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84.一言物申す!⑤ 〜遅れに遅れて、件の令息との面会開始〜

 あの時の(わたくし)と同じ状況下にその身を置かれたなら、誰だって焦ってしまったはずだ。


装甲車のような(いかめ)しい外観の箱馬車内部を見学するために登らなければならなかった手摺のないタラップ。

たった3段のタラップ、されど3段もあるタラップ。

そのたった1段をとってみても、登り上がる為には膝を90度以上に上げないことには次の段に足先が掠りもしないのだ。


冷静に考えれば、タラップ1段あたりの高さが幼女には厳しくなってしまうのは当たり前の事だった。

何故なら、この箱馬車の両サイドに、2対一組にして前・中・後の3箇所にデカデカとその存在を主張して取り付けられている車輪の高さは、今現在の私の全長と同じくらい、いや、もうちょっとだけ長い直径をしているのだから。


大人にとっては難なく登り上がれる高さの段差でも、幼女の身に置き換わると途端にえげつない高さの段差に相当してしまう。

私の全長を約90㎝として、単純に3分割すると1段あたりの高さは30㎝近くあることになる。

自分の全長1/3㎝分を登り上がるのは、幼女の未熟な身体にはかなりな試練となる行為だ。

片方の手をしっかりと支えられていたとしても、幼女には甚だ厳しい、結構な労力を要する動作だった。


このたった1段でもえげつない高さのあるタラップの2段目から、着地を目論んでいた1段目を不注意からすっ飛ばして、急遽心構えのないまま地面に降り立つことになってしまったならどうなることか…。

この世界にあるもの何もかもがすべてが高くもあり、大きくもある幼女目線での体感からしたら、ちょっと地面から高さのある、なんて生易しいものではない。

鳩尾の辺りがヒュッと縮み上がるような、どうにも耐え難い怖気に襲われるトラウマ必至で立派な恐怖体験だ。


気が動転していた。

寧ろ地面に激突しかけた直後に、気が動転していないほうがおかしい。

でもだからってあのセリフは……、無し寄りの無しだ。


「その必要はないわ、サミュエル。 これ以上何もしないで。」


意識してそうしたわけでもないのに、誰の耳にもはっきりと、この口から発せられた言葉には酷く冷たい感情しか込められていなかった。

自分でも思いもよらない程、強い拒絶の意志が言葉の端々に表れていたことに、驚かずにはいられなかった。


 ーーどうしよう?! 何か滅っ茶苦茶感じ悪かったわよね、今の言い方!?ーー


こんなにも強く拒否するつもりは毛頭なかった。

ただただ、サミュエルの先の提案を思いとどまらせたかった、本当にただそれだけだったのに…何故こうなってしまったのか。


覆水盆に返らず、口から零れ出て、周囲に響き渡ってしまった言葉を、今此の場に居合わせた全員の記憶から消し去ることは不可能なのだから。


だらだらと厭な汗が体中のそこかしこから吹き出してくるのがわかる。

声には出さず、顔に浮かべるその表情で、胸中に渦巻くすべての感情をさらけ出しながら、煩い顔面に反して言葉無く静かに大パニックに陥る。


それでも、急激に重苦しく劣悪になってしまったこの場の空気を軽くするためには、何事かでも言葉にして発信することが急務だと感じられた。

だからこそ、必要に迫られた勢いのまま、よく考えもしないままに、しっちゃかめっちゃかに言葉を紡いでしまった。


「ごぉっ?! …めん…なさい、サミュエル! 私、こんなに強く(?)言うつもりじゃなかったの!! 全然、本当に全然っ、貴方の提案が嫌だったとかじゃなくって!! だからって、怒っているとかでもなくってね?! も、本当の本当に、ただそんな事する必要がないって、私はそんなこと望んでないって、そう伝えたかっただけなのよ!? 信じて、くれ…る……?」


混迷を極める幼女の容量狭小な頭脳をフル回転させて、必死に紡ぎ出した言い訳もとい弁明の言葉は、纏まり無く雑然として、甚だ耳障りな戯言に等しい何某か、にしか相成らなかった。


「 ………。 」


先刻まで瞠られていた家令の目は、今は本の細さに戻っている。

驚愕から冷め、常の冷静さを取り戻したその瞳は、再び何の感情も覗えない凪いだものに戻ってしまった。

しかも、私が今しがた勢いに任せて喋り散らしたセリフに対して、何の反応も返してもらえない。


分泌される厭な汗の量が増した、気がする。


「サミュエル…? やっぱり…今さっきの言い方で、嫌な気持ちになって…しまった、わよね…?」


「 ……。 」


これにも何の反応も、返答もない。

黙りこくる家令の顔にも表情の変化は見られない。

と、思った数瞬後にーー。


「 …く、 」


「 く? 」


ピクリ…、と小さく開かれた唇の隙間から小さなく漏れ出た音を間近で耳にして、ついついつられて同じような音を疑問に思ったまま声に出してしまった。


「ふ…っ!」


「…ふ?」


続いて発せられた音も同じ理由で同じように、疑問形でオウム返ししてしまう。


「ふはっ、…くくっ、……ふ、ふふっ! ンアッハッハッハ!! アハハッ…、ハハッ! んんっふっふ、アハハハハッ!」


 ーーあらら…? これから先は、何だかとっても、デジャブな予感?ーー


普通の笑い声になった音に、今回はオウム返しすること無く、事の成り行きを見守ることにする。


しかし…なんともはや、非常に残念極まりない。

そんな悔しい思いが頭の中で増殖して蔓延するのを止められない。


笑い始めた辺りから、徐々に徐々に、角度をつけて逸らされていったサミュエルの顔は、今は完全に真横に逸らされきっていて、抱っこされている私からは、私の右手を解放して空いた左手で半分以上覆い隠されてしまっているその横顔しか見ることが出来ないからだった。


爆笑していたって、きっともの凄ぉーーーっく眼福な笑顔であるはずなのに、それをドアップで真正面から見られないなんて、今の最っ高な好ポジショニングを殺している、その目もあてられない痛ましい惨殺具合に、気を抜いたら今直ぐにでも涙が噴水状に噴出されてしまいそうな程、ザブザブと押し寄せて打ち付けてくる悲しみを堪えるのに必死だった。

とか何とか御託を並べたものの、横顔だろうとイケメンはイケメン、心のアルバムに収める作業は決して怠らない。


「ンアッハッハッハ、…ハハッ、……ハァ! 流石に、こーも連続して呵うと、腹筋が…、地味ぃ~にやられますねぇ。 こんな変なところで、身体(しんたい)の老いを実感、などしたくはないのですが、ねぇ~~? 寄る年波には敵いませんネ、困ったものです。」


「えぇと、…ごめんなさい?」


腹筋を痛めるほど呵っていた最中でも、腕に抱かれたままだった私は取り落とされるかも?なんて不安に駆られる瞬間を微塵も感じる暇無く、終始安心しきったままで、逸らされたサミュエルの顔を観察していられた。

呑気に観察に勤しんでしまっていた後ろめたさから、自然と私の口からは謝罪の言葉が零れた。


「んふっふっふ、謝罪は結構♡ ですので、これ以上笑いを誘う発言を、今後控えて頂けるだけで、十分でございますよ?」


 ーーうぅ~~むぅ、私のセリフが笑いのツボにはまった原因確定、みたいに言われてしまっているけれど、今までのセリフの何処に笑いを誘う要素が?と、疑問に思えてならないのだけど?? でも今優先するべき事柄は、『申し訳ない』と思っている、私の誠意を明確に示す事、な、はず。 だから甘んじてこの苦言を受け入れる他ない……気がする!!ーー


「わかった…わけではないけど。 ホントはよく分かってないままなのだけど、この場ではわかったことにして、納得して受け入れるわ!」


「んんっふっふ、お嬢様ぁ~? 今ご了承頂けたばかりですのにぃ、もうお約束を違えるおつもりですかぁ~??」


「 !? 」


またもサミュエルのツボを無意識に強打しかけてしまったらしい。

今度は声が出る前に、両手で口元を覆って、ぶんぶん首を横に振ることで約束を破る気ではないことを意思表示する。


「……っ、しかし…『その必要はない』ですかぁ、ふぅ~~む…?」


私の必死な身振りでも笑いを誘発されるようで、ふよふよと不安定に蠢く口元を、意志の力で何とか引き結んで堪えてから、気を取り直すために私の最初の発言の一部を反芻して、真剣に考え込む振りをする。


「やっぱり、私の言い方がまずかったわよね?! ごめーー」


「ライリエルお嬢様? 先程も申しましたとーり、謝罪は結・構、でございますよ? それよりもお聞かせ願えませんか? 何故あんな性悪な悪童と直接面と向かって会うことを望まれたのか、その真意を。 可能な範囲で結構ですので、ね?」


「真意なんて、そんな仰々しいちゃんとした考えがあったわけじゃないの! ただ…、昨日、マダム・サロメに会ったでしょう? 私、あの方の色々なことにびっくりしてしまったのだけど、その時同時に思ったの。

()()()()()に、取り返しが効く可能性がある今のうちに、しっかりと、1度だけでも真面目に面と向かって、一言物申しておかないとって!」


両手をそれぞれぐぐっと握って、言葉が進むに連れて何故か段々と身体にも力が入っていき、終わる頃には力説した体になってしまった。


「ぶぅっっ、……っっくくくく、!! くっっっは、っは……、はははっ、あっはは、ンアッハッハッハ!!」


「あ、えっ!? うそっ、ごめんなさいサミュエルぅ~~!! 私、本当に、わざとではないのよ?! 思ったまま、考えたままを口にしてしまっただけなのよぉ~~?!?」


私の力説具合か、それを宣った時の表情か、はたまたその両方か。

再び笑いのツボにドンピシャリしてしまい、吹き出してから身を震わせて笑い出してしまった家令に抱えられたまま、早くも今日何度目になるのかわからない、テンプレになりつつある謝罪の言葉を口にする。

申し訳ない気持ちを一杯に、込められるだけ言葉に込めて誠心誠意謝罪する。


けれどその傍らで、どうしたってイケメンの笑顔に遭遇できる回数が増える事で感じられる、隠しきれない多幸感と喜びを噛み締めている自分がいる。

溢れそうなほど際限なく湧き出てくる喜色に彩られた感情を弱弱な理性だけでは上手く抑えきれなくて、一瞬でも気を抜いてしまったらニヤニヤと令嬢に似つかわしくないニヤケ顔を晒してしまいそうになる。


「っはぁーーーー、疲れました。 こんなに呵ってしまうとわ、自分でも吃驚仰天、驚天動地でしたよぉ~♪ あのままお腹が(よじ)れきって、(ねじ)切れてしまうか、と今回ばかりは本気で心配になってしまいました♡」


左手で胸を押さえながら、肺の中の空気をすべて出しきるつもりかと思わせるほど長々とした溜息を吐き出して、やっと人心地付いたらしい家令の表情は少しだけ疲れて見えた。


それから私の背に左手を添えて、ゆっくりと屈み込んでから、そっと優しく、足先から地面に降ろして、私がしゃんと立つまで介助してくれた。

自分の足で地面を踏みしめて立った位置から、家令の顔を見上げるととても高い位置にある。

ついさっきまではあんなに近くにあったのに、と考えて、寂しいような、物足りないような、何だか不思議と名残惜しい気分になってしまった。


どんなに笑い悶えていても、今までずーーっと、意外としっかり目に鍛えられている筋肉の存在を感じさせる腕で、私を落とさないよう抱え続けてくれた事には素直に感謝しかない。

それでも感謝の気持ちを伝える前に、先ずは謝罪の言葉から口にしないと気がすまなかった。


「ごめんなさい。 それと、落ちかけたところを助けてくれて、今までも落とさないよう抱えててくれてありがとう、サミュエル。」


「んふふ、謝って下さった上に感謝の言葉まで賜り、恐悦至極にございます♡ ですが本来なら、ライリエルお嬢様が私如き使用人に対して謝罪や感謝なさる必要は無いのですよぉ~? ですからあまりご心配なさらず、私共の反応は気にせずに、堂々となさって下さいネ? これも巡り巡ってお嬢様の為、意識の低い愚かな使用人から軽んじられない為には必要なことでございますから♪」


綺麗な所作で腰を折り、頭を下げてくれた。

サミュエルらしい言い回しで気持ちの上でも『遜る』必要は無いと伝えてくれる。

それは耳馴染んだ侍女の言葉と一緒で、私を慮ってくれる優しい気遣いに溢れた言葉だった。


「十分かはわからないけど、少しなら分かってるわ、メリッサがいつも口酸っぱく注意してくれるのと同じ理由よね? 私も誰彼構わず頭を下げるつもりはないの。 でも、今までのことは殆ど私が原因…だったのよね? だから謝りたかったの、自分がスッキリしたかったから。 自己満足な行為だったのよ、許してね?」


「左様でございますか、それを聞いて、寧ろ安心致しました♡ ライリエルお嬢様は奥様を除いた他のご家族様と違って、お優しすぎる傾向にあられますので危惧しておりましたが、全くの愚慮でございましたねぇ♪」


「私のために色々と考えてくれてありがとう! でも、私はサミュエルが云うほど、…優しくないと思うのだけど?」


「そぉ~~んなこと(笑)ございませんともぉ~! あの冷血漢な旦那様の血を半分でも引いているとは…俄に信じ難いほど、奥様に似られたお嬢様は大変お優しい方でございますよ?」


ぷっふーーっと噛み殺しきれない失笑を漏らして、お父様をこき下ろすような発言を平気で宣う家令に、そんなこと口にして大丈夫なのかな?と少し心配になる。


「ぶっちゃけ、あの令息に対する今後の処遇に関しましても、思うところは諸々、山のよーに山積してございますが…、お嬢様が『必要ない』と仰せですので、そのように致しましょう。 あんな無礼の塊のような悪童にまで惜しみなく慈悲をかけて差し上げるなんて、とぉ~~ってもお優しいんですねぇ、ライリエルお嬢様わ♡」


「いいえ、そんな事無い。 私は全然、優しくなんてないもの。」


何だかとっても高評価且つ過大評価が過ぎていて、身の丈以上に良く思われ過ぎている感が否めない。


 ーーだって、あの子豚さんに対してだって、優しい気持ちから『何もしないで』って言ったわけじゃないもの…。 彼に今後、何か追加で処罰を下すなら、私が率先して動いて働きかけないと、意味がない気がするから。 だからサミュエルの提案を棄却した、それだけだったのだけど……、思いがけず『優しい』との高評価が付加されてしまったわね。 これぞホントの、情けは人の為ならずってやつかしら? 情けかけたつもりは全くもって無いのだけど(笑)ーー


今後も一切、情けに類する“お優しい”感情なんてかけてやるつもりもない。

だって今日も、相手の出方次第では遠慮などかなぐり捨てて、全力投球で泣かせるつもりしか無いのだ。

私が心に決めた禁忌(タブー)を、あの令息が愚かにも侵すことがないよう、せめて今だけは優しく祈っててあげることにする。



 「おや…、噂をすれば影が差す、ですかねぇ…。 やっとお出ましですか。 必要最低限の簡単な身支度を整えるためだけに、随分とまぁ、余計な手間と時間を取らせてくださいましたねぇ~? あの子豚さんは。」


サミュエルが呆れを含んだ声音で皮肉たっぷりに口にしたセリフで、待ちに待った子爵令息が地下牢から出て、ようやっと地上まで移動してきた事実に気がつく。

家令の向ける視線の先を見て、見知らぬ人物が先導していた為に、あの色んな意味で目立たないわけがない件の子爵令息の姿が一瞬だけ目に入らなかった。


それにしたって存在感が有り過ぎで、自然と視線が吸い寄せられてしまい、その結果良いだけガン見してしまう。


前世で云うところの、パンク系な衣装に身を包んだ、超個性的な人物がしゃなりしゃなりと気持ち腰をくねらせて、それでも颯爽と思える歩法で距離を詰めてやって来た。


屋内に居たはずなのに、目元にはグラサンもどきを装着しており、黒く染まったレンズ越しではその瞳が見つめる視線の先はこちらからは一切確認できない。


そして初めて生で目にする、所謂ヘソ出しスタイルが大変良くお似合いだった。


 ーー腹筋割れすぎてて、ホント眼福なのですが? 無駄な贅肉なんて(チラッ)…、小数点以下だって付加されていないって見ただけでわかる!!(何と対比したかについては、この場での明言は避けさせて頂こう!) 引き締まった腰が…、素敵に眼福デス♡ーー


テッカテカと良く光りを反射する合皮素材っぽい生地で仕立てられ、布面積が狭く、それに伴って勿論丈の短めな上下セパレートの黒で統一された衣装が、とってもよくお似合いで、その光景に感動して言葉無く打ち震えてしまう。


「やぁ、任せてしまってすまなかったね。 よくやってくれた、ありがとうアルチュール君。」


「うふふっ、い~え~~♡ 大変でしたけどぉ~、すっごぉ~く、大変でしたけどぉ~~! 折檻しないよう堪えてぇ、鞭に伸びそうになる手を何とか堪えてぇ、頑張って身支度を整え終えてからここまで連れてくる任務を見事やりきりましたぁ~~♡」


一言一言喋る度に、くねくねと身体をくねらせながら器用に喋り切る“アルチュール君”と呼ばれた人物は、語調はフワッフワ~っと可愛らしい余韻を残して耳に心地よく響き、長く伸ばされた髪は美しく艶を纏っており、手入れが行き届いていることが一見してわかるほど。


身体は全体的に細い印象を受けるが、何処からどう見ても、タッパのあるれっきとした成人間近の青年、つまりは生物学上の性別は男性な人物だった。


それなのに意識して高めた猫撫で声で「褒めて~、もっと褒めてぇ~~♡」と黄色く囀り、キャピキャピっとした可愛らしい仕草付きでおねだりする様が、とんでもなく可愛らしい。


 ーー凄い! どっからどう見ても男性なのに、言葉遣いと仕草が凄く女性らしくて、とっても素敵な方だわ!!ーー


通算の人生で初となる、所謂『オネェ』と呼ばわれる

属性の人物を生で拝見して、私よりよっぽど女子力と美意識のスペックが高い事が、何を於いてもまず最初に理解できた。


ドキドキと高鳴る胸の鼓動を聞きながら、まだまだ鑑賞し足りない気持ちにあかせて観察を続けようと決め込んでいた私の耳に、不快な声が無遠慮に土足で乱入してきた。


「気持ち悪ぃ…。 早くどっか行きやがれ、クソ野郎がぁっ!!」


アルチュールさんの背後から、突如口汚く罵る声が響いた。

渾身のドスを効かせて罵声を浴びせたつもりなのだろうけれど、声変わり前の高すぎる声音が邪魔をして、せいぜいが悪童止まりの悪口にしかならなかった。


それでも、この場にいる全員を第一声で不快にせしめた手腕は見事だった、とそこだけは褒め称えてやっても良いかな…、と思えた。

その考えナシで向こう見ずな、自分の今置かれている状況を理解しきっていない愚かさに免じて、この一度だけは大目に見てやることに、私の心の中でのみ決めた。


 ーーだからこれ以降、この場に居ても居なくても、一言でも私以外の人物を口汚く罵ったその時には、絶対に容赦してやらない。ーー


絶対にそんな言葉を口にした事を後悔させて、あのパーティーの時のように、失禁させることも厭わない。

もう絶っっっっ対、泣かす。

そうやって人知れず、誰に宣言する事もなく、心に深く誓の言葉を刻み込んだのだった。



 取り敢えず、少しだけ場所を移動する。

とはいっても、本当にほんの少ぉーーしだけ、主に大人たち全員に後方にさがってもらった。


左斜め後ろには侍女のメリッサが無表情で、相変わらず壁面寄りで佇んでいた。


そして真後ろには領地家令(アンタンダン)のサミュエルが胡散臭い笑顔で完璧に武装して、全く笑っていない目で眼光鋭ぉーーく、件の令息を睥睨している模様。


右斜め後ろには騎士の1団、先程合流したアルチュールさんを交えて、計6対の目が、もう既に敵意を込めて凄味を利かせた視線で威嚇するように凝視している模様。


そんなフォーメーションに落ち着いてから、遅れに遅れた面会が、今ようやっと開始された。


「ご機嫌よう、相変わらず、お元気そうで何よりです。 先日開かれた私の誕生日パーティ当日から本日まで、我が家でご滞在された感想は如何でしたか、ヒューシャホッグ子爵令息?」


「黙れっ!! 最悪だったに決まってんだろーーーがぁっ!! 俺様をこんな目に合わせて、ただで済むと思うなよぉっ?! せーぜー今のうち、かませるだけ余裕かましてろよっ?! 直ぐに万倍に返して、目にもの見せてやるからなぁっ、この化け物がぁあっっっ!!!」


「「「 !!? 」」」


 ーー化け物って…、語彙力の無さよ(笑) 私も人のこと言えないけど、流石にそれは幼稚が過ぎるのでは? おほほほ…ほぉ? そんな拙い語彙力で、私(精神年齢16歳)に喧嘩を売ろうと仰るの? えぇっ、本気ぃ~?! おっし、その喧嘩、買ったぁーーっ!! まったくもって失礼千万、許さでおくべきか!!!ーー


と、よく耳にするありきたりな売り言葉に、容易く煽られたのもほんの一瞬のこと。


子豚さんの放った負け犬のなんたらな根拠のない自信に彩られたセリフに即座に反応して、私の背後、3方向から鋭い殺気が立ち所に放出された。


途端にピリピリと肌を刺してくる空気と、ビリビリ感じ取れる隠す気のない殺気にあてられ、背中を中心に体中の毛がゾワゾワっと逆立つ心地になる。


「 …?! 」


こわごわ振り返って見たところ、距離を十分保って背後に控えている大人たち全員が、1人の例外もなく青筋を立ててピリ付いていた。

自分の怒りを上回る怒り具合を目の当たりにして、私の内に生まれかけていた熱は急速に冷やされてしまった。


 ーーうん、きょわい!! 1人残らず、きょわい!! 華奢でスタイル抜群な宅の可愛い鉄面皮侍女を除外して、こんな上背もあって体格も良い大人達から、鋭い眼光と一緒に殺気飛ばされて、正面から全部まともに受けとめた日には……ガクブルなんてもんじゃ済まされないわよね…?ーー


けれども痛烈に寄越される複数の視線をものともせず、というか気付きもしないで、件の令息はもっぱら自分の世界の住人と化していた。

先程自分が口走った捨て台詞の余韻と、自身の格好良さに浸りきっていて、周囲を全く気にしていなかった。


 ーーと云うか、待って、メリッサが…?! 眉間に深々としわを寄せて怒ってくれてるのって、もしかしなくっても、私の為?! うっそ、え、ホントに?? うっっそぉ~~っ!! 嬉しみがあふれ過ぎて変な笑いが止まらなくなるんですけどぉ~~~っ!!!ーー


デレが顕著♡

もうすっごく、わっっかり易ぅ~~~く、デ・レ・が・顕・著♡♡


侍女からの予告のない突然のデレに、きゅきゅん♡と胸をときめかせつつ、あんまり喜びすぎると今度はこちらに向かって殺気を孕んだ視線を寄越されてしまうと学習済みなので、これ以上舞い上がりすぎないように今から全力でブレーキをかける。


何とか冷ややかな視線を寄越されるくらいの舞い上がり具合に調節が上手くできて、尚且つ令息に狙いを定めた殺気の籠もった視線を寄越す行為を阻止できて、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。


今度は男性陣にも抑止を施すため、今度は反対側から振り返って見遣る。

振り返った先に居る男性陣は、どの面々も全く私には注視していない状態だった。


私を飛び越えた先に居る、腕を組み、ふんぞり返って仁王立ちして、一向に不遜な態度を改めない令息に、殺気を含ませた鋭い視線を集中豪雨のように狙いすまして浴びせかけている。

そんな男性陣の顔を、一人一人、視線が一度でも合うまで見つめてから、言葉の代わりにニッコリと大きく笑って、『大丈夫だからこれ以上殺気の籠もった視線を寄越すのを堪えてね♡』との言葉を託した表情で伝える。


私の表情に込めた想いが伝わったのか、若しくは拙い笑顔で気分が削がれたのか、目論んだ通りに最高潮だった殺気の波を抑えることに成功して、こちらでもホッと胸を撫で下ろしてから、もう一度子爵令息に向き直る。


私が後ろを振り返っていた事をどう解釈したのか。

向き直った先で見た令息は、1度くらい全力でワンパンを打ち込んでやりたくなる、どうにも鼻につくイキりきった表情に変容していた。


謎に高圧的な不遜さはそのままで、先程よりも馬鹿にしたような嘲笑が目立つ、真ん中に顔のパーツが集約されすぎた、ある意味では非常に見やすい顔面に、ちょっと真正面から直視するのが嫌になってきた。


 ーーいやいや、まだまだ、堪えて堪えて? 限界を感じるには早すぎる。 まだ序盤に片足突っ込んだ段階なのだから、匙を投げるには早すぎるでしょう?? 私は出来る子、やれば出来る子!!ーー


自分で自分を全力で鼓舞して、最終的には思い込みで乗り切るよう自己暗示を施してみた。

けれどこれらは結局、一時凌ぎの気休め程度の効果をも発揮し得ない。


どう頑張っても、相対する相手が終始与えてくる嫌悪感を払拭できないし、何なら頑張ってかけた暗示を早々にぶっ壊しにかかってくるのだから、始末に負えない。


 ーーその場に存在する(いる)だけで、ここまで簡単お手軽に嫌悪感をもよおさせられるなんて…、全然羨ましくない特技ね!ーー


相手を貶めてみても、全然嫌悪感が晴れない。

寧ろ目の前の人物と同類になってしまったようで気分が悪くなる、という最悪最低な結果を招く羽目になってしまった。

マイナスには何をどう組み合わせても掛け合わせてもマイナスになる結果しか生み出さない、そんな気がして、余計げんなりしてしまう。


彼の令息がこれから発するだろう言葉では、全然傷付く未来は視えないのに、それ以外では(ことごと)くメッタメタに傷付けられる未来が視えてしまい、始まったばかりの面会は、のっけから波乱万丈を予感させる、怪し気な雲行きが見渡す限りの空一面を覆い尽くして、その存在を強く主張していた。

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