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66.言わない後悔、やらない後悔は質が悪い。

 何故お母様が命を落とす羽目になったのか、その原因を考える時に、まず外せない重要な人物が1人存在する。

その人物は、お母様が中毒死を迎えてしまう未来がおとずれる回帰の中ではどんな場合でも必ずその原因となるものを手引して、あらゆる事柄において裏で糸を引いていた。

そしてその存在、姿形を(わたくし)たちの目に1度は必ず触れさせている、今にして思えば私たちを直接品定めするかのように試していたのだ。


公爵家(じぶんたち)を攻撃する“敵”である自分、その存在に気付ける相手だろうか、公爵家(じぶんたち)に忍び寄る魔の手に気付ける相手、脅威を感じる必要性のある手強い相手であるか、単身敵陣に乗り込み自分の目で直に見て、それを確かめていたのだと思う。


わざと弱い立場にある(てい)の自分を目撃させて、どんな対応をされるかによって相手の器をはかっている、とでも云おうか。

どんな人物か、小物なのかはたまた大物中の大物、大人物なのかを見極めたかったのかもしれない。


何にしても、こちらをおちょくっていたのだと思う。

彼は通り名の通り、道化師のように軽薄に嘲笑嗤いながら誰であろうがその相手を翻弄し、撹乱し、挑発して、苛立たせる天才、こちらをその掌の上で転がして常にその滑稽な様を遥かな高みから見下ろしている。

けれどそんな尊大さが不思議と似合う人物、そうあって然るべきと思わせる威厳、カリスマ性が溢れる為人だったのだ。


でもその行動理由は不純…不遜と言っても良い程至極単純、自分が興味関心を寄せるに値する事象であるか、だった。

常に笑顔の仮面を被って本心をひた隠す、そんな彼は笑みを浮かべる表情の下でいつも酷く退屈そうだった。

相手が自分の予想通りの行動しかしない、想像の域を越えてくれない現実そのものに飽き飽きしているようだった。


最初は偽名、2回目以降はヴァイス・ファルベと名乗った青年、その名前も本名かどうか疑わしいけれど、商会長として姿を表した時には堂々とそう名乗っていた。


彼は何事にも無関心でいられたからこそ、客観的に理路整然と誤ること無く正しい答えを導いていける、だから彼の商会が発展の一途を辿っていったのは当然の結果だったと言える。


そんな排他的な彼が何故私たちを目の敵にしてきたのか、その理由は復讐に他ならない。



 『悪い夢』の中で幾度となく、お母様が毒を盛られて中毒死するという事件が起こってしまったのは何でだったのか。

数限りなく繰り返した回帰の記憶の中で、お母様が亡くなる未来がおとずれる回、そのどの記憶を振り返ってみても決まって同じ時期にある商会が我が公爵家へ接触をはかってきていた。


最初彼はその商会の小間使いと称して現れた。

我が家へ商談を持ちかけたい彼の雇い主に、何をしてでも約束を取り付けてくるよう言われてきた、と言っていた。

ここで約束を取り付けられなければ職を失ってしまうかも…、とも言っていた。


立場が弱く哀れな自分、これに失敗すれば無能者のレッテルを貼られた上に職を追われ、若い身空で路頭に迷う事必死。

若いと云っても成年間近の16・7、下位貴族と平民の子女の成人年齢は18歳であったのだからもう大人と云っても過言ではない、一商会にレッテルを貼られたからと云って路頭に迷うほどではないはずだった。

けれど、その時の私はそういった常識や知識はまだなく、洗礼式を終えたばかりの弱冠6歳であったので、相手の思惑通りいとも簡単に、情に絆されてしまった。


この時彼を屋敷に招き入れたこと、その事がお母様の死に繋がり、そのせいで彼も危うい立場となり大切なものを失うこととなった。

そのせいで…それが理由で私に恨みを募らせて、復讐へと舵を切ってしまった。


もとより彼の裏の顔はその筋を専門職としていた、暗殺稼業を担うギルド、彼の母国語ではツンフトだっただろうか?

その組織のボスだったのだから、復讐に踏み出すことに一切の躊躇いなど抱かなかったに違いない。


彼も例外なく思ったことだろう、『私さえいなければ』と。

私の存在が害悪でしか無かったに違いない、こんな被害を被るとわかっていれば私になんて頼まれても近寄らなかっただろう。


回帰の記憶を覚えている時にいつだったか彼に進言したことがある、『私に関わると後悔する』と。

それを聞いた彼は可笑しそうに、はじめて興味関心を注げる存在を見出した少年のような無邪気さで嗤ってから、『面白そうやねぇ…、どんな後悔が待っとるんか愉しみやわぁ。』と仮面の下の素顔を晒して嘯いた。


その結果は、彼の云った『愉しみ』なんて言葉は口に出来ない未来しか連れてこなかった。

でもこの時の彼は、私を恨むことはなかった。

その代わりに忠告を無視した自分自身を恨んでしまった、憎んで、呪って、精神を病んでぼろぼろになり、壊れていった。

精神を崩壊させきる寸前に、彼の精神(こころ)を救ったのは他でもない『聖女』様だった。


何故ここで『聖女』が関わってくるのか、それは私にもまっっったく、理由は不明だった。

でも現在の私には不思議と納得できる要素しか無かった。


その不思議と納得できる要素とは、回帰の中で私を殺した人物はそのほとんどが、前世のわたしがプレイした乙女ゲーム『聖女と光輝の国』の攻略対象者だった、ということ。

わかりやすく云えば、最初の10廻に『聖女』と協力して『破滅を招く魔女』を救済した人物たちが(イコール)ゲームでの聖女(ヒロイン)恋愛(こうりゃく)対象者だったのだ。


この偶然の一致は一体どんな理由で起こっているのか、偶然でなく必然だとでも云うのなら、その必然は何を起源にしているのか。

考えても答えは出ない、答えを出のに必要な情報が抜け落ちすぎているのだから当たり前だけれども、考えると頭痛を禁じえない。



 とにかく、何が言いたかったかと云うと、今回お母様が倒れた原因が何であれ、回帰の中で何度も目にした中毒死の兆候ではない、それだけは疑いようのない事実だと言いたかったわけで…。


つまりはお母様は死んだりしない、今この時にはヴァイス様が関わっている、裏で糸を引いているかもしれない、なんていう可能性は皆無だと云ってもいい、はず!

多分、…恐らく、……絶対?


疑い出すと限りなく自信も根拠も希薄になっていってしまうけれど、そう信じなければ、というより、今世(いま)の私がそう信じたいのだ!


だから胸を張って、真っ直ぐに前を見て、寝台に横たわるお母様へと迷いなく歩み寄る。


その姿は令嬢にあるまじき、いきり立った闘志漲るものであったことだろう。

エリファスお兄様と一緒に、安定のステルス行動で入室を果たしている乳母兼侍女から向けられる視線が限りなく冷たい、気がする。

常であれば容赦なく(はた)かれて、お決まりの決め(?)台詞『はしたのうございます』が歩き出した時点で飛び出しているはずだった。


でも流石はサトリな侍女、私の鬼気迫る想いを汲んでくれた(恐らく?)らしく、今は何も言わず(目では思いっきり言ってるけれど!)静かに扉近くに佇んでいる。


お母様のいらっしゃる寝台が遠い、距離が隔たりすぎてて『?』しかない。

例に漏れず、この寝室も無駄に広い。

というか、私の部屋よりもっと広い、だって寝室の扉近くから寝台まで歩くのに息が切れそうなのだもの、ほんとこの公爵家の何もかもが規格外過ぎて困る。


でもこうやって何でも良いから悪態をついていないと、また逃げ出したいと思う弱虫な自分が頭を(もた)げてしまいそうで、情けないけれど憤りの力を借りないと今の私を維持できないのが現状だ。


何故か怒りの感情を抱いていると、私の中に潜む暗いもの、全部が全部、ざわめきも蠢く気配すらまったくしない。

ひっそりと息を潜めきって、存在感を消してしまっている。


これまた原因はわからないけれど、私にとっては好都合でしかないのでそんなものかと考えるに留める。



 軽く息が上がったところでやっと、お母様の寝台の脇にたどり着けた。

ぐっと両の拳を握り込んで、目に力を込めて寝台の上に視線をずらす。

そこにはいつもよりも、目に見えて蒼白いとわかる顔色をしたお母様が、寝ていらっしゃる。


あまりの蒼白さに、想像以上の儚さに驚いてしまって、身体がビクッと飛び上がってしまった。

今お母様の身体に触ったなら、どこであろうと氷のような冷たさしか感じられないのではないか?


負の想像に囚われそうになった私の肩にポンと置かれた大きな手、お母様の側にいらっしゃったお父様が私の左肩をその大きな手で包んで、私が安心できるように温かさを分け与えるために触れて下さったのだ。


言葉では何も言わずに、伝わる体温と向けて下さる眼差しに言葉を託して、お父様が今も変わらず抱いている想いを伝えて下さった。


『深刻に考えず、気楽に。』、『どんな言葉でも愛しいライラからの言葉を拒絶したりしない。』


とろりと優しく緩んだエメラルドの瞳に向かって、静かに1つ頷いてから、うつらと微睡みそうになる意識をなんとか繋ぎ止めつつ今は私だけを見詰めて下さっているお母様の目を今度こそたじろぐこと無く真っ直ぐに見返して向き直る。


ぐっとお腹に力を込めて、両足でしっかりと床を踏みしめてから、お母様に言葉を伝えるために口を開く。

私の想いを、飾らない、偽りのない言葉で、伝わるようにと願いを込めて。


「お母様…私、お母様に……、酷い態度を取ってしまって、凄く、後悔しました。 お母様が倒れたと聞いて…、それが、…その原因が……心労が溜まったせいかも、しれない、と、……聞いてしまってからは、もっと、後悔して。 ……もうお側に居ちゃ、いけないんじゃないかって、…思えてしまって……。 私が側に居たら、お母様が……ずっと、苦しいままになって、しまうんじゃないか……、って、思えて。 わ、…ったくし、っが、お……母様、を、……不幸に、して、しまうんじゃ…? お母様の、おっもに、っに、なるならぁ…っ! わた……っは、う、……っうぅ……!! ……っ産まれて、来ないほうが、よ……がった、……って、おも…っ!!」


言っている内に段々と堪えきれなくなって、涙声になり、嗚咽に塗れていって、言葉が続かなくなった。

しゃくり上げて泣くことしかできなくなってしまったのだ。

これも直情的な思考回路を持つ幼女ボディの弊害だろうか。


 ーーもっとちゃんと、理路整然と、毅然と言えるはずだったのに…! 馬鹿みたいに感情が高ぶって、想っていたことの半分も、言えてない、伝えられてない!! 私の馬鹿っ、偽らないって云っても、これじゃ全然伝わらないじゃないっ!!!ーー


心の中で自分を罵倒して奮起をはかる、けれど全く効果がない。

自分の言葉は何故かスッカスカで心に響くどころか全部がぜぇ~~~んぶ、何の痛痒も与えること無くきれーーーーに通過していってしまった。


お父様にも散々、直前まで励ましていただいたのにこの為体(ていたらく)、情けないにも程がある。


でも自分で口にして、口に出そうとして初めて気づいたのだ、『産まれてこなければ良かった。』という言葉の意味を理解して、そう思いながら口にすることがどれほどの苦痛を伴うか。

血を吐くように零した言葉は身体から吐き出された後も胸が悪くなるむかつきを残していくことを、そしてそれがいつまでも身体の中に残って、吐き出した時の苦しみや痛みを永劫忘れさせてくれない。


前世の母と父が何度となく投げて寄越した言葉、それを自分で口に出したことは……なかったとおもう。

せめて自分だけは、言わないでおいてあげたかった。

心の中で何度この言葉を反芻したかわからない、したくなくても頭の中で反響して思考回路にこびりついてしまっていたから仕方なかったのだ。


でも実際に口にはしなかったはず、自分で自分を追い詰めることはしたくなかった。

最期の瞬間までは、言わないと心に決めていたはずだったから。



 涙が後から後から溢れ出てくる、嗚咽も止まらない、しゃくりあげることもやめられない。

宥めようとして色々考えた結果、余計に涙が止まらない事態に陥っている。

こんな中途半端なところで言葉を止めてしまっては、お母様に余計な心労の種を多量に植え付ける結果にしかならない。

密集しすぎてきっと発芽には至らないだろうけれど、そう云う問題ではない。

種を抱えるだけでも辛くて苦しい、そんな苦痛をお母様には与えたくなんてない。


指先で拭っていた涙を手の甲で拭い、それでも埒が明かないのでいっそのことドレスのスカートで拭いてやろうかと思ったときに、何かが動くのを視界の端に捉えた。


私は今お母様の寝台の長辺側面の脇に立っている、そして身体からお母様に向き合っているのだから、私が顔を俯けたとして、私の視界にはお母様に類するものしか目につかないはず。

そしてお母様は先程の失敗から見て上半身を起こすのも困難なほど消耗しきっていらっしゃる、はず。


それなのに、顔を上げて見えた現状は呼吸が止まるかと思うほどの光景で、ヒュッと自分の喉が鳴るのがわかったがそれにはかまっていられなかった。


お母様が眉間に皺をギュッと寄せて、今持てる力すべてを使って起き上がろうとなさっている、止めなければ、倒れられたばっかりなのに、今無茶をしたらそれこそ取り返しの付かない事態になってしまうかもしれない。


私が頭の中でごちゃごちゃ考えている間に、1番近くに居たお父様が直ぐに反応していて、お母様がこれ以上起き上がるのを遮ろうとする。


「アヴィ、駄目じゃないか! 君らしくない、一体どうしてこんな……。」


叱責の言葉が途中で立ち消える、不自然な間を残してお母様へと伸ばした静止の腕もお母様にたどり着く手前で止まっている。

私の立ち位置からはお父様の顔は見えない、お母様の方に正面から向き直っていらっしゃるのだから当然私へは背を向ける姿勢となっているからだ。


それでも顔の角度でわかる、お父様はまっすぐにお母様を、お母様はまっすぐにお父様を、お互いだけを見ている、絡んだ視線がきっとお母様の言葉にならない想いを切実に伝えている。


一度は止まった腕が再び目的を持って動き出した、けれど今度はお母様の動きを遮るためではなく、起き上がるのを補助するために動かされた。


左腕1本で易々とお母様の背を支えてから、自身の胸元に寄りかからせながらゆっくりと起き上がらせていき、その位置のまま上半身を起こした座位で安定させるのか、とハラハラしながら見守っていた私の考えは裏切られた。


結局お母様は体を起こし寝台に座ることを望んでいた、その事実は変わらない、けれど想定していた座り位置よりもちょっと心配になる場所に腰を落ち着けることを望まれた。


寝台の縁からこちらへと足を下ろして、私が立っている位置の近くまで移動して、隣りに座ったお父様に身体を預けきって寄りかかり、その背に回して下さっている腕にもしっかりと支えてもらいながらながら、何とか座位を保っている状態だった。


『そこまでしなくてもいいのでは?』とは、口が裂けても言い出せなかった。

これだけ無理をしてでも、私とちゃんと向き合って下さろうとするお母様の本気を、ひしひしと痛いくらいに感じたのだから。


 ーーどんな言葉でも、聞きたい。 私もちゃんと、受け止める、受け止めないといけない! だって私ももう受け取ってもらえたのだから、あんな中途半端に打ち止められた未完成な言葉でも、お母様はしっかりと受け止めて下さっている、目を見れば、それがわかってしまうものなのね…。ーー


苦しそうな表情の隙間からでも、向けられる眼差しは変わらず温かい、愛しさを宿した瞳、その光は欠片も失われていなかったから。


私に真っ直ぐ向けられるクンツァイトの瞳が、お父様が庭で仰って下さった言葉を証明していた。


 ーーお母様は、私を愛して下さっている、あの言葉は本当だったのだわ。 言葉がなくてもちゃんと伝わってくる、だって、だって…、こんなに安心できるのだもの。 これだけでも、もう十分、私は救われた気分だわ。ーー 


これ以上を望んだら、罰が当たってしまいそう。

その罰に私は耐えられそうにないもの、だからもうこれで十分、最後にちゃんとお母様に謝らないとーー。


「ごめんなさい、ライラちゃん。 貴女に…つらい言葉を、言わせてしまって。 考えることだって、辛かったはずなのに、それを言葉にさせてしまって……、駄目な“母親”で…、ごめんなさい。」


「…………ぇ?」


 ーー今、お母様は何とおっしゃられたのだろう? 私に、謝って…? え? だって、えぇ? 私が謝らないといけないのに、お母様は何も悪くない! お母様が自分を責める必要なんて何もないのに、何で?!ーー


ブルブルッ!!

体全部で否定する、動かせる部位を震わせて全力で否定する。

言葉は上手く紡げそうもない、だからせめて身振り手振りで全力で否定する。


自分がどうやってこんな動きを実現しているのか、理性では説明がつけられないほど体全部を震え上がらせてブルブルしつづけた。

私が恐慌状態でただただ否定するためだけに続けている無意味な振動を、ピタリと一瞬で止めて下さったのは、同じくお母様だった。


ずしりとのしかかる重み、最初に感じたのはそれで、次に感じたのは温かさ。

蒼白くみえたお顔は今も変わらず蒼いまま、それでもちゃんと温かい、ちゃんと体温を感じられて素直に嬉しいと思えた。


お母様が私を抱きしめて下さっている、正しくは私に正面から寄りかかって、のしかかってきている。

お母様の重みを支えきれず、背中がだんだんと後ろに反っていってしまうのが止められない。


 ーーわかってる、わざとじゃないって! 全然、勘違いなんてしていない、ちょっと失念にてしまっているだけに違いない、体格差がエグいってことを!! 私が3歳のちんちくりん幼女であることをすっぽりと思考から追い出されてしまったに決まっている、筋力が未成熟でお母様の重みを支えきれなくなるかもぉ~~なんてね!!!ーー


声も出せずに結構なピンチを迎えていると、不意に後ろにからグンと支えられる。

まるで背面に強固な壁が瞬時に生えてきたかのように、良いだけ反っていた背をしゃんと支えられた。


正面から感じる温かさと同じぬくもりを背中にも感じて、覚えのある温かさに自然とその名を口遊んだ。


「アルヴェイン、お兄様…?」


「あぁ、そうだよ。 ライラにはまだ母上の愛情が詰まりすぎた抱擁を一身に受け止めるのは荷が重いだろうと思ってね。 少しだけでも肩代わりできないかと思って馳せ参じたんだ。」


「あ…、私ったら、ごめんなさいねライラちゃん。 ライラちゃんはまだ、たったの3歳なのに…おかしいわよねぇ…? 時々わからなくなってしまうのよ、ライラちゃんがとっても、大人びて感じるの。 言い訳にも、ならないわよねぇ…、いま、離れるから…、少し辛抱してね…?」


「……っ!! このままっ!! が、良い、です…、お母様が辛くないのなら!! このままで、もう少しだけ、いたいです! 私は大丈夫です、全然!! アルヴェインお兄様が、支えてくださってますから…!!」


自分でも驚くくらいの大声が出てしまった、私の顔のすぐ横にあったお母様のお耳が痛んでいなければいいけれど…!

そう心配になって何とか顔を動かして見たお母様の表情には、色が悪すぎる顔色でも邪魔しきれない喜色がありありと浮かんで見えた。


「ありがとうライラちゃん。 私が触れても…嫌ではない……? もし少しでも、私に対して嫌に思っていることがあれば、正直に言ってちょうだいね…? 1人で抱え込まずに、何でも言って欲しいわ。 だって、私はライラちゃんのお母様だもの、不出来な“母親”だとは、理解していても、そこは譲れないのよ。 ライラちゃんが1人で苦しんでいるのを、これ以上見て見ぬふりなんて、したくないの。 だから…お願いよ、隠さないで伝えてね? お母様からの、一生で一度の我儘だと思って、教えて頂戴?」


けれど直ぐに一転して、喜色は色を褪せさせてしまい、寂しげな表情でゆっくりと耳元に落とされた言葉のどれもが私の胸に痛みを伴って響いた。


「嫌じゃありません! お母様に対して嫌だなんて思うこと全然、1つだってありません!! 私が、変な態度をとってしまったのは……、その……、え……と、…………です。」


「え? ごめんなさいね、ちょっと声が聞き取れなかったの、最後の言葉、なんて言ったのかしら?」


ぐっ…、と言葉に詰まる。

改まって自分の幼すぎる態度の理由を口にするのは……大変な羞恥プレイだ。


 ーーお父様の前で口にできたのは奇跡だ、あの時あの場所でだけ起こった奇跡、きっとどこかに隠れて存在していた妖精が私の口を滑らかにする何らかの魔法を施していたに違いない! うん、きっとそうだ!! そうとしか考えられない!!!ーー


事ここに至っても、往生際悪く現実逃避をかまそうかと考えた、そんな私に向けられるお母様の瞳が……心に刺さる。

いつもより心持ち気怠げに細められてはいても、その瞳に灯る期待の灯火は煌々と耀いている。


 ーー駄目だ、無理ぃ~! 裏切れないっ、お母様からの溢れる期待を裏切るなんてこと、チキンな私にできるはずがないっ!! お母様しか勝たん~~~っ!!!ーー


ブルブルと身体が震えてきてしまう、主に羞恥で。

でもこれ以上自分が可愛いがためにお母様を悲しませることなんてしたくない。


 ーーどんな理由であろうと、これ以上お母様の表情を曇らせることなんてあってはならない! だって私は決めたのだ、『言葉を惜しむのはもうやめる。 言わない後悔より、言って後悔しよう!』と!! 舌の根も乾かぬうちに、自分で決めた公約を覆すことなど一生の恥!!!ーー


堅めの言葉で自分に言い聞かせるように覚悟を決めて、静かに空気を吸い込む。

この小さな肺に入るだけ(洒落じゃない、断じて違う!)、苦しくならない程度満たしてから今から口にするべき言葉を頭の中で反芻する。


 ーー言う前から後悔しているのは、内緒の方向で! 私の心の中で思うだけなら公約違反ではない、これは私に許された数少ない自由であるはずだから!!ーー


「ライラちゃん、どうしたの? やっぱり苦しかった?」


ぶんぶんっ!

苦しくはないと伝えるために勢い良く、けれど短めに首を横に振る。

そして間を置いて…1拍、2拍、3まで行く前に叫ぶように言い放った言葉は次の通り。


「私がお母様に変な態度を取ってしまったその原因は私がお母様に常日頃から『甘え』ていて尚且つ見かけだけで判断して作り上げた理想のお母様像を出逢ったばかりの第三者からもたらされたお母様の短所に関する言葉で壊されて『拗ね』てしまったからであり決してお母様が悪いとかお母様が嫌いだとか本気の本気で思ったわけではなくこんな子供じみた感情に囚われたままお母様のお顔を見れなくてでもだからってその理由も昨日は自分で理解しきれていなかったから余計なことを言ってしまいそうで口を開けずお母様を無視するという行動に至った次第ですぅー!!!」


「すぅーー!!」


「すぅーーー!」


「すぅーーーー…。」


最後の音がしんと静まり返ったお母様の寝室に反響して、消えた頃。


 ーー……決まった!! あれだけの長尺台詞を噛まず吃らず支えずに言い切ってやったわ!!!ーー


謎の達成感に身を浸し、気を抜けば呑み込もうとしてくるだろう羞恥なる感情に気づかないふりをする。

そんな私の虚しい努力を嘲笑うかのように。


「っっっっっぶっっっっっは!!!」


堪えきれない様子で吹き出し、その後に心ゆく迄笑い転げるお父様をぶん殴りたい。

そんな物騒な発想が思い浮かんだのは後にも先にもこの時意外ありえなかった、この先には二度とあって欲しくないと今は切に願う他無かった。

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