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73.予期せぬ出会いは夜の帳が下りる頃。

 次男の爆弾発言で一時騒然となり、あわや当主が本気で説教を開始するかと思われたが、思考の海から現実へと浮上を果たした末っ子幼女の説得を経て、今はなんとか穏やかな空気を取り戻した食堂は平和そのものとなった。

食後に用意された各々の好みの飲み物で喉を潤し一息ついていた、そこへ何の前触れもなく波乱を呼び込む台風の目が再び襲来したのは先に述べたような憩いの一時を取り戻した直後だった。


「ボンソワール、旦那様、お坊っちゃま方、そしてお嬢様♡ 頃合いをはかって参りましたが、お食事は終わられましたでしょうか? 随分と心安い団欒の時をお過ごし遊ばされたご様子で、誠に良うございましたねぇ。」


狙いすましたかのような絶好のタイミングで姿を表したのは我が公爵家の領地家令(アンタンダン)、サミュエルだった。

若干狐…ではなく、猫を被っているように感じられる澄まし顔で、何事もなかったかのように姿をあらわし得た臓腑の強靭さにはもはや脱帽の一言だ。


「何をしにのこのことやって来たのかねぇ、サミー? さっきの今で、私がお前の顔を見たいなどと思わないことは百も承知だろうにねぇ~、それも勿論わざとなのだろう?? 十八番(おはこ)の特技をわざわざ実演してみせなくても良かったさぁ、感情が昂りすぎて殺意が溢れ出てしまいそうだともぉ~!! あとライラに不必要な愛想を振りまくな、視線も寄越すな、寧ろ今すぐ出ていけ!!!」


突然の登場、そのせいで鎮火したと思われていた彼の人物の唯一の主であるコーネリアスが腹に据えかねる程やり場のなかった怒り、サミュエルが寄越した余計な愛想を含んだ言葉でそれが一気に燃え上がり、加えられた熱量で以って殺意へと昇華されるという最悪な変容を果たした。

であるのに、意外なことに理性を保ってここでは言葉のみに留めたのはひとえに、この場に末っ子の存在があったからに他ならない。

愛娘の目の前でトラウマ必至な火炙りショーなど行えない、本気で殺るなら場所を移してから、と考えたからだった。


「おやおや、旦那様は未だにご立腹なのですかぁ? 嫌ですねぇ~、これだから狭量で短慮軽率な気難しい方、という認識が取り払われないのですよぉ~、私の中から♡ 出て行くのも吝かではございませんが、お返事を頂けないとある案件の処理が滞ってしまい、私といたしましてもこれ以上の遅れは些か不利益を被り過ぎとなりますので早急に取り決めて頂きたいのです。 ち・な・み・にぃ~、簡単な質問にささっとお答え頂くだけで結構でございます、1分もかかりませんからネ♪ 子豚さんは明日の出荷で宜しいでしょうか?」


誠心誠意(自己申告)仕える主人が自分を本気で殺ろうと心に決めた事実に気付いているのかいないのか、しゃあしゃあと持論を宣う家令は人を食ったような笑みを絶やさずに常の図太さを遺憾なく発揮して怒り心頭に発する主人を軽ぅ~くディスり、ここへ来た目的を果たそうと肝心要の用件をサラッと告げる。


子豚と告げるあたりでは再びの手真似が行われた。

寝室の時と同じように手で真似てみせた“豚”は、今度は少しだけそれっぽく見えないこともなかった。

先刻はピンと伸ばしていた人差し指と小指が今回は緩く曲げられており、このマイナーチェンジをした効果がそれっぽい雰囲気に表れている。


「あぁ、そういえばまだその件があったかぁ~…。 仕方ないねぇ~、今回は(殺るのを)諦めるかぁ。 各々の都合が付くのなら明日の午前中には発ち給え、面子は先の書類の通りで構わない、騎士団の中でも殊更五月蝿いのが敷地内から減って願ってもないことだよ。」


頭の中でその面子を思い浮かべているようで、くつくつと喉の奥で笑っている。

その面子が一時でもカントリーハウスから遠ざかる事を心の底から喜び、歓迎しているとわかる朗らかな声音で言い放った。

それでも機嫌が良かったのはほんの一瞬で、すぐさま苦い表情となり先程の家令の仕草に苦情を呈した。


「それはさておいてだねぇ、改善を命じる箇所はお前の態度だよ! いちいち何か喋るその度にくねくねと無駄に蠢くのをやめ給えよぉ、目障り以外の何物でもないのだからねぇ~!! そういった態度からも人を小馬鹿にする癖も、どうにかするべきだろうともぉ~、天寿を全うしたいと強く望むのなら尚更だよぉ~~!!」


お父様が指摘した通り、先程のサミュエルは手真似を始めるまでの間、無駄にしなをつくってみたり、鬱陶しいと感じるくらいしきりに不必要な動きを繰り返していた。

この食堂に足を踏み入れた際には被っていたはずの猫は、殊勝にも己の分を弁えて既に遠く、遥か地平の彼方へと逃亡を果たしてしまったようだ。


「んふふ、改善を命じられましてもこればっかりは、無・理、でございます♡ それもこれも本を正せば旦那様が私の期待した理想どーりに、心底嫌っそーーーにして下さるから♡に他なりません! 私がこのような振る舞いを止められないその原因は、詰まる所旦那様にあるのでございますからねぇ♪」


「勝手をほざくな!! 残りの一生、無駄口が叩けないようそのよく回りすぎる舌を引き抜いてやろう!! それが良い、否それ以外他に道はないな、サミュエル、疾くこちらへ来い、今直ぐにだ!!」


「嫌でーーーっす☆ というかぁ、そんなことをしたらぁ、旦那様が後悔なさる羽目になるのですよぉ~? 明日私が出向くその理由をお忘れですかぁ~~??」


ケタケタと笑いながら怒れる主の命令を全面拒否する、その理由は至極真っ当、正当過ぎる理由だった。


「私が旦那様の名代として出向かねばならない、それをお忘れですかぁ~? 私がこのように滑らか且つ饒舌に喋れなければ全てが無・意・味、なのですよぉ~? それともぉ、旦那様が出向かれますかぁ~? まだ予断を許さない状況下の、不穏分子が潜むともわからない屋敷に最愛の奥様を残してぇ~~?? 勿論私に異存はございません、私は旦那様の決定に(すべか)らく従いますとも、私は旦那様の忠実な下僕(しもべ)でございますからネ♪ 旦那様、如何様にも御心のままにご裁可下さいませ♡」 


ニヨニヨ笑顔からのニッコリ笑顔、どっちの笑顔でも人を食ったような表情の狐顔で、見ていると上手に化かされて、何かの術中に嵌められたような心地になってしまう。


「くっそ腹の立つ!! もー良い、もぉーー沢山だ!! 明日の出荷であることと、面子に変更はない、これが最終決定だ!! 明日は必ずお前が私の名代としてきっっちりと、しっっっかりと、手抜かりなく!! あの子豚を飼い主に熨しをつけて叩き返し、回収するものを1つも余さず回収し尽くして来ること、わかったな!!」


戯けた口調は何処へやら、これ以上の問答を嫌った当主が吠えるように言い渡す、その簡潔で単純な命令を口角をにんっとつり上げて笑いながら恭しく拝命する家令はいつ何時も変わらぬ飄々とした態度を貫いている。


御心のままに(コム・ヴ・ヴレ)、旦那様♡ でわでわぁ~、そぉ~~と決まりましたら早速、明日の早朝にでもちゃっちゃと発ちましょーかねぇ~~♪ あぁー忙しぃ忙しぃ~~♪」


「そこまで急ぐ必要があるのか? 年の瀬に敢えて慌ただしくする必要が本当にあるのか疑問しかないが、何か理由でも?」


それまでお父様とサミュエルのやり取りを平然と見守っていたお兄様が『理解に苦しむ』と言いたげに器用に片方の眉根だけ寄せて、胸に抱いた疑問を口にする。

確かに年内に届ける必要はない、お歳暮でもあるまいし、遅れても何にも支障をきたさないはずだ。

ましてやアンジェロン子爵は子息の所在を偽ってまで責任逃れをしようとした親の風上にも置けない人物なのだから、息子の身を案じて暗い年末を過ごすなどということは万に1つの可能性もない話だ。


 ーーサミュエルには急いで届けてやる義理も人情もありそうにないのに、何故なのかしら?ーー


「ンアッハッハッハ! アルヴェイン坊っちゃまのその表情、旦那様そぉ~~っくり!! んふふ、冗談はさておいてぇ、急ぐ理由は何か?と問われましても答えは極々単純な事でございますよぉ~?」


指摘されたアルヴェインお兄様は瞬く間に渋面へと表情を変貌させてしまった。


 ーーちょっと、止めてくださる?! お兄様の天使の(かんばせ)に余計な皺が癖づいてしまったらどうしてくださるの!? 美形の顔面が損なわれること、それすなわち世界の損失!! ダメ、絶対!!!ーー


キッと睨みつけた…つもりだったけれどそんな事はできなかった。

何故ならサミュエルの顔面ももれなく美形、イケオジなのだもの、睨むことなんて出来ない、出来るとしたらその表情の変化を余すこと無く記録する為にノー瞬きでガン見するくらいのことだけだ、私ってばホントに無力。


私の葛藤を無視して(当たり前だけど)サミュエルは実にサミュエルらしい持論をご高説くださった。


「だぁ~~ってぇ、厭じゃござーせんかぁ? 諸々の手配も終わっている、それなのに年明けを無駄に待つ、なぁ~~んて無駄の大売り出しですよぉ~? 時間の無駄でしかない、それなのにかかる経費は馬鹿になりませんからねぇ~~!! 無意味な事に無駄金は一銭も、びた一文でも、懸ける気は毛頭ございませんから!! 慈善事業ではないのでぇ、これ以上無駄飯喰らいの穀潰しをのさばらせておく程広い心は持ち合わせていないのですよぉ~、我らがご主人様♡わ♪」


と思ったら、お得意の責任転嫁だった、サミュエルはどうあってもお父様を諸悪の根源に仕立て上げたいらしい。


 ーーその終始一貫した姿勢、嫌いじゃないわ! 最近なんだか小気味よく感じてしまっている、私ってばこの短い時間でサミュエルに慣らされてしまっているわね、嫌いじゃないわ!! 寧ろ良い!!!ーー


「だから全部お前の意見だろうが!! 私の人格を下げる発言を嬉々として宣うのを即刻止め給えよぉ、お前は本当に、どーしようもないその性格をどーにかしようと努力する振りくらいして見せ給えよぉ~~!!?」


 ーーあ、振りで良いんだ。 お父様もすっかサミュエルに毒されて慣らされきってしまわれていたのね…。 うん、友人は類友すぎるのも良くないということよね、良い反面教師が居て下さって、1つ賢くなれたわ! これで私も世知辛い世の中を上手に渡って…行けそうな気がするぅ~~っ!!ーー


ポジティブシンキング、これが異世界でも遺憾なく効力を発揮することを信じて、信じる者は救われる異世界であることも小石台くらいには信じてみようかな、とか何とか考えながらコップの中に残った液体を飲み干して、軽くなったコップを食卓の上に置く。

それを見届けていたらしい次兄が眠たそうにしながら私に話しかけてきた。


「ライラも飲み終わったならぁ、ボクと一緒に部屋に戻らない~? 添い寝がダメならせめてそれくらいはしたいなぁ~、良いでしょ~~?? ねぇ~、ライラ、ボクにエスコートさせてくれるでしょ~~??」


 ーーうぅっ!! まっぶしぃーーーーっ!? 小悪魔次兄からの不意打ちによる上目遣いなお願い攻撃なんてされてしまったなら…私……、っ尊死するわぁっ!!! トリプルパンチのクリティカルヒットで天国まで打ち上げられてしまうわぁっ!!!!ーー


エリファスお兄様はだらし無く(私には全くもってそうは見えないけれど)食卓に突っ伏して、そこから上目で見遣られている私の顔面はきっと激しく相好を崩壊させきっていた事だろうと思う。

瞬きを忘れ目をかっ(ぴら)いたままで、前髪の隙間から覗くスフェーンの瞳が美しさに拍車をかけた美顔を余すこと無く拝謁する、それを真顔で行えるオタクが存在するだろうか、否、いるわけがない。

こんな美しさを目の当たりにしたならば、デレッデレになる以外ありえない。

やべぇ幼女だと思われても構うものか、いいや、構う、捕まったらこの幸せな時間を過ごせなくなる、そんなの無理、死ぬ、心が枯れる、やっぱ表情は最低限原型を留めるくらいに取り繕わなきゃ駄目だったわ、反省☆


思考が一周して取り敢えずの落とし所を見つけられた、そこに至ってエリファスお兄様に返事をしていないと気づいて、お兄様に向かって『是非お願い致します♡』というセリフの『ぜ』を発声する為に、口をその言葉の形に変形させた頃合いをはかって、予想外の方向から予想外な申し出の言葉が投げかけられた。


「もしもぉーーしっ!? エリファスお坊っちゃまにおかれましては大変心苦しい提案となりますこと、先んじてお詫び致します。 と、言うわけでぇ~、僭越ながら私めがライリエルお嬢様とご一緒させて頂きとぅございまーーすっ!!」


エリファスお兄様に恭しく頭を下げて詫たあと、それまでの殊勝な態度はガラリと反転させて、挙手しながらキャピった言動と動作でとんでもない提案を奏上してきた。


「ぇ…サミュエルが…?」


 ーーエリファスお兄様(イケショタ)に引き続いてサミュエル(イケオジ)まで食い付いてきた…だとぅぉっ?! 何これ、今日の私、入れ食い状態?? これってあれかしら、ゾーンに入ったって状態な感じ!? え、嘘、やばっ、ウッソ、ヤッヴァ!!ーー


連続ヒットが嬉しすぎて舞い上がっていたのは勿論のこと私だけだった。


「「「 はぁ? 」」」


私以外の男性陣は一様に殺気だってしまったことは、言わずもがな、さもありなん、もうおなじみの光景と化してきてしまった。


 ーー私って意外と順応力旺盛だったのね、だって皆がブチ切れ寸前になってても、なんかもう落ち着いて見ていられるもの。 このあとどんな脅し文句が家族の口から飛び出してもきっとへっちゃらよね!ーー


「寝言は寝てから言え。 サミー、今日のお前の行動は目に余る、正気の沙汰とは思えないなぁ、一度気付けに燃してやろうか? それとも軽く炙ってやろうか?!」


 ーーチャ~ラ~♪ーー


「何故サミュエルが? 一体いつライラとそこまで親しくなったんだ、それは誰の許可を得ての行動なんだ?」


 ーー…ヘッチャラ~♪ーー


「へぇ~、ボクを差し置いて名乗りを上げるなんてぇ、新手の自殺志願か何かかなぁ~~??」


 ーー無理、ヘッチャラ出来ない、こっわ!! 殺意という殺意がだだ漏れで洪水警報発令ですけどっ?! たかがエスコートでそこまで殺気立つ必要なくないですかねぇ!?ーー


できて日が浅い私の持つささやかな耐性ではこのドバドバ浴びせられる殺意の奔流を耐えることは適わなかった。

傍観者でこれなのに、当事者だったなら圧死する前にショック死してしまいそうだ。

それを相変わらず面白可笑しそうにケタケタ呵って火に油を注ぐ言動をブチかませるサミュエルの五臓六腑はオリハルコン製なんだろうなと思えてならなかった。


「ンアッハッハッハッハ!! ほぉ~~んと皆様よく似ておいでで、微笑ましゅうございますネ、コッワ~~~イッ♡ さぁさ、こんな怖ぁ~~いご家族は放っておいてぇ、私と参りましょうかライリエルお嬢様♡ はい、こちらにお手をどーぞ♪」


軽やかなステップと共にルンルン♪と鼻歌を歌いながら、私のそばまで一瞬で移動するとそのまま流れるような動作で恭しく手を差し出してきた。


「え……と、あぁ…はい…、ありがとうサミュエル?」


結局恐怖に駆られて頭が真っ白になり、思考能力が著しく低下したために反射行動しかスムーズに取れなくなっていた私は、目の前に差し出された手に自分の左手をそっと乗せるしかできなかった。

やっぱり愛玩動物扱いされている気がするけれど、サミュエルの笑顔には抗いがたい圧力が込められていた。


「どういたしまして♡ ささっ、疾く参りましょうねぇ、一分一秒でも早く! それもこれも首を長ぁ~~くしてお待ちだろう奥様を、これ以上待たせる訳には参りませんからねぇ~~♪」


言うが早いか、言葉を紡ぐ間も無駄にすることなく、必要最低限の動きで私をふわふわ運んで軽やか~に食堂の出入り口まで(いざな)ってくれた。


 ーーえ、これって魔法? 何か殆ど床に足を着けた感覚がしなかったのだけど、どんな種と仕掛けがあったのかしら??ーー


「んふふ、びっくりなさいましたかぁ~ライリエル様? 魔法ではないのですが、ちょっとしたコツの要る歩法なのです、皆様にはナ・イ・ショ♡ですよぉ?」


コソッと耳元に囁きを落とされ、その内容に驚かされる。


 ーー考え読まれてたわ! しかも特別な歩法って…メッチャ気になる!!ーー


本当なのかはたまた幼女を黙らせるための嘘であるのか、真実は定かではないがなんだかちょっとロマンを感じた。


「ふふっ、なんだか素敵ね! わかったわ、みんなには内緒にするわね?」


くすくすと笑いながら囁き返す、身長差が有りすぎて私の声が届いているか不安が残ったけれど、口元に浮かぶ作ったような笑みが優しく緩んだ仕草で言葉が届いたことがわかって、これまたなんだかくすぐったく感じてはにかんでしまった。


そんな私たちの背に(サミュエルに集中しているけれど近くにいるから嫌でも感じてしまう)男性陣が向ける刺すような視線がグッサグサと突き刺さる。

…刺さっているはずなのに、平然としているサミュエルは本当に『何もかもが頑強に出来ているのだろうなぁ~…。』と思えてしまう。


意外なことに視線意外寄越されない、それはもしかしなくても私が側に居るからなのだろうか?

何気なく手を取ってそのままの並びで進んでしまったけれど、よくよく考えれば私はテーブル寄り、お父様たちとサミュエルの間にポジショニングされていたことになる。

もしかしたら気付かないうちに盾役にされていたのだろうか?

スマートにエスコートする裏で、幼女を盾に己への攻撃を最小限にとどめていた?

なのに盾役の幼女にもいい気分にさせてくれる気配りを欠かさないなんて、福利厚生の待遇良っ!!

イケオジにニコって優しく笑いかけてもらえるだけで、私なんかには十分すぎるご褒美になるのだもの、なんだかとっても得した気分♪

満腹だったけれど、この良い気分だけでご飯3杯いけちゃいそう、ありがたやぁ~ありがたやぁ~~!!


心の中で合掌して拝んでいると、サミュエルが急に自身だけでくるりと身を翻した。

今気づいてけれど扉の前にたどり着いていて、私の手を離さないまま器用にお父様たちへ身体を向けている。

どうしたのだろうかと気になって見てみると、入ってきたときと同じ完璧な所作で恭しく一礼して、一分の隙無く笑顔で武装してから退室の口上を述べる。


「でわでわ、無粋にも長らくお邪魔してしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます。 とうぞこの後も心ゆく迄存分に、親子水入らずのむさっ苦しぃー超貴重な時間をお過ごしください♪ それでは皆様ご機嫌よう、オルボワール、ムッスュー♡」


向けられる殺意の籠もった視線の威力が増し増した感が否めない、煽っているとしか思えない台詞であったため仕方のない結果といえばそれまでだった。


当の本人はと言えば、ニッコリ笑顔のままで嫌味を交えたサミュエルらしい言葉を吐き出しきって、ヒラッヒラと空いている方の手で3人に向かって手をひらめかせている。

喧嘩を売っているとしか思えない、挑発に相当する行為であることが明白で、それが一層やられた相手の殺意を煽る。


 ーーサミュエルってば、ドMなのかしら? 何でやること成すこと尽くを相手を煽る行為にしか換算しないのだろう、わざとやっているのだから、これはもはや特殊な癖と言って過言ないわね、真っ黒だわ色んな意味で!!ーー


うんうん、と独り納得して控え目に頷いてから、私も家族へ挨拶を…とサミュエル(向かって左側)に固定していた視線をお父様たちが居並んでいるだろう向かって右方向に視線を動かす。

動かして見て後悔、はしなくて済みそうで心底ホッとした。

ちょっとゆっくり気味で動かした視線、その視界の端では混沌(カオス)な空気が停滞しているためか闇く淀んでいる様に見えていたけれど、私が首を巡らせきって見た家族の顔は穏やかな微笑みをたたえたものだった。


きっと様変わりしただろう家族の表情の変遷を余すこと無く目撃しせしめた隣に立つ家令の身体が非常にプルプルしている。

吹き出すほどの笑いとはならないまでも、この家令には十分に楽しめる要素があった家族の反応にはあったようだ。

地雷原の只中に装備も整えず乗り込める度胸と言い、ホントこの領地家令(アンタンダン)は肝が座っているな、と横目に見ながら感心してしまった。


「お父様、アルヴェインお兄様、エリファスお兄様、先に失礼させていただきますね。 お母様のこと、ご心配でしょうが少しでも安心していただけるよう、私が精一杯お母様の隣で、些細な体調の変化も見過ごさないよう頑張って目を光らせますからね、お父様たちは安心してお休み下さい! それではお休みなさい。」


「あぁ、今夜のアヴィのことはライラに任せたよぉ~、私も安心して眠れるというものさ、ありがとうライラ。 でも無理は禁物だ、ミイラ取りがミイラになってしまったらそれこそ意味がないからねぇ、ライラもしっかりと休んでおくれ。 お休みライラ。」


「母上のこと、そばに居るからと気負いすぎないように程々で良いからな。 ライラが気を張っていたら母上だって気が休まらないし、何よりライラがまいってしまうだろう。 隣にライラが居るだけで母上だって心強いさ、だから頑張り過ぎも禁物だ。 お休みライラ。」


「今日はもうちょっと長くライラと居たい気分だったのになぁ~。 ライラが楽しそうだから仕方ないけどぉ~~。 明日はちゃんとボクの手をとってねぇ~、約束だよぉ~~? おやすみぃ、ライラ♡」


お父様も兄ーズも私への対応が優しくて、家令へ向ける視線の冷たさとのギャップが激しく甚大に感じてしょうがない。

引き攣った笑いにならないよう意識して、家族に笑顔を返してから家令が開けてくれた扉から広く長い廊下へと出る。


 ーーうん、何度見ても廊下と呼ぶには広すぎる横幅だわ、一体何人が並列したまま歩くことを想定したのかしら、軽く見積もって大人10人が余裕で横に並んで移動できてしまいそう。 ホント無駄に広い、何もかもが規格外よね…。ーー


何度目かわからない、今世での広すぎる我が家の威容にただただ感嘆の溜息を人知れずもらすこととなった。



 煌々と明かりの灯る真っ直ぐな廊下を家令に緩い力で手を引かれながら歩く中で、ふと頭に過ぎったある考えに意識が傾く。

五体満足のまま無事に食堂から脱出できたことを、少しでも喜んでいるのか好奇心が騒ぎ出すくらいには気になったので、隣を静静と歩く領地家令(アンタンダン)の顔を上目にこっそりと窺い見てみることにした。


相変わらず口元には微笑みが貼り付けられているけれど、食堂とは打って変わって、感情が凪いで静かでありつつもどこか警戒心が抜けやらない面持ちで真っ直ぐと前を見据えて危なげなくしっかりした足取りで粛々と歩を進めている。


 ーーイケメンはどの角度から見てもイケメンね…、死角が存在していない、360°どこからどう見ても一分の隙無くイケメンだわ、眼福!!ーー


斜め下から見上げる、このアングルも中々に美味しい、豊富な撮れ高のある角度だった。


 ーー天井に等間隔で設置された灯りに照らされて、シャープな顎のラインが際立って見えるし、男らしい喉仏がアダルティーな雰囲気をグッと後押ししてるわね…! 全体的に細身でシュッとして見えるのに、やっぱり成人した男性はそれだけで男らしく見えてしまうものなのねぇ……、眼福!!ーー


ギラギラと目を光らせながら幼女の皮を被っているのを言い訳にして、思う様イケメンの顔面を今しか見られない角度から堪能する。

出会う頻度が極端に少ないと危ぶまれる、本人自ら宣言していた通りのレアキャラであると予想されるので、見られるうちにお腹一杯になる程見納めておかねばきっと後悔して枕を滂沱の涙でビッタビタにすること請け合いだ。


今後ちょっと距離を置かれることになるかもしれないが、それはそれ、これはこれ!

そんなタラレバは、ここでは全くお呼びじゃないのだ。

今この瞬間は今しか見ることができない瞬間なのだから、1分1秒でも長く、この眼福アングルからの光景を記録するとともに、心のアルバムに納入することが、今この瞬間に美味しいチャンスをものにせしめた私にとって、最重要且つ最優先完遂案件なのだった。


「ライリエルお嬢様、お兄様からのエスコートを賜る機会を奪ってしまい、無粋な真似を働きましたこと、遅ればせながら心よりお詫び申し上げます。 ですがこれだけは覚えておいて頂きたく、これより言い訳がましい言葉を口に致しますこと、先んじてとはなりますが何卒ご容赦下さいませ。」


突然話しかけられて、煩悩に塗れた思考が返事に窮する、ヘンテコな間が空いてしまった、このことを突っ込まれませんように、と願いながら、努めて平静を装って返答する。


「え…? あ、そうだったわね、エリファスお兄様のエスコート、ちょっと期待していたから残念に思う気持ちも少なからず抱いてしまうけど、これが最後ではないのだもの、気にしないでちょうだい! それより私に覚えておいて欲しいことって、何かしら? 先んじてまで謝らないとならないような内容なの??」


 ーー心臓に悪い内容? そのヤヴァさは如何程と想定しておけば大丈夫な感じでしょうかねぇ~?! チョットそこのところ詳しくお知らせ願えませんかね??!ーー


「ンアッハッハッハ、そぉ~~んな身を固くせずとも大丈夫でございますよぉ~~? ただ少しだけ、ほんのちょぉ~~っぴりだけでも、ご家族様方の向けられる愛情が孕む危険性をライリエルお嬢様にきちんと認識しておいて頂きたいのですよ♡」


「愛情が孕む危険性…? それは、何だかとっても…大袈裟な表現な気がするのだけど……、そう感じるのは私だけ?」


「そうですねぇ~、この場には私とライリエルお嬢様しかおりませんからねぇ~~♪ まぁ、言葉は大袈裟に聞こえるかもしれませんが、内容はなんてことのないものなんですがねぇ~? 今日は奥様がお倒れになり、旦那様が酷くご立腹でしたでしょう? でもそれはライリエルお嬢様が傷付けられても同じ事、今日見た限りでは手の付けられない怒り狂いようになることは想像に難くない、安易に想像できる揺るぎない最悪な未来でございますからねぇ~♪」


ケタケタと笑いながら、全然なんてことない内容とはかけ離れたことを口にする家令に対して、何とか『アハハ…、ハハ……ハ。』と同調して笑ってみせたけれど苦笑い以外の何物でもなかった。


そうこうしていると、順調に歩き進めた結果、エントランスホールへとたどり着き、階段を登る(魔石で瞬間移動一択)為に話が必然的に中途半端に中断した。


レディーファースト、と言いたげに恭しく頭を下げられて、私が先に登ることが暗黙の了解で決定した。

魔石に軽く触れる、するとパッと景色が一瞬でかわり、私の体も階段を登りきった位置へと移動していた。


そこで異臭に気がつく、今まで嗅いだことのない匂いが私の小さな鼻腔を擽った。


 ーー……ん? 何かしら…、何かすんごく甘ったるぅ~い匂いが漂い始めたわね?? お菓子ではないだろうし…、これって、もしかして香水の匂い……???ーー


スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいると、遅れて階下から移動してきたサミュエルが同じように辺りに漂う異臭にピクリと反応した時だった。


「あら嫌だ、どちら様がいらしたのかと、驚いてしまったわぁ~。 余り驚かさないで下さいな、あたくしのか弱い心臓が震え上がってしまいますからぁ、ねぇ、サミュエル?」


漂う匂いよりも倍以上、甘ったるさを滴らせたねたつく声音がサミュエルの名を親しげに呼んだ。

呼ばれたサミュエルは……、一瞬射殺さんばかりに視線を鋭くして、それからはいつものようにニコリと微笑みで完璧に武装してから、親しげに名を呼んだ女性に言葉を返した。


「これはこれは、いらっしゃるとは気付かず、驚かせてしまい申し訳ありません、マダム・サロメ。」


ニコリとしているのに、全然ニコリ感が伝わってこない冷たさしか宿していない声音、今日初めて聞くその声に戦慄してしまったのは…至極素直な反応だったと誰でもいいから手放しで慰めてほしいと思った私は、何も悪くなかったと思いたい。

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