗な跳躍のあと、こちらも華麗に着地して、それから先は陸上選手もビックリな走り幅跳びでもするような大股な歩幅で数回の跳躍を魅せ、こちらも文字通り跳ぶようにして招集をかけたサミュエルの元へと、あっという間にたどり着いてみせた。


そして間近で令息の粗相具合を目の当たりにして、正直な感想を声高に囀る。


「やぁ~~~んっ、びっしょびしょぉ~~…!! せぇ~~っかく、苦労して着付けたのにぃ~、全部が全部ぅ台無しぃ~~~っ!!」


 ーーっうぅぅわぁーーたくしのせーーですよねぇっっ!?! 非常にっ、ひっっじょーーーーにっ、もーーーーしわけないっっっ!!!ーー


顔面からだけでなく、もう体中、至る所から冷汗という冷汗が一気に吹き出してきた。

出来ることなら今直ぐにでも、地べたに正座してから額ずいて、大和魂溢れる土下座を御見舞してから、魂から込み上げてくる謝罪の言葉を奏上奉りたい。


 ーーでもそんな事しようものなら…(チラッ)某サイボーグ侍女に……(チラチラッ)どんなお小言と物理的制裁を喰らわされる事か………(チラチラ…あっ、ばれた!!)考えただけできょわいぃ~~~っっっ!!!ーー


顔の向きは固定したまま、頑張って視線だけ横目に動かして、宅の可愛いメリッサをチラチラッとチラ見していたところ、三度目でばちばちっと火花が散るくらいバッチリと視線がかち合ってしまった。


 ーーヤァ~~ッヴァ!! 怒られるぅっ!? 『そのような真似うんたらかんたら~~っ!!』シリーズで言葉責めされた上に、物理で以て制裁されるってパターンが決まっちゃう流れが迫り来ちゃってる感じですかねぇ~~~っ?!!?ーー


ドキドキドキドキドキドキ!!


 ーーさっきまでとは違う動悸で胸が痛い…っ!? …、……、ん? おかしいなぁ、サイボーグ侍女からの鋭いツッコミ(物理込み)が飛んでこない…、何で?? こちらが半ば受け入れ態勢で待ち構えているときに限って、何もしてこないなんて…これが飴か???ーー


横目だけで見るのをやめ、ちゃんと体ごと動かして侍女が佇む方向に向き直る。

正面から見た侍女の顔は相変わらずの無表情なのに、何故か哀愁を漂わせている風に見えてしまう。


分厚い眼鏡に遮られて今まで一度も目にしたことのないメリッサの瞳が、私を通り越した先、どこか遥か遠くに思いを馳せながら眺めている、そんな気配を感じた。


不思議に思うよりも心配になって、テコトコと歪な形に凸凹している地面を用心してしっかりと踏みしめて侍女へと歩み寄り、言葉をかける。


「どうかしたの、メリッサ? 待っている時間が長すぎて、疲れてしまった??」


「…いいえ、滅相もございません。 この程度立ち続けたくらい、疲れる内に該当致しませんので。 ご心配くださりありがとうございます、ライリエルお嬢様。」


「そうなの? 本当に大丈夫?? 辛かったらちゃんと言ってね、我慢したら駄目よ??」


眼鏡に隔てられた先の目を見るつもりで下から遠慮なしに覗き込み、まじまじと変化の乏しい侍女の顔面を注視する。

でもいくら覗き込んだところで、この鉄面皮がチャームポイントの1つでもある侍女が晒す、万年経っても崩れる日が来ないだろう鉄壁の無表情の中には、何も見出すことが出来ない。


 ーー駄目だわ…今の私の願力じゃ、どれだけ見詰めてもメリッサの表情の変化を見分られる気がしない(泣) 大好きなメリッサの表情の変化を見分けられないなんて、そんなのって……哀しいっ!!ーー


何だかとっても自分の力量不足が堪える。

だってまるで、私のメリッサに対する愛情が全然丸っきり不足していると突きつけられているみたいで、自分でも若干引いてしまうほど、著しく愕然としてしまっている。


「……ライリエルお嬢様、奇妙な理由で絶望なさっておいでのところ恐れ入りますが、アグレアス卿がお嬢様に何かお尋ねになりたい様子でこちらを注視しておいでです。 ご対応頂くことは可能でしょうか?」


「へ……えぇっ?! アグレアス…卿が、私に??」


私の心の葛藤を正確に見抜いた侍女は、見えない瞳にはおそらく冷たい光を灯して、底冷えする凍てついた声音で伺いを立てられた。

いつもと変わらず塩が効きすぎたツンな対応に安心してしまいながら、メリッサの視線の先を辿って振り返ってみると、アグレアスさんがまごまごしながら何か言いたげに佇んでいた。


振り返った私と目が合うと、『目が合っちゃった!』と言いたげに一瞬ビクついたあと、おずおずと言葉をつっかえさせながらお伺いを立ててこられた。


「あのぉ~~…、ライリエルお(じょー)様? ちょっとお時間、とらせてしまうかもですが、その…、1つだけ聞いても良い…じゃなかった! お聞きしても、よ、宜しい?でしょう…か??」


「勿論です、何でしょうか、アグレアス卿?」


「え?! や、俺??! 俺のことぉっ!?? そんなっ、『卿』なんて付けなくて良いですって、じゃ、なくって!! 付けなくて宜しいです?からっ、普通に!! 名前でそのまんま呼び捨てて下さい!! そんな畏まった敬称付きで、呼ばれ慣れてないんで、こう、なんていうか……痒くって!! 無理です、自然に返事できないんで、無しな方向で!!!」


メリッサがそう呼ばっていたのだし、私が呼んでも問題ないだろうし、間違ってもいないはず。

だからここは引き下がらずに、自分の意図する主張を押し通そうと決めて、捲し立てるような早口で矢継ぎ早に言葉を羅列する。


「ですが騎士の方をそう呼ぶのは普通ですよね? 何事も経験、慣れれば自然と受け入れられるものですから! 暫く我慢なさって下さい、アグレアス卿。 それで、私に何かご質問があったのでは?」


 ーーふっふっふぅ~、今度は流されずに決まった! 相手が二の句を継げないでいるうちに、こちらの要求をズビズバっとゴリ押して華麗に押し付けて差し上げたわ!!ーー


私だって年上相手に敬称もなく呼び捨てるなんて行為は、できれば行う回数は減らしたい。

だから、ここは私より年上であるアグレアス卿が涙をのんで、大人としての度量を示すためにもすんなりと飲み込んで、何なら良いだけやせ我慢してでも受け入れて頂きたい。


「うぅ~~っ、ゾワッとするぅ~~!! 慣れられる気がしないぃ~~~っ!! って、そーでした、聞きたかったのは……、いや、でもそんな!! 大した内容じゃ無いんすけど、ちょっと気になったってだけで!!」


「構いませんよ、どんなご質問でしょう?」


微笑ましくなってふふっと笑いが漏れる。

それというのも、アグレアス卿が14も年上であるのに、見せる挙動がいちいち可愛らしく見えてしまうからだった。

それもこれも、雰囲気が子犬に似ているせいだろうか。


 ーー私ったら、子犬に激弱な人間だったのね。 メイヴィスお姉様を好きになった切っ掛けも、子犬に(外見から)激似だったからだし、前世では考えられない弱点が今世では標準装備されているのね、嫌ではないのだけど…何だか変な感じ。 でも、そんな自分も嫌いじゃない!!ーー


「え~~っとぉ…、コホンッ、じゃあ遠慮なく! さっきの…令息に対して言ってた、あーっと…、ことなんですけど、アレで良かったんですか? ご自分が逆恨みされるかもしれないのに、何であんな事…おっしゃった…んです? しかも被害にあった女の子、この場に居ないのに、何でまだ庇ってあげるんですか? そんなことしてお(じょー)様に何の得があるんですかぁ?」


所々言葉を選びながら話すせいで、不自然につっかえる箇所が悪目立つけれど、慣れないだろう丁寧な言葉遣いを一生懸命に心がけようとするその姿勢が大変好ましいし、大変微笑ましくほっこりさせられた。


「…では、逆にお伺いしますが、何故本人が居ないところで庇っては駄目なのですか? 損得勘定を念頭に置いてからでしか、私は行動すべきでないと…アグレアス卿はそうお考えなのでしょうか?」


「え? や、庇っちゃ駄目って訳じゃないんですけど!! 行動しちゃダメ、とも!! そこまで言ったつもりは無くって、ですね?! 何でなのかなぁ~って、単純に気になっちゃっただけで!!」


「そうですね…何で、…ですか。 理由は本当に単純なものなのですが、自分で宣言した誓いの言葉を守ろうとしただけなんです。 私はどんなことがあろうと、メイヴィスお姉様の絶対の味方であるとご本人に対して宣誓しましたからね。」


自分が取った行動の根幹には、これ以外の理由は見当たらない。

深く考えるまでもなく、理由はこのたった1つしか思い浮かばなかった。


「…口に出して大っぴらに宣言するのも、あれはあれで、今考えるとちょっと、…大分どうかと思ってしまいますけど…。 一度でも私の口からご本人にきちんと伝えられたので、あれはまたとない良い機会だったのだと、そう思います!」


うんうん、と頷いて自分の行動を振り返って見つけてしまった短所よりも、長所となる部分を取り沙汰して少し強引にでもいい方向に話を進める。

一度でも後ろ向きな発言をしてしまったなら、際限なく後ろ向いてしまえる自信しかない。


「私はメイヴィスお姉様の笑顔が好きなんです。 屈託なく朗らかで、あの明るい笑顔を見ていると、私まで楽しくて嬉しくて…幸せな気持ちになれます。 私はただ、メイヴィスお姉様に笑っていて欲しいんです。 私の目の前でなくても良い、大袈裟に言ってしまえば、お姉様が遠く離れた地にいらしてその笑顔を私が直接見れなくても構わないんです。 メイヴィスが笑顔でいられる瞬間が増えたなら、それだけで私は大満足なので!」


見ているだけで幸福になれるし、ぽかぽかと温かな気持ちになれる、仔犬のように愛らしいメイヴィスお姉様の笑顔を思い出して、自然と顔がほころんでしまう。


「メイヴィスお姉様が今まで以上に安心して心からの笑顔でいられる平和な時間と、何者にも脅かされることのない恒久的な身の安全を確保する、それが回り回って私の“得”に繋がるんです。 それを私が勝手に望んで、勝手に行動しただけですから、本人に伝わる必要は全く無いです。 寧ろお姉様が知ったら、それこそ恐縮しきって固辞されてしまいますから、絶対に知られるわけにいかないんです! メイヴィスお姉様はそういう方なんです、だからこの場合はこの方法で合っているのですよ!!」


一度はきっぱりと辞退してしまえる潔さも持ち合わせていらっしゃるメイヴィスお姉様の為人を思えばこそ、本人には絶対に知られてはならない。

お友達はやめないで頂けると言質は取れているけど、その他のオプションについては詳細を詰めていない為、いつ何時お姉様の地雷を踏抜いてしまうかわからないのだ。


それになにより、知られてしまったらただただ恥ずかしい。

『貴女のために、私、陰ながらこんなに頑張ってます♡』って、主張してるみたいで恥ずかしい。


 ーーいやいやぁ…、ないわー。 そんなこれみよがしな恩の着せかたされたら、即座に縁を切って、それまでに築いた友情なんてゴミ箱ポイだわ。ーー


その上更に、今回の件に関しては非常に残念なポイントがある。

それは次に述べる内容に尽きる。


「でも悲しい哉、今の私にできる事はこれだけなんです。 せめて逆恨みの矛先が自分にだけ向くようにする事、精一杯やってもこれだけしかでき無いですから。 しかもそうなった場合の対処法として挙げられる方法は人頼みありき、での話ですし…ね。 凄く決まり悪いですよね、格好もつかない、自分の無力さを棚に上げて、あんな偉そうに啖呵を切るなんて…。 本当にどの口が言っているのか……、思い返すほどに…凄く、恥ずかしいですね、私。」


早くも後悔してしまいそう。

付け焼き刃でのポジティブシンキングでは、ここいらが限界のようだ。

考えれば考えるほど、ネガティブシンキングが顔を出し、自分が先程偉そうに宣ってしまった他力本願な大見得込み込みな啖呵の切り方に、顔から火が出そうな思いだ。


あの時『屈服させるに足る“力”』ならある、みたいな事を言ってのけたのは、そもそも騎士である皆さんの助力を当てにして大見得を切ったに過ぎなかったのだ。

自分だけの力で対処しきれる訳でもないのに、あんなイキった感じでドヤ顔晒して説教してしまったなんて………、もう、恥ずかしい、穴があったらひと思いに埋葬されたいくらいに、ただただ、恥ずか死ぬ。

目撃者多数によるTHE黒歴史樹立の瞬間でしかなかった。


「そんなことなかったです!!」


「 ……? 」


「全然、恥ずかしく思う必要無いです!! 寧ろカッコイイ、てかさっきも、お(じょー)様はスゲェー勇気あるなぁって、ずっと感心して見てて!! 俺、ビックリしてるんですよ、今日お(じょー)様と会ってからずぅーーーっと!! うちの…下から2番目の妹とはえんらい違ってて、だから余計気になって、こーやって聞いちゃってるんですけどね!? 理由聞いてもビックリさせられてるしって、何だそりゃ?!スゲーカッケーーって!! 感心しきりなんですよ、さっきからず~~っと!!!」


キラキラッと輝く太陽のような煌めきを纏った純真無垢なルチルの瞳を大きく輝かせて、裏表のない純粋な尊敬の念だけを宿して真っ直ぐに見つめられてしまった。

盛り沢山な陽のパワーがふんだんに盛り込まれた褒め言葉過多な内容に、上手く返せる言葉が咄嗟には見つけられず、違う切口で明後日の方向に切り返してしまった。


「妹さん…、それはもしかして私と同い年の?」


「えぇ?! し……ってるん…ですか、レリのこと?!?」


さっきまでのキラキラは何処へやら。

あばばばっ、と全身ガクブルさせながら、戦々恐々といった体で怖怖と問い返されてしまった。

妹さんの存在を知っていると、何か不味かったのだろうか?


「直接お会いしたことはないのですけどね? ヴァルバトス卿が先日お会いしたときに仰っていたので、たまたま情報として知っているだけなのですけど。 あぁでも、勿論、機会があれば是非お会いしたいです! 私、同じ年頃の娘様と聞いたときから、1度お会いしてみたいなって、思っていたんです!!」


「…………っ、…………そ、れは………っ!? っっっちょぉ~~~っとぉ、オススメ…出来ないっ、ことも、無いような……、有るようなぁ~~、難しい問題、デス…ねぇえっ?!!?」


左右の目を器用にバラバラと泳がせまくりながら、ゴニョゴニョと口の中で呟いて歯切れ悪く言葉を濁して返された。

最後には盛大に声まで裏返ってしまわれて、何だかとっても動揺しまくっているご様子だ。

そんなに…、会わせたくないのだろうか。


「えぇ…と? それは…結局、会わないほうが良い、と仰っていると受け取れば良いのでしょうか…?」


「………っ、…………ぅう、う、…あ、~~っ!! っちょっと、家族と相談させて……下さいっ!! 俺の一存で、すぐに『大丈夫です☆』とは……、言えなくって……!! ホント、スミマセン!! 俺の妹が…、問題児過ぎて、スミマセン~~っ!!!」


「!?! 問題児、なのですか? でも……、えっと、はい。 私は全然、ご相談いただいてからのお返事で構いませんよ! だから顔を、上げてください!! 大丈夫ですから、そんなに思い詰めなくても、お気になさらないでくださいね?!」


 ーー『貴方のお父様はそんな事一言も言ってませんでしたけど?』とは、言えない雰囲気だったわよね、絶対!! ナイスなKY回避っ、今日1のファインプレーだったわね、私!!!ーー


咄嗟の機転が間に合い、言葉の選択を間違えていれば途端に居た堪れない空気になる大事故を誘発しかねない話題を華麗に処理できた、はず。


額に滲んだ汗を手の甲で爽やかに拭うイメージで、フッと息を吐き出して難局を乗り越えた達成感にひったひたに浸りきる。


しょもん…、と力なくしょげ返るアグレアス卿の姿に、垂れ下がった耳と尻尾の幻影が投影されて見えてきてしまう。


 ーーうん、これ違和感ゼロだわ。 フッサフサの耳と尻尾が違和感ゼロでシンデレラフィット、激萌えっ!!ーー


ゲヘヘ…、とよだれを垂らしそうな口元を片手で隠して、アグレアス卿の今後の動向を見守っていると、事態が急変した。


①しょげ返っていたアグレアス卿をメリッサが無感情に眺めていた。

②その視線に気がついたアグレアス卿が顔を上げ、③視線を感じた方に顔を向けたことによって、④メリッサとバッチリ目が合っちゃった!…らしい。


それだけで、アグレアス卿の中で何かのスイッチがONされてしまったらしい。

一気に乙女モード☆全開、になってしまったアグレアス卿が、吃りに吃って、とっ散らかった声でメリッサへと一生懸命に言葉を紡ぎだす。


「あ…、ああああっ、あのっ!! そ、そ~そそそっ、その!! メ、メ…、メリッサ、しゃん!! うわっ、えっと、さん!!」


 ーーあらら~、盛大に噛んでしまわれて、その修正の仕方がまた…微笑ましい♡ 前触れなく言語中枢の接触不良を起こしたかと思いきや、なるほど納得! どうやらアグレアス卿は、宅の可愛いメリッサに話しかけるにあたって相当な緊張状態に陥られたご様子ね! これってば、絶対に、120%まず間違いなくあれでしょ?! 青い春的な、甘酸っぱい感情から発せられる(また)の下に心な感情による緊張状態ですよねぇ!?ーー


「何か御用でしょうか、アグレアス卿。」


 ーーWoW! She’s so cool!! 流石メリッサ、いつでもどこでもどんな時でも崩れない安定感抜群の鉄壁な鉄面皮具合、おみそれしましたぁ~~っ!! ってか声平坦過ぎでしょ?!って心配になるくらい、メリッサの対応が塩過ぎて、緊張MAXなアグレアス卿が可哀想だわ!!ーー


「え、あ…、いえっ?! 用ってほどでは!! なくって、ですね……ぇ?? あのっ…、そのぉ~、お、お元気そうで何より、です!! や、勿論、ご病気だったと思っているわけではなくってですね?! 言葉の綾と言いうか、挨拶の類の言葉だっただけで、深い意味は無きにしもあらずで、ホント、何が言いたいかと言うと、つまりっ、そのっ、お、お会いできて!! 凄く、う、うぅ~~れし、ぃ、です…って!! 出発するその前に直接面と向かって一言言いたかっただけなんですスミマセンこんな下らない内容に貴重なお時間取らせてしまってホント申し訳ないです失礼しますぅーーーーっ!!!」


 ーーなぁっ?! なんだってぇーーー??! 勢いよく頭を下げて腰の角度がキレーに90度だなぁ〜〜って感心したのもつかの間、最後だけノンブレスで一息に言いきってその姿勢のまま後ろ向きに駆け去っただとぉーーーっ!!? いや、面白すぎかっ!??ーー


「「 …。 」」


何とも言えない、閉口して沈黙せざるを得ない微・妙~~っな空気がこの場を支配した。

それを破ったのは、感情の起伏が感じられない、全くもっていつも通りで平坦な侍女の声だった。


「時にライリエルお嬢様、ここでこなすべきご用向は全て済んだと判断して宜しいでしょうか? であれば、食堂へ移動致しましょう。 もう朝食の準備も十分整ったことでしょうから。」


「メリッサ、他に言うこと…と云うかこの場合は気にするべき事、があるのではなくって? アグレアス卿のこと、あのままどこかに行かせたまま放置してしまって…良いものなの??」


「そうは申されましても、どこに行かれたのかもわからない状態で、何故敢えて闇雲に追いかける必要があるのでしょう? 今日も今日とて、やるべき仕事は山積してございますので、無駄に費やせる時間は微塵もございません。」


 ーーぐぅの音も出ない、正当すぎる正論で切り返されてしまったわ…!? いつもと変わらず冷静且つ淡々と。 でも相手から送られた、わかり易過ぎる浮ついた感情にも全くもって反応しないメリッサが、とっても()()過ぎて…不謹慎とわかっていても大変wwwであります(笑)ーー


「そうよね…アグレアス卿がどこに行ってしまわれたのか、謎よね。 それにしても、メリッサはいつでもどこでも、変わらずにメリッサね! うふふっ、私が大好きなメリッサは、一も二もなく脇目も振らず、お仕事命♡が標準仕様だものね!!」


個性的すぎる逃走姿勢で走り去ってしまったアグレアス卿が此の場に残した土埃を見ながら、相変わらずの鉄面皮で安定感抜群に表情を崩さないメリッサに、声をたてて笑ってしまった。


笑った拍子に自然と目に映った空は、憂鬱になりそうな分厚い灰色の雲が鈍くたちこめる曇天で。

それでも今この時は、与えられる憂鬱さを綺麗サッパリ払拭できるだけの、キラキラと強く輝きを放つ陽のパワーが込められた言葉が胸に残っていて、そのお陰で気分はとっても晴れやかなままでいられた。

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