4.ハッピーバースデートゥー、ミー? ④
魂が何とか現世の肉体に帰還したのも束の間。
再び旅立ってしまいそうな事態が発生した。
身支度を終え、一階へと向かい、家族と対面して。
そのあまりの眩さに、灰になりかける。
ーー家族全員、顔面偏差値高過ぎかっ??!!ーー
盛装した公爵家の面々は、その美しさの絶対値を底上げし、大変眼福な美形揃いだった。
ーー今度産まれて来るときも、できれば美形に囲まれたい…。ーー
つい辞世の句もどきを心でとなえてしまう。
改めて、公爵家の面々を眩さに薄めた目で、じっくりまじまじと見る。
まず、口髭があまりにも似合わない、童顔気味の我が家の大黒柱、コーネリアス・デ・ラ・フォコンペレーラ公爵。
お兄様達の髪色は、お父様譲りだと思う。
綺麗な琥珀色の髪を、オールバックにしている。
口髭がなかったら、最高にイケオジなのに…。
なんで口髭?
童顔を誤魔化すための、苦肉の策かな?
誰か言ってあげて、似合ってないって!!
私は口が裂けても言えないけど。
今は家令のオズワルドとパーティーの事で色々と話している。
そのお父様の隣には、いつ何時も絶やさぬ優しげな微笑みを今も浮かべて寄り添うお母様の姿がある。 見かけは華の妖精のように可憐な少女、しかしれっきとした貴婦人、アヴィゲイル・デ・フォコンペレーラ公爵夫人。
私の銀髪はお母様譲りだが、色味が若干違う。
お母様の御髪は、光の当たり具合で、薄い桜色に煌めくのだ。
やっぱり本物の華の妖精なのかも…と納得しかけてしまうほど説得力しかない。
現在恐らく妊娠中、なのにスタイルに響いていないとは、これ如何に?!
弟の誕生日までは流石に知らないので、恐らく妊娠初期なんだろうなぁ〜、でなければ納得できないスレンダー具合だった。
お母様は従僕とメイド数人に囲まれて、パーティーの招待客への対応を話し合っているようだ。
そして今も私に優しく笑いかけてくれるている長兄。
先程、傷害事件の被害者の幼女にしか見えなかっただろう、あの痛ましい顔面を治癒してくださった、才能溢れる将来の有望株、アルヴェイン・デ・フォコンペレーラ、当公爵家の嫡男だ。
若干10歳で完璧に治癒魔法を使いこなすなんて、天才なのでは?!
基準がわからないので正確には判断できないが、無能なんてことは絶対に有り得ない、のは確かだ。
身内だから、とか、助けてもらったから、とかは関係なく、正当な評価を下せていると思う。
身内への忖度はしない、絶対。
悪は悪、と断じれなければ、後々辛くなるのは自分だから。
気を取り直して、アルヴェインお兄様の隣の人物も見やる。
やはりこちらも、美少年だった。
髪の色は、この4人の中で一番濃い、焦茶よりももっと暗い、黒鳶色の髪をしている。
しかし、今世の少ない記憶の中にも該当する人物がおらず、家族に混じる見知らぬ謎の美少年であった。
頭の中に?が乱立する。
今は家族しか居ないはずなのに、誰だろう?
気になって、気になりすぎて、思わず疑問がそのまま口をついて出た。
「だれでしゅか?」
真剣な疑問が、口から出とたん間抜けな質問に聞こえる。
甚だ、不本意だ。
「わぁ~お、ご挨拶だねぇ~。 お兄様を忘れてしまったのぉ~~?」
お兄様?私のお兄様は2人居るけれど、二番目のお兄様は、こんな目の覚める美形ではなかった……はず、恐らく、絶対、はたまた多分。
なので、正直に思ったままを口にする。
それこそ、幼女らしく。
なんなら可愛こぶって、小首までかしげてみせながら。
「? ん~ん、しらない人。」
こういう時、幼さって免罪符になって、便利ね!
でもこの滑舌は許容できない!!
早急に打開策を模索せねば…。
「けっこうグサッとくるんだけどぉ。 本気でわかんない感じぃ? 何でだろうなぁ〜? ん~、……ん! そっか、髪型のせいかなぁ? ちょっとまってねぇ……、良し、これでどう?」
言うが早いか、その場で前髪を弄り始める自称兄なる人物。
前髪を乱しきると、こちらにパッと顔を向けた。
その顔は、正しく…?!
本日2度目の雷直撃。
僅か2秒ほどの短い時間、行ったのは至極単純な動作のみ。
左右キレイに撫で付けてあった長めの前髪を、もとの位置に戻しただけ。
つまり、前髪で顔を半分覆っている状態へと戻しただけ。
たった、それだけなのに。
確かに、今の髪型なら、わかる。
二番目のお兄様、エリファス・デ・フォコンペレーラ、イッちゃってる系な公爵家の准危険人物、その人であった。
普段と髪型が違う、たったそれだけの単純な変化だが、俄に信じがたい劇的なビフォーアフターを遂げていた。
くどいようだが、普段の彼は前髪で顔の半分が覆われているのがデフォルトなのだ。
髪色が濃いせいで、目も透けて見えない。
だから、たかが前髪に、こんな美少年顔が隠し果せるものとは、予想だにし得なかった。
ワナワナと震える唇で、言葉を紡ぐ。
思いの外、精神への衝撃が顎の筋肉へのダメージに繋がった。
「エリファス、お兄しゃま…?!」
ぐうぅ、この滑舌が地味に思春期の自尊心を抉る。
次兄の件と全く関係のない事象による内心の葛藤を顔面に晒しながら、先程知らない人とのたまったその口で、次兄の名前と続柄を告げる。
「えぇ~? そんな耐え難いかなぁ〜、ボクと血縁なのが。 でも良かったぁ、判ってもらえてぇ、一安心♪ …したらお腹が空いたなぁ~。」
苦虫を噛み潰したような渋面を、自身への嫌悪かと誤解しつつも、特に真剣に気にした様子がない。
飄々と、自分の言いたいことだけ言い終わると、食事が準備された一角へスタスタと歩いていってしまう。
ーー是非! 私もご一緒したい!!ーー
心からそう思い、よたよたと身体を揺らして歩き出した次兄について行こうとする。
今は身に纏ったドレスが、重苦しくて、体全体で反動をつけないと動いていけない。
ドレスめっちゃ重い!!
見かけの華やかさに騙されてると、とんでもない目に合うものだ、と思い知らされる。
そんな動きの鈍い私は、歩きだして直に、緩く緩慢な動作で伸ばされた大人の手に捕まってしまう。
「あらまぁ、主役のお姫様が何処に行こうと云うのかしら、ライラちゃん? まだまだお転婆さんなのかしら、でも今夜は、ご挨拶が終わるまでは、お母様の近くに居てね?」
肩を優しく拘束する手を辿って、妖精の如き美少女さながらのご尊顔を間近で拝す。
ーーまっっっっっっっぶしいぃぃぃぃぃ~~~!!! これで今現在、3児の母親とか、マジか??!!ーー
わっっっっっか!!
若過ぎではないでしょうか?!?
お父様、何処でこんな妖精さんとお近づきに???
是非ともその秘訣、伝授した頂きたいわ!!!
ヤバっっっ、また動悸息切れが激しくなってきた。
いやこれ、ドレスのせいかな、きっとそうだ!
私は断じて、実母にハァハァしたりしない。
誓ってもいい、100年後くらいになら。
「あらぁ、どうしたのかしら? お顔が赤いわねぇ、お熱かしら?」
目の前の母親の麗しさに照れてしまったから、とは言い出せず、もじもじしてしまう。
そんな私の額に優しく触れる柔らかい手。
ーーはわわわあぁぁ~~~!!ーー
少し触っただけでもわかる、スッベスベのウッルウル、な手入れの行き届いた柔らかい肌。
伝わる体温が、心地良い。
ーーダメだあぁぁ~~、キモチイィイィィ~~~…。ーー
熱がないか確かめるその素手が、優しく額を撫でる。
それが堪らなく気持ち良い。
アルヴェインお兄様が撫ぜてくれた時と同じ、いやそれ以上に、気持ちが良い。
これが母親の手の力なのか…?
自然と身体から力が抜けて、無条件に安心しきってしまう。
気が抜けすぎて…。
「ふわあぁ~~~……、あふ~…。」
欠伸が出てしまった。
そして急激な眠気が押し寄せる。
ーーヤバい。 眠い。 すんごく、眠気が一気にきた…。ーー
欠伸と一緒に滲んだ涙を、握った手の甲で拭おうとして、その手が目元に辿り着く前に、真横からサッと糊の効いたハンカチを持った手が目の前に差し出された。
手の主を仰ぎ見ると、乳母のメリッサだった。
いつの間にか、音もなく隣りにいたらしい。
ーーし、忍びの者っ?!ーー
何故この侍女は、音を立てず近づくのか!
おっかなびっくりしつつ、ハンカチを受け取り、乾いてきた目元に当てる。
涙は既に、今の驚きで引っ込んでしまった。
ついでに眠気も、どこかに飛んでいった。
「メリッサ、ライラの顔が赤かったのだけど、熱はなさそうなの。 部屋にいる間、変わったことはなかったかしら?」
「左様でございましたか。 本日、お嬢様は、何度となくご自分の考えに没頭され、悶えておいででした。 一度悶え過ぎ、椅子から転げ落ちられましたが、丁度別件でお呼びしましたアルヴェイン坊ちゃまに、治癒魔法を施していただいておりますので、大事ございませんでした。 その後は、他の者とお嬢様の身支度の仕上げを終え、お連れしました。 私が見ておりました限り、知恵熱ではと、愚考いたします。」
つらつらと、淀みなく一息に報告する乳母。
その報告内容に、聞き捨てならないものがあった。
聞き間違いかな…?
きっとそうだ、疲れて心が聞かせた幻聴だろう。
そう、無理やり自分を納得させようと試みるが…。
続く、麗しの妖精母が紡いだ言葉に、現実であると認める他なくなった。
「まぁ、そうだったの。 考え事なんて…、何か悩み事かしら? パーティーが楽しみだったのかしらね。 うふふ、可愛いわね、その姿を直接見たかったわぁ~。」
ーー今、何と…?ーー
私が、耳にした内容は、現実なの…?
あの乳母は、何とのたまった??
見た限り……とは???
うそうそ、嘘でしょうよ!!?
見ていただぁ~~~とぉおぉぉ!!??
何処で、何処から、いやいや、今一番重要なのは、いつなの、いつから観察してたの~~!?!?!
こんな現実、要らないんですけどぉお~~~(泣)
もうヤダ~~! この乳母ヤダァ~~!!
コワイよ~~~!!!
3歳児の精神衛生上、大変宜しくない侍女がいたもんだ。
悪役令嬢製造装置か?!
此奴、製作者からの回し者か!!?
幼女の感情メーターが、許容値オーバー、限界値突破し自壊。
私の感情は制御不能に陥り……。
結果、号泣再び。
サンドイッチでは解脱することで我慢(?)した。
今回は耐え難い羞恥と本能的な恐怖で、決壊した涙腺から噴水のごとく涙がドっと噴き出す。
それを横目で捉えた有能過ぎる乳母兼侍女が、お仕着せの何処からか取り出した、ふっかふかのタオルで、被害が出る前に受け止め、目元まで押し戻す。
私はこれからの人生で後何回、この侍女にタオルを押し付けられるのだろうかと、唇を噛み締めつつ考える。
涙腺が復旧するまでの間、ずうっっっと、タオルは目元に押し付けられたままだったのは、云うまでもない。