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69.人知れず投げられた賽。

 待望の医療魔術師たちによる診察が終わった公爵夫人の寝室で、場の雰囲気にそぐわず1人腹を抱えて呵い続ける男がいた。

フォコンペレーラ公爵家のお抱え医師、その筆頭を担うユーゴは先の令嬢の言葉を受けて、絶賛笑い転げている最中だった。


普段からユーゴはお世辞でも子供受けが良いとは言えない人物で、もじゃついた前髪のせいで目元が隠れて表情が読めないのと、ぶっきらぼうな言葉遣いとで怖がられることが多かった。

とりわけ今ここにいるライリエルくらいの女児には泣かれることが多い。

先程挨拶をした際にも案の定怖がらせてしまった、そのことで公爵からも叱責されたばかりだった。

なのでこの場ではこれ以上、次こそは確実に泣かれる可能性が高いご令嬢とは話したくなかったのだが…、密やかなその願いは天には届かず、話さざるを得ない状況に再び見舞われた。


どうやっても普段からの口調を変えることができずにそのまま話してしまい、話した内容も少し理解しにくい単語を使ってしまったと気付き、2重の意味で慌てたことで語彙変換が直ぐには上手くできなかった。

もたついた自分の頭の回転の悪さに少しイライラして続く言葉も取り繕うこともできず、乱暴に頭を掻き毟りながらぼやいた自分の言葉に遂に泣かれるかも…と焦っていた。

ちらりと前髪の隙間から件のご令嬢の様子を見る。

おっかない表情でこちらを目つき悪く見据える公爵の膝の上にお人形のように可愛らしくちょこんと座りながら、こちらを切羽詰まった表情で見返す少女は次の瞬間、以外にもケロリとした声で自分の言葉をちゃんと理解していて、尚且つその理由もしっかりと把握している事を端的に伝えてきた。

それから自身の早とちりを大いに恥じ入って言い訳をしながら身振りでも慌てふためく様を見せられて、笑いをこらえきれなくなってしまった。


以前のご令嬢は()()()()()()年齢に見合った『お子様』だった。

我儘も言えば癇癪も起こす普通の幼子、つまりはユーゴにとっては鬼門的存在と言って過言なかった。

どうしたって泣かれる未来しか視えない、泣かれた瞬間にユーゴの人生は幕を閉じる…とはいかないまでも、まず間違いなくお嬢様への接近は禁止される事になるだろう。


運が良いのか悪いのか、遠目には何度か見かけたことはあるが診察する機会はなかった。

実際に会ったことは今日の今この時までなく、こんなに間近で会って言葉を交わしたのは初めてだった。


先日、このご令嬢の誕生日パーティーの翌日に診察したのは別の者だった為、話に聞いただけの情報しか持ち合わせていない。

たまたま運悪く往診に行くこととなった同僚曰く、『ご令嬢は聞きしに勝る以上に、大層ご家族から溺愛されている、かの旦那様も例に漏れずメロメロで、地雷が増えたと思ってまず間違いない。』とヨロヨロしながら言っていた。

何でもご令嬢の診察の最中ずぅっっっと公爵の監視の目に晒されていたらしく、心神耗弱状態、殆ど死に体で命からがらとなって戻ってきたのだ。


診察した際のお子様のご機嫌次第でこちらの首が容易くすげ変わる、なんて笑えない事態が安易に起こり得る可能性が浮上した、由々しき緊急事態だ。

安定した収入と不自由ない衣食住が保証された環境だからこそ、今の名誉職位でしかない“筆頭医師”を渋々嫌々ながら担っているというのに、やっていかれない。


そう思っていた矢先の今日だった。

己の運の無さを呪った、そして今日を限りに公爵家での雇用を失う覚悟も密かに心積っていた。

一回の失言が命取り、そう言い聞かせつつも自分を偽ることは出来なかった。

というか医師として見過ごせない事態に直面してそれどころでなくなっていた、だから途中からは殆ど素で対応していた。

それが仇となるかと思われた場面で、予想した最悪の事態とはならなかったことに面食らって、込み上げる笑いが堰き止められなかった。

ここにおわすご令嬢は自分の予想とは似ても似つかないお子様で、世間一般が想像するお子様像とはかけ離れた存在だと理解して、それもあって笑い転げるに至ってしまった。


予想は裏切られた、勿論良い意味で。


先程まで必要以上に警戒していた自分が、途端に馬鹿らしくもなった。

過度に張り詰めていた神経が一気に解れて、それと同時に理性による自制も機能を停止してしまい、笑いを収めることが出来ない状態になっていた。


しかし、そんな筆頭医師の心情などこの公爵家の当主には知る由もなく、もっと言えば知りたいと思う機会すら未来永劫おとずれるはずもなかった。

この後絶叫とともに強制的に笑いを引っ込めざるを得ない状況になるのだから、現実は無情、この一言に尽きる。



 筆頭医師の笑いがおさまるのを時間をかけて待つことはできない状況だったので、お父様が痺れを切らすのは早かった。

これ以上は無理、と断じた段階で容赦なく、何の前触れも無く魔法で威嚇してみせたのだ。

突然足元に燃え盛る炎が顕現したら、魔法で攻撃された経験のない一般人ならばどんな人物であれ度肝を抜かれて腰が抜けてその場にへたり込んでしまったことだろう。

そんな中、「ぎやぁーーーーっ!!!」と言って飛び上がるくらいで済んだのは褒められていい反応だったはずなのに、お父様は家族以外には辛辣な態度が標準らしく、「五月蝿い、騒ぐな!」と無情にも一喝して黙らせた。


 ーーお父様が脅かすから驚いてしまわれたのに…、理不尽の極みだわ。 世が世ならパワハラで訴えられて敗訴確定案件だというのに…異世界怖っ!!ーー


しかしここで(わたくし)が正論に則って注意したらお父様の機嫌が悪くなってしまうかもしれない、そうなれば今後の八つ当たりの矛先は間違いなくこの部屋で1番の他人、ユーゴさんになお一層剣幕を増して集中しまうことだろう。

可哀想とは思うけれど、ここはお口にチャックでことの成り行きを見守るほかなさそうだ。


ブルブルと生まれたての子鹿以上に目に見えて震え上がりながら、一喝された内容をちゃんと守って、自分の口を自身の両手で覆って、もう必死に、これ以上叫び声を上げないように努めている。


 ーー………っかわいそう、普通に可哀想でしかない! そしてうちのお父様が自分棚上げの理不尽王で、心の底から申し訳ない!!ーー


ハラハラとしながら、ことの成り行きを見守る、それしか出来ない自分が無力で歯痒い。

今までの私なら愛娘の立場を遺憾なく利用して苦言を呈せた、でも今日お父様に何度も慰められ、励まして頂いた手前、強く出られない。

というか当分の間両親に頭が上がらない、精神的立場の弱い今の自分では擁護してあげられない。

唯一できるとすれば、心の中で合掌してユーゴさんに向かって頭を下げることだけだった。


なんとか自力で恐怖に打ち勝ち、震え上がった姿勢で硬直した身体を弛緩してみせてから、深呼吸を繰り返してから、やっとこちらに向き直った時には5、6歳は老け込んで見えた。


「で? 結局のところ、誰が怪しいか目星もついていない状況で、今後どうしようというのかねぇ? まさか医療魔術師だち全員の動向を探るよう、なんて言うわけじゃないだろう?」


相手のペースにはこれ以上合わせる気がないようで、単刀直入に今後の対応についての意見を迫る。

その意見を聞き入れるかどうかは別として、医師としての彼の見解は無視できない為尋ねたにすぎない、という体を感じさせる高圧的な態度だった。


「それができれば1番ですけどね、実行犯が今日来た専属担当の中だけとは限りませんし。 目星は絞れてはいませんが、除外して大丈夫な人物はわかりましたよ、麻酔担当は外して大丈夫です。 彼女は魔法部出身で医療知識は素人と変わりませんから、あとこっちの分娩助手も同じ理由で除外で。 つっても、経歴詐称してたら意味ないんすけどね、こっちに出された経歴書が嘘だったら今の前提は成立しないんで。」


つい先程自分を容赦なく威嚇してきた相手に、驚くほど平静に言葉を返す、食ってかかってさえ見せる彼は職務が絡むと普段以上の度胸が自然と顔を出す人物のようだった。


「その心配は無用だ、こちらも馬鹿じゃない。 出された経歴に関する書類は事前に事実関係を十二分に精査してある。 記された経歴に嘘偽り無く、且つアヴィと子供の命を預けるに値する十分な能力を備えた人物かどうか、も調べ尽くして厳選した人員だったんだがねぇ…。 守秘義務もあるし、おいそれと第三者に知られるはずもないとこの国の法規制を信用しすぎてしまった私の落ち度かなぁ?」


自嘲とは程遠い、怒りに塗れた黒い笑みで口元を歪めて零した言葉は、突き詰めればこの国家中枢に対する怒りだった、今お父様の脳裏には具体的な人物の顔が様々と思い浮かんでいるだろうことがいやでも理解できて、ゾゾッと怖気が一息に背を駆けた。


 ーーどうしよう、今にも空間転移して王城に殴り込みに行ってしまいかねない剣呑な雰囲気だわ。 これ、誰が止められるの?ーー


剣呑な雰囲気と一緒に噴出され始めた寒すぎる冷気にも超至近距離から身体を冷やされ、否応なく身体が小刻みに震えだす。


「コーネリアス、落ち着いて? 怖い顔をしては嫌だわ、ライラちゃんも怖がってしまっているし、お願いだから止めて?」


「んんっ!! すまなかったねぇ~、アヴィ、ライラも!! ほらほらぁ、この通り、もう平静さを欠いたりしないともぉ~!! 安心しておくれアヴィ!!」


 ーー変わり身秒かぁ~、カチギレでもブレないなんて、さすがだわお父様!! そして鶴の一声、あざぁーーーーっす、お母様ぱねぇですぅ~~~!!!ーー 


腕に軽くもたらされたボディタッチと哀願のダブルパンチにお父様の危険極まりなかった黒い思想は跡形もなくぶっ飛ばされて、いつものお父様が無事帰還を果たした。


「あぁー…、言っちゃなんですけど、法規制(それ)全く機能してませんから、ぶっちゃけ。 金さえ積まれれば情報なんてすぐ右から左っすよ、実際。 崇高な理念なんて医療魔術師団(あいつら)には皆無すから、期待するだけ無駄っすわ。 それよりもこの栄養剤を調剤した薬剤師、早く探さないと消されますね確実に。 明らかに規定量を超過して配合してる、人体に害を及ぼすって気付かないはずないんで確実に金積まれて片棒担いでますからね。 誰か上手く潜り込ませられますかねぇ?」


「そんな事はわかりきってる、それも含めたローデリヒの詰めの甘さに憤っていたのさぁ! あれだけ国策として大々的に打ち出しておいてこの為体!! 腐敗した医界に国家が介入する楔として医療魔術師団を擁立して投入したはずなのにその役割が一切果たされていないなんてお笑い種だよ全く!!!」


 ーーお父様ったら、国王陛下を呼び捨てていらっしゃるぅーー?! 家族の前以外では言ったら駄目なやつーー!! しかもその後の内容言っちゃ不味い内容なのでわぁーー!?ーー


色々な禁則(タブー)をぶち破ってしまわれたお父様の発言に目が飛び出るほど驚いたのは私だけではなく、この場に不運にも居合わせてしまったユーゴもカチコチと動きを硬くして思わずツッコんでしまったほどだ。


「あ、えーーと? それ言っちゃ駄目なやつじゃ…?! や、俺は何も!? なぁ~~んにもっ、聞いちゃいませんので、お構いなくぅ~~っ!!? いやぁ~、無事黒幕の尻尾掴めると良いっすよねぇー、ホント、なんか変な汗が止まんねぇけど気の所為だなこりゃぁっ!!!」


必死に誤魔化しながらそっぽを向いて、一瞬で吹き出した大量の汗を両手で扇いで乾かそうと無駄に試みている。

その背に向かって投げかけた次の言葉が、今まであったこの場の穏やかな空気をガラリと変えた。


「本当にさっき挙げた2人の人物を無関係と決めて、除外して大丈夫なのだろうねぇ? というかそもそもの話ぃ、君の言葉を信用して大丈夫なのだろうかねぇ~、いやに勘が働き過ぎている、そう思えてしまうのは私だけかねぇ~??」


声は温度を低くして、抑揚も平坦になり無機質になった。

目を眇めて、相手の真意を探るように油断ない目つきで眺めやる。


「…俺を疑うんすか? いや、まぁ~そぉ~っすよねぇ、旦那様にとっちゃぁ、俺なんて面識もない得体のしれない赤の他人でしかないでしょうし。 疑うならどうぞお好きに、なんならこの場で俺を拘束してもらっても構いませんよ! 俺にやましい事は一切ない、しっかりきっちり調べ尽くして下さいよ、気の済むまでねぇ!! こんな事に加担してると少しでも疑われたままなんて真っ平御免なんで!! あとついでに言わせてもらいますけどねぇ、俺はどんなに金積まれたって生まれる前のガキの命まで平気で奪おうとするような下種な馬鹿どもの言いなりになんてぜってぇーーーに、ならねぇんで!!!」


最初は呆然として、それからは次第に感情が昂ぶっていくように語気が荒くなり、最終的には吠えた。

がしがしっと一際勢い良く頭を掻き毟ってから、前髪の奥から怒りを宿してギラつく瞳で直と公爵を見据えて激情にまかせた大声で啖呵を切ったのだ。


それを真っ向から受け止めたお父様は1ミリも表情を崩さない、相変わらず探るような目付きて相手をしげしげと見返しているのみだった。


 ーー急展開からの不穏な流れで、これからどうなっちゃうわけなの?! 本当にユーゴさんを疑っちゃってるわけなのぉっ??!ーー


お父様の膝の上から不安と顔に書いてお父様の次なる言葉を待つ、どんな爆弾発言が投下されてもいいようにだけ心積もりしておく。

でないと大袈裟に騒いでしまいそうだった、今の私の心情はもっぱらユーゴさん側寄りになっているので、これ以上試すような言動が放たれたら私の同情心が誘爆してお父様を叱り飛ばしてしまいそうだったからだ。

お父様が小さく息を吸い込んで言葉を発っしようとする気配を感じたので、自分の膝の上で両手をきつく握り合わせて感情の起伏に耐える準備をする。

けれど聞こえてきた声は先程までの冷たさを一切残しておらず、普段通りのそれにすっかり戻っていた。


「ま、そぉ~だろうね! そもそも君が共犯者だったならもうこの屋敷には居ないだろうしねぇ、色んな意味で。 それに面識ならあっただろう、1回だけだけど確実にねぇ~? 私は仇には躊躇いなく仇を返すけれどもぉ、恩を受けたら一応報いる心は持ち合わせているつもりだよぉ~?? まぁその程度も微々たるもの、恐らくは比べてみたら人並み以下なのだろうけどねぇ~!!」


 ーーえ? どゆこと?? 恩って、お父様が助けられたってこと…?!ーー


お父様の発言で『?』が乱舞する。

目をパチパチさせてお父様のお顔を仰ぎ見てから、お母様の方へも視線を流す。

すると目が合ったお母様も訳知り顔で微笑んでいて、面識があったのはお母様もご一緒の時なのだろうとピンときた。


「え…覚えてたんすか? だって、面接んときなんも…、あれ、え、あれってそういう!? うわ、嘘、マジすか?!」


そしてユーゴさんもバッチリ覚えがあったらしく、お父様の発言を反芻して1人あたふたしてぼやいている。


「それは全部君のだらしない髪型のせいだろうともぉ、面接の時ですらそのままだった君が悪い! 誰があの時の君だとひと目見ただけでわかるのかぁ、家族以外にそんな人物がいるのなら連れてきてくれ給えよぉ!?」


「あー…、髪、そーいやそーでしたねぇ!? あはははっ、あの日緊急の手術があって、ギリ終わって慌てて駆け込み間に合った~~って感じぃ、だったもんで!! あ~、ぁあっ?? ってことは、さっきの疑うようなセリフ、あれは本気じゃなかったやつ?!」


自分のもじゃついた癖毛を指の先で摘んで弄りながら今更な言い訳をバツが悪そうに並べ立てた。

それから先程のお父様の発言が本気で自分を疑ったからではない可能性に思い至ったようで、思ったまま素直に尋ねられた。


「さぁ~? どうかねぇ、君への疑いが晴れたとはこの場ではなんとも言えないがねぇ~、君の為人を推し量るのには多少なりとも参考にはなったかなぁ~~?? と言ったところかな。 取り敢えず足止めはもう必要ないだろう、誰かオズに言ってきてくれないかなぁ~、あぁ君がいいかな、メリッサ、頼めるかい?」


この話はここまで、と態度で示して話を一方的に打ち切った。

そして今も別室で医療魔術師たちを足止めしている真っ最中の家令に切り上げるよう指示を伝える為、メリッサに使い走りの白羽の矢を立てた。


「かしこまりました、伝えて参ります。」


それまで空気に徹していた有能な侍女はハキハキッと了承の返事を返してその場で深々と礼をしてから、ぱっと顔を上げたかとおもうやいなや、迷いなくキビキビとした足取りで寝室を後にした。


「あえっ!? や、まだもうちょっと引き止めたほうが?! だって、尾行とかそういう手配だってまだ何も…、してないっすよねぇ??」


風のように去ってしまってもう残像さえ見えない侍女の背に、届かぬと知りつつも声を投げかけてしまったユーゴは、最終的にはこの部屋に残った公爵へ向けて呼び止め(ようとし)た1番の理由を問いかけた。


「これ以上足止めする必要はない、他でもない私の判断を疑うつもりかねぇ~? それに尾行云々の手配なら、君がうだうだ話しているこの時間だけでも十分できてしまうからねぇ~!! これだけ時間があったというのにぃ、できていない方がおかしいというものさぁ~!!」


 ーーえ、できませんけど?! だってお父様ったらただここにふんぞり返って座ってただけなのに、そんな準備が万端整え終えられている、なんて誰が理解できたっていうの!?ーー


出来て当たり前、が大前提の非常識なお父様的常識をいつもの調子で宣われて、他にどんな反応ができただろうか。


「は?! え、いや、それはどーなんでしょうねぇ…? 魔法は俺、てんで使えないもんでわからんすけど、一般的には難しいんじゃないかって思うのは…凡人の愚慮ってやつっすかね? はははは、はは、……はぁ。」


今までで1番穏やかな速度で頭を掻いて、引き攣った口元から乾いた笑い声とともに零すように見解を述べた。


 ーーあらら、意外、ユーゴさんは魔法が苦手なのね…? 瞳の色が見えないから確証は持てれないけれど、何となく属性加護は強そうだと思ったのに…、おかしいなぁ~??ーー


謙遜でも何でも無く、本当に魔法が使えないとわかった。

ユーゴさんの表情は前髪に阻まれて正確には読み取れないけれど、先程発せられた声色には未知のものに対する憧憬が明け透けに感じられた。


 ーーすごく真っ直ぐな人なんだなぁ、言葉使いはぶっきらぼうで一瞬不機嫌なのかと思ってしまうけど、相手に合わせたりしない人なだけなんだわ、きっと。 根は真っすぐで、自分をしっかり持ってる人なんだ。 だから此処ぞって時に、全然ぐらついたりしないのだわ…。 凄い、格好良い性格の人なんだわ、性格が男前って、素敵ね!!ーー


最初は不審者にしか見えなかったもじゃもじゃ癖毛が印象深い中年男性が、今ではアイドル並みに耀いて見える。


 ーーこれが性格美人ならぬ性格美男(語呂悪っ!)ってやつなのね、多分、良く知らないからわからないけれど!!ーー


1人密かに盛り上がりながらユーゴさんに向けて異様に熱い眼差しを送っていると、私の醸し出す異様なオーラを察知してか、お父様が私を膝に乗せたままで身動ぐには狭い椅子の座面に腰を下ろした状態で器用に身体を動かして、私にユーゴさんの姿を見せないようにしながら真面目な調子で唐突に話を切り出してきた。


「良いかい、ライラ。 今後もし怪我をしたり病気になった場合は、残念ながら筆頭医師の彼含む6名の内誰かに診てもらわないとならない機会が必ず出てくる。 雇用に至る前には十分に精査しているから彼らの出自も経歴も能力も申し分ないとは証明されてる、けれどまぁ、彼は口が悪いのが玉に瑕でねぇ~? その上あの前髪ぃ、うちのエリファスも大概だがぁ~、目が見えなさすぎるだろう? 目元が隠れていると不審者でしかない見かけだからねぇ~、彼の為人を知らなければ彼を信じきれないかと思って、さっきはわざと疑う振りしてけしかけてみたのさぁ~!! 信頼の置けなさそうな人物に診察なんてされたくないだろうからねぇ、今後のためにも必要な通過儀礼だったのさぁ~!!」


「やっぱりわざとだったんすか?! しかもたったそれだけの為にぃっ!? 俺に対する信頼とかそういうのいらないんで、俺の無駄にすり減った神経と散々縮み上がった寿命を返して下さいよぉっ!!」


「五月蝿いねぇ、今君に話していない、それくらい言われなくてもわかるだろう~?! 誰も君に対して信頼を置くよう良い含めたりしないさぁ~、安心し給えよぉ、私は一切そんな事はしない!! だが今回のような人命に関わる悪事に加担するような類の馬鹿ではないとだけ、そこだけは信じても良いと言っておこうかとねぇ~。 今後ライラが何か困った事態に陥った時、家族の他に助けを求めて大丈夫な人間を知っておくことも必要だ、早すぎて困ることはないからねぇ~!!」


「お父様…、私のため、だったのですか?」


 ーー…本当にそれだけですか? 結構ユーゴさんの返す素直な反応を楽しんでいましたよね、絶対からかって遊んでましたよねぇ?! 私のためを免罪符にして大概愉しんでましたよねぇ??!ーー


続きそうになった言葉を意志の力でぐっと堪えて、決して口にはせず、心の中+目で訴えるに留める。

私の疑惑に満ち満ちた眼差しを受けて、お父様は誤魔化すためか綺麗な笑顔で切り返してきた。


 ーーうぅっ!! 似合わない口髭に邪魔されても、イケオジはやっぱりイケオジだわっ!! 美中年の至近距離からの笑顔、まっっっっぶしぃーーーーっ!!ーー


実父の顔面の良さにまんまと誤魔化されてしまい、抱いた疑惑は強制的に霧散させられた。


そのかわりに先程お父様が私に伝えたかった、と言った言葉の真意を考える。

困った事態に遭遇する可能性なんて考えたくもない、お父様の結界魔法が常時展開されているこの屋敷でそんな事態起こるはず無いと信じたい。

けれど魔法では防ぎきれない類の魔の手は実際に存在して、奇しくも今日お母様に実害を与えた。


屋敷に勤める使用人の正確な人数も知らない、その殆どと面識のない私には誰が誰やら全く判別からして不可能なのだ。

そんな中で、使用人の体で屋敷に紛れ込んだ第三者がいても私には見分けることは敵わない、遭遇したとしても警戒なんてできるはずもない、襲われたら身を守る術もない。


だから迷わず逃げ込める先を先んじて教えて下さった、助けを求めて、安心して頼って大丈夫な人、そしてその明確な根拠を示して下さった。

お父様が少なからず1度は恩に感じる行いをした人物、一見すると警戒して然るべき人物が信頼に値するそれだと教えて下さった。


 ーー本当はあの問答は必要なかった。 一刻も早くお母様を害そうとした黒幕に至る手がかりを掴みたかったはずなのに、それでも私に信頼できる大人が居ることを教えるのを優先して下さった。 この行動にも、お父様からの愛情を感じられる。 ユーゴさんが被った被害、不必要なストレス溢れる苦行の時間を過ごさせてしまったことは本当に申し訳ないと思うけれど、それでも嬉しくなってしまう。ーー


だから私は素直に伝える、今の私にはそれしかお父様の示して下さった愛情に返せるものが他にないから。


「ありがとうございますお父様! 私のために沢山心を砕いてくださって、本当に、嬉しいです!!」


今できる最高の笑顔、を心掛けてお父様に笑顔でお礼の言葉を告げる。

できるだけ率直に、自分の正直な気持ちを伝えることに留意しながら言葉を紡ぐ。

私の気持ちが真っ直ぐ届くように、お父様の目をしっかり見つめるのも忘れない。


「うん、やっぱりライラは聡い子だねぇ! 私が一から十まで説明しなくても、ライラにはちゃんと伝わっていると分かってしまうのだからねぇ!! アヴィ、ライラは本当に君に似て聡明な子だよぉっ!!」


「うふふ、コーネリアスったら。 ライラちゃんが賢いのは勿論貴方に似たからよ。」


 ーーあれあれぇ~? おっかしいなぁ、娘をダシにして夫婦のイチャラブコントが開幕してしまったみたいだぞぉ?! え、これどうやって回避すればいいの?? 無理じゃない、だって、私ここから降りられないもの!! メッチャしっかりとお父様の腕に抱き込まれて膝抱っこ継続中なのだものぉっ!? 誰かっ、ヘルプ・ミー!!! このままじゃ甘々~~な台詞の応酬に晒されて、煮溶かされてしまう未来しか視えないから誰でも良いから今すぐヘルプ・ミー!!!ーー


私の心の叫びが通じたのか、サトリなサイボーグ侍女が家令を伴って寝室に帰還したのはタイミングが良すぎて神憑ていた。

けれど2人の表情が凄く曇っていることが気にかかる、悪い知らせ以外、もたらされる気配が全く感じられない。


「メリッサ、オズワルド、どうしたの? 何でそんなに…、色々と強張っているの?」


恐る恐る2人に問いかけた。

お父様とお母様が2人の世界♡から帰還するのを待って居られる余裕はないように感じられたから、聞かずにいられなかった。


私の怖怖とした問いかけがお父様たちの耳にもしっかり届いたようで、2人だけの世界から現実世界に目を向けて下さったと身体に伝わるお父様の身動ぎで理解できた。

私の視線の先を辿って、寝室の扉を潜った辺りで佇む2人の使用人に目を向けているとわかる。


メリッサもオズワルドも、普段から感情を顕著に表に出すことが少ない人物だった。

にも関わらず、今2人が周囲に放出している空気は限りなく硬く強張っている。


「オズ、何がわかった? 医療魔術師たちから何らかの情報を聞き出せたのだろう?」


私の問いかけには答えてくれなかったけれど、主人であるお父様の問いかけには答えないわけにはいかないし、そもそもの大前提としてオズワルドがお父様の言葉を無視することは絶対に有り得ないと断言できる。


「はい、旦那様。 医療魔術師たちの到着が遅れた理由がわかりました。 殺人です、彼らの所属する医療院で今日、薬剤師が1人殺害されたそうです。」


重苦しく閉じたままだった口を開き、家令が告げた言葉は衝撃的だった。

衝撃的すぎて、これは現実ではなく夢の中の出来事なのではないかと思えてしまった。


現実逃避だってしたくなる、これほど簡単に人の命が奪われるなんて…現実として受け入れられない。

平和な日本で16年過ごした中で、身近で殺人事件が起こった経験は皆無だ。


どこか自分から遠い場所で起こった他人事な事象に思えながらも、これは紛れもない現実で、私たちに差し迫った魔手が引き起こした騒動の一端なのだと、ぼんやりと痺れたように霞んでしまう頭の片隅で冷静に判断理解する自分の存在を感じていた。

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